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第三章 記憶(メモリー)
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グレイ=スティングの能力、記憶操作。
他者の脳に干渉し、本来無かったはずの嘘を真実へと変化させる、それは――何でも上位に君臨する長男、アッシュに唯一勝っているとも語れる。
「おい、駄犬(いぬ)。あんたに仕事の贈り物だ、とっと起きやがれ」
「っ……! うっ……ここ、は」
罵倒口調とは裏腹にグレイは彼の白肌の細い手首を持ち、そのまま甲に優しいキスをひとつ落とす。
記憶の書き換え、それは兄の呪縛を掛けられていても解かすことが可能な強い魔法。
グレイ自身、この能力は頻繁に使用するものでも、好ましい訳ではない。兄に勝てるもの、と誇ると同時に発動条件が彼の性格に対して矜持していない故に。
「書庫。あんたの主人が面倒な不始末を起こしてな、その償いで働け」
「つ、償い……ですか? え、僕が⁉」
「他に誰が居やがる? 本来ならテメェの不始末はテメェでつけろって言いたいところだが……。生憎、俺とあんたの主人では相性が悪くてな」
同族という意味で、とグレイの中では真実を知るものの。
一方、彼らの存在を吸血鬼と知らないエラは純粋に普段の不仲が真っ先に浮かんだ。
「ま、まあ。ハハハ……」
「つーことで、ただの人間サマであるあんたの出番って訳だ。役に立て」
「え、ええっと……?」
閉じた右手を顎に置き、エラは困ったように小首を傾げる。
「あぁ? 丁寧に説明したろ。あんた、さっきまで何を聞いていた」
「ひっ、すみません!!」
理解力の無い自分自身が悪いのか、説明不足な目先の彼が悪なのか。何れにせよ、後者を指摘する勇気は怯えきったエラには無かった。
「……はぁ。ま、ただの面倒な本棚整理だ。気楽に、とまでは言わねぇが普通にやってくれれば問題ない」
グレイは頭をくしゃり、と掻く。
素直な言葉を交わせない青年なりの不器用過ぎる気遣い。その片鱗でも察したエラは胸元で両手を組み、吃りながらも弟君に誓いを立てる。
「わ、わかりました。精一杯、アッシュ様の代わりを務めさせて頂きます!」
「…………俺と居る時に、あの狂人の名前を出すんじゃねぇよ」
「えっ?」
「何でもねぇ。早く取り掛かるぞ。今から言う、名前を正確に探して俺に渡せ」
百万冊以上の本を相手にエラの気掛かりはすぐに忘れてしまうくらい吹き飛んだ。
――二時間後。
「……よし、こんなもんだろ」
グレイの一言にて、彼の目先には約百冊にも及ぶ本が積まれていた。ヨレや退色が目立つものから新品同様の状態まで、それらは様々である。
記憶本。
三百年以上の間、グレイが一人で管理する書庫にはそう名称される本がある。自分達が干渉可能なハリー地区を対象とした記憶の管理。歳を重ねない、死も恐れない彼らにとっては同じ場所で生命維持をする上では必要不可欠なものだった。
「終わり、ましたか……」
几帳面に積まれた本の隣で、エラは疲労により息が上がっていた。
「ああ、ご苦労。高ぇとこにあんのは手こずってやがったけどな」
「うっ……」
「ま、見てて笑えたし。最後の方は慣れて早かったから上出来な方なんじゃねぇの?」
「っ、ありがとうございます!」
意外な言葉、称賛に近しい内容にエラは今までよくわからなかった主君の弟に嬉しさを覚えた。
「は、勘違いするんじゃねよ。今のは別に褒めたとかじゃねーから。そもそもクソ兄貴の失態で派遣させたのに役立たずとかあり得ねぇって話だし。……何、ニヤついてやがる」
不機嫌そうにグレイが問う。
普段の召使が自分と関わる時は怯えた表情で居ることが多いのに、現在エラは笑顔の花が咲く。
「いえ、その凄いなぁと思いまして」
「は? どういう意味だ、そりゃ」
「こちらの本、ハリー区にお住まいの住人の方々のお名前ですよね?」
エラは手前の本を取り、優しい眼差しで訊ねる。その回答は図星、と言わんばかりにグレイは舌打ちを鳴らした。
「……っち、気付いてやがったか」
「すらすらとお名前を呼んでましたので。ボク自身は一部の方しかわかりませんが……もしかしてグレイ様は全住民の方を覚えていらっしゃるのではないかと思いまして」
返答は無い。だがしかし、彼の脳内にはしっかりと人口百万人強の人物名が刻まれていた。
「……フン。俺は作業に取り掛かる。あんたは終わるまでイイコで待ってな」
「えっ、戻るのは」
家事に掃除、準備支度など使用人として本来まだ行うべき事は残っている。否、山積みであるはずだが……。
「察しろ。本棚に戻すっていう面倒事もおまけの|贈り物(プレゼント)だ」
「そ、そんなぁ」
軽い絶望の果て、青白い光にグレイは包まれる。
記憶操作――それは、違和感を殺す為の最大の防御。
昨晩、アッシュ=スティングの思惑により男女六名が不自然死した。
