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後編
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「ここで、間違いない?」
「すんすん……うん、間違いないよ! たぶん!」
若干の不安を感じる返答だが、ともかくキコリスの鼻を頼りに、二人は村の外れにある小屋にたどり着いた。
相変わらずの濃霧で見晴らしは悪いが、周囲に人の気配はない。むしろ、これからやろうとしていることを考えれば、この状況は好都合とも言えた。
「さて、まずは鍵をどうにか――」
「ていや!」
キコリスが元気に扉を押すと、ばきりという破壊音と共に、勢いよく内側へと開いた。
「あ、レイちゃん、何か言った?」
「…………いくわよ。」
言いたいことは両手いっぱいにあったが、アレイラは持ち前の知性でそれを押し殺すと、足を前に動かした。
中に入ってみると、床は土のままで、地下へと降りる大きな斜めの穴が掘られていた。
ようするに、本体はこの穴蔵で、小屋はそれを覆っている入口部分なのだ。
「なるほど、倉庫……ね。」
地下の温度は安定しているので、村の食べ物や酒類の保存に使われていたのだろう。
でも、恐らく今は――
ランタンに火を移し、穴の奥へと進んでゆく。
すると、湿気とカビの匂いに紛れて、間もなく獣の匂いが漂ってきた。
「……! レイちゃん、あれ……!」
「やっぱり……ね……」
そこには、小さな檻と――その中につながれて、弱り果てた、幼い熊の姿があった。
それはこちらを見て、頭を少し持ち上げたが、鳴くこともせず。代わりにその首を繋ぐ鎖がこすれ、チリチリと小さな音を立てた。
「ハニーベアは普段温厚だけど、子育ての時期に巣に近づくのは危険、って言われてるわ。さっき襲ってきたのは……こういうわけね。」
「助けてあげようよ、レイちゃ――」
「おっと。そいつは困るなァ。」
突然、背後からの声。
弾けるように振り向くと、先のローブの男が三人、入口を塞ぐようにして立っていた。
熊の子供に気を取られていたのもあるが、気配を全く感じなかった。
こいつら、ただの村人じゃない。
「さて、どういうつもりかな、冒険者さん方。そんなのでも、うちの大切な商品なんだがね。」
「……あなたたちこそ、どういうつもりかしら。魔物の飼育も、生きたままの輸送も、どっちも禁止されてるわ。」
「へぇ? それは知らなかったな。次から気を付けるよ。」
そのわざとらしくおどけた口調に、アレイラは顔をしかめた。
背後の男たちも、ニヤニヤと笑いながら、ゆっくりと短剣を腰から抜く。
「レイちゃん、この人たち……」
「ええ、悪いヤツらよ。」
恐らく、この男たちは密猟団かなにかで、この村――いや、この廃村跡を、『商品』の置き場として使っていたのだろう。
それがバレた今、私たちをそのまま逃がすとは思えない。
「おっと、変な気は起こすなよ。」
先頭にいた男が、何やら金属製の振り子のようなものを突き出した。
それが揺れだすと同時に、謎の波動のようなものが周囲に広がっていく。
「……! それは……?!」
「ハハッ! かかったな、これは魔法を使えなくするアーティファクトだ。戦えるのはそっちのエルフだけだろう、これでお前たちの命は――」
その言葉の続きは、男の顔面にめり込むキコリスの拳によって、すっぱりと中断された。
男はそのまま背後に吹っ飛ぶと、壁に衝突し、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
そして一瞬、奇妙な静寂が訪れた。
「あれ。ごめんレイちゃん、あれ最後まで聞かないとダメなやつだった?!」
「……いや、うん。いいわ。そのままやっちゃって。」
「よかったぁ!」
そう叫ぶや否や、キコリスはぴょんっと飛び跳ねたかと思うと、その衝撃で背から離れた斧をキャッチして、一回転させながら正面に構えた。
ほぼ同時に、残る二人のフードの男が短剣を構え、左右から同時に飛び掛かる。
実はキコリスは対人戦において、謎の優位性がある。
通常、エルフは『弓使い』か『魔法使い』なので、できる限り距離を詰めて戦うべきだ。対して、キコリスは近接特化型の脳筋ファイターなので、どうにかして距離を詰めて戦いたい。
お分かりいただけただろうか?
