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前編
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「おっかしいわねぇ……そろそろ、街に出るハズなんだけど……」
手に持った地図を縦に横にと動かして、周囲の森を見まわす。
周囲は薄暗く、濃い霧が出始めていた。
油断した……完全に道に迷ってしまった。
遠回りでも、きちんと街道を進むべきだったか……。
アレイラは地図を下ろして、深いため息をついた。
するとその後ろから、身の丈の二倍もあろうかという大きな荷物を背負った、桃色の髪の少女が顔を出した。
「あれれ。レイちゃんが道に迷うなんて、珍しいね?」
「……なんで他人事なのよ。それはつまり、あんたも迷ってるのよ。キコリス。」
このエルフの少女は、キコリス。
一応、私の護衛として、一緒に旅をしている。
エルフと言えば、長寿で容姿端麗、一人違わず弓の名手で、魔法の達人ばかりという超種族――の、ハズなんだけど、この子は特別。なんと弓も魔法も一切使えない!
代わりに何故か力だけは人一倍あるから、まあ頼れるときも無くはないんだけど――
「ふふん! レイちゃんと違って、わたしは迷い慣れているのです! えっへん!」
「うん……そうね……」
こういう場合は、ほとんど役に立たないのだ。
再び長いため息をついて、改めて周囲を見回す。
霧が深まってしまったのか、先ほどよりも一段と暗く感じる。
これほど視界が悪いと、下手に移動するほうが危険だ。
ここはなるべく物音を立てずに、大きな木の根とかに隠れて、朝までやり過ごすのがよさそう――
「あ! レイちゃんレイちゃん! あれ見て!」
「あのねぇ……」
いつの間にか、ずいぶん離れた場所から大声でこちらを呼ぶキコリスに、アレイラはわなわなと拳を握りしめた。
「あんたには、危機感ってものが……!」
「あれ、街じゃないの??」
「……へっ?」
急いで声のほうへ駆け寄ると、キコリスが指さすほうに、確かに薄い明りが見える。
アレイラは目を細めて、首をひねった。
「おかしいわね……目指してた街には堀があるはずだし、地図で見た限り、周囲に村なんて……」
「レイちゃーん? おいてっちゃうよー!」
気づけばキコリスは、その明かりのほうへずんずん進んでいた。
瞬時に思いっきり顔をしかめるも、とはいえ現状その明かりしか手がかりがないのも事実。
一通り考えた末、やれやれと肩を落として、アレイラもその後を追った。
「はぁ……もう、待ちなさいよ、バカ!」
+++
たどり着いたそこは、小さな村だった。
村といっても、木と藁でできた簡素な小屋がいくつかあるだけで、あまり生活感は感じられない。
そういう風習なのか、建物の屋根や壁には緑の大きな葉が並べられていて、離れて見ると低木のようにも見える。むしろ昼間だったら、ここに村があることにさえ気づかなかっただろう。
入り口付近には松明が一つ掲げられており、キコリスが見つけた明かりはこれのようだった。
「なんだか……不気味ね……」
「うん…… 」
二人は不安げに顔を見合わせた。
火が灯っているということは誰かが住んでいるはずだが、温かみを感じないというか、妙な違和感があると言うか、とにかく入りづらい雰囲気だったのだ。
「……誰だ……?」
「ひゃぁ?!」
突然の声に、思わず飛び上がる。
慌てて目をやると、入口の向こうに、黒いローブに身を包んだ男が立っていた。
目を凝らすと、その後ろにも二人ほど、同じ服装の人物が立っている。
三人とも顔が見えないほどにフードを深く被っていて、そのうえ暗くてこの濃霧なので、いつ現れたのか全くわからなかった。
「……ってぇ、なんであんたが後ろに隠れてるのよ!こういうときは、普通戦士が前でしょ?!」
「だ、だってぇ……」
「だってじゃなーいっ!!」
いつの間にか背中に掴まっていたキコリスに、アレイラは怒りをあらわにした。
ちなみにキコリスは巨大な荷物を背負っているので、全く隠れられてはいない。
その様子を見て、フードの男は呆れたように頭を振った。
「あっ……ご、ごめんなさい! あの……私達、森で迷ってしまって……」
「……帰れ。よそ者は村に入れない決まりだ。」
まぁ、明らかに歓迎ムードじゃなかったし、そうくる気はしていた。
でも、だからといって「はいそーですか」と帰るわけにもいかない。どちらかといえば、帰れないからこんなところにいるのだ。
アレイラは衣服を正してコホンと咳払いをし、堂々と胸に手を当てた。
「私達、旅の冒険者なの。何か仕事があれば、引き受けるわ。どう?」
