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第1章:引っ越しの告白(テーマ:前向きに“別れ”を受け入れる)
「ぼくの決意」
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この日の夜、ぼくは家の庭で、父さんとキャッチボールをしていた。
いつもより少しだけ長く、静かな夕暮れ。
「ほら、ちゃんと前見て投げないと、すっぽぬけるぞー」
「わかってるよー!」
ぼくがちょっと強めに投げたボールを、父さんがポンッと受け取った。
「ヒナちゃん、引っ越すんだってな」
「うん……」
「お前がさみしいって思うのと同じくらい、ヒナちゃんもさみしいと思ってるよ」
父さんが、ふとした声で言ったその言葉が、ぼくの胸にすっと入ってきた。
「ヒナちゃんは、新しいところでひとりになる。お前はアカネちゃんやショウ君が残るけど……ヒナちゃんには、それがないんだ」
「……そっか」
ぼくはミットを見つめた。
(そうだ。ぼくには、まだ町がある。でも、ヒナちゃんには……)
グローブの中の手に、ぎゅっと力が入った。
夜、リビングで音読カードを見ていた母さんが言った。
「……ハル。これ、自分でサインしたわね?」
「えっ!? ちがっ……いや、ちがわないかも……」
「“ちがわないかも”は“ちがう”ってことです」
「うぅ……」
「夏の冒険の前に、やることちゃんとやるんだよ?」
「はーい……」
ぼくはちょっとしょんぼりしながら、自分の部屋に戻った。
でも、心の中には、だんだんと“なにか”ができてきていた。
そして次の日。
ぼくら四人は、川べりのいつもの場所に集まった。
「ヒナちゃんがいなくなるの、悲しいよ」
アカネちゃんが言った。
「ぼくも……ほんとはイヤだ。でもさ……」
ショウが続けて言う。
「でも、さみしいって言っても、ヒナちゃんが困るだけだもんね」
ぼくは、みんなの顔を見たあと、ヒナちゃんに向き直って言った。
「だから、ヒナちゃんが“一生忘れない”って思うくらいの、すごい夏にするね」
ヒナちゃんは少し目を見開いて、それから小さくうなずいた。
「……うん。ありがとう、ハルくん」
風がふいた。川がきらきらと光った。
そのとき、川の向こう岸から、ひょいっと顔を出した影があった。
「な~にやってんだ~? また4人でコソコソ話か~?」
トシオだった。
いつも僕達にちょっかいをかけてくる嫌な奴。
だいたい四人でいる時にイジワルを言ってくるんだ。
「いっつもいっつも一緒にいて、あっやしぃ~~~」
「……」
ただ、この日のぼくらは言い返す気力もなくて、ただじっと見ていた。
いつもならアカネが言い返すのに、今日はなぜか静かだった。
「……なーんだよその空気……つまんねーの。バイバーイ」
そう言って、トシオはヒョイっと姿を消した。
(なんだったんだ、あいつ……)
でも、なんとなく今日はからかわれなかったことに、ちょっとだけ感謝した。
ぼくは空を見上げた。
夏の雲が、もくもくとふくらんでいく。
(ぼくの“この気持ち”も、ちゃんと伝えられたらいいな……)
きっとまだ、ヒナちゃんには言えないことがある。
でもそれは、この夏のどこかできっと、言葉になると信じて。
終業式の日。
「うぐぅ……ランドセルが、し、閉まらない……っ!」
教室の机の横で、ぼくは必死にランドセルのフタと格闘していた。
夏休み前日ってやつは、プリントやらお道具箱やら図工の作品やら、なんでもかんでも“持って帰れ”って言われる。
「毎日ちょっとずつ持ち帰ればよかったのに~」
ヒナちゃんがやさしく笑いながら声をかけてくる。
「わかってたけど……つい、忘れてたんだよ……」
「アタシなんて、手提げふくめて三つもあるよ!」
アカネがランドセル+サブバッグを両肩にかけて、えっへんと胸をはる。
「荷物の多さを自慢してどうするんだよ」
ジリジリとした暑さと手提げの紐が肩に食い込んでいたい。
帰り始めてすぐに、ぼくはギブアップした。
「荷物多いから、もう歩きたくない~。アイス食べたい~。アカネんち、行こっ!」
