ならまち、食べ尽くそうや!

おろしちみ

文字の大きさ
21 / 36
Period 1 ならまちを知りましょう。

第21話 柿 前編

しおりを挟む
 あまりに有意義すぎる木曜日だった。紗穂さほちゃんと一日中いれて楽しかったし、紗穂ちゃんも作れる料理のバリエーションが増えて、とても嬉しそうだった。それに、時雨しぐれ先生が作ってくれるご飯は最高に美味しくて、紗穂ちゃんのお兄ちゃんは面白い人だった。やっぱり、少しだけ兄妹が羨ましいななんて思った。私にもお兄ちゃんがいれば良かったのに。
春夏さるかちゃーん! 昨日はどうだったの?」
 いつもの待ち合わせ場所であるJR奈良駅のお隣、国鉄時代の旧駅舎。今は観光案内所になっている、外観だけは古い建物だ。いつも私が後から来るのだが、今日は希咲きさきの方が遅かった。希咲は私を見つけるやいなや、自転車に乗りながら片手を離して手を振った。本当に危ないし、万が一希咲の体に傷でも付いたら大変だ。
「こら、危ないから片手運転しないで」
「はーい」
 きちんと言うことは聞いてくれる子だ。私も自転車のサドルに跨り、ペダルを踏んだ。三条さんじょう通りの入り口は、多分石畳が始まるところからだと思うが、道路は全然続いている。あの区間が「三条通り」と呼ばれるだけの話だ。そして、入り口よりも西側、市役所や金幹がある方向にもずっと道は続いている。市役所の前の方も、平城宮跡はあるから普通に賑わっている。非常にややこしいのだが、平城宮跡のところには「三条大路」という車道があり、側道には人気チェーンの寿司屋などがある。
 私たちはわざわざそっちの方へは行かず、近鉄新大宮しんおおみや駅に向かうように自転車を走らせている。
「昨日はどうだった? 楽しめた?」
 最近出来た、「奈良コンベンションセンター」の前の交差点で、赤信号のため停車した。奈良コンベンションセンターは市役所の前に出来た会議場だ。隣接するホテルは、東京オリンピックのために建設された。さらに隣には蔦屋つたや書店があり、めちゃくちゃおしゃれだ。一回行ってみたいなとは思うけど、行って何をするかと言われると、どうしようもない。中にスタバがあるらしいが、正直JR奈良駅にあるし。
「楽しかったな。紗穂のお兄さんにも会ったよ。紗穂のことが好きすぎるんだけど、紗穂の方も満更じゃなさそうでさぁ。それが面白いねってずっと時雨先生と話してたんだけど……」
 希咲は私の話を聞いているのか、聞いていないのか分からないぐらいのところを見つめている。私を見つめているのか、はたまた私の自転車のヘッドライトを見ているのか。
「希咲?」
「え、あぁ……。あ、信号変わったよ」
 気が付くと信号が青に変わっていた。ここで停まっているのもただの迷惑だから素直に自転車を走らせる。露骨すぎる希咲の態度の変わりように、私が気が付かないわけがなかった。何か言いたいことがあるのはお見通しだ。同じクラスだから、別にからかなこの時みたく二人きりでどこかへ寄り道する、とうことはしなくても良い気がする。今日は休み明けで悠里ちゃんが脚本を完成させたというから、その話し合いで部活に行くのが遅れるかもしれないし。
 そうだ。悠里ゆうりが書き上げた脚本はどんな作品になっているのだろうか。昨日の夜に三組のグループラインで『やっと出来たよ! 楽しみにしといて!』って言ってから、相当の自信があるんだろうな。
 教室に入ると、私の席にクラスメイトが座っていた。名前は知っているけど、話したことはない。
「あ、夕凪ゆうなぎさん、席借りちゃってた。ごめんね」
「全然! そのままでいいよー」
 よく見ると、その子は私の席に座ることが目的ではなかったみたいだ。そんなことするやつがいるならただの変態だ。その子は、私の前の席、つまり悠里ちゃんの友達みたいだ。悠里ちゃんが書いてきた脚本を、先取りして読んでいるところだったみたいだ。
「悠里凄いじゃん! これ、絶対賞も狙えるよ!」
 悠里ちゃんの周りに、「私にも読ませて!」と人だかりが出来始める。席を譲ってあげた方がいいかと思って、私は希咲に方へ行こうとした。しかし、希咲は朝の自習を始めてしまっていた。仕方ない、弓道場にでも行くか。

 弓道場では朝練が行われていて、そこには叶恋の姿もあった。最近、叶恋と一緒に来てないなと思ったら、こうして早く来ていたのか。
「叶恋は毎日朝練来てるの?」
 叶恋は前髪をかきあげながら振り返った。その仕草が朝日に反射しているのが麗しすぎて、私は「眩し」と声に出してしまった。
「そうだよ。春夏はなんで来ないんだ?」
「えっと……その……」
 あまりにも眠たすぎて朝は行く気になれない、だなんて言えないっ!
「朝は仕込みを手伝ってるから……」
「眠たいから、だろ?」
「うぅ」
 叶恋はふっと悪戯っぽく笑う。あまりにも二面性があるすぎて怖いわこの子。クールなのか、ビビりなのか。カッコいいのか可愛いのか、はっきりして欲しいところではある。
「それで、なんで今日は覗く気になったんだ?」
「それがさ、うちのクラスの劇の脚本が出来あがったみたいでね、それを見ようとして私の席を譲ることになっちゃったの。それが物理的要因でございまして……」
「精神的要因があるんだな。言ってみ?」
 もうやらないのか、叶恋は弓をしまって座りこんだ。ペットボトルの水を飲むのですら麗しい。水も滴るいい女、とはきっと綴喜叶恋のことだろうな。私も叶恋の隣に座り込んで、悩みを打ち明けることにした。
「希咲の様子が変なの。なんか、私に興味があるのかないのか分からないような感じで。何か希咲の気を滅すようなことした覚えはないんだけど……」
 今朝の希咲は本当にどこかおかしかった。毎日、登校は一緒にしているのに、今朝はこれまでと明らかに違った。私に聞いておいて、返答はほったらかす。そんなこと、希咲がするわけがないのに。もしかして、今に始まったことではないのかもしれない。希咲にも希咲なりに私に対する不満があり、それが今日こうして目に見える形で発散したのかもしれない。
「考え過ぎじゃないのか? 別にそこまで気にする必要もないと思うけどなぁ……。希咲もぼーっとしてたとか。自分で聞くのが嫌なら私が聞こうか?」
「え、いいの? でも希咲のこと怖いんじゃ……」
「大丈夫だよ。確かにあんまり話さないけど、もう怖くはないし。じゃあそういうことで」
 叶恋にこれまでしたこともないような感謝をして、私はルンルン気分で教室に戻った。これを機に叶恋と希咲の距離がぐっと縮まればいいのにな。私のことで奮闘してくれているのに、そんな他人事のようなことを考えている私はヤバいな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

近すぎて見えない物

あんど もあ
ファンタジー
エルリック王子と一夜を共にした男爵令嬢。エルリックの婚約者シルビアが、優しく彼女に言った一言とは。

処理中です...