「うんっ! なんでもござれ! だよ!」
「……」
冒険者というのは、魔物と戦ったり、古い遺跡を探索したり、ちょっと危険な仕事を請け負う人たちのことだ。
特に資格があったりするわけじゃないから、冒険者って言ってもピンキリだけど……こういう小さな村には常駐してる冒険者もいないだろうし、何かしら困っていることが多い。
そういうのを解決して路銀を稼ぐのが、旅の冒険者のセオリーなのだ。
そんなアレイラの提案に、フードの人達は近づくでも遠ざかるでもなく、その場でなにやらひそひそと相談を始めた。
しばらくして、先ほどの男が小さく頷き、こちらへ向き直った。
「……ここ最近、村に熊の魔物が現れるようになった。それを撃退してくれたら、報酬を出そう……」
「熊の魔物?」
アレイラは一瞬考え込むように俯いたが、すぐに顔を上げると、力強く頷いた。
「わかった。引き受けるわ、その依頼。」
「……付いてこい……」
フードの男達は、村の奥へと歩いていった。
+++
村はずれの荒屋に通された二人は、ひとまず荷物をおいて体を伸ばしていた。
激しく軋む床板からは所々キノコが生えており、隙間風がうるさいったらないけど、扉と屋根がついているだけマシというものだ。
「でも、珍しいね。」
「うん? なにがよ。」
「だって、レイちゃんっていつも、魔物の討伐はイヤがるもん。」
「ああ……そのことね。」
魔物というのは、危険な動物をまとめた呼び名だ。だから強さもまちまちだけど、討伐の依頼を出されるようなのは、大抵一人じゃ難しい。
私は頭脳専門で、戦うのはキコリス一人だけだから、いつもは慎重に考えて決めるんだけど――
「いいのよ。今回、戦うつもりはないから。」
「えっ??」
「この地域に生息する熊って言ったら、ほぼ間違いなく『ハニーベア』なの。見た目は恐ろしいし、実際強いけど、性格は温厚で臆病。獣除けの煙を焚いておけば、まず近づいてこないわ。」
そういって、キコリスの背負ってきた大きなリュックから、乾燥した枝の束を取り出す。これに火をつけると、獣が嫌がる匂いが広がるのだ。
キコリスは「おおー」と声を上げながら、興味深そうに枝を受け取った。
「ま、討伐のお金は貰えないけど……今は、一晩安全に過ごせれば十分ね。キコリス、火起こし頼むわよ。」
「リョーカイ、まかせて~!」
二人は火をつけた木の束を、村の周囲に置いて回った。
そうしている間も、住民の姿は一人も見えず、代わりにそこには不気味な霧と、静寂だけが漂っていた。
元の荒屋が見えてくると、アレイラはうんざりした顔で肩を落とした。
「ホント、不気味な村ね……ちゃっちゃと寝ちゃって、朝になったら出発しましょ。」
「うーん……」
「うん?」
振り返ると、キコリスが元来た村の方を見て、首をかしげていた。
まぁ、どうせ大したことではないのだろうが、悩んでいる彼女を見るのはちょっと珍しい。
「どうしたのよ、キコリス?」
「ねぇ、レイちゃん。村に倉庫ってあった?」
「え? ……それっぽい建物は、無かったと思うけど?」
「そうだよねぇ……どれのことなのかなぁ……」
「いやだから、何の話よ?」
キコリスは首ごと大きく傾けていた体を戻して、こちらを向いた。
「レイちゃんが話してた時、後ろの人達が『倉庫には近づけさせるなよ』って言ってたでしょ? どれかなぁって思って。」
「え。あんた、あれ、聞き取れたの……?」
後ろの方でなにやらひそひそ話をしていたのは見ていたけど、とても聞き取れる距離とは思えない。もはや、魔法のような身体能力だ。魔法は使えないのに。
「えへへ、エルフの村でも、『耳と鼻と頭は獣並み』って褒められたんだよ!」
「うーん、多分だけど、褒めてないわよ。それ。」
「ちなみに食べ物の匂いは特に得意だよ。」
「聞いてないのよ。」
皮肉を言ったエルフたちの気持ちも、わからなくはないのが悲しいところ。
アレイラがやれやれと頭を振っていると、急にキコリスが「あれ?」と背を伸ばし、すんすんと鼻を鳴らした。
「もう、今度は何?」
「うん、なんかね……ハチミツみたいな匂いが近づいて来るような……?」
「……蜂蜜?」
なによそれ、と言おうとした、その次の瞬間。
背後の茂みから飛び出した大きな影に、アレイラの姿はすっぽりと覆われていた。
「?!」
「レイちゃんっ!!」
地面と木の幹を抉る、大きな爪。
キコリスに突き飛ばされなければ、そこに居たのは自分だった。
ハニーベア。
その体の大きさと、恐ろしい見た目に反して、主食は木の実や蜂蜜。
臆病な性格で、こちらから危害を及ぼさない限りは、滅多に攻撃をしてこない。
なのに――これは、どういうこと……?!
