11 / 14
第三章 記憶(メモリー)
3
しおりを挟む
他者の記憶を操作する。――それは、人智を超越した能力であり、代償も当然大きい。
「ぐっ……!」
ふらふらと躰が揺れ、片目を手で抑えるが眩暈が蔓延る。
「グレイ様‼」
「来るんじゃねーよ。クソ……イイコちゃんはそこで俺の勇姿でも見守っておけ」
「…………はい、かしこまりました……」
普段では考えられない雑な返しと、明らかに苦しそうな表情を浮かべる彼にエラは渋々引き下がる。
残り、十冊。何も出来ない彼は怯え、そわそわとしながら青い炎に包まれるグレイを見守った。
そして、最後の一冊。青い炎が段々と小さくなるにつれ、力が抜けてゆくように床へと倒れた。
「グレイ様……グレイ様っ‼ しっかりなさってください」
紅い瞳が閉じられ、肌は普段よりも白い。エラの甲高い声に返答があったのは、そこから十数秒後のことだった。
「――うるせぇよ、バーカ……頭に、響くだろうが」
「っ! も、申し訳ありません……。お身体、大丈夫でしょうか?」
あたふたとする召使を見て、グレイは微かに口元を緩めて弱々しく嗤う。
「はは。……血が欲しい」
「え。血、でございますか……?」
何も無い天井を見上げていた視線が、エラの困惑した顔の方へと動く。
「ああ。極上の血肉が存分に喰らいたい」
「え、ええっと……。ち、血肉?」
「あぁ、早くしねぇと死ぬな、これは」
「そ、それは困りますっ‼ 少しお待ちください、今からお肉を調理して――グレイ様?」
左腕を引かれた。その場から離れようとしたエラを遮るように、グレイは自身の右手を唇へと指して言葉を紡ぐ。
「俺の口にあんたの首を差し出せ」
「えっ。ど、どうして」
「早くしろ。……もうすぐ、日付が変わる」
「……分かり、ました」
それは焦りから来るものか、はたまた別や理由か。
彼の支離滅裂な口調は余裕が無い、とエラは感じて意を決してすぐに行動へと移す。
「……ハッ、お人好しでバカな狗は嫌いじゃないぜ」
グレイの歯――二本の牙がギラリ、と光る。
それは兄、アッシュが昨晩六名を殺めた凶器とも言えるものであり……弟、グレイにとっては唯一自身青い炎より消費した体力を回復出来る方法。
「イッ……⁉」
エラの首元に衝撃、痛みが容赦無く走る。針のように刺された箇所から熱が帯び、どくどくと吸われている感覚に陥った。
「……うぅ」
小さく、何度も呻く。
血液が抜ける感触が比例するようにエラの躰がぴくり、と跳ねて脱した。
奪われる、エラと対して奪う側のグレイ。満腹になった彼は血で汚れた口元を右手で雑に拭った。
「……味は、まあまあだな」
拭った右手に付いた血を舐める。その目線の先には倒れたエラを見下すようにして。
「グレイ、様……今、何を……?」
「何って、疲れた後の食事? ……まっ、安心しろよ、致死量は避けた」
「致死量……? 食事って、一体」
「あああぁぁ‼ 説明面倒くせぇし、五月蝿いな! ニュアンスで何となく理解しろ。あと口を動かす前に休めっ!」
不器用な優しさを果て、エラは徐々に落ち着きを取り戻した。
「――ええっ⁉ グレイ様って、人間ではなく吸血鬼だったのですか!」
テンプレートの如く、エラは座れる程度の回復が戻っては驚嘆がてら吠えた。
「ああ。因みにあんたとこの主君、狂人もな」
その単語にエラは苦笑を交えて問う。
「狂人……それってアッシュ様のことです、よね? 確かに少々、ちょっとばかり。ええっと、多少はお変わり者とは言えなくもないですが……」
「正真正銘の変態狂人の極みだろ。……それより意外だな。もっと、阿呆みてぇに驚くかと思った」
意味が分からない、と言わんばかりにエラは首を横に捻る。
「いや、驚くつーのは違うか。……怖いだろ、普通。何百年も人間のフリをしてる奴がケロッとして目の前に居たら」
その年齢差、およそ三百年。
この世で人間の誰一人として知らなかった事実をエラは知ってもなお、恐怖には怯えなかった。それは彼の記憶に歪で偽りであるが故に、か。
「勿論、驚いてはいますよ。ですが、アッシュ様もグレイ様も他の方とは何かが違う――と、子供ながら思ってもおりました」
「……餓鬼の頃から、ね」
引っ掛かる単語。嘘で出来た記憶にグレイの思考は靄が掛かったような気がした。
「なあ、あんた……真実が知りたいって思うか?」
「…………真実、ですか?」
主語は無く、それだけが告げられる。ほんの僅かな間、エラは顎に手を当てて回答を捻る。後悔をしない正解を導き出す為に。
して、彼は首を横に振った。
「いえ、思いません」
「っは、何故だ⁉」
「うーん、何故かと申しますと難しいのですが……。ボクは今、この時、アッシュ様とグレイ様にお仕え出来ているのがとても幸せなのです」
びくり、とグレイの肩が跳ねる。