キコリスから見れば、『なぜだかみんな、自分の得意な間合いに飛び込んでくる』のである。
「なんなんだ……コイツは?!」
「にひ。うーりゃっ!!」
二人の男が振り下ろした短剣は、斧の刃と柄に止められていた。
キコリスはそれを力任せに押し上げ、バランスを崩した二人のうち、片方の腹を斧の背で叩き飛ばした。
「くッ……死ねェ!」
残る男は再び短剣を振り下ろしたが、強引に引き戻した斧の背がそれを受け、火花が散る。
よろめいた男の胴目掛けて、左手の拳がクリーンヒット。一瞬宙に浮いたその体を、今度は右手の斧の背で、地面に叩きつけた。
二人が動かなくなったのを確認して、キコリスはぶんっと斧を回すと、元気に頭上に掲げた。
「いっちょあーがりっ!」
「……ふぅ。流石ね。」
アレイラも緊張を解いて、小さく手を叩いた。
彼らも弱くはなかったハズだ。こちらの戦力がエルフだけと知った上で、地下の閉所に誘い込み、魔法の対策までする徹底ぶり。
そのエルフがキコリスだったという謎の不運には、敵ながら同情する。
「さてと……」
倒れた男たちを横目に、アレイラは地面に落ちた振り子を拾い上げた。
つんと小指の先で弾くと、肌がぞわりとするような、魔法の余韻を感じる。
「レイちゃん、それ……」
「うん、確かに、アーティファクトね。ついてるわ。」
アーティファクト。魔法が込められた、古代の道具。
誰が作ったのかも、どうして魔法が使えるのかもわからない、神秘の遺物。
「わあ! もしかして、レイちゃんの言ってたやつ?」
「馬鹿ね、私たちが探してるのは、そんな簡単に見つかるものじゃないわ。」
「むぅ……そっかぁ……」
私たちの旅の目的は、とある『失われたアーティファクト』を探し出すこと。
もちろんこれとは似ても似つかないけど、それでも不要ってことはない。
なぜならアーティファクトは、そこそこいい値段で取引されるからだ。
旅を続けるにも路銀がかかるわけで、資金はいつでもカッツカツ。お金になるものなら、正直なんでもありがたい。
「こいつらも突き出したら、賞金とか出ないかしら……」
そう、何気なく地面に目を向けて、アレイラははっと息を止めた。
最初にキコリスが殴り飛ばした男がいない。視界にあるのは、先ほどの二人の男の体と、短剣が一本だけだ。
「――おっと、動くな。」
「!!」
首筋に当てられた冷たい感覚で、さっと血の気が引く。
「レイちゃん!!」
「動くなっつってンだろうがッ!! さっきは当たらなかったがな、コイツにはたっぷりと毒が塗られてんだ。少しでも乱暴に動かしたら……わかるな?」
「え……っ」
首筋の短剣が、ぎりりと強く押し付けられ、思わず顔をしかめる。
それを見て、キコリスは走り出そうとした足を、力なく止めた。
「キコ……リス、かまわず、に……!」
「レイ、ちゃん……」
しばらく斧を持って動揺していたキコリスだったが、やがてゆっくりとうなだれると、斧から両手を放した。
それは地面に突き刺さり、重く鈍い音を立てた。
「レイちゃんを……離して、ください……」
「この……バカ……っ」
なんとか声を出そうとするが、喉をきつく抑えられ、これ以上喋れない。
気づけば、残りの二人もフラフラと起き上がり、アレイラの左右に立っていた。
おそらく、二人も気絶したフリをして機会を伺っていたのだろう。
頬に汗が伝うのを感じる。
甘く見ていた。
こいつらは、人と戦うプロじゃない。人を騙すプロなんだ。
「フフフ……いい子だ。なに、殺しはしないさ。むしろ、大切に扱ってやるよ……『商品』としてなぁ……!」
三人の下卑た笑いを聞きながら、アレイラは唇を噛み締めた。
キコリスは顔を真っ青にして、涙をためてその様子を見ていたが――ふいに顔をあげ、目を丸くした。
「あ、あの……」
「ん? なんだ。」
「う、後ろ……」
そのキコリスの言葉に、三人はポカンと固まったあと、盛大に笑い出した。
「ひゃはははっ! 誰がそんな手に引っかかるか!! バカなのか?!」
「……?」
そう。この状況、誰が聞いたって、苦し紛れの嘘にしか聞こえない。
でも、私だけは知っている。
この子には、キコリスには、そんな器用な嘘はつけないことを。
――グォオオオオオオオアアアア!!