体内の血液を全て抜かれた藻抜けの躰にて。彼らは外の住民だが、商業系のギルドとして関わった者の記憶には残る。そんな住人たちの違和感を取り除く……一人、青い炎に焼かれて。
他者の脳に干渉し、本来無かったはずの嘘を真実へと変化させる、それは――何でも上位に君臨する長男、アッシュに唯一勝っているとも語れる。
「おい、駄犬(いぬ)。あんたに仕事の贈り物だ、とっと起きやがれ」
「っ……! うっ……ここ、は」
罵倒口調とは裏腹にグレイは彼の白肌の細い手首を持ち、そのまま甲に優しいキスをひとつ落とす。
記憶の書き換え、それは兄の呪縛を掛けられていても解かすことが可能な強い魔法。
グレイ自身、この能力は頻繁に使用するものでも、好ましい訳ではない。兄に勝てるもの、と誇ると同時に発動条件が彼の性格に対して矜持していない故に。
「書庫。あんたの主人が面倒な不始末を起こしてな、その償いで働け」
「つ、償い……ですか? え、僕が⁉」
「他に誰が居やがる? 本来ならテメェの不始末はテメェでつけろって言いたいところだが……。生憎、俺とあんたの主人では相性が悪くてな」
同族という意味で、とグレイの中では真実を知るものの。
一方、彼らの存在を吸血鬼と知らないエラは純粋に普段の不仲が真っ先に浮かんだ。
「ま、まあ。ハハハ……」
「つーことで、ただの人間サマであるあんたの出番って訳だ。役に立て」
「え、ええっと……?」
閉じた右手を顎に置き、エラは困ったように小首を傾げる。
「あぁ? 丁寧に説明したろ。あんた、さっきまで何を聞いていた」
「ひっ、すみません!!」
理解力の無い自分自身が悪いのか、説明不足な目先の彼が悪なのか。何れにせよ、後者を指摘する勇気は怯えきったエラには無かった。
「……はぁ。ま、ただの面倒な本棚整理だ。気楽に、とまでは言わねぇが普通にやってくれれば問題ない」
グレイは頭をくしゃり、と掻く。
素直な言葉を交わせない青年なりの不器用過ぎる気遣い。その片鱗でも察したエラは胸元で両手を組み、吃りながらも弟君に誓いを立てる。
「わ、わかりました。精一杯、アッシュ様の代わりを務めさせて頂きます!」
「…………俺と居る時に、あの狂人の名前を出すんじゃねぇよ」
「えっ?」
「何でもねぇ。早く取り掛かるぞ。今から言う、名前を正確に探して俺に渡せ」
百万冊以上の本を相手にエラの気掛かりはすぐに忘れてしまうくらい吹き飛んだ。
――二時間後。
「……よし、こんなもんだろ」
グレイの一言にて、彼の目先には約百冊にも及ぶ本が積まれていた。ヨレや退色が目立つものから新品同様の状態まで、それらは様々である。
記憶本。
三百年以上の間、グレイが一人で管理する書庫にはそう名称される本がある。自分達が干渉可能なハリー地区を対象とした記憶の管理。歳を重ねない、死も恐れない彼らにとっては同じ場所で生命維持をする上では必要不可欠なものだった。
「終わり、ましたか……」
几帳面に積まれた本の隣で、エラは疲労により息が上がっていた。
「ああ、ご苦労。高ぇとこにあんのは手こずってやがったけどな」
「うっ……」
「ま、見てて笑えたし。最後の方は慣れて早かったから上出来な方なんじゃねぇの?」
「っ、ありがとうございます!」
意外な言葉、称賛に近しい内容にエラは今までよくわからなかった主君の弟に嬉しさを覚えた。
「は、勘違いするんじゃねよ。今のは別に褒めたとかじゃねーから。そもそもクソ兄貴の失態で派遣させたのに役立たずとかあり得ねぇって話だし。……何、ニヤついてやがる」
不機嫌そうにグレイが問う。
普段の召使が自分と関わる時は怯えた表情で居ることが多いのに、現在エラは笑顔の花が咲く。
「いえ、その凄いなぁと思いまして」
「は? どういう意味だ、そりゃ」
「こちらの本、ハリー区にお住まいの住人の方々のお名前ですよね?」
エラは手前の本を取り、優しい眼差しで訊ねる。その回答は図星、と言わんばかりにグレイは舌打ちを鳴らした。
「……っち、気付いてやがったか」
「すらすらとお名前を呼んでましたので。ボク自身は一部の方しかわかりませんが……もしかしてグレイ様は全住民の方を覚えていらっしゃるのではないかと思いまして」
返答は無い。だがしかし、彼の脳内にはしっかりと人口百万人強の人物名が刻まれていた。
「……フン。俺は作業に取り掛かる。あんたは終わるまでイイコで待ってな」
「えっ、戻るのは」
家事に掃除、準備支度など使用人として本来まだ行うべき事は残っている。否、山積みであるはずだが……。
「察しろ。本棚に戻すっていう面倒事もおまけの|贈り物(プレゼント)だ」
「そ、そんなぁ」
軽い絶望の果て、青白い光にグレイは包まれる。
記憶操作――それは、違和感を殺す為の最大の防御。
昨晩、アッシュ=スティングの思惑により男女六名が不自然死した。
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