予想外の回答により、彼は無意識に顔を隠した。羞恥心と一緒に。
「真実が……秘密が、どんなものかは気になります。けど、これまでの築いた関係が崩れてしまうくらいならボクは必要ありません。……あ、でも時より全裸になっていたり記憶の繋がり方に違和感が少しあるのは……いえ、やっぱり何でもありません! 忘れてくださいっ‼」
両手をひらひらと左右に交差させて、エラは口元を隠す。そして、自信無さげに問うた。
「ええっと……このような感じの回答で、ご納得して頂けますか?」
「っ……ああ、分かった。なら、もう俺からは何も言わねぇよ」
エラの表情がパッと明るくなる。一瞬だけ、周囲の現実に気付くまでは。
「……片付けましょうか、この大量の本」
人間と吸血鬼。
本来なら交わることの無い種族たちは、同じ空間で散らばった記憶本を整理整頓していた。
「ぐっ……!」
ふらふらと躰が揺れ、片目を手で抑えるが眩暈が蔓延る。
「グレイ様‼」
「来るんじゃねーよ。クソ……イイコちゃんはそこで俺の勇姿でも見守っておけ」
「…………はい、かしこまりました……」
普段では考えられない雑な返しと、明らかに苦しそうな表情を浮かべる彼にエラは渋々引き下がる。
残り、十冊。何も出来ない彼は怯え、そわそわとしながら青い炎に包まれるグレイを見守った。
そして、最後の一冊。青い炎が段々と小さくなるにつれ、力が抜けてゆくように床へと倒れた。
「グレイ様……グレイ様っ‼ しっかりなさってください」
紅い瞳が閉じられ、肌は普段よりも白い。エラの甲高い声に返答があったのは、そこから十数秒後のことだった。
「――うるせぇよ、バーカ……頭に、響くだろうが」
「っ! も、申し訳ありません……。お身体、大丈夫でしょうか?」
あたふたとする召使を見て、グレイは微かに口元を緩めて弱々しく嗤う。
「はは。……血が欲しい」
「え。血、でございますか……?」
何も無い天井を見上げていた視線が、エラの困惑した顔の方へと動く。
「ああ。極上の血肉が存分に喰らいたい」
「え、ええっと……。ち、血肉?」
「あぁ、早くしねぇと死ぬな、これは」
「そ、それは困りますっ‼ 少しお待ちください、今からお肉を調理して――グレイ様?」
左腕を引かれた。その場から離れようとしたエラを遮るように、グレイは自身の右手を唇へと指して言葉を紡ぐ。
「俺の口にあんたの首を差し出せ」
「えっ。ど、どうして」
「早くしろ。……もうすぐ、日付が変わる」
「……分かり、ました」
それは焦りから来るものか、はたまた別や理由か。
彼の支離滅裂な口調は余裕が無い、とエラは感じて意を決してすぐに行動へと移す。
「……ハッ、お人好しでバカな狗は嫌いじゃないぜ」
グレイの歯――二本の牙がギラリ、と光る。
それは兄、アッシュが昨晩六名を殺めた凶器とも言えるものであり……弟、グレイにとっては唯一自身青い炎より消費した体力を回復出来る方法。
「イッ……⁉」
エラの首元に衝撃、痛みが容赦無く走る。針のように刺された箇所から熱が帯び、どくどくと吸われている感覚に陥った。
「……うぅ」
小さく、何度も呻く。
血液が抜ける感触が比例するようにエラの躰がぴくり、と跳ねて脱した。
奪われる、エラと対して奪う側のグレイ。満腹になった彼は血で汚れた口元を右手で雑に拭った。
「……味は、まあまあだな」
拭った右手に付いた血を舐める。その目線の先には倒れたエラを見下すようにして。
「グレイ、様……今、何を……?」
「何って、疲れた後の食事? ……まっ、安心しろよ、致死量は避けた」
「致死量……? 食事って、一体」
「あああぁぁ‼ 説明面倒くせぇし、五月蝿いな! ニュアンスで何となく理解しろ。あと口を動かす前に休めっ!」
不器用な優しさを果て、エラは徐々に落ち着きを取り戻した。
「――ええっ⁉ グレイ様って、人間ではなく吸血鬼だったのですか!」
テンプレートの如く、エラは座れる程度の回復が戻っては驚嘆がてら吠えた。
「ああ。因みにあんたとこの主君、狂人もな」
その単語にエラは苦笑を交えて問う。
「狂人……それってアッシュ様のことです、よね? 確かに少々、ちょっとばかり。ええっと、多少はお変わり者とは言えなくもないですが……」
「正真正銘の変態狂人の極みだろ。……それより意外だな。もっと、阿呆みてぇに驚くかと思った」
意味が分からない、と言わんばかりにエラは首を横に捻る。
「いや、驚くつーのは違うか。……怖いだろ、普通。何百年も人間のフリをしてる奴がケロッとして目の前に居たら」
その年齢差、およそ三百年。
この世で人間の誰一人として知らなかった事実をエラは知ってもなお、恐怖には怯えなかった。それは彼の記憶に歪で偽りであるが故に、か。
「勿論、驚いてはいますよ。ですが、アッシュ様もグレイ様も他の方とは何かが違う――と、子供ながら思ってもおりました」