「よくわかんないけど、作戦変更……だよね……っ!」
動揺するアレイラの前に、キコリスは斧を構えて立ちふさがった。
その姿を見て、はっと我に返ったアレイラは、すぐに荷物のある小屋へと走り出した。
「キコリス! 少し時間を稼いで!」
「はーいっ!」
アレイラを追おうと身を屈めたハニーベアに、キコリスは斧を叩きつけた。
それは硬い爪に弾かれ、同時に魔物の視線はキコリスへと向いた。
「うへぇ、硬ったぁ……。なるべく早くね、レイちゃん……っ!」
小屋に飛び込んだアレイラは、すぐさま巨大なリュックサックを引き開けた。
整頓されたその中身から、薬草と調味料の袋を引っ張り出す。それらの中からさらに小さな袋をいくつか取り出すと、中身を別の袋に手早く移し替えた。
「キコリス!」
「むぎぎぎ……」
小屋から出ると、キコリスは熊の両爪を一つの斧で受け、押して押されてを繰り返していた。
その細い体のどこにそんな力があるのかわからないが、単純な力比べとなれば、意外と熊とも互角に戦えるのかもしれない。
「れ、レイちゃん、も、もう無理ぃ……」
無理だった。
「まあ十分よ! 目を閉じて、息止めて!」
「?」
キコリスの背越しに、小さな袋を投げつける。
それは熊の鼻先に当たると、様々な香辛料を周囲にぶちまけた。
いわゆる、目潰しというやつだ。
ハニーベアは大きく吠え、頭を振ったり、手を振り回したりして、うめき苦しみ始めた。
「キコリス、今よ!」
「ん、まっかせてぇ!」
勢いよく振り下ろされた斧が、熊の右腕を斬りつけた。
流石に切り落とすとまではいかないが、これでまともに右腕は使えないだろう。
キコリスにも、僅かな勝機が見えたが――
「……あ。」
ハニーベアはくるりと向きを変え、霧の中に去っていった。
キコリスもアレイラも、しばらくその方向に身を構えていたが、キコリスが警戒を解いたのを皮切りに、二人は地面へと倒れ込んだ。
「はひーっ、危なかったよーっ!」
「ホント、寿命が縮むわ……」
アレイラは頭をくしゃくしゃとかいて、しかしすぐに首をひねった。
「でも、おかしいわね……ハニーベアが、あんなに凶暴になるなんて……」
「んー、すんごく怒ってた、とか?」
「いや、だから、なんで怒ってんのよ……」
「それは~~ほら~~……あれ?」
話の途中で、キコリスがまたすんすんと鼻を鳴らしたので、アレイラは思わず身構えた。
「な、なにっ?! 戻ってきたの?!」
「あ、ううん、そうじゃなくて……」
キコリスは足を地面に投げ出したまま、首だけ村の方へと向け、目を細めた。
「なんか、こっちからも、同じ匂いがするような……」
「……え。それって……」
アレイラははっと目を見開いて、キコリスの顔を見た。
キコリスはそんなアレイラを見て、ゆっくりと首をかしげた。
手に持った地図を縦に横にと動かして、周囲の森を見まわす。
周囲は薄暗く、濃い霧が出始めていた。
油断した……完全に道に迷ってしまった。
遠回りでも、きちんと街道を進むべきだったか……。
アレイラは地図を下ろして、深いため息をついた。
するとその後ろから、身の丈の二倍もあろうかという大きな荷物を背負った、桃色の髪の少女が顔を出した。
「あれれ。レイちゃんが道に迷うなんて、珍しいね?」
「……なんで他人事なのよ。それはつまり、あんたも迷ってるのよ。キコリス。」
このエルフの少女は、キコリス。
一応、私の護衛として、一緒に旅をしている。
エルフと言えば、長寿で容姿端麗、一人違わず弓の名手で、魔法の達人ばかりという超種族――の、ハズなんだけど、この子は特別。なんと弓も魔法も一切使えない!