「な、何ッ?!」
男たちの背後、つまり入口の方から、耳が割れんばかりの轟音が響く。
次の瞬間、アレイラの体は宙に投げ出されていた。
「きゃあっ?!」
「レイちゃんっっ!!」
その体を抱きとめると、キコリスは何度か地面を跳ね転がり、小熊の檻に衝突した。
腕の隙間からどうにか頭を上げると、アレイラはようやく何が起こったのかを理解した。
背中に傷を受け、ばらばらに倒れている男たち。
その奥でゆっくりと立ち上がったのは、右腕に傷のある魔物――キコリスたちが戦った、あのハニーベアだった。
「あいつ……戻ってきたの……?!」
「レイちゃん、レイちゃん! 大丈夫!?」
そのキコリスの声にはっとして、首筋を触る。短剣の傷はなく、体のどこにも痛みはなかった。
でもその代わりに、目の前のキコリスは傷だらけで、そこかしこに血がにじんでいた。
「ばっ……キコリス、あんた……!」
「えへへ……レイちゃん、よかったぁ……」
いろいろと言いたいことはあったが、その擦り傷だらけの笑顔を見ると、どうにも言葉が出てこない。
アレイラは目をそらして、「バカ」とだけ呟いた。
――グルルルルルル……
そうしている間にも、ハニーベアは一歩、また一歩と、こちらへ近づいてきていた。
「クソっ……撤退だ!!」
「あっ、アイツら……!」
いつの間にか入口の上の方にいた三人が、傷を庇いながら逃げていく。
そのしぶとさと手際の良さには思わず感心してしまうが、こちらも他人事ではない。
「キコリス、私たちも逃げるわよ!」
今、ハニーべアと戦う余力は残っていない。
でも、こいつの目的は子供のはず。今なら少し気をそらせれば、逃げられる。
そう思い、キコリスの方を見ると――
「ん~~~っ!!」
「ばっ、な、何してんのよ?!」
当のキコリスは、あろうことか小熊の檻の前に屈みこんで、鉄の棒を引っ張っていた。
もちろん、やろうとしていることはわかる。明白だ。この期に及んで、この小熊を逃がそうとしているのだ。
でも、今そんなところにいたら、真っ先に襲われて――!
――グルル……
「え……」
驚いたことに、ハニーベアは一切動かず、ただ檻の中を見つめるのみだった。
アレイラは目を白黒させながら、檻を引っ張るキコリスと、動かないハニーベアを交互に見ていたが、やがて思い切ったように地面を蹴った。
「あーーッ!! もうッ!! この馬鹿ッッ!! 流石にあんたの力でも、鉄の檻は無理よ! 貸しなさい、このタイプの鍵はねぇ……!」
「あ……レイちゃん……!」
もうこうなったら、なるようになれだ。
文句はあとでたっぷり言ってやる。
そうして、キコリスとハニーベアが見守る奇妙な状況の中、震える手を押し殺して、どうにか檻を開けることに成功した。
「やったぁ! よかったね、クマさんっ」
「あっ、ちょ……っ」
開いた檻からキコリスが小熊を持ち上げので、アレイラは心臓が止まりそうになったが、親熊はゆっくりと子供に近づいて、嬉しそうに頬擦りをしただけだった。
穴倉から出ると、親熊は小熊を咥えて取り上げ、背中に乗せると、森の方へと静かに歩いて行った。
早朝の青白い光に照らされながら、アレイラは呆然とそれを見送っていた。
「……こんなことも、あるのね……」
「ふふ、レイちゃんにも、知らないことってあるんだねぇ。」
「アンタねぇ……」
しかめっ面でそれだけ言うと、アレイラはくすりと笑った。
それ以上の言葉は、今は出てこなかった。
朝日が昇り切ると、霧はすっかり晴れ、街道もくっきりと見えるようになっていた。
アレイラは再び地図を広げ、キコリスは山のような荷物を背負って、いつものように歩き出す。
ふと、遠くで鳴き声が聞こえた気がして。
二人が振り返った先には、綺麗な虹がかかっていた。
~Fin~
「すんすん……うん、間違いないよ! たぶん!」
若干の不安を感じる返答だが、ともかくキコリスの鼻を頼りに、二人は村の外れにある小屋にたどり着いた。
