執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華

文字の大きさ
7 / 18

ソレは食べ物ではありません

しおりを挟む
 口は災いの元って言うじゃない?
 舌の剣は命を断つ……だったかしら。
 不用意な発言が身を滅ぼす……考え無しに言葉を口にしていると、いつか痛い目に遭うって事なんだけれど……私にとっては、今まさにこの状態を指すのだと思うのよ。私の部屋で、私のベッドの上で、クラウスに襲われている現状が!
 俗に言う絶対絶命って奴だわ!!

「どうされたのです? お嬢様。早く反撃なさって下さい。ほら、こう腕を捕られ押し倒された時はどうされるのですか?」

 私の上で、クラウスはそう急かす。剣呑とした瞳はそのままで、真っ直ぐに私を見つめ息の根を止めにくる。節くれだつ左手で、私の両腕をやすやすと固定し、空いた右手で私の顎をゆっくりなぞりこちらの様子を伺っている。

「こっ……こういう時は、こうするのよ! えっと、こうして、ああやって……」

 ハンナとの特訓を思い出し、必死に身体を捩る。けれど……どっどうしてかしら、まったく身動きがとれない。クラウスったら、細身に見えて馬鹿力なの!? 片手の拘束すら取れそうにないわ!

「ンッ! やぁっ! んぁっ! だめだわ」

 顔を真っ赤にしジタバタもがいてみるが、疲れるだけで効果がない。腰は、クラウスの長い脚に挟まれ抜け出す事も難しそう。手の痺れと羞恥で、また目尻に涙が貯まる。ううっ泣かないわよ。私、涙なんて絶対誰にも見せないんだから! 負けないわ! 

「どうしたのです? ほら。真剣に対処なさって下さい。そうでないと、私に襲われてしまいますよ?」

 ゆっくりと私に顔を近づけると、クラウスはそう耳元で囁いた。その瞬間ゾクゾクと何かが身体を駆け巡り、思わず声が漏れそうになる。ビクッと腰が跳ね、クラウスと密着してしまう。

「……耳が弱いのですね」
「ひぅっ!」

 クラウスが囁く度に、おかしな感覚が腰の辺りを撫で回し力が抜けそうになる。あぁ、抜け出さなきゃいけないのに。拘束を解かなきゃいけないのに、その力が元から抜けでてしまう。

「くっクラウス……其処はやめてっ。力が抜けちゃう」
「あぁ。だめですよ。お嬢様、自分を襲ってる相手にそんな弱い所をやすやすと教えては……」

 出来の悪い幼子を窘めるように、優しい声色で諭すクラウス。その甘い声が、耳を否応無く擽りこそばゆくてもどかしい。

──カプッ。

「ひゃあ!?」

 新たな刺激を受け、ビクッと跳ねる。えっ!? 

「くっくくクラウス? 貴方、今何をしたの?」
「お嬢様を食べました」

 それが何か?とでもいう声色で、平然とクラウスが答える。たっ食べましたって、 貴方、みっ耳を噛んだわね! 弱いと言ったから!? 

「なっ! 其処は食べる所ではないわ! いえ、大体私は食べ物じゃないのよ!? 食べても美味しくないの! やめて!ってひゃん!」

 顔を逸らし必死に逃げようとするのに、クラウスは執拗に耳を甘噛みしてくる。ううっ、漏れでる吐息と唇や歯の感触。何か変な感じよ! やだっこれ、やだぁ

「やめてっ。おいっ……しくないからぁ。ふわっ。くすぐったいわ。クラウスだめっ」

 無理だわっ。こんな風にされたら、力なんて入らない。あぁ……私が馬鹿だった。襲われても自分の身くらい守れるって思っていたけれど、実際は何もできてない。口でいやいやと詰る事しかできないなら、何も抵抗していないのと一緒じゃない。

