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第四章 主君(ロード)
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グラットピア北東部に位置する、スティング領。
国内最大の面積と人口を誇る領主は三百年、生を紡ぐ吸血鬼だった。
「アッシュ様。本日はボクまで同行させて頂き、誠にありがとうございます。数年に一度の領主議会、しかと勉強させて頂きます」
深々としたお辞儀をエラは主君に向かってする。
領主議会。それは数年に一度開催される、各地方の代表らによる機関のこと。
北東部のスティング領、南部のフェアリード領、西部のサイバネリア領、そしてグラットピアの何処にも属さないアルカス諸島の計四つの頭が揃う唯一無二の機会である。
「いえ、勉強熱心のエラがとても素敵ですびで。それより……あなたまで珍しいですね、グレイ。普段は面倒がって外にすら出ることを拒むのに」
「フン、別にいいだろ。あんたには関係ない」
フードを深く被り、グレイはアッシュの背を向くように面倒くさそうに答える。
その様子に兄はあらかじめ予想が出来たようで。
「左様ですか。私はてっきりエラのことが心配で同行を申し出たと思ったのですが」
「は、はっ⁉ ちげぇし、勝手なことほざくな」
図星、そう言わんばかりの反応に微笑する。
「ふふ、私の弟君は嘘が吐けず可愛いですね。そう思いませんか、エラ」
「え、ボクですか⁉ あはは……どう、ですかね」
エラの明らかな苦笑に対して、アッシュは満足げに微笑む。
「……面白がってんじゃねーよ、変態狂人クソ兄貴」
「はいはい。急所、というのはあなたの著しい語彙の低下が何よりも証拠になるのですが……愛しい弟君に免じて、大声で語るのは控えておきます」
「あぁ⁉ 聞こえてんぞ、雑魚アッシュ」
唇を噛み締め、怒りに震える。兄には無効であると頭では理解してても。
「おやおや、粗暴な言動は誤解を招くと言うのに。エラ、彼は確かに優秀な裏方ですが口の悪さは一生掛けても直りませんので真似してはいけませんよ」
「は、はい……善処します?」
「おい、何を要らんこと吹き込んでやがる!」
ぐるるる、と犬の如くグレイは唸る。各々困惑と悪戯な笑みを浮かべて賑やかに過ごしていた。
否、賑やかという控えめな取り方をしていない者も中には存在する。
「騒がしい。妾の大地を土足で踏み込んでのうのうと息してるとは常識がなっとらんな、吸血鬼の小童どもは」
「っ……‼」
凛とした女性の声音が三名の耳を擽る。と、同時に彼らはその存在に気付く。皆無だったはずの空間に男女二名が存在するとは。
「――おや、あなた様からお迎えに来てくださるのは珍しい。お久しゅうございます、エリザベッサ殿」
「げっ、ロリババア……!」
足まで伸びた長い紫紺の髪を靡かせ、少女は妖艶に笑う。その表情は薄気味悪いと言うべきか、幼い背丈――百四十センチほどの女児とは見えないくらいには妙に貫禄があるものがあった。
「はっ! 相も変わらず貴様の愚弟は口の聞き方を知らぬ無礼者だな、スティング?」
「ふふ、不快にさせてしまい申し訳ございません。しかし、これも弟君の愛くるしい個性としてお受け頂けると幸いです」
「はぁ? 誰が愛くるしいだっ⁈」
グレイの渾身の突っ込みにも触れず、アッシュと少女――エリザベッサは話し込む。一瞬の隙も見せずエラは質問相手を即座に変更した。
「あ、あの……失礼かもしれませんが彼女、はどなたなのでしょうか。随分、アッシュ様と仲の良い関係とお見えになりますが」
「あぁ? あー……ロリババアのことか。見た目は餓鬼だがあれでも年甲斐の領主なんだよ、南部のな。んで、クソ兄貴とは別に仲良い訳じゃねーよ。むしろ顔見合わせる度に罵り合いしてる」
「の、罵り合い?」
軽く耳を潜める。
グレイのような相手を貶める直接的な単語や言葉は無いが、普段よりも主君が幼稚に見えた。
「ああ、夫婦並みに息ピッタリだよな。ま、あんなのが義姉になるとか嘔吐が出るけど」
「あ、あはは……」
グレイが舌を出し、顔を白めて大袈裟に嫌な表情をする。何を発するにしても棘があると咄嗟に判断したエラは愛想笑いで返した。
「あと、隣の男は知らねぇな」
エリザベッサの隣に静かに佇む、背丈の高い男性をエラはちらりと覗く。
黒いスーツに身を包み、微動だにもしない二十代くらいの若い人物。その若干、薄気味の悪さに彼はすぐに目を離した。
「ところで、そちらの男性は何代目の方ですか?」
「何代目……?」
独り言に問う。何となく、エラはその発言に引っ掛かりを覚えた。
まるで、目先の彼女も歪に生を刻んでいると言わんばかりの発言に……。
「さあな、興味ない。忘れた」
「ふふ、左様ですか。お互い長生きをすると物忘れが激しくなりますからね」
「ふん、貴様と一緒にするな。――非常に下らぬ時間を喰らった。ルーデルク、行くぞ」
「御意」
エリザベッサの呼び掛けに、低音の短い返答後に背丈の高い男性が動き出す。一礼を加えて。