相変わらずの濃霧で見晴らしは悪いが、周囲に人の気配はない。むしろ、これからやろうとしていることを考えれば、この状況は好都合とも言えた。
「さて、まずは鍵をどうにか――」
「ていや!」
キコリスが元気に扉を押すと、ばきりという破壊音と共に、勢いよく内側へと開いた。
「あ、レイちゃん、何か言った?」
「…………いくわよ。」
言いたいことは両手いっぱいにあったが、アレイラは持ち前の知性でそれを押し殺すと、足を前に動かした。
中に入ってみると、床は土のままで、地下へと降りる大きな斜めの穴が掘られていた。
ようするに、本体はこの穴蔵で、小屋はそれを覆っている入口部分なのだ。
「なるほど、倉庫……ね。」
地下の温度は安定しているので、村の食べ物や酒類の保存に使われていたのだろう。
でも、恐らく今は――
ランタンに火を移し、穴の奥へと進んでゆく。
すると、湿気とカビの匂いに紛れて、間もなく獣の匂いが漂ってきた。
「……! レイちゃん、あれ……!」
「やっぱり……ね……」
そこには、小さな檻と――その中につながれて、弱り果てた、幼い熊の姿があった。
それはこちらを見て、頭を少し持ち上げたが、鳴くこともせず。代わりにその首を繋ぐ鎖がこすれ、チリチリと小さな音を立てた。
「ハニーベアは普段温厚だけど、子育ての時期に巣に近づくのは危険、って言われてるわ。さっき襲ってきたのは……こういうわけね。」
「助けてあげようよ、レイちゃ――」
「おっと。そいつは困るなァ。」
突然、背後からの声。
弾けるように振り向くと、先のローブの男が三人、入口を塞ぐようにして立っていた。
熊の子供に気を取られていたのもあるが、気配を全く感じなかった。
こいつら、ただの村人じゃない。
「さて、どういうつもりかな、冒険者さん方。そんなのでも、うちの大切な商品なんだがね。」
「……あなたたちこそ、どういうつもりかしら。魔物の飼育も、生きたままの輸送も、どっちも禁止されてるわ。」
「へぇ? それは知らなかったな。次から気を付けるよ。」
そのわざとらしくおどけた口調に、アレイラは顔をしかめた。
背後の男たちも、ニヤニヤと笑いながら、ゆっくりと短剣を腰から抜く。
「レイちゃん、この人たち……」
「ええ、悪いヤツらよ。」
恐らく、この男たちは密猟団かなにかで、この村――いや、この廃村跡を、『商品』の置き場として使っていたのだろう。
それがバレた今、私たちをそのまま逃がすとは思えない。
「おっと、変な気は起こすなよ。」
先頭にいた男が、何やら金属製の振り子のようなものを突き出した。
それが揺れだすと同時に、謎の波動のようなものが周囲に広がっていく。
「……! それは……?!」
「ハハッ! かかったな、これは魔法を使えなくするアーティファクトだ。戦えるのはそっちのエルフだけだろう、これでお前たちの命は――」
その言葉の続きは、男の顔面にめり込むキコリスの拳によって、すっぱりと中断された。
男はそのまま背後に吹っ飛ぶと、壁に衝突し、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
そして一瞬、奇妙な静寂が訪れた。
「あれ。ごめんレイちゃん、あれ最後まで聞かないとダメなやつだった?!」
「……いや、うん。いいわ。そのままやっちゃって。」
「よかったぁ!」
そう叫ぶや否や、キコリスはぴょんっと飛び跳ねたかと思うと、その衝撃で背から離れた斧をキャッチして、一回転させながら正面に構えた。
ほぼ同時に、残る二人のフードの男が短剣を構え、左右から同時に飛び掛かる。
実はキコリスは対人戦において、謎の優位性がある。
通常、エルフは『弓使い』か『魔法使い』なので、できる限り距離を詰めて戦うべきだ。対して、キコリスは近接特化型の脳筋ファイターなので、どうにかして距離を詰めて戦いたい。
お分かりいただけただろうか?
