灰かぶりの王子様

おおいししおり

文字の大きさ
6 / 14
第二章 商隊(キャラバン)

1

しおりを挟む
 それは、深く、深く沈んでいくような心地の良い夢だったのかもしれない。



「――! ここに居たのか。悪いが次の地区に行く為の準備を手伝ってくれないか?」

 騒がしく、忙しない様子で男がを呼ぶ。旅支度と題したものを速やかに遂行させる為に。

「あら、おはよう――。たった今、新製品が入荷したところなの」
「じゃん、女性用の防護服! ――、アンタ細身だし、その辺に居る女よりも可愛いから着なさい。大丈夫、絶対に似合うから。アタシが保証するから!」

 女性二人組には戸惑う。
 家族のように慕う彼女たちの方が権力的にも強い故に。

 これは幻想か、悪夢か。それとも――誰かの往時か。
 知る術の無いエラにとって、その夢は宝石のようにキラキラと眩しかった。



§



「――ラ、エラ。……エラ!」
「っ! あ……ここは」

 瞳の中が揺れ動く。
 太陽の下、賑やかな商業区域にてエラは買い物袋を両手で抱えたまま立ち尽くしていた。傘を持つ、主君の声掛けによって。

「どうしたのですか、エラ。呆然として」
「も、申し訳ありません……。買い出しに付き合って頂いてるのに」
「いえ、私が好きでやっていることですので。それより最近、今のような放心状態を繰り返していることが多いように見受けられます。何か、悩み事ですか?」

 アッシュの純粋な問いに、エラは言葉が詰まる。
 正直に話すべきか、否か。主君の懸念がひしひしと伝わる、憂う心に迷いが生じた。


「……少々、休憩しましょうか。近くに新しい飲食店が出来ましたので、そちらに入りましょう」
「はい……お気遣い、大変痛み入ります」

 エラが深々と頭を下げ、彼らは歩き出す。そして、一言も交わさないまま目的地へと辿り着いた。

 領主が前触れも無く、入店。あたふたとする店側には一切目もくれず、アッシュは内装を見回す。

「ほう。隣の区が発祥と聞きましたが、硝子一面の景観なのですね。エラ、お勧めでも構いませんが、好きなものを要望してください」


「…………はい」

 メニュー表を覗き、色彩豊かな画像が乾いた瞳を潤す。
 そこに本物の料理は無くとも、不思議とエラの食欲を増進させるものだった。

「どれも、美味しそう……」
「同意です。そうですね、迷うのであれば一品ずつ頼みましょうか。無論、残してはいけませんよ?」

「い、いえ……腹に入るだけの量を選びますので! 恐縮ですが早まった決断はお控え頂けると何卒……」
「ふふっ、冗談ですよ」

 それまで曇天の如く、重々しかった空気に変化が来す。慌てながらも楽しそうに品物を決定するエラを見届けるアッシュの姿は親のようだった。


「――以上。ご注文承りました。暫しおまちくださいませ」

 緊張した面持ちの状態で店員が去る。
 再び、主君と従者のみとなった空間に静寂が訪問する直前。それを切り裂いたのは明らかに落ち着きが無いエラであった。

「あの、アッシュ様」
「果て、何でしょうか」
「失礼を承知で……変なことを。その、訊ねてもよろしいでしょうか」

 視線は合わない。
 アッシュの向かえに座る彼の顔は、真っ直ぐ主君を捉えているが焦点は何度も移動を繰り返す。先の放心と繋がる内容である、と彼は何となくも悟った。

「勿論です。私に答えられることでしたら」
「ありがとうございます。……その。最近、夢を見るのです」
「夢、ですか」

 溜めた割に切り口の浅い悩みの種に主君は困惑の表情を浮かべる。それを察したエラは慌てて訂正と追記を試みた。

「ああ、申し訳ありません! 何というか、ただの夢では無いと言いますか……妙に現実味があるような気がして」


「……成程。それで最近、妙に寝不足なのですね」
「も、申し訳ありません。スティング家の従者としてあるまじき、情けない失態を」

 深く反省。しかし、アッシュは首を横に振った。

「失礼しました。責めている訳では無いのですよ。グレイも含めて私たちに非があるのか、確認を施したかっただけですので」
「と、とんでもございませんっ! アッシュ様も、グレイ様も身寄りの無いボクを。ボク、を――」

 言葉が詰まる。
 それは、何をどう話すべきかで伝える為の思考ものではない。事実が、あるはずの記憶が切断を受けているように消えていた。
「あ、れ……?」

 ぐるぐると記憶の糸を探す。
 生誕を遂げ、幼子ながら両親に捨てられた過去を持つ少年エラは広い屋敷に兄弟二人で暮らすスティング家の世話になる。物心が付き、暫くして彼らの正式な従者となり、今日まで平穏に過ごしてきた。


 そんなありふれた筋書きに、疑問を持つ。

「ど、うして? ボクは、ボクは……馬車の揺れなんて、知らないはずで。旅や仲間、なんて」


「…………」


 アッシュは何も答えず、じっーと何が真実で、何が嘘なのかに怯え苦しむ彼を見詰める。その表情に不敵な笑みを浮かべて。

「残念です。ふふ、気付いてしまいましたか」
「え……? アッシュ、様……それって、どういう」




「――――え、エラ⁉」
 刹那、男女の声が重なり彼の耳を擽る。
 そこには、エラの姿を見て目を丸くする大柄の男一人と、親娘のような似た顔立ちを持つ女性たちが存在していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―

たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。 以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。 ​「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」 トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。 ​しかし、千秋はまだ知らない。 レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

「イケメン滅びろ」って呪ったら

竜也りく
BL
うわー……。 廊下の向こうから我が校きってのイケメン佐々木が、女どもを引き連れてこっちに向かって歩いてくるのを発見し、オレは心の中で盛大にため息をついた。大名行列かよ。 「チッ、イケメン滅びろ」 つい口からそんな言葉が転がり出た瞬間。 「うわっ!?」 腕をグイッと後ろに引っ張られたかと思ったら、暗がりに引きずり込まれ、目の前で扉が閉まった。 -------- 腹黒系イケメン攻×ちょっとだけお人好しなフツメン受 ※毎回2000文字程度 ※『小説家になろう』でも掲載しています

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。 帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか? 国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。

処理中です...