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第二章 商隊(キャラバン)
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赤子にして、人里離れたところにエラ=キャンベルは少数派の商隊『山査子の杭』の頭領――ドーランに保護された。
雪のような白肌に、翡翠色の髪と吸い込むような灰色の瞳を持つ捨て子を。十八年間、旅をしながら彼は自身の本当の子供として接して来た。
……あの日、童顔の青年が吸血鬼と出逢う。
ハリー地区に滞在を始めた初日、神隠しに遭うまでは。
「エラ、エラ……だよな?」
大柄の男が食い込みに訊ねる。
店内がざわざわと空間に包まれながらも、気にも留めず。ドーランは三ヶ月ぶりに再会する義理の息子に涙を見せた。
「ちょっと、頭領! こんな人様の前で泣かないでくださいよ。皆さん、困っているでしょう?」
「わ、分かってはいるが……フウラ、しかしだな!」
呆れる女性、フウラと年甲斐に似合わず涙をポタポタと溢すドーランの間に明るく若い声が挟まる。
「はいはい。感動の再会に浸るのはいいけど、それは後々! アタシ、ベンたちにエラが見つかったって報告してくる」
「ええ。よろしく頼むわね、メロ」
「任せてよ、ママ。……エラ。アンタ、戻ったら説教だから。覚悟しておきなさいよ。じゃ、あとで!」
「え……。ええっ、と?」
若い、お転婆娘メロはエラに対して宣告すると嵐のように店を去っていく。
残されたのはざわつく客と店員。
泣きじゃくる男に、それを宥める中年の女性。そして、この状況が読めない青年はあたふたとし、彼とは対照的に主君は唇をカップに付け喉を潤していた。
「エラ、エラ……本当によかった……。三ヶ月も滞在して何処にも居なかったのに。まったく、こんなにもあっさりと見つかるなんて」
「まぁまぁ、結果的に良かったではありませんか。無事に我が子が。息子が見つかって!」
「息子……?」
満面の笑みを浮かべる、見知らぬ五十代くらいの男女。
忽然と姿が現れ、突然に感動の涙を流して、唐突に脳裏に浮かぶ家族の文字。
「エラ。非常に残念ですが、彼らはあなたのご両親ではありません」
「っ……」
目先で突き付けられる真実と、現実にエラの肩が不用意に跳ねた。
「ムッシュー、それからマダム。盛り上がっているところ、大変申し訳ありません」
まるで、エラしか見えていないと言わんばかりに初めて同席の存在を男女は知る。
優しい微笑みとは裏腹に何処か威圧感のある彼は、一瞬してドーランたちに軽い恐怖を与えた。
「しっ、失礼しました……あなたは、一体?」
「申し遅れました。私はこのスティング領を統括している、アッシュ=スティングといいます。端的に肩書きを申せば若輩者の領主です」
旅仲間――家族と一緒に居た謎の正体に驚いたのは女性、フウラだけだった。涙を引っ込ませ、睨むようにドーランは目を細める。
「領主殿でしたか。申し訳ございません、先までの無礼をお許しください。探し人が見つかり、気持ちが昂ってしまいました」
「……ふふ、正直ですね。エラ君、でしたっけ?」
にこり、とアッシュは微笑む。
彼らと同じ、喜びを共有するように。だが、ドーランにはそれが黒く嗤っている気がした。
「はい。事情はよくわかりませんが、領主殿がエラを預かって頂いたのでしょうか」
「あ、いえ……アッシュ様は、ボクの――」
スッと、彼は大きな手を彼の前に出す。これ以上は話さなくていい、口では語らず無言ではあったが主君にそう言われた気がした。
「こちらの者は私の従者です。彼が幼子の頃から私たちの屋敷で一緒に暮らしているのですよ。要するに……あなた方の知っている、エラ君ではない」
「なっ、何を、言って……?」
混乱、そう呼ぶ方に無い出来事がドーランの目先を通る。
「分かりやすく言いましょう。他人の空似ですよ」
「だ、だが! 瞳も、髪も。顔立ちも……エラだ。俺の知る、俺の息子の! 十八年も一緒の環境に身を置いた自分の息子の顔を、間違えるはずがない……。たとえ義理だったとしても、絶対に!」
力強い意思、反論にアッシュは自称悪意無き笑顔を浮かべて拍手する。
「そうですか、そうですか……! それは美しい家族愛というものでしょうね」
「お分かり頂けましたか。これまでエラを安全な下に置いて頂いてありがとうございます。エラ、領主殿に別れの挨拶をして帰ろう。我が商隊に」
「っ……⁉」
ドーランが従者の右腕を掴む。それは端から強引だ、と周囲が認知される。
「ちょ、お兄ちゃん――頭領! そんな無理強いでエラを引っ張ったら……!」
「い、嫌っ。嫌ですっ……‼」
それは、まさしく拒否というもの以外に結論付けが出来ない展開だった。
「な、何で……どうしてだ、エラ…………」
黒い瞳が丸くなる。彼の中で驚きが満ち溢れて、段々と大きく膨れるような。隣で何も声が掛けられない彼の妹君、フウラも混乱が舞い込む。
「さて。料理が来ていたのは非常に残念ではありますが。ここに居てはあなたの気は一向に休まないでしょう。持ってきて頂いた料理は彼らへの詫び、として。私たちは屋敷に帰りましょうか――エラ」
「…………はい……」
主従は立ち上がり、何事も無かったように外へと出ていく。
記憶の果て。スティング家の従者となった彼は、家族だったはずのドーランのことを記憶していない。違和感を芽生えさせながらも――。
