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第四話 晩餐と帰宅
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「元紅酒、二杯でございます」
旨味紅龍で個室に通された二人は出された盃を合わせる。
「で、緋恋さんは煥緞の件に絡んでいくんですか?」
一口飲んで盃を卓に置いた遼経、一方の緋恋は一息に飲み干す。
「ああ。
流石に単独では厳しそうだから天宗、栗健、大寛に声掛けてる。
とは言っても魏州の連中は意地でも獲りにいくだろうし、東輝さんの話では趙州や燕州の連中も動いてるらしいから、先越されるかもしれないけどな」
天宗、栗健、大寛、いずれも燐司を拠点とする二級の羅刹士だ。
「でもその妖仙兄弟は、何で煥緞なんですかね?
魏州のど真ん中落としても、いきなり包囲網に飛び込むみたいなもんじゃないですか」
山中では感じる事の出来なかった、手の込んだ料理の香りが鼻腔をくすぐる。
緋恋が料理を運んできた店員に酒の追加を依頼し、相槌を打つ。
「な。
それなりに大きい都市が欲しかったら燕州とか、趙州とか、国境近くだよな。
それにわからんのが、煥緞の羅刹士も何やってたんだ? って話だ。
まぁ、煥緞の連中が腑抜けばかりか、上位陣が出払っていて、妖仙兄弟がそれを知ってた、ってだけかもしれないけどな」
遼経は出された料理を頬張りながら、緋恋の言葉だけではまだ腑に落ちていない表情をする。
「煥緞に何かあるんですかね?
あそこは遥か昔も妖魔の居城でしたし」
だが緋恋は料理に箸を伸ばしながら首を振る。
「さぁな。
で、お前は?
なんだったら俺達と一緒に煥緞に行かないか?
お前もそろそろ準ニ級だろ?
大変な相手だろうけど、獲れたら美味しいぜ」
遼経は盃に手を伸ばし、残った酒を飲み干す。
緋恋が組む指定討伐隊参加の誘いだ。
「今回の依頼が成功と認定されたら準ニ級になれる筈ですね。
もし取れたら一気に二級も見えそうですよね。
でも今、指名での依頼が来てるみたいなんですよ。
局長には煥緞の件にはまだ関わるな、って言われましたし、まずは指名の依頼の話を聞いてからですかね」
「指名?
凄ぇな。
俺もまだ指名で依頼をもらった事なんて無いぞ?
依頼主は誰かわかってんのか?」
大いに驚く緋恋に対して、遼経は苦笑いした。
「えぇ……玉蓮です」
緋恋の箸が止まる。
まじまじと遼経を見て再確認する。
「玉蓮……あの玉蓮か……?」
遼経は苦笑いのまま、黙って頷いた。
「あぁ……そうか……そういう事か……
まあ、俺はその件に関しては……口は挟まんが……
んん……まぁ、お前とは玉蓮は……まぁ……相性良さそうだったから……悪くないんじゃないか……?
いや……むしろいいのか……?
どんな依頼かは知らんが……とりあえず景色のいい所にでも連れて行って……洒落た所で酒でも飲んで……その後は多少強引にでも押し倒せば……」
「何でそんなにたどたどしくなっちゃうんですか?
しかも最後の方、絶対に依頼とは違う話してますよね?」
遼経は笑う。
確かに遼経と玉蓮は羅刹士と担当院士として相性は悪くなかった。
自身が腹落ちするまで動こうとしない遼経。
対して遼経が気にする点を分かっていたかのように、依頼内容の詳細を調べ上げて背中を押す玉蓮は、まるで引っ込み思案の弟と世話焼きの姉の様でもあった。
一方で緋恋は先入観を持つ事を嫌がり、必要以上の情報を拒んで行動する。
豊富な情報量で後押しする玉蓮とは根本的に合わない。
玉蓮もまた緋恋の行動原理を浅慮軽薄と感じて、好ましく思っていなかったようだ。
決して嫌い合っている訳ではなく、むしろ互いの能力を認めてはいるものの、互いに互いを苦手としているのは遼経も感じていた。
「まぁ、俺は特に口出しはしないから。
うまい事やってくれ」
「何か依頼とは違うものの感想に聞こえますけど……
まぁ、連絡取って話してみますわ。
緋恋さんも煥緞に行くなら気を付けて。
いつ出るんです?」
「明日だ。
俺と天宗で先に出る。
栗権と大寛とは牧蓉で合流して坎河を渡る」
明日と聞いた遼経は少し驚きつつも、何かに納得した様な表情で笑う。
「だから今日、食事に誘ってきたんですね?