「さて、私たちも会場へ向かいましょう」
にこり、とアッシュは微笑み歩き出す。
グラットピアの領主議会。
奇抜な個性と独特な緊張感が蔓延る中で、エラはひとつ深呼吸を置いた。
国内最大の面積と人口を誇る領主は三百年、生を紡ぐ吸血鬼だった。
「アッシュ様。本日はボクまで同行させて頂き、誠にありがとうございます。数年に一度の領主議会、しかと勉強させて頂きます」
深々としたお辞儀をエラは主君に向かってする。
領主議会。それは数年に一度開催される、各地方の代表らによる機関のこと。
北東部のスティング領、南部のフェアリード領、西部のサイバネリア領、そしてグラットピアの何処にも属さないアルカス諸島の計四つの頭が揃う唯一無二の機会である。
「いえ、勉強熱心のエラがとても素敵ですびで。それより……あなたまで珍しいですね、グレイ。普段は面倒がって外にすら出ることを拒むのに」
「フン、別にいいだろ。あんたには関係ない」
フードを深く被り、グレイはアッシュの背を向くように面倒くさそうに答える。
その様子に兄はあらかじめ予想が出来たようで。
「左様ですか。私はてっきりエラのことが心配で同行を申し出たと思ったのですが」
「は、はっ⁉ ちげぇし、勝手なことほざくな」
図星、そう言わんばかりの反応に微笑する。
「ふふ、私の弟君は嘘が吐けず可愛いですね。そう思いませんか、エラ」
「え、ボクですか⁉ あはは……どう、ですかね」
エラの明らかな苦笑に対して、アッシュは満足げに微笑む。
「……面白がってんじゃねーよ、変態狂人クソ兄貴」
「はいはい。急所、というのはあなたの著しい語彙の低下が何よりも証拠になるのですが……愛しい弟君に免じて、大声で語るのは控えておきます」
「あぁ⁉ 聞こえてんぞ、雑魚アッシュ」
唇を噛み締め、怒りに震える。兄には無効であると頭では理解してても。
「おやおや、粗暴な言動は誤解を招くと言うのに。エラ、彼は確かに優秀な裏方ですが口の悪さは一生掛けても直りませんので真似してはいけませんよ」
「は、はい……善処します?」
「おい、何を要らんこと吹き込んでやがる!」
ぐるるる、と犬の如くグレイは唸る。各々困惑と悪戯な笑みを浮かべて賑やかに過ごしていた。
否、賑やかという控えめな取り方をしていない者も中には存在する。
「騒がしい。妾の大地を土足で踏み込んでのうのうと息してるとは常識がなっとらんな、吸血鬼の小童どもは」
「っ……‼」
凛とした女性の声音が三名の耳を擽る。と、同時に彼らはその存在に気付く。皆無だったはずの空間に男女二名が存在するとは。
「――おや、あなた様からお迎えに来てくださるのは珍しい。お久しゅうございます、エリザベッサ殿」
「げっ、ロリババア……!」
足まで伸びた長い紫紺の髪を靡かせ、少女は妖艶に笑う。その表情は薄気味悪いと言うべきか、幼い背丈――百四十センチほどの女児とは見えないくらいには妙に貫禄があるものがあった。
「はっ! 相も変わらず貴様の愚弟は口の聞き方を知らぬ無礼者だな、スティング?」
「ふふ、不快にさせてしまい申し訳ございません。しかし、これも弟君の愛くるしい個性としてお受け頂けると幸いです」
「はぁ? 誰が愛くるしいだっ⁈」
グレイの渾身の突っ込みにも触れず、アッシュと少女――エリザベッサは話し込む。一瞬の隙も見せずエラは質問相手を即座に変更した。
「あ、あの……失礼かもしれませんが彼女、はどなたなのでしょうか。随分、アッシュ様と仲の良い関係とお見えになりますが」
「あぁ? あー……ロリババアのことか。見た目は餓鬼だがあれでも年甲斐の領主なんだよ、南部のな。んで、クソ兄貴とは別に仲良い訳じゃねーよ。むしろ顔見合わせる度に罵り合いしてる」
「の、罵り合い?」
軽く耳を潜める。
グレイのような相手を貶める直接的な単語や言葉は無いが、普段よりも主君が幼稚に見えた。
「ああ、夫婦並みに息ピッタリだよな。ま、あんなのが義姉になるとか嘔吐が出るけど」
「あ、あはは……」
グレイが舌を出し、顔を白めて大袈裟に嫌な表情をする。何を発するにしても棘があると咄嗟に判断したエラは愛想笑いで返した。
「あと、隣の男は知らねぇな」
エリザベッサの隣に静かに佇む、背丈の高い男性をエラはちらりと覗く。
黒いスーツに身を包み、微動だにもしない二十代くらいの若い人物。その若干、薄気味の悪さに彼はすぐに目を離した。
「ところで、そちらの男性は何代目の方ですか?」
「何代目……?」
独り言に問う。何となく、エラはその発言に引っ掛かりを覚えた。
まるで、目先の彼女も歪に生を刻んでいると言わんばかりの発言に……。
「さあな、興味ない。忘れた」
「ふふ、左様ですか。お互い長生きをすると物忘れが激しくなりますからね」
「ふん、貴様と一緒にするな。――非常に下らぬ時間を喰らった。ルーデルク、行くぞ」
「御意」
エリザベッサの呼び掛けに、低音の短い返答後に背丈の高い男性が動き出す。一礼を加えて。
「さて、私たちも会場へ向かいましょう」
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