代わりに何故か力だけは人一倍あるから、まあ頼れるときも無くはないんだけど――
「ふふん! レイちゃんと違って、わたしは迷い慣れているのです! えっへん!」
「うん……そうね……」
こういう場合は、ほとんど役に立たないのだ。
再び長いため息をついて、改めて周囲を見回す。
霧が深まってしまったのか、先ほどよりも一段と暗く感じる。
これほど視界が悪いと、下手に移動するほうが危険だ。
ここはなるべく物音を立てずに、大きな木の根とかに隠れて、朝までやり過ごすのがよさそう――
「あ! レイちゃんレイちゃん! あれ見て!」
「あのねぇ……」
いつの間にか、ずいぶん離れた場所から大声でこちらを呼ぶキコリスに、アレイラはわなわなと拳を握りしめた。
「あんたには、危機感ってものが……!」
「あれ、街じゃないの??」
「……へっ?」
急いで声のほうへ駆け寄ると、キコリスが指さすほうに、確かに薄い明りが見える。
アレイラは目を細めて、首をひねった。
「おかしいわね……目指してた街には堀があるはずだし、地図で見た限り、周囲に村なんて……」
「レイちゃーん? おいてっちゃうよー!」
気づけばキコリスは、その明かりのほうへずんずん進んでいた。
瞬時に思いっきり顔をしかめるも、とはいえ現状その明かりしか手がかりがないのも事実。
一通り考えた末、やれやれと肩を落として、アレイラもその後を追った。
「はぁ……もう、待ちなさいよ、バカ!」
+++
たどり着いたそこは、小さな村だった。
村といっても、木と藁でできた簡素な小屋がいくつかあるだけで、あまり生活感は感じられない。
そういう風習なのか、建物の屋根や壁には緑の大きな葉が並べられていて、離れて見ると低木のようにも見える。むしろ昼間だったら、ここに村があることにさえ気づかなかっただろう。
入り口付近には松明が一つ掲げられており、キコリスが見つけた明かりはこれのようだった。
「なんだか……不気味ね……」
「うん…… 」
二人は不安げに顔を見合わせた。
火が灯っているということは誰かが住んでいるはずだが、温かみを感じないというか、妙な違和感があると言うか、とにかく入りづらい雰囲気だったのだ。
「……誰だ……?」
「ひゃぁ?!」
突然の声に、思わず飛び上がる。
慌てて目をやると、入口の向こうに、黒いローブに身を包んだ男が立っていた。
目を凝らすと、その後ろにも二人ほど、同じ服装の人物が立っている。
三人とも顔が見えないほどにフードを深く被っていて、そのうえ暗くてこの濃霧なので、いつ現れたのか全くわからなかった。
「……ってぇ、なんであんたが後ろに隠れてるのよ!こういうときは、普通戦士が前でしょ?!」
「だ、だってぇ……」
「だってじゃなーいっ!!」
いつの間にか背中に掴まっていたキコリスに、アレイラは怒りをあらわにした。
ちなみにキコリスは巨大な荷物を背負っているので、全く隠れられてはいない。
その様子を見て、フードの男は呆れたように頭を振った。
「あっ……ご、ごめんなさい! あの……私達、森で迷ってしまって……」
「……帰れ。よそ者は村に入れない決まりだ。」
まぁ、明らかに歓迎ムードじゃなかったし、そうくる気はしていた。
でも、だからといって「はいそーですか」と帰るわけにもいかない。どちらかといえば、帰れないからこんなところにいるのだ。
アレイラは衣服を正してコホンと咳払いをし、堂々と胸に手を当てた。
「私達、旅の冒険者なの。何か仕事があれば、引き受けるわ。どう?」
「うんっ! なんでもござれ! だよ!」
「……」
冒険者というのは、魔物と戦ったり、古い遺跡を探索したり、ちょっと危険な仕事を請け負う人たちのことだ。
