ならまち、食べ尽くそうや!

おろしちみ

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Period 1 ならまちを知りましょう。

第16話 奈良漬け 後編

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 これはいけない。明らかに殺しにかかっている。しかし四人がとても美味しそうに食べているのを見て、こっちまで幸せになってくる。毎度毎度思うが、もちろん自分が食べても幸せになるが、美味しいものを食べて幸せそうにしている人を見るのも幸せになる。食というものは本当に素晴らしい人間の文化だ。
「これは奈良漬ならづけ?」
 おばあちゃんが、小鉢を差して言った。今日は土曜日だから、私は厨房に立たない日だった。だから、今日の小鉢は何なのか知らなかった。奈良漬け、名前は聞いたことがあるがどんなものかは知らない。
「はい、そうです。ひがしむきのお漬物屋さんから仕入れてるんです。あ、そうそう。この店の食材のほとんどは奈良県で生産されたものなんですよ」
「凄いですね。春夏はるか、そういうのをなんと言う?」
 感心しながらも時雨しぐれ先生が私に質問してくる。その表情といい、口調といい、まるで授業を受けているみたいで姿勢が急に良くなった。
「えっとー……あ、地産地消です!」
「正解」
「馬鹿にしないでくださいよー」
 みんながくすくすと笑う。私は「もう」と苦笑した。
「っていうか奈良漬けってなんですか?」
「胡瓜とかを酒粕に何度も漬けたもののことだな。鰻の蒲焼きの箸休めに奈良漬けを食べることもあるそう。食べてみたらどう?」
 先生は奈良漬けを上手な箸使いでつまみ、私にあーんしてくれた。不思議な気持ちになるけど、その時は先生がとんでもなく可愛い乙女に見えた。漬物はコリコリとしている。
「えっと……うん。そうですね……、なんて言えばいいんでしょう……」
 言葉に非常に困った。こんなの、なんと言えばいいのか分からないじゃないか。この味は知らない。
「そうだよね。結構普通の人は美味しくないって言うんだ。食べれる人は食べれるらしいけど。あ、すみませんお店の商品に……」
「いえいえ。確かに小鉢に奈良漬けを入れるかどうかの案は結構旦那と議論したものです。好みが大きく分かれますからね」
「私はちょっと苦手です。お酒自体が少し弱くて。だから春夏に食べてもらったんだけど」
 と先生は悪戯っぽく舌を出した。その隣で、紗穂ちゃんが不満そうに奈良漬けをバリバリと食べていた。
「先生的にそれはどうなんですか……。普通は『好き嫌いはダメだ』って言わなきゃいけない立場なのに」
 もう先生は黙ってそっぽを向いて唐揚げを食べていた。意外とお子様なところもあるんだなと感じてしまった。
「それにしても、本当に美味しいね。ありがとう、すず
 歌織かおりさんがお母さんに微笑む。
「お母さん同士ってすぐ仲良くなるよね」
 紗穂さほちゃんがそんなことを零す。私も時雨先生も頷く。
「どうやら高校時代の同級生みたいなのよ。科が違うから全く接点はなかったんだけど。歌織は私のこと知ってくれてたみたいだけどね」
「そういえばお母さんって高校どこだっけ」
星乃音ほしのおとだよ」
 私と紗穂ちゃん、時雨先生は同じタイミングで「えっ」と声を漏らしたのは、至極当然のことだった。
 星乃音高等学校はここよりもさらに東に行った、飛火野とびひの園地に堂々と校舎を構える高校だ。普通科と音楽科に分かれており、普通科は偏差値七十超えの超難関、音楽科は全国でもトップだ。日本の超有名ロックバンド・Badバッド daysデイズ  happinessハピネスのメンバーの二人も星乃音出身だ。私も大好きなのでCDは全部持っている。
「私は普通科、鈴が音楽科だったの。鈴は二、三年の時に吹奏楽の全国で優勝もしてるんだ。私も見に行ったよ。鈴、サックス吹いててめちゃくちゃカッコ良かったんだから。っていうか宏樹ひろきも確かパーカッションだったような……」
 お父さんも!? お父さんもお母さんもそんな凄い人だなんて。元々病院に勤めていた管理栄養士じゃないのか。もっと早く言ってくれれば良かったのに。
「もう、やめてよ。恥ずかしいから」
「そういえば、綴喜つづきさんは知ってる? 三条通りのカフェの」
叶恋かなこのことですか?」
 歌織さんは頷いて、「そうそう、叶恋ちゃんのところ」と言った。
「弓道部で春夏が同じだって聞いてるけど。綴喜さんがどうかしたの?」
 すると歌織さんはニヤリと笑った。まるでお母さんがビックリ仰天するような爆弾を隠すかのように。そういえばおばあちゃんは黙々と味噌漬けを食べている。もうじき完食してしまいそうな勢いだ。しかし綺麗に食べるなぁ。
「叶恋ちゃんのお母さん、鈴を知ってるって。伝えておいてって言われたから言うね。
『私の名前は綴喜叶笑かなえ』だってさ」
 お母さんはじーっと固まってしまった。お父さんが器用に三人分のプレートを持ってくる。
「みんなの分も出来たよーって……鈴?」
 私はお母さんの目の前で手を振ってやる。すると、お母さんの目が潤み始めた。そしてそれは一筋の線となり、だんだん量は増えて行く。次第には嗚咽をあげて泣き出してしまった。
「す、鈴? どうしたの?」
 お父さんがお母さんの背中を擦りながら宥めた。その場の誰もが驚いていた。大の大人が子どものようにわんわん泣いている。その光景を目の当たりにするとどうしようもなくなる。でも、普段から子どもっぽいお母さんだからなんとなく予想ができるな。