「……餓鬼の頃から、ね」
引っ掛かる単語。嘘で出来た記憶にグレイの思考は靄が掛かったような気がした。
「なあ、あんた……真実が知りたいって思うか?」
「…………真実、ですか?」
主語は無く、それだけが告げられる。ほんの僅かな間、エラは顎に手を当てて回答を捻る。後悔をしない正解を導き出す為に。
して、彼は首を横に振った。
「いえ、思いません」
「っは、何故だ⁉」
「うーん、何故かと申しますと難しいのですが……。ボクは今、この時、アッシュ様とグレイ様にお仕え出来ているのがとても幸せなのです」
びくり、とグレイの肩が跳ねる。
予想外の回答により、彼は無意識に顔を隠した。羞恥心と一緒に。
「真実が……秘密が、どんなものかは気になります。けど、これまでの築いた関係が崩れてしまうくらいならボクは必要ありません。……あ、でも時より全裸になっていたり記憶の繋がり方に違和感が少しあるのは……いえ、やっぱり何でもありません! 忘れてくださいっ‼」
両手をひらひらと左右に交差させて、エラは口元を隠す。そして、自信無さげに問うた。
「ええっと……このような感じの回答で、ご納得して頂けますか?」
「っ……ああ、分かった。なら、もう俺からは何も言わねぇよ」
エラの表情がパッと明るくなる。一瞬だけ、周囲の現実に気付くまでは。
「……片付けましょうか、この大量の本」
人間と吸血鬼。
本来なら交わることの無い種族たちは、同じ空間で散らばった記憶本を整理整頓していた。
0
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される
Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。
中1の雨の日熱を出した。
義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。
それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。
晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。
連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。
目覚めたら豪華な部屋!?
異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。
⚠️最初から義父に犯されます。
嫌な方はお戻りくださいませ。
久しぶりに書きました。
続きはぼちぼち書いていきます。
不定期更新で、すみません。
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―
たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。
以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。
「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」
トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。
しかし、千秋はまだ知らない。
レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。
「イケメン滅びろ」って呪ったら
竜也りく
BL
うわー……。
廊下の向こうから我が校きってのイケメン佐々木が、女どもを引き連れてこっちに向かって歩いてくるのを発見し、オレは心の中で盛大にため息をついた。大名行列かよ。
「チッ、イケメン滅びろ」
つい口からそんな言葉が転がり出た瞬間。
「うわっ!?」
腕をグイッと後ろに引っ張られたかと思ったら、暗がりに引きずり込まれ、目の前で扉が閉まった。
--------
腹黒系イケメン攻×ちょっとだけお人好しなフツメン受
※毎回2000文字程度
※『小説家になろう』でも掲載しています
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
皇帝に追放された騎士団長の試される忠義
大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。
帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか?
国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる