異世界の神子は、逆ハーを望まない

一花八華

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第1章

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風が、潮の香りを運んでくる。
…ザザ。
…サザザ。

微かに聴こえてくる波の音に、心が躍る。

「もうすぐ着くよ。お嬢さん。ほら…」

ヴォルフの指差す方を見て、思わず歓声をあげる。

「ーっ海!ほんとだ!海が見える!」

建物と建物の間に、キラキラと溢れる波の光を目にして、私は思わず走り出す。

「ちょっと、ミコト!急に走らないでよ!」

慌てて私に駆け寄るセシル君。大人二人は苦笑しながら、それを見守っている。

「はしゃぎすぎて、また濡れないようにしなよー。お嬢さん。」
「セシル。神子殿が海に浚われないよう、お前が気をつけろ。」

「なんで僕が、ミコトのお守りを!?」
「落ちたりなんてしないってー!」

投げ掛けられた言葉に、返事を返し、砂浜へと出る。

「ー…。」

ーザザァア
ーザザザザザァア
ーザブザバァア

日も地平線の下へと沈み、橙かかった空は青紫のベールを纏いながら、徐々に夜の顔に装いを代えていく。

昼と夜の変わり目。明と暗の境。暗く深い波間を駆ける、不思議な色彩の泡の煌めきに、私は思わず息を飲んだ。

「ーあんた、何走ってんの?こどもじゃあるまいし…。」

隣に並ぶセシル君が、ばっかじゃないの?っと呟きながら、私の顔を見る。

「ー来たかったの…。」

ぽつりと溢す。

「海に?」

セシル君の声に、こくりと頷く。

【一緒に海に行こう?】

此方の世界に召喚される前、言われた台詞。
思わず、酷い言葉をかけてしまった先輩の顔が浮かぶ。
此方の世界に来てから、男性が苦手なのもだいぶ和らいだと思う。今の私なら、もしかして先輩とも海に来れたりしたするのかな。

「先輩と…一緒に…来れたらよかったのになぁ。」

粒やいた言葉にハッとする。何言ってるんだろ。こんな事言っても意味ないのに。此方に来たからこそ、苦手が克服されたようなものだし…あっちに帰れるわけでもないのに。

「…ねぇ。」
「うん?」
「…ミコト…元の世界に…帰りたいの?」

私の様子を伺うように、セシル君が尋ねてきた。

「え。そりゃ、帰りたいよ。」

夏休暇に入った所だったから、今戻れれば、授業の遅れもないし…行方不明の捜索願いとか、出ずにすむと思う。…私を探してくれる家族は、もう居ないけど…友人には、心配かけてると思う。
アパートの家賃も不安だし、バイト先にも無断欠勤で迷惑かけてるだろし、クビになってるに違いない…って、うわっ!?私なんで今までその事考えなかったんだろ!?

召喚されて混乱してたからって、ここまで元の世界の事忘れてるなんて…

「…元の世界に、恋人がいるから?」

私の服の裾を掴み、話かけてくる。心なしか、その赤い瞳が揺れているように見えた。

「へ?恋人?」

いや。何を言ってるのかな?この子は…。

「そんなの、いるわけないじゃない。」
「えっ?でも、海に来たかったんでしょ?そのセンパイって奴と…。それとも、片思い?」

ああ!さっき粒やいたからか!なんたる失態!

「あれは、違うの!元の世界で、海に誘ってくれてた人がいて、断っちゃったんだけど、できれば一緒に行けたら良かったのになー。って思い出しただけで!」

うん。恋人どころか、片想いでもないんだよね。そのスタートラインにすら、私は立ててなかったから。男が苦手な事を理由に、避けまくるは、暴言吐くはで…目も当てられなかったからなぁ。

「ふぅん。」
「ミコトを海に誘うような…奇特な奴もいたんだね。」

溜息を付く私に、セシル君は無遠慮な言葉で止めを刺す。

「ぐっ。確かに奇特な人だったよ。」

本当に、勿体無い事したと今でも思う。あの日に帰れるなら、スライディング土下座をして謝りたい!謝ってすむかは、微妙だけど!

「まぁ、いいじゃん。今はこうして海に来れたんだし。」

クスクスと笑いながら、セシル君が話す。

「それとも、僕…達とじゃ不満?」

下から見上げ笑う仕草に、不覚にも「可愛いっ!」っと心の声が漏れ、セシル君に「…ムカつく」っと叱られた。

年頃の男の子の扱いは、難しい…。



◇◇◇



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