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第二章 商隊(キャラバン)
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それは、深く、深く沈んでいくような心地の良い夢だったのかもしれない。
「――! ここに居たのか。悪いが次の地区に行く為の準備を手伝ってくれないか?」
騒がしく、忙しない様子で男が彼を呼ぶ。旅支度と題したものを速やかに遂行させる為に。
「あら、おはよう――。たった今、新製品が入荷したところなの」
「じゃん、女性用の防護服! ――、アンタ細身だし、その辺に居る女よりも可愛いから着なさい。大丈夫、絶対に似合うから。アタシが保証するから!」
女性二人組に彼は戸惑う。
家族のように慕う彼女たちの方が権力的にも強い故に。
これは幻想か、悪夢か。それとも――誰かの往時か。
知る術の無いエラにとって、その夢は宝石のようにキラキラと眩しかった。
§
「――ラ、エラ。……エラ!」
「っ! あ……ここは」
瞳の中が揺れ動く。
太陽の下、賑やかな商業区域にてエラは買い物袋を両手で抱えたまま立ち尽くしていた。傘を持つ、主君の声掛けによって。
「どうしたのですか、エラ。呆然として」
「も、申し訳ありません……。買い出しに付き合って頂いてるのに」
「いえ、私が好きでやっていることですので。それより最近、今のような放心状態を繰り返していることが多いように見受けられます。何か、悩み事ですか?」
アッシュの純粋な問いに、エラは言葉が詰まる。
正直に話すべきか、否か。主君の懸念がひしひしと伝わる、憂う心に迷いが生じた。
「……少々、休憩しましょうか。近くに新しい飲食店が出来ましたので、そちらに入りましょう」
「はい……お気遣い、大変痛み入ります」
エラが深々と頭を下げ、彼らは歩き出す。そして、一言も交わさないまま目的地へと辿り着いた。
領主が前触れも無く、入店。あたふたとする店側には一切目もくれず、アッシュは内装を見回す。
「ほう。隣の区が発祥と聞きましたが、硝子一面の景観なのですね。エラ、お勧めでも構いませんが、好きなものを要望してください」
「…………はい」
メニュー表を覗き、色彩豊かな画像が乾いた瞳を潤す。
そこに本物の料理は無くとも、不思議とエラの食欲を増進させるものだった。
「どれも、美味しそう……」
「同意です。そうですね、迷うのであれば一品ずつ頼みましょうか。無論、残してはいけませんよ?」
「い、いえ……腹に入るだけの量を選びますので! 恐縮ですが早まった決断はお控え頂けると何卒……」
「ふふっ、冗談ですよ」
それまで曇天の如く、重々しかった空気に変化が来す。慌てながらも楽しそうに品物を決定するエラを見届けるアッシュの姿は親のようだった。
「――以上。ご注文承りました。暫しおまちくださいませ」
緊張した面持ちの状態で店員が去る。
再び、主君と従者のみとなった空間に静寂が訪問する直前。それを切り裂いたのは明らかに落ち着きが無いエラであった。
「あの、アッシュ様」
「果て、何でしょうか」
「失礼を承知で……変なことを。その、訊ねてもよろしいでしょうか」
視線は合わない。
アッシュの向かえに座る彼の顔は、真っ直ぐ主君を捉えているが焦点は何度も移動を繰り返す。先の放心と繋がる内容である、と彼は何となくも悟った。
「勿論です。私に答えられることでしたら」
「ありがとうございます。……その。最近、夢を見るのです」
「夢、ですか」
溜めた割に切り口の浅い悩みの種に主君は困惑の表情を浮かべる。それを察したエラは慌てて訂正と追記を試みた。
「ああ、申し訳ありません! 何というか、ただの夢では無いと言いますか……妙に現実味があるような気がして」
「……成程。それで最近、妙に寝不足なのですね」
「も、申し訳ありません。スティング家の従者としてあるまじき、情けない失態を」
深く反省。しかし、アッシュは首を横に振った。
「失礼しました。責めている訳では無いのですよ。グレイも含めて私たちに非があるのか、確認を施したかっただけですので」
「と、とんでもございませんっ! アッシュ様も、グレイ様も身寄りの無いボクを。ボク、を――」
言葉が詰まる。
それは、何をどう話すべきかで伝える為の思考ではない。事実が、あるはずの記憶が切断を受けているように消えていた。
「あ、れ……?」
ぐるぐると記憶の糸を探す。
生誕を遂げ、幼子ながら両親に捨てられた過去を持つ少年エラは広い屋敷に兄弟二人で暮らすスティング家の世話になる。物心が付き、暫くして彼らの正式な従者となり、今日まで平穏に過ごしてきた。
そんなありふれた筋書きに、疑問を持つ。
「ど、うして? ボクは、ボクは……馬車の揺れなんて、知らないはずで。旅や仲間、なんて」
「…………」
アッシュは何も答えず、じっーと何が真実で、何が嘘なのかに怯え苦しむ彼を見詰める。その表情に不敵な笑みを浮かべて。
「残念です。ふふ、気付いてしまいましたか」
「え……? アッシュ、様……それって、どういう」
「――――え、エラ⁉」
刹那、男女の声が重なり彼の耳を擽る。