特に資格があったりするわけじゃないから、冒険者って言ってもピンキリだけど……こういう小さな村には常駐してる冒険者もいないだろうし、何かしら困っていることが多い。
そういうのを解決して路銀を稼ぐのが、旅の冒険者のセオリーなのだ。
そんなアレイラの提案に、フードの人達は近づくでも遠ざかるでもなく、その場でなにやらひそひそと相談を始めた。
しばらくして、先ほどの男が小さく頷き、こちらへ向き直った。
「……ここ最近、村に熊の魔物が現れるようになった。それを撃退してくれたら、報酬を出そう……」
「熊の魔物?」
アレイラは一瞬考え込むように俯いたが、すぐに顔を上げると、力強く頷いた。
「わかった。引き受けるわ、その依頼。」
「……付いてこい……」
フードの男達は、村の奥へと歩いていった。
+++
村はずれの荒屋に通された二人は、ひとまず荷物をおいて体を伸ばしていた。
激しく軋む床板からは所々キノコが生えており、隙間風がうるさいったらないけど、扉と屋根がついているだけマシというものだ。
「でも、珍しいね。」
「うん? なにがよ。」
「だって、レイちゃんっていつも、魔物の討伐はイヤがるもん。」
「ああ……そのことね。」
魔物というのは、危険な動物をまとめた呼び名だ。だから強さもまちまちだけど、討伐の依頼を出されるようなのは、大抵一人じゃ難しい。
私は頭脳専門で、戦うのはキコリス一人だけだから、いつもは慎重に考えて決めるんだけど――
「いいのよ。今回、戦うつもりはないから。」
「えっ??」
「この地域に生息する熊って言ったら、ほぼ間違いなく『ハニーベア』なの。見た目は恐ろしいし、実際強いけど、性格は温厚で臆病。獣除けの煙を焚いておけば、まず近づいてこないわ。」
そういって、キコリスの背負ってきた大きなリュックから、乾燥した枝の束を取り出す。これに火をつけると、獣が嫌がる匂いが広がるのだ。
キコリスは「おおー」と声を上げながら、興味深そうに枝を受け取った。
「ま、討伐のお金は貰えないけど……今は、一晩安全に過ごせれば十分ね。キコリス、火起こし頼むわよ。」
「リョーカイ、まかせて~!」
二人は火をつけた木の束を、村の周囲に置いて回った。
そうしている間も、住民の姿は一人も見えず、代わりにそこには不気味な霧と、静寂だけが漂っていた。
元の荒屋が見えてくると、アレイラはうんざりした顔で肩を落とした。
「ホント、不気味な村ね……ちゃっちゃと寝ちゃって、朝になったら出発しましょ。」
「うーん……」
「うん?」
振り返ると、キコリスが元来た村の方を見て、首をかしげていた。
まぁ、どうせ大したことではないのだろうが、悩んでいる彼女を見るのはちょっと珍しい。
「どうしたのよ、キコリス?」
「ねぇ、レイちゃん。村に倉庫ってあった?」
「え? ……それっぽい建物は、無かったと思うけど?」
「そうだよねぇ……どれのことなのかなぁ……」
「いやだから、何の話よ?」
キコリスは首ごと大きく傾けていた体を戻して、こちらを向いた。
「レイちゃんが話してた時、後ろの人達が『倉庫には近づけさせるなよ』って言ってたでしょ? どれかなぁって思って。」
「え。あんた、あれ、聞き取れたの……?」
後ろの方でなにやらひそひそ話をしていたのは見ていたけど、とても聞き取れる距離とは思えない。もはや、魔法のような身体能力だ。魔法は使えないのに。
「えへへ、エルフの村でも、『耳と鼻と頭は獣並み』って褒められたんだよ!」
「うーん、多分だけど、褒めてないわよ。それ。」
「ちなみに食べ物の匂いは特に得意だよ。」
「聞いてないのよ。」
皮肉を言ったエルフたちの気持ちも、わからなくはないのが悲しいところ。
アレイラがやれやれと頭を振っていると、急にキコリスが「あれ?」と背を伸ばし、すんすんと鼻を鳴らした。