「落ち着いた?」
 やがてお母さんは、お父さんに促されて背中を忙しく上下させながら深呼吸した。もちろん私も秋月家のみんなも呆気にとられている。
「ごめんね。叶笑さんは私の一番の恩師だから。大好きな友達のお姉さんなんだ。大学でも叶笑さんの研究室で助手をしてたの」
 そういうことか。学生時代にお世話になった人なのだろう、叶恋のお母さんは。それにしても画家をしていると言ったが、お母さんも大学は芸術系に行ったのだろうか。
「お母さんは何の助手をしてたの?」
「叶笑さんの生活を手助けしてたの。基本は研究室で叶笑さんのご飯作ったり、他には個展が開かれる時には向こうの人と打ち合わせもしたな。仕事の依頼はほとんど私が受けてた」
 お母さんは味噌汁を啜りながら、懐かしむように言った。親の昔話ほど面白いものはない。普段は私たちが近況を聞かれるが、親の学生時代は聞いていて飽きない。
「そうそう、バッデイのギターボーカルの小神こかみ陽向ひなたは叶笑の妹よ」
「「「マジで!?」」」
 私と時雨さん、歌織さんの声が揃う。確かに小神さんはお母さんと同い年だ。叶恋のお母さんはメジャーデビュー20年目で日本のロックシーンの最前線を行くバンドのリーダーのお姉さんだったとは。
 なんだか胸がぐっと熱くなる。好きなバンドで、全曲覚えているぐらいの勢いだから。
「なんか運命って凄いね。でも嬉しい。私たちも家族同士も仲良くて」
 縁というものは今まで信じていなかったわけではないが、こんなにも巡り会うなんて凄いことだ。しかも、このならまちの美味しいものによって。それはもはや神秘に近い運命で、私はその神秘に感動していた。
「ホントに良かった。明後日からまた紗穂と時雨ちゃんをよろしくね」
「なんで私も。私がちゃんと見ておくからな」
 時雨先生はむぅっと頬を膨らませながらそう言った。可愛い人だ。だけど、今日のことはただのサービスで明日からは超怖い先生に戻っていたらどうしよう。
 私はそんな、的外れなことを考えながら唐揚げを頬張った。
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