「大賛成~!」
下校途中、あまりの暑さにぼくらはいつもの雑貨屋「むとう商店」に吸い込まれるように入っていった。
「は~~、涼しい……」
冷房の風がヒュウっと身体をなでて、思わずため息がこぼれた。
でもそれより、ぼくらの目当ては――
「これこれ!」
アカネが冷凍庫のフタをパカッと開けて、チューペットの袋を取り出す。
「ねえ、半分こしようよっ!」
「オッケー!」
チューペットを分け合って、パキッと折る。
「いただきま~す!」
「つめた~~いっ!」
頭の奥までひんやりする感じが、最高だった。
店の休憩スペースのベンチに腰かけて、うちわで風をおこしながら、ぼくらは思い思いに話しはじめる。
「アタシね~、流しそうめんやりたいの! 裏の竹切って、おじいちゃんに手伝ってもらってさ!」
「うわ、いいなあ……ぼくもやりたい」
「でも、それって片付け大変じゃない?」
ショウが真面目な顔で言うと、アカネがムッとする。
「そういうことは今は考えなーい!」
「ぼくは、カブトムシ取りに行きたいな。去年、けっこう奥の林で大物つかまえたんだよ」
「えぇ~! こわくないの?」
ヒナが顔をしかめた。
「じゃあ、肝試しは?」
「ムリムリムリムリ……ムリっ!」
ぼくらは笑い合った。
「……ぼくもさ、この夏、なにか“特別なこと”したいなって……」
ぼくは言いかけて、少しだけ口ごもった。
ヒナが横で、ちらりとぼくの顔を見た気がした。
(……まだ、うまく言葉にできないけど)
この夏は、ヒナのためにも、自分のためにも、ちゃんと“意味のある”夏にしたい。
それだけは、胸の奥で決まっていた。
そのとき、郵便配達のバイクが店の前で止まった。
ヘルメットを外したおじさんが、汗をぬぐいながら笑いかけてくる。
「うおー、暑いな~今日! お、チューペット食べてんのか~。氷系の売り上げ、すごいだろ?」
「そりゃもう。おかげさまでねぇ」
アカネのおばあちゃんが、のんびりした声で答えた。
「夏は、アイスと風と子どもの声だねぇ」
おばあちゃんの言葉に、ぼくらは自然とにっこりした。
やっぱり、この町の夏って、いいなって思った。
ぼくらの夏は、もう動き出してる気がした。
いつもより少しだけ長く、静かな夕暮れ。
「ほら、ちゃんと前見て投げないと、すっぽぬけるぞー」
「わかってるよー!」
ぼくがちょっと強めに投げたボールを、父さんがポンッと受け取った。
「ヒナちゃん、引っ越すんだってな」
「うん……」
「お前がさみしいって思うのと同じくらい、ヒナちゃんもさみしいと思ってるよ」
父さんが、ふとした声で言ったその言葉が、ぼくの胸にすっと入ってきた。
「ヒナちゃんは、新しいところでひとりになる。お前はアカネちゃんやショウ君が残るけど……ヒナちゃんには、それがないんだ」
「……そっか」
ぼくはミットを見つめた。
(そうだ。ぼくには、まだ町がある。でも、ヒナちゃんには……)
グローブの中の手に、ぎゅっと力が入った。
夜、リビングで音読カードを見ていた母さんが言った。
「……ハル。これ、自分でサインしたわね?」
「えっ!? ちがっ……いや、ちがわないかも……」
「“ちがわないかも”は“ちがう”ってことです」
「うぅ……」
「夏の冒険の前に、やることちゃんとやるんだよ?」
「はーい……」
ぼくはちょっとしょんぼりしながら、自分の部屋に戻った。
でも、心の中には、だんだんと“なにか”ができてきていた。
そして次の日。
ぼくら四人は、川べりのいつもの場所に集まった。
「ヒナちゃんがいなくなるの、悲しいよ」
アカネちゃんが言った。
「ぼくも……ほんとはイヤだ。でもさ……」
ショウが続けて言う。
「でも、さみしいって言っても、ヒナちゃんが困るだけだもんね」
ぼくは、みんなの顔を見たあと、ヒナちゃんに向き直って言った。
「だから、ヒナちゃんが“一生忘れない”って思うくらいの、すごい夏にするね」
ヒナちゃんは少し目を見開いて、それから小さくうなずいた。
「……うん。ありがとう、ハルくん」
風がふいた。川がきらきらと光った。
そのとき、川の向こう岸から、ひょいっと顔を出した影があった。
