Story of Life

頑張るマン

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 鏡の前に立つ。頭のてっぺんから視線を徐々に落とす。寝ぐせも無し。服のほつれも無し。特に問題無し。
 珍しいとよく言われる黒髪に手を通す。少しだけ手が冷たかった。
 足元には備蓄燃料が僅かばかりだけ積まれている。

 火の3の月、25日。少し肌寒い。来月には本格的な冬が始まる。
 暖房燃料を買いこまないといけない。備蓄はそれほど無い。

 「よし。今日も異常なし」

 僕はそう言うと鏡のそばに置いてある革袋を背負いこんで玄関へと向かった。
 時計を見ると6の鐘を少し過ぎたところだ。

 玄関には一足だけ靴が置かれている。
 使い込んだ革靴だ。もうかれこれ2年は使っている。
 すでに色あせてしまっていて、購入した時のような輝きは失われてしまっている。
 まぁ、僕自身はそんな色合いをそれなりに気に入ってはいたけど。

 靴に足を通す。わずかにつま先が詰まっているように感じる。
 やはり足のサイズが大きくなったのかな?
 今日初めて感じたわけではないので間違いないだろう。
 靴自体は世間一般程度のものを買った。それでも僕の半月の生活費がほぼ飛んだが。
 予備を買ったり買い替える余裕など無いので、追加のお金を払って自動消臭機能だけは付けてもらった。

 革靴金貨5枚に自動消臭機能金貨3枚。合計金貨8枚。
 なので僕の月の生活費は金貨16枚。この世界の平均月収入は金貨40枚。
 僕がどういった生活をしているかは推して知るべし、だ。

 靴を履いたらドアを開けて外に出る。ドアノブを閉めて右手小指に付けた指輪をかざす。
 カチャン、と音がして鍵が閉まった事を確認するように左手で数度ドアノブを引っ張るも鍵が正常に作動していた。

 僕が済んでいるのは『日和見荘』の206号室。1階には住居が無いから、部屋数は6室のみ。
 ほかの部屋には入ったことが無いけど、基本的な作りは全て一緒。
 6畳一間に申し訳程度のキッチンとユニットバス。
 月の家賃は金貨5枚。このあたりでは破格の値段だ。
 経営は成り立っているんですか?と一度201号室に住む大家さんに聞いた事がある。

 「お前が気にする事じゃない」

 さくっと大家さんにそう言われて引き下がった。
 見た目ガチムチスキンヘッドの大家さんにそう言われて食い下がる勇気は僕には無かった。

 僕の部屋は有難いことに角部屋だ。ただし日当たりは最悪だけど。主に良すぎて。
 この世界には太陽が二つある。
 西と東から同じ周期で回っている。なので朝も眩しいし夕方も眩しい。
 そして月が無い。ので夜はもう驚く程に暗い。明かりが無ければ一歩も歩けないほどだ。
 なので朝は日の出から眩しくて嫌でも起きるし、夕方も眩しい。
 僕は西の角部屋。大家さんは東の角部屋だ。
 この世界では西=東<<超えられない壁<<北=南と家賃相場が決まっている。

 日和見荘には自動施錠機能は付いているけどセキュリティはそれだけ。アパートのセキュリティ対策としては最低水準だ。その分、家賃も最低水準なので助かっているが。
 一般的な住居に付いている来客者判別機能も無ければ不審者認識機能も無い。アパート全体を覆う結界機能も無いから虫は入り放題。今時こんなにガバガバな家も珍しい。
 自宅になーんにも金目のものが無い人しかこんなアパートには、普通住まない。
 そして僕の部屋には、なーんにも金目のものは無い。悲しいくらいに。

 階段を下りる。木で出来た古い階段がギシ、ギシと鳴る。
 毎日上り下りしているのに、やはり冷や汗が出る。
 そこここが虫食いしていて今にも朽ち落ちてしまいそうだからだ。

 危なくないですか?と大家さんに聞いた事がある。

 「じゃぁお前が金を出せ」

 そう言われて僕はすごすごと引き下がった。だって怖いしそんなお金あるわけない。

 階段を半ばまで下りたところで背中からバタン、と音がした。
 この