緋恋さんこそ、そろそろ俺以外の晩餐の相手を見つけてもいいんじゃないですか?」
緋恋は自嘲する様に笑う。
「それはどういう意味だよ。
まさかこの俺に身を固めろ、とか言う気か?」
その後互いに心ゆくまで歓談し、飲み食いした後、二人は家路についた。
遼経の家は居住区の中でも中産階級層の多い地区にある。
家族はいない。
親は既に死に、家はその遺産として相続した。
周辺の家に比べれば決して大きくはないが、一人で住むにはむしろもて余し気味だ。
母親の顔は知らない。
父親は羅刹士だったが、物心ついた頃に死んだ。
死因は依頼中の殉職。
遺産としてこの家を継ぐことができ、羅刹院からの遺族手当が支給された事で路頭に迷わずに済んだ。
また当時院士になったばかりで、父と旧友だった今の局長が後見人になった。
だが父親が生きていた頃は使用人が数人いたが、一人になった。
そして遺族手当を狙った怪しげな者が寄り付いてくるようになった。
胡散臭い新業態事業の投資、怪しげな講習、そして宗教、政治的活動の勧誘。
後見人や使用人に守られながら、金を目当てに弱者に群がる人の醜い欲を見てきた。
緋恋、緋蘭の兄妹と知り合ったのはその頃だ。
その後遺族手当が打ち切られる成人になる前に、羅刹士の養成施設に入った。
朧気にしか覚えていない父の影を追って。
施設に入ったのを機に使用人は契約を解除した。
それ以来、使用人を雇っていない。
依頼で空けていた間、家中は薄く埃がつもりつつあった。
支局に成果報告に行く前に一度戻っているので、わかっていた事とはいえ、それでもげんなりする。
明日は半日近くかけて掃除が必要だろう。
今その使用人がどこで何をしているのかはわからない。
現在は使用人を自分の収入で雇える程度には稼げているが、その使用人以外を雇おうという気にはならない。
信頼関係を築いた者以外を家に上げたくなかった。
それでも長期に家を留守にした後に帰って来た時は、その考えを改めようかとも思う。
あるいはもっと霊術の技術、能力を高めて、家ごと霊封してみようか。
そんな事を思いながら窓を開ける。
現実としては霊術を得意とする上位の羅刹士でもなければ、長期に渡って家を霊封するなど、なかなかできる事ではない。
夜風が酔いで火照る体を心地よく冷ましてくれる。
息を止めてソファを叩き、そしてゆっくりと腰掛けた。
旨味紅龍で個室に通された二人は出された盃を合わせる。
「で、緋恋さんは煥緞の件に絡んでいくんですか?」
一口飲んで盃を卓に置いた遼経、一方の緋恋は一息に飲み干す。
「ああ。
流石に単独では厳しそうだから天宗、栗健、大寛に声掛けてる。
とは言っても魏州の連中は意地でも獲りにいくだろうし、東輝さんの話では趙州や燕州の連中も動いてるらしいから、先越されるかもしれないけどな」
天宗、栗健、大寛、いずれも燐司を拠点とする二級の羅刹士だ。
「でもその妖仙兄弟は、何で煥緞なんですかね?
魏州のど真ん中落としても、いきなり包囲網に飛び込むみたいなもんじゃないですか」
山中では感じる事の出来なかった、手の込んだ料理の香りが鼻腔をくすぐる。
緋恋が料理を運んできた店員に酒の追加を依頼し、相槌を打つ。
「な。
それなりに大きい都市が欲しかったら燕州とか、趙州とか、国境近くだよな。
それにわからんのが、煥緞の羅刹士も何やってたんだ? って話だ。
まぁ、煥緞の連中が腑抜けばかりか、上位陣が出払っていて、妖仙兄弟がそれを知ってた、ってだけかもしれないけどな」
遼経は出された料理を頬張りながら、緋恋の言葉だけではまだ腑に落ちていない表情をする。
「煥緞に何かあるんですかね?
あそこは遥か昔も妖魔の居城でしたし」
だが緋恋は料理に箸を伸ばしながら首を振る。
「さぁな。
で、お前は?
なんだったら俺達と一緒に煥緞に行かないか?
お前もそろそろ準ニ級だろ?
大変な相手だろうけど、獲れたら美味しいぜ」
遼経は盃に手を伸ばし、残った酒を飲み干す。
緋恋が組む指定討伐隊参加の誘いだ。
「今回の依頼が成功と認定されたら準ニ級になれる筈ですね。
もし取れたら一気に二級も見えそうですよね。
でも今、指名での依頼が来てるみたいなんですよ。
局長には煥緞の件にはまだ関わるな、って言われましたし、まずは指名の依頼の話を聞いてからですかね」
「指名?
凄ぇな。
俺もまだ指名で依頼をもらった事なんて無いぞ?