キコリスから見れば、『なぜだかみんな、自分の得意な間合いに飛び込んでくる』のである。
「なんなんだ……コイツは?!」
「にひ。うーりゃっ!!」
二人の男が振り下ろした短剣は、斧の刃と柄に止められていた。
キコリスはそれを力任せに押し上げ、バランスを崩した二人のうち、片方の腹を斧の背で叩き飛ばした。
「くッ……死ねェ!」
残る男は再び短剣を振り下ろしたが、強引に引き戻した斧の背がそれを受け、火花が散る。
よろめいた男の胴目掛けて、左手の拳がクリーンヒット。一瞬宙に浮いたその体を、今度は右手の斧の背で、地面に叩きつけた。
二人が動かなくなったのを確認して、キコリスはぶんっと斧を回すと、元気に頭上に掲げた。
「いっちょあーがりっ!」
「……ふぅ。流石ね。」
アレイラも緊張を解いて、小さく手を叩いた。
彼らも弱くはなかったハズだ。こちらの戦力がエルフだけと知った上で、地下の閉所に誘い込み、魔法の対策までする徹底ぶり。
そのエルフがキコリスだったという謎の不運には、敵ながら同情する。
「さてと……」
倒れた男たちを横目に、アレイラは地面に落ちた振り子を拾い上げた。
つんと小指の先で弾くと、肌がぞわりとするような、魔法の余韻を感じる。
「レイちゃん、それ……」
「うん、確かに、アーティファクトね。ついてるわ。」
アーティファクト。魔法が込められた、古代の道具。
誰が作ったのかも、どうして魔法が使えるのかもわからない、神秘の遺物。
「わあ! もしかして、レイちゃんの言ってたやつ?」
「馬鹿ね、私たちが探してるのは、そんな簡単に見つかるものじゃないわ。」
「むぅ……そっかぁ……」
私たちの旅の目的は、とある『失われたアーティファクト』を探し出すこと。
もちろんこれとは似ても似つかないけど、それでも不要ってことはない。
なぜならアーティファクトは、そこそこいい値段で取引されるからだ。
旅を続けるにも路銀がかかるわけで、資金はいつでもカッツカツ。お金になるものなら、正直なんでもありがたい。
「こいつらも突き出したら、賞金とか出ないかしら……」
そう、何気なく地面に目を向けて、アレイラははっと息を止めた。
最初にキコリスが殴り飛ばした男がいない。視界にあるのは、先ほどの二人の男の体と、短剣が一本だけだ。
「――おっと、動くな。」
「!!」
首筋に当てられた冷たい感覚で、さっと血の気が引く。
「レイちゃん!!」
「動くなっつってンだろうがッ!! さっきは当たらなかったがな、コイツにはたっぷりと毒が塗られてんだ。少しでも乱暴に動かしたら……わかるな?」
「え……っ」
首筋の短剣が、ぎりりと強く押し付けられ、思わず顔をしかめる。
それを見て、キコリスは走り出そうとした足を、力なく止めた。
「キコ……リス、かまわず、に……!」
「レイ、ちゃん……」
しばらく斧を持って動揺していたキコリスだったが、やがてゆっくりとうなだれると、斧から両手を放した。
それは地面に突き刺さり、重く鈍い音を立てた。
「レイちゃんを……離して、ください……」
「この……バカ……っ」
なんとか声を出そうとするが、喉をきつく抑えられ、これ以上喋れない。
気づけば、残りの二人もフラフラと起き上がり、アレイラの左右に立っていた。
おそらく、二人も気絶したフリをして機会を伺っていたのだろう。
頬に汗が伝うのを感じる。
甘く見ていた。
こいつらは、人と戦うプロじゃない。人を騙すプロなんだ。
「フフフ……いい子だ。なに、殺しはしないさ。むしろ、大切に扱ってやるよ……『商品』としてなぁ……!」
三人の下卑た笑いを聞きながら、アレイラは唇を噛み締めた。
キコリスは顔を真っ青にして、涙をためてその様子を見ていたが――ふいに顔をあげ、目を丸くした。
「あ、あの……」
「ん? なんだ。」
「う、後ろ……」
そのキコリスの言葉に、三人はポカンと固まったあと、盛大に笑い出した。
「ひゃはははっ! 誰がそんな手に引っかかるか!! バカなのか?!」
「……?」
そう。この状況、誰が聞いたって、苦し紛れの嘘にしか聞こえない。
でも、私だけは知っている。
この子には、キコリスには、そんな器用な嘘はつけないことを。
――グォオオオオオオオアアアア!!