そんな、かつての恩人に絶望と温かい料理だけを残して再び森へと消えて行く。
三ヶ月前の、あの日のように……。
雪のような白肌に、翡翠色の髪と吸い込むような灰色の瞳を持つ捨て子を。十八年間、旅をしながら彼は自身の本当の子供として接して来た。
……あの日、童顔の青年が吸血鬼と出逢う。
ハリー地区に滞在を始めた初日、神隠しに遭うまでは。
「エラ、エラ……だよな?」
大柄の男が食い込みに訊ねる。
店内がざわざわと空間に包まれながらも、気にも留めず。ドーランは三ヶ月ぶりに再会する義理の息子に涙を見せた。
「ちょっと、頭領! こんな人様の前で泣かないでくださいよ。皆さん、困っているでしょう?」
「わ、分かってはいるが……フウラ、しかしだな!」
呆れる女性、フウラと年甲斐に似合わず涙をポタポタと溢すドーランの間に明るく若い声が挟まる。
「はいはい。感動の再会に浸るのはいいけど、それは後々! アタシ、ベンたちにエラが見つかったって報告してくる」
「ええ。よろしく頼むわね、メロ」
「任せてよ、ママ。……エラ。アンタ、戻ったら説教だから。覚悟しておきなさいよ。じゃ、あとで!」
「え……。ええっ、と?」
若い、お転婆娘メロはエラに対して宣告すると嵐のように店を去っていく。
残されたのはざわつく客と店員。
泣きじゃくる男に、それを宥める中年の女性。そして、この状況が読めない青年はあたふたとし、彼とは対照的に主君は唇をカップに付け喉を潤していた。
「エラ、エラ……本当によかった……。三ヶ月も滞在して何処にも居なかったのに。まったく、こんなにもあっさりと見つかるなんて」
「まぁまぁ、結果的に良かったではありませんか。無事に我が子が。息子が見つかって!」
「息子……?」
満面の笑みを浮かべる、見知らぬ五十代くらいの男女。
忽然と姿が現れ、突然に感動の涙を流して、唐突に脳裏に浮かぶ家族の文字。
「エラ。非常に残念ですが、彼らはあなたのご両親ではありません」
「っ……」
目先で突き付けられる真実と、現実にエラの肩が不用意に跳ねた。
「ムッシュー、それからマダム。盛り上がっているところ、大変申し訳ありません」
まるで、エラしか見えていないと言わんばかりに初めて同席の存在を男女は知る。
優しい微笑みとは裏腹に何処か威圧感のある彼は、一瞬してドーランたちに軽い恐怖を与えた。
「しっ、失礼しました……あなたは、一体?」
「申し遅れました。私はこのスティング領を統括している、アッシュ=スティングといいます。端的に肩書きを申せば若輩者の領主です」
旅仲間――家族と一緒に居た謎の正体に驚いたのは女性、フウラだけだった。涙を引っ込ませ、睨むようにドーランは目を細める。
「領主殿でしたか。申し訳ございません、先までの無礼をお許しください。探し人が見つかり、気持ちが昂ってしまいました」
「……ふふ、正直ですね。エラ君、でしたっけ?」
にこり、とアッシュは微笑む。
彼らと同じ、喜びを共有するように。だが、ドーランにはそれが黒く嗤っている気がした。
「はい。事情はよくわかりませんが、領主殿がエラを預かって頂いたのでしょうか」
「あ、いえ……アッシュ様は、ボクの――」
スッと、彼は大きな手を彼の前に出す。これ以上は話さなくていい、口では語らず無言ではあったが主君にそう言われた気がした。
「こちらの者は私の従者です。彼が幼子の頃から私たちの屋敷で一緒に暮らしているのですよ。要するに……あなた方の知っている、エラ君ではない」
「なっ、何を、言って……?」
混乱、そう呼ぶ方に無い出来事がドーランの目先を通る。
「分かりやすく言いましょう。他人の空似ですよ」
「だ、だが! 瞳も、髪も。顔立ちも……エラだ。俺の知る、俺の息子の! 十八年も一緒の環境に身を置いた自分の息子の顔を、間違えるはずがない……。たとえ義理だったとしても、絶対に!」
力強い意思、反論にアッシュは自称悪意無き笑顔を浮かべて拍手する。
「そうですか、そうですか……! それは美しい家族愛というものでしょうね」
「お分かり頂けましたか。これまでエラを安全な下に置いて頂いてありがとうございます。エラ、領主殿に別れの挨拶をして帰ろう。我が商隊に」
「っ……⁉」
ドーランが従者の右腕を掴む。それは端から強引だ、と周囲が認知される。
「ちょ、お兄ちゃん――頭領! そんな無理強いでエラを引っ張ったら……!」
「い、嫌っ。嫌ですっ……‼」
それは、まさしく拒否というもの以外に結論付けが出来ない展開だった。
「な、何で……どうしてだ、エラ…………」
黒い瞳が丸くなる。彼の中で驚きが満ち溢れて、段々と大きく膨れるような。隣で何も声が掛けられない彼の妹君、フウラも混乱が舞い込む。
「さて。料理が来ていたのは非常に残念ではありますが。ここに居てはあなたの気は一向に休まないでしょう。持ってきて頂いた料理は彼らへの詫び、として。私たちは屋敷に帰りましょうか――エラ」
「…………はい……」
主従は立ち上がり、何事も無かったように外へと出ていく。
記憶の果て。スティング家の従者となった彼は、家族だったはずのドーランのことを記憶していない。違和感を芽生えさせながらも――。
そんな、かつての恩人に絶望と温かい料理だけを残して再び森へと消えて行く。
三ヶ月前の、あの日のように……。
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