そこには、エラの姿を見て目を丸くする大柄の男一人と、親娘のような似た顔立ちを持つ女性たちが存在していた。
「――! ここに居たのか。悪いが次の地区に行く為の準備を手伝ってくれないか?」
騒がしく、忙しない様子で男が彼を呼ぶ。旅支度と題したものを速やかに遂行させる為に。
「あら、おはよう――。たった今、新製品が入荷したところなの」
「じゃん、女性用の防護服! ――、アンタ細身だし、その辺に居る女よりも可愛いから着なさい。大丈夫、絶対に似合うから。アタシが保証するから!」
女性二人組に彼は戸惑う。
家族のように慕う彼女たちの方が権力的にも強い故に。
これは幻想か、悪夢か。それとも――誰かの往時か。
知る術の無いエラにとって、その夢は宝石のようにキラキラと眩しかった。
§
「――ラ、エラ。……エラ!」
「っ! あ……ここは」
瞳の中が揺れ動く。
太陽の下、賑やかな商業区域にてエラは買い物袋を両手で抱えたまま立ち尽くしていた。傘を持つ、主君の声掛けによって。
「どうしたのですか、エラ。呆然として」
「も、申し訳ありません……。買い出しに付き合って頂いてるのに」
「いえ、私が好きでやっていることですので。それより最近、今のような放心状態を繰り返していることが多いように見受けられます。何か、悩み事ですか?」
アッシュの純粋な問いに、エラは言葉が詰まる。
正直に話すべきか、否か。主君の懸念がひしひしと伝わる、憂う心に迷いが生じた。
「……少々、休憩しましょうか。近くに新しい飲食店が出来ましたので、そちらに入りましょう」
「はい……お気遣い、大変痛み入ります」
エラが深々と頭を下げ、彼らは歩き出す。そして、一言も交わさないまま目的地へと辿り着いた。
領主が前触れも無く、入店。あたふたとする店側には一切目もくれず、アッシュは内装を見回す。
「ほう。隣の区が発祥と聞きましたが、硝子一面の景観なのですね。エラ、お勧めでも構いませんが、好きなものを要望してください」
「…………はい」
メニュー表を覗き、色彩豊かな画像が乾いた瞳を潤す。
そこに本物の料理は無くとも、不思議とエラの食欲を増進させるものだった。
「どれも、美味しそう……」
「同意です。そうですね、迷うのであれば一品ずつ頼みましょうか。無論、残してはいけませんよ?」
「い、いえ……腹に入るだけの量を選びますので! 恐縮ですが早まった決断はお控え頂けると何卒……」
「ふふっ、冗談ですよ」
それまで曇天の如く、重々しかった空気に変化が来す。慌てながらも楽しそうに品物を決定するエラを見届けるアッシュの姿は親のようだった。
「――以上。ご注文承りました。暫しおまちくださいませ」
緊張した面持ちの状態で店員が去る。
再び、主君と従者のみとなった空間に静寂が訪問する直前。それを切り裂いたのは明らかに落ち着きが無いエラであった。
「あの、アッシュ様」
「果て、何でしょうか」
「失礼を承知で……変なことを。その、訊ねてもよろしいでしょうか」
視線は合わない。
アッシュの向かえに座る彼の顔は、真っ直ぐ主君を捉えているが焦点は何度も移動を繰り返す。先の放心と繋がる内容である、と彼は何となくも悟った。
「勿論です。私に答えられることでしたら」
「ありがとうございます。……その。最近、夢を見るのです」
「夢、ですか」
溜めた割に切り口の浅い悩みの種に主君は困惑の表情を浮かべる。それを察したエラは慌てて訂正と追記を試みた。
「ああ、申し訳ありません! 何というか、ただの夢では無いと言いますか……妙に現実味があるような気がして」
「……成程。それで最近、妙に寝不足なのですね」
「も、申し訳ありません。スティング家の従者としてあるまじき、情けない失態を」
深く反省。しかし、アッシュは首を横に振った。
「失礼しました。責めている訳では無いのですよ。グレイも含めて私たちに非があるのか、確認を施したかっただけですので」
「と、とんでもございませんっ! アッシュ様も、グレイ様も身寄りの無いボクを。ボク、を――」
言葉が詰まる。
それは、何をどう話すべきかで伝える為の思考ではない。事実が、あるはずの記憶が切断を受けているように消えていた。
「あ、れ……?」
ぐるぐると記憶の糸を探す。
生誕を遂げ、幼子ながら両親に捨てられた過去を持つ少年エラは広い屋敷に兄弟二人で暮らすスティング家の世話になる。物心が付き、暫くして彼らの正式な従者となり、今日まで平穏に過ごしてきた。
そんなありふれた筋書きに、疑問を持つ。
「ど、うして? ボクは、ボクは……馬車の揺れなんて、知らないはずで。旅や仲間、なんて」
「…………」
アッシュは何も答えず、じっーと何が真実で、何が嘘なのかに怯え苦しむ彼を見詰める。その表情に不敵な笑みを浮かべて。
「残念です。ふふ、気付いてしまいましたか」
「え……? アッシュ、様……それって、どういう」
「――――え、エラ⁉」
刹那、男女の声が重なり彼の耳を擽る。
そこには、エラの姿を見て目を丸くする大柄の男一人と、親娘のような似た顔立ちを持つ女性たちが存在していた。
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