灰かぶりの王子様

おおいししおり

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第三章 記憶(メモリー)

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 他者の記憶を操作する。――それは、人智を超越した能力ちからであり、代償も当然大きい。

「ぐっ……!」

 ふらふらと躰が揺れ、片目を手で抑えるが眩暈が蔓延る。

「グレイ様‼」
「来るんじゃねーよ。クソ……イイコちゃんはそこで俺の勇姿でも見守っておけ」


「…………はい、かしこまりました……」


 普段では考えられない雑な返しと、明らかに苦しそうな表情を浮かべる彼にエラは渋々引き下がる。

 残り、十冊。何も出来ない彼は怯え、そわそわとしながら青い炎に包まれるグレイを見守った。



 そして、最後の一冊。青い炎が段々と小さくなるにつれ、力が抜けてゆくように床へと倒れた。

「グレイ様……グレイ様っ‼ しっかりなさってください」

 紅い瞳が閉じられ、肌は普段よりも白い。エラの甲高い声に返答があったのは、そこから十数秒後のことだった。


「――うるせぇよ、バーカ……頭に、響くだろうが」
「っ! も、申し訳ありません……。お身体、大丈夫でしょうか?」

 あたふたとする召使を見て、グレイは微かに口元を緩めて弱々しく嗤う。

「はは。……血が欲しい」
「え。血、でございますか……?」

 何も無い天井を見上げていた視線が、エラの困惑した顔の方へと動く。

「ああ。極上の血肉が存分に喰らいたい」

「え、ええっと……。ち、血肉?」
「あぁ、早くしねぇと死ぬな、これは」
「そ、それは困りますっ‼ 少しお待ちください、今からお肉を調理して――グレイ様?」

 左腕を引かれた。その場から離れようとしたエラを遮るように、グレイは自身の右手を唇へと指して言葉を紡ぐ。

「俺のココにあんたの首を差し出せ」
「えっ。ど、どうして」
「早くしろ。……もうすぐ、


「……分かり、ました」

 それは焦りから来るものか、はたまた別や理由か。
 彼の支離滅裂な口調は余裕が無い、とエラは感じて意を決してすぐに行動へと移す。


「……ハッ、お人好しでバカな狗は嫌いじゃないぜ」

 グレイの歯――二本の牙がギラリ、と光る。
 それは兄、アッシュが昨晩六名を殺めた凶器とも言えるものであり……弟、グレイにとっては唯一自身青い炎より消費した体力を回復出来る方法。

「イッ……⁉」

 エラの首元に衝撃、痛みが容赦無く走る。針のように刺された箇所から熱が帯び、どくどくと吸われている感覚に陥った。


「……うぅ」
 小さく、何度も呻く。
 血液が抜ける感触が比例するようにエラの躰がぴくり、と跳ねて脱した。

 奪われる、エラと対して奪う側のグレイ。満腹になった彼は血で汚れた口元を右手で雑に拭った。


「……味は、まあまあだな」

 拭った右手に付いた血を舐める。その目線の先には倒れたエラを見下すようにして。

「グレイ、様……今、何を……?」
「何って、疲れた後の食事? ……まっ、安心しろよ、致死量は避けた」

「致死量……? 食事って、一体」
「あああぁぁ‼ 説明面倒くせぇし、五月蝿いな! ニュアンスで何となく理解しろ。あと口を動かす前に休めっ!」



 不器用な優しさを果て、エラは徐々に落ち着きを取り戻した。


「――ええっ⁉ グレイ様って、人間ではなく吸血鬼だったのですか!」

 テンプレートの如く、エラは座れる程度の回復が戻っては驚嘆がてら吠えた。

「ああ。因みにあんたとこの主君、狂人もな」

 その単語にエラは苦笑を交えて問う。

「狂人……それってアッシュ様のことです、よね? 確かに少々、ちょっとばかり。ええっと、多少はお変わり者とは言えなくもないですが……」
「正真正銘の変態狂人の極みだろ。……それより意外だな。もっと、阿呆みてぇに驚くかと思った」

 意味が分からない、と言わんばかりにエラは首を横に捻る。

「いや、驚くつーのは違うか。……怖いだろ、普通。何百年も人間のフリをしてる奴がケロッとして目の前に居たら」

 その年齢差、およそ三百年。
 この世で人間の誰一人として知らなかった事実をエラは知ってもなお、恐怖には怯えなかった。それは彼の記憶に歪で偽りであるが故に、か。

「勿論、驚いてはいますよ。ですが、アッシュ様もグレイ様も他の方とは何かが違う――と、子供ながら思ってもおりました」
「……餓鬼の頃から、ね」

 引っ掛かる単語。嘘で出来た記憶メモリーにグレイの思考は靄が掛かったような気がした。


「なあ、あんた……真実が知りたいって思うか?」




「…………真実、ですか?」



 主語は無く、それだけが告げられる。ほんの僅かな間、エラは顎に手を当てて回答を捻る。後悔をしない正解を導き出す為に。



 して、彼は首を横に振った。


「いえ、思いません」
「っは、何故だ⁉」
「うーん、何故かと申しますと難しいのですが……。ボクは今、この時、アッシュ様とグレイ様にお仕え出来ているのがとても幸せなのです」

 びくり、とグレイの肩が跳ねる。
 予想外の回答により、彼は無意識に顔を隠した。羞恥心と一緒に。

「真実が……秘密が、どんなものかは気になります。けど、これまでの築いた関係が崩れてしまうくらいならボクは必要ありません。……あ、でも時より全裸になっていたり記憶の繋がり方に違和感が少しあるのは……いえ、やっぱり何でもありません! 忘れてくださいっ‼」

 両手をひらひらと左右に交差させて、エラは口元を隠す。そして、自信無さげに問うた。

「ええっと……このような感じの回答で、ご納得して頂けますか?」
「っ……ああ、分かった。なら、もう俺からは何も言わねぇよ」
 エラの表情がパッと明るくなる。一瞬だけ、周囲の現実に気付くまでは。


「……片付けましょうか、この大量の本」


 人間と吸血鬼。
 本来なら交わることの無い種族たちは、同じ空間で散らばった記憶本メモリアルを整理整頓していた。
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