「な~にやってんだ~? また4人でコソコソ話か~?」
トシオだった。
いつも僕達にちょっかいをかけてくる嫌な奴。
だいたい四人でいる時にイジワルを言ってくるんだ。
「いっつもいっつも一緒にいて、あっやしぃ~~~」
「……」
ただ、この日のぼくらは言い返す気力もなくて、ただじっと見ていた。
いつもならアカネが言い返すのに、今日はなぜか静かだった。
「……なーんだよその空気……つまんねーの。バイバーイ」
そう言って、トシオはヒョイっと姿を消した。
(なんだったんだ、あいつ……)
でも、なんとなく今日はからかわれなかったことに、ちょっとだけ感謝した。
ぼくは空を見上げた。
夏の雲が、もくもくとふくらんでいく。
(ぼくの“この気持ち”も、ちゃんと伝えられたらいいな……)
きっとまだ、ヒナちゃんには言えないことがある。
でもそれは、この夏のどこかできっと、言葉になると信じて。
終業式の日。
「うぐぅ……ランドセルが、し、閉まらない……っ!」
教室の机の横で、ぼくは必死にランドセルのフタと格闘していた。
夏休み前日ってやつは、プリントやらお道具箱やら図工の作品やら、なんでもかんでも“持って帰れ”って言われる。
「毎日ちょっとずつ持ち帰ればよかったのに~」
ヒナちゃんがやさしく笑いながら声をかけてくる。
「わかってたけど……つい、忘れてたんだよ……」
「アタシなんて、手提げふくめて三つもあるよ!」
アカネがランドセル+サブバッグを両肩にかけて、えっへんと胸をはる。
「荷物の多さを自慢してどうするんだよ」
ジリジリとした暑さと手提げの紐が肩に食い込んでいたい。
帰り始めてすぐに、ぼくはギブアップした。
「荷物多いから、もう歩きたくない~。アイス食べたい~。アカネんち、行こっ!」
「大賛成~!」
下校途中、あまりの暑さにぼくらはいつもの雑貨屋「むとう商店」に吸い込まれるように入っていった。
「は~~、涼しい……」
冷房の風がヒュウっと身体をなでて、思わずため息がこぼれた。
でもそれより、ぼくらの目当ては――
「これこれ!」
アカネが冷凍庫のフタをパカッと開けて、チューペットの袋を取り出す。
「ねえ、半分こしようよっ!」
「オッケー!」
チューペットを分け合って、パキッと折る。
「いただきま~す!」
「つめた~~いっ!」
頭の奥までひんやりする感じが、最高だった。
店の休憩スペースのベンチに腰かけて、うちわで風をおこしながら、ぼくらは思い思いに話しはじめる。
「アタシね~、流しそうめんやりたいの! 裏の竹切って、おじいちゃんに手伝ってもらってさ!」
「うわ、いいなあ……ぼくもやりたい」
「でも、それって片付け大変じゃない?」
ショウが真面目な顔で言うと、アカネがムッとする。
「そういうことは今は考えなーい!」
「ぼくは、カブトムシ取りに行きたいな。去年、けっこう奥の林で大物つかまえたんだよ」
「えぇ~! こわくないの?」
ヒナが顔をしかめた。
「じゃあ、肝試しは?」
「ムリムリムリムリ……ムリっ!」
ぼくらは笑い合った。
「……ぼくもさ、この夏、なにか“特別なこと”したいなって……」
ぼくは言いかけて、少しだけ口ごもった。
ヒナが横で、ちらりとぼくの顔を見た気がした。
(……まだ、うまく言葉にできないけど)
この夏は、ヒナのためにも、自分のためにも、ちゃんと“意味のある”夏にしたい。
それだけは、胸の奥で決まっていた。
そのとき、郵便配達のバイクが店の前で止まった。
ヘルメットを外したおじさんが、汗をぬぐいながら笑いかけてくる。
「うおー、暑いな~今日! お、チューペット食べてんのか~。氷系の売り上げ、すごいだろ?」
「そりゃもう。おかげさまでねぇ」
アカネのおばあちゃんが、のんびりした声で答えた。
「夏は、アイスと風と子どもの声だねぇ」
おばあちゃんの言葉に、ぼくらは自然とにっこりした。
やっぱり、この町の夏って、いいなって思った。
ぼくらの夏は、もう動き出してる気がした。
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