「ねぇお嬢様。……こんな風に拘束されて、弱い所を責められたら、貴女は簡単に手篭めにされてしまうのですよ?」

 じわりと滲む目尻に、そっとキスを落としながらクラウスは呟く。

「愛らしい貴女に可愛らしい抵抗をされたら、男なんて誰も止まってくれません。どんなに貴女が嫌がって、泣いて拒んでも、その白い肌は暴かれ、薄汚いケダモノ共に易々と蹂躙されてしまう」

 真剣なクラウスの言葉と視線。手の拘束は解かれ、優しく身を起こされる。ふわふわと柔らかなベッドの上で、向かい合って座り直すと、クラウスはその端正な顔を歪め私を見つめた。

「お嬢様。貴女は、貴女が思っている以上に魅力的な女性ひとなのです。そんな貴女に思わせ振りな態度をとられれば、誰だって舞い上がってしまう。軽々しく好きだの、抱いて欲しいなど口にするべきじゃない。そんな事を言えばどんな目に遭うか……これでよくわかったでしょう?」

 クラウスの指が、私の髪に触れる。腫れ物に触れるかのように掬いあげ、白い指先に私の黒い髪を絡ませる。

「普段、人畜無害で善人面したへタレ王子も、想いが強すぎるあまり、距離を詰めれない対人下手も、女性不信から軽薄なふりを演じている道化も……そのお綺麗な顔の下に獣を飼い、貴女を狙っている」

 目を細め、そう語るクラウス。

「……もちろん。無関心を装い、貼り付ける笑顔で本音を隠す私も、頭の中は貴女でいっぱいなのですよ。セリーナ」

 フッと自嘲気味な笑みを浮かべ、クラウスが呟いた。

「だから、お願いです。もっと……ご自分を大切にして下さい。貴女が傷つくと私は辛い」
 
 ゆらゆらと揺れる翡翠の瞳が、真っ直ぐに私の心を射貫く。その言葉が瞳が想いが嬉しい。嬉しいと喜んでしまう自分がいる。だけど、

「でも……ごめんなさい。貴方の気持ちやいいたい事はわかっているの。それでも……それでも私は」

 夜這いを成功させ、処女でなくならなければいけない。

「貴方は、恋人でないと……抱いてくれないのよね」

 縋るような目を、クラウスに向けてしまう。

「できるなら、私を愛さず、無関心のまま、一度だけ抱いて欲しいの……でも、クラウスが嫌だと言うなら……無理にとは言わないわ」
「お嬢様。貴女は、ご自身の仰ってる意味がわかってるのですか? 私がどのようなの想いで貴女を拒み触れたか……」

「わかっているわ。でも、だって仕方ないじゃない! そうするしか方法が見つからないんだもの! クラウスの側に居たいの! その為には婚約者候補から外れなきゃ! でも、恋人として抱かれたら……クラウスがっ……クラウスが酷い目に遭うわ! 主従のまま結ばれたら、きっとお父様がお怒りになる。でも、クラウス以外に触れられるのも嫌! 私、貴方以外なんて考えられないのよ!」

 言葉にした瞬間、抑えてたモノが溢れでた。心の奥底にし舞い込んだ本音が、濁流のように押し寄せて、堪えていた想いがポロポロと涙となって零れ落ちる。

 あぁ。そうよ。そうだった。私、断罪とか追放が嫌だったんじゃない。クラウスと離れる事が嫌だったのね。

「ふっ……ふぐ。ふえっ……ふあぁあああん」

 自覚すると駄目だわ。クラウスに迷惑をかけたくない。でも、クラウスに抱かれたい。我儘な私が、クラウスを困らせてる。最低。最低だわ。

「ごめっ……ごめんなさい。くりゃうす。す……すきになってごめんらさいぃ」
    
 謝る事しかできない。ごめんなさい。こんなに好きでごめんなさい。初めて会った日から、その翡翠の瞳に囚われ、貴方の時折みせる優しい眼差しに恋したの。どんな時も黙って側にいて、見守ってくれて、ちゃんと叱ってくれて、私を私として見てくれる。そんな貴方に惹かれてしまったのよ。

 悪役の癖に、恋なんてしてごめんなさい。

 好きになって、ごめんなさい。

 私は貴方を幸せにできないのに……

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...