依頼主は誰かわかってんのか?」
大いに驚く緋恋に対して、遼経は苦笑いした。
「えぇ……玉蓮です」
緋恋の箸が止まる。
まじまじと遼経を見て再確認する。
「玉蓮……あの玉蓮か……?」
遼経は苦笑いのまま、黙って頷いた。
「あぁ……そうか……そういう事か……
まあ、俺はその件に関しては……口は挟まんが……
んん……まぁ、お前とは玉蓮は……まぁ……相性良さそうだったから……悪くないんじゃないか……?
いや……むしろいいのか……?
どんな依頼かは知らんが……とりあえず景色のいい所にでも連れて行って……洒落た所で酒でも飲んで……その後は多少強引にでも押し倒せば……」
「何でそんなにたどたどしくなっちゃうんですか?
しかも最後の方、絶対に依頼とは違う話してますよね?」
遼経は笑う。
確かに遼経と玉蓮は羅刹士と担当院士として相性は悪くなかった。
自身が腹落ちするまで動こうとしない遼経。
対して遼経が気にする点を分かっていたかのように、依頼内容の詳細を調べ上げて背中を押す玉蓮は、まるで引っ込み思案の弟と世話焼きの姉の様でもあった。
一方で緋恋は先入観を持つ事を嫌がり、必要以上の情報を拒んで行動する。
豊富な情報量で後押しする玉蓮とは根本的に合わない。
玉蓮もまた緋恋の行動原理を浅慮軽薄と感じて、好ましく思っていなかったようだ。
決して嫌い合っている訳ではなく、むしろ互いの能力を認めてはいるものの、互いに互いを苦手としているのは遼経も感じていた。
「まぁ、俺は特に口出しはしないから。
うまい事やってくれ」
「何か依頼とは違うものの感想に聞こえますけど……
まぁ、連絡取って話してみますわ。
緋恋さんも煥緞に行くなら気を付けて。
いつ出るんです?」
「明日だ。
俺と天宗で先に出る。
栗権と大寛とは牧蓉で合流して坎河を渡る」
明日と聞いた遼経は少し驚きつつも、何かに納得した様な表情で笑う。
「だから今日、食事に誘ってきたんですね?
緋恋さんこそ、そろそろ俺以外の晩餐の相手を見つけてもいいんじゃないですか?」
緋恋は自嘲する様に笑う。
「それはどういう意味だよ。
まさかこの俺に身を固めろ、とか言う気か?」
その後互いに心ゆくまで歓談し、飲み食いした後、二人は家路についた。
遼経の家は居住区の中でも中産階級層の多い地区にある。
家族はいない。
親は既に死に、家はその遺産として相続した。
周辺の家に比べれば決して大きくはないが、一人で住むにはむしろもて余し気味だ。
母親の顔は知らない。
父親は羅刹士だったが、物心ついた頃に死んだ。
死因は依頼中の殉職。
遺産としてこの家を継ぐことができ、羅刹院からの遺族手当が支給された事で路頭に迷わずに済んだ。
また当時院士になったばかりで、父と旧友だった今の局長が後見人になった。
だが父親が生きていた頃は使用人が数人いたが、一人になった。
そして遺族手当を狙った怪しげな者が寄り付いてくるようになった。
胡散臭い新業態事業の投資、怪しげな講習、そして宗教、政治的活動の勧誘。
後見人や使用人に守られながら、金を目当てに弱者に群がる人の醜い欲を見てきた。
緋恋、緋蘭の兄妹と知り合ったのはその頃だ。
その後遺族手当が打ち切られる成人になる前に、羅刹士の養成施設に入った。
朧気にしか覚えていない父の影を追って。
施設に入ったのを機に使用人は契約を解除した。
それ以来、使用人を雇っていない。
依頼で空けていた間、家中は薄く埃がつもりつつあった。
支局に成果報告に行く前に一度戻っているので、わかっていた事とはいえ、それでもげんなりする。
明日は半日近くかけて掃除が必要だろう。
今その使用人がどこで何をしているのかはわからない。
現在は使用人を自分の収入で雇える程度には稼げているが、その使用人以外を雇おうという気にはならない。
信頼関係を築いた者以外を家に上げたくなかった。
それでも長期に家を留守にした後に帰って来た時は、その考えを改めようかとも思う。
あるいはもっと霊術の技術、能力を高めて、家ごと霊封してみようか。
そんな事を思いながら窓を開ける。
現実としては霊術を得意とする上位の羅刹士でもなければ、長期に渡って家を霊封するなど、なかなかできる事ではない。
夜風が酔いで火照る体を心地よく冷ましてくれる。
息を止めてソファを叩き、そしてゆっくりと腰掛けた。
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