「もう、今度は何?」
「うん、なんかね……ハチミツみたいな匂いが近づいて来るような……?」
「……蜂蜜?」
なによそれ、と言おうとした、その次の瞬間。
背後の茂みから飛び出した大きな影に、アレイラの姿はすっぽりと覆われていた。
「?!」
「レイちゃんっ!!」
地面と木の幹を抉る、大きな爪。
キコリスに突き飛ばされなければ、そこに居たのは自分だった。
ハニーベア。
その体の大きさと、恐ろしい見た目に反して、主食は木の実や蜂蜜。
臆病な性格で、こちらから危害を及ぼさない限りは、滅多に攻撃をしてこない。
なのに――これは、どういうこと……?!
「よくわかんないけど、作戦変更……だよね……っ!」
動揺するアレイラの前に、キコリスは斧を構えて立ちふさがった。
その姿を見て、はっと我に返ったアレイラは、すぐに荷物のある小屋へと走り出した。
「キコリス! 少し時間を稼いで!」
「はーいっ!」
アレイラを追おうと身を屈めたハニーベアに、キコリスは斧を叩きつけた。
それは硬い爪に弾かれ、同時に魔物の視線はキコリスへと向いた。
「うへぇ、硬ったぁ……。なるべく早くね、レイちゃん……っ!」
小屋に飛び込んだアレイラは、すぐさま巨大なリュックサックを引き開けた。
整頓されたその中身から、薬草と調味料の袋を引っ張り出す。それらの中からさらに小さな袋をいくつか取り出すと、中身を別の袋に手早く移し替えた。
「キコリス!」
「むぎぎぎ……」
小屋から出ると、キコリスは熊の両爪を一つの斧で受け、押して押されてを繰り返していた。
その細い体のどこにそんな力があるのかわからないが、単純な力比べとなれば、意外と熊とも互角に戦えるのかもしれない。
「れ、レイちゃん、も、もう無理ぃ……」
無理だった。
「まあ十分よ! 目を閉じて、息止めて!」
「?」
キコリスの背越しに、小さな袋を投げつける。
それは熊の鼻先に当たると、様々な香辛料を周囲にぶちまけた。
いわゆる、目潰しというやつだ。
ハニーベアは大きく吠え、頭を振ったり、手を振り回したりして、うめき苦しみ始めた。
「キコリス、今よ!」
「ん、まっかせてぇ!」
勢いよく振り下ろされた斧が、熊の右腕を斬りつけた。
流石に切り落とすとまではいかないが、これでまともに右腕は使えないだろう。
キコリスにも、僅かな勝機が見えたが――
「……あ。」
ハニーベアはくるりと向きを変え、霧の中に去っていった。
キコリスもアレイラも、しばらくその方向に身を構えていたが、キコリスが警戒を解いたのを皮切りに、二人は地面へと倒れ込んだ。
「はひーっ、危なかったよーっ!」
「ホント、寿命が縮むわ……」
アレイラは頭をくしゃくしゃとかいて、しかしすぐに首をひねった。
「でも、おかしいわね……ハニーベアが、あんなに凶暴になるなんて……」
「んー、すんごく怒ってた、とか?」
「いや、だから、なんで怒ってんのよ……」
「それは~~ほら~~……あれ?」
話の途中で、キコリスがまたすんすんと鼻を鳴らしたので、アレイラは思わず身構えた。
「な、なにっ?! 戻ってきたの?!」
「あ、ううん、そうじゃなくて……」
キコリスは足を地面に投げ出したまま、首だけ村の方へと向け、目を細めた。
「なんか、こっちからも、同じ匂いがするような……」
「……え。それって……」
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5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
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