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「内緒とはつまり、王の意思に背いて来たの?」

 頷けば、「本当に跳ねっ返りの王女だ」と返ってきた。



「私は、何と思われてもかまいません。陛下、聞いてください。両国間の情報に差異が生じています。つまり、何者かがレオンティオ帝国とミディル国を戦争させようと画策している可能性があります」

 彼に好きにされっぱなしなのは悔しい。だからオリヴィアは意趣返しをすることにした。

 放してもらえないのなら、こちらから更に深く入って行くだけだ。



「陛下は私と一緒で戦争が好きじゃないんですよね? この件について、どう思いますか?」

「俺の預からないところで勝手なことをされるのはおもしろくないね」

「でしたら……、」

「姫、良いことを教えてあげよう。相手の手の内を知りたければ、あえて泳がされてみるのも一手だ」

 オリヴィアは目を見張った。この発言はつまり、わかった上で行動していることになる。



「陛下はご存じだったんですね。私は、陛下が泳いでいるところへ自ら飛び込んでしまった」

「きみが加わったおかげで、もっと劇的な展開になりそうだ」



 カルロスはぱっと手を放した。いきなり手が自由になって逆に戸惑った。

 すっと立ち上がった彼は恭しく、手を差し出した。



「私を、正妃に据える価値が上がりましたね」

 手を取らずに、視線を彼に向ける。

「ああ、上がった。夫婦の利害が一致した今、力を合わせて勝手なことをするやつをあぶり出そう。きみを利用して、俺はきみに溺れる腑抜けた王を演じる。工作を働く相手がどういう行動を起すか、反応が楽しみだ」

 カルロスは、「おもしろくなってきた」と上機嫌に言った。



 ――陛下のおもしろい基準がまだつかみきれないけれど、おそらく、戦争をしないほうがおもしろいと思わせ続ければ、私の勝ち。祖国の滅亡を回避できる。はず……!



「ということで、オリヴィア。俺は明日から本気できみを溺愛する。覚悟して挑め」

「溺……」

 彼の愛? そんなのいらない! 

「どうせ溺れるなら、泉で溺死するほうを望みます! 」

 カルロスは「なぜ泉?」と笑った。



 決めた覚悟が揺らぎそうだった。言葉を失い呆けていると、カルロスはオリヴィアの頭をよしよしと強くなでた。おかげで髪の毛が乱れた。

「……陛下。お忘れのようですが、仔猫だって、爪も牙もあるんですよ」

「そうだね。覚えておく」と爽やかに言われてしまった。



 ――不本意! だけれど、これでいいはず。身代わりではなく私自身が嫁いでとりあえず、受け入れられた。

 前回とは違う流れにはなった。シェンナがカルロスに殺されて滅亡の未来は変えられたはず。



 だけどまだ完全には安心できない。裏で糸を引く相手を見つけることが当面の目標だ。

 半年後にミディル国が滅びないように、それまでに開戦を回避しつづける。最終的な目標は変わらない。



 だが今はそれよりも……。

「陛下。いい加減に髪の毛混ぜるの、やめていただけますか」

 さっきからぐりぐりと頭を撫でまわされて髪が絡まる。撫でかたも雑で、強くて痛い。

 オリヴィアの、早急に解決すべき問題は、彼から逃れることだった。



「仔猫に引っ掻かれようが、かまれようが平気、……痛!」

 突然カルロスが声を上げた。見ると、彼の背中に本物の猫が全部の爪で引っ掛けてへばりついている。

「ルカ! 出てきてくれたのね!」

「首筋に、猫の爪が、食い込んでる……」

「……精霊猫。もっとやるのです」

 オリヴィアは猫を応援しながら、その隙に彼の手から逃れた。





 ◇カルロス視点◇



 カルロスは、オリヴィアと話をすませると、彼女の部屋を出た。ドアのそばに渋面の中年男ハリソンと、少し離れ場所にオリヴィアが祖国から連れてきた侍女がいた。



「追い出してすまなかったね。部屋に戻っていいよ」

 侍女は、話しかけられるとは思っていなかったらしい。目を泳がせてから頭を下げて部屋に入っていった。



「やあ、ハリソン、待たせたね。護衛ご苦労」

 手を上げて、わざと明るく声をかけた。

「やあではございません、陛下。王女を追い出すどころか、部屋を与えさらに会いに行くなんて、どういうつもりですか」

 ハリソンは小声で、カルロスを諫めてきた。



「しかたないだろ。彼女、俺の好みだったから」

 軽口を叩きながらハリソンと一緒に執務室に向かう。もう空は茜色だが、まだ仕事が残っている。



「いかがでしたか?」

「王女は守られ、隔離されていたんだろう。何も知らないみたいだ」

「それは、確かですか?」

「嗅いで確かめた」

 カルロスは立ち止まり後ろを振り向くと、自分の鼻を指差した。それを見たハリソンはあきれ顔になった。





「陛下は、危険が過ぎます」

「ハリソン、俺を誰だと思ってるの? 大丈夫だよ。獅子の群れに迷い込んだ哀れな子猫を保護し、愛でただけ。善良な者の勤めだろう?」

「陛下が善良?」

 ハリソンの眉間の縦しわがぎゅっと深くなった。

 棘のある言いかただったが、いつものことなのでカルロスは軽く受け流した。再び前を向き、歩き出した。



「カルロスさま。私は常々妃を迎えよと言ってきました。ですがやっと迎えた女性が、あのミディル国の王女とは。私の心情はとても複雑です。正直、深入りは、……感心いたしません」

 ハリソンは後ろをついてきながら苦言を口にした。

「やっと現れた皇妃候補なのに? それは残念だ」

「あなたさまが妃を迎えることは大変喜ばしいことです。陛下が女性に執着するのは初めて見ましたし。ですが時期と相手があまりよろしくないです」

「そう? 一番愉快な相手だろ?」

「今は重要なときです。よそ事に気を取られている場合ではありません」

「ははっ」

「陛下」

「ハリソンは、気苦労が絶えないね」

 カルロスは前を向いたまま、師でもあり臣下でもある彼を労った。

 ――いきなり無言か。きっと、ハリソンは眉間にしわを寄せたままだろうな。



 カルロスは再び立ち止まった。くるりと振り返り、ハリソンの目をまっすぐ見つめる。



「安心しろ。ミディル国は、必ず俺が滅ぼす」



 探るように、カルロスをじっと見返していたハリソンは、しばらくしてから恭しく、頭を下げた。



「大変、失礼いたしました。陛下の思うがままに」

「行くよ」

 彼の「御意」を背中で聞きながら、カルロスは歩みを進めた。
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