「な、何ッ?!」
男たちの背後、つまり入口の方から、耳が割れんばかりの轟音が響く。
次の瞬間、アレイラの体は宙に投げ出されていた。
「きゃあっ?!」
「レイちゃんっっ!!」
その体を抱きとめると、キコリスは何度か地面を跳ね転がり、小熊の檻に衝突した。
腕の隙間からどうにか頭を上げると、アレイラはようやく何が起こったのかを理解した。
背中に傷を受け、ばらばらに倒れている男たち。
その奥でゆっくりと立ち上がったのは、右腕に傷のある魔物――キコリスたちが戦った、あのハニーベアだった。
「あいつ……戻ってきたの……?!」
「レイちゃん、レイちゃん! 大丈夫!?」
そのキコリスの声にはっとして、首筋を触る。短剣の傷はなく、体のどこにも痛みはなかった。
でもその代わりに、目の前のキコリスは傷だらけで、そこかしこに血がにじんでいた。
「ばっ……キコリス、あんた……!」
「えへへ……レイちゃん、よかったぁ……」
いろいろと言いたいことはあったが、その擦り傷だらけの笑顔を見ると、どうにも言葉が出てこない。
アレイラは目をそらして、「バカ」とだけ呟いた。
――グルルルルルル……
そうしている間にも、ハニーベアは一歩、また一歩と、こちらへ近づいてきていた。
「クソっ……撤退だ!!」
「あっ、アイツら……!」
いつの間にか入口の上の方にいた三人が、傷を庇いながら逃げていく。
そのしぶとさと手際の良さには思わず感心してしまうが、こちらも他人事ではない。
「キコリス、私たちも逃げるわよ!」
今、ハニーべアと戦う余力は残っていない。
でも、こいつの目的は子供のはず。今なら少し気をそらせれば、逃げられる。
そう思い、キコリスの方を見ると――
「ん~~~っ!!」
「ばっ、な、何してんのよ?!」
当のキコリスは、あろうことか小熊の檻の前に屈みこんで、鉄の棒を引っ張っていた。
もちろん、やろうとしていることはわかる。明白だ。この期に及んで、この小熊を逃がそうとしているのだ。
でも、今そんなところにいたら、真っ先に襲われて――!
――グルル……
「え……」
驚いたことに、ハニーベアは一切動かず、ただ檻の中を見つめるのみだった。
アレイラは目を白黒させながら、檻を引っ張るキコリスと、動かないハニーベアを交互に見ていたが、やがて思い切ったように地面を蹴った。
「あーーッ!! もうッ!! この馬鹿ッッ!! 流石にあんたの力でも、鉄の檻は無理よ! 貸しなさい、このタイプの鍵はねぇ……!」
「あ……レイちゃん……!」
もうこうなったら、なるようになれだ。
文句はあとでたっぷり言ってやる。
そうして、キコリスとハニーベアが見守る奇妙な状況の中、震える手を押し殺して、どうにか檻を開けることに成功した。
「やったぁ! よかったね、クマさんっ」
「あっ、ちょ……っ」
開いた檻からキコリスが小熊を持ち上げので、アレイラは心臓が止まりそうになったが、親熊はゆっくりと子供に近づいて、嬉しそうに頬擦りをしただけだった。
穴倉から出ると、親熊は小熊を咥えて取り上げ、背中に乗せると、森の方へと静かに歩いて行った。
早朝の青白い光に照らされながら、アレイラは呆然とそれを見送っていた。
「……こんなことも、あるのね……」
「ふふ、レイちゃんにも、知らないことってあるんだねぇ。」
「アンタねぇ……」
しかめっ面でそれだけ言うと、アレイラはくすりと笑った。
それ以上の言葉は、今は出てこなかった。
朝日が昇り切ると、霧はすっかり晴れ、街道もくっきりと見えるようになっていた。
アレイラは再び地図を広げ、キコリスは山のような荷物を背負って、いつものように歩き出す。
ふと、遠くで鳴き声が聞こえた気がして。
二人が振り返った先には、綺麗な虹がかかっていた。
~Fin~
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この作品は感想を受け付けておりません。
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世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
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「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
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たしかに私は王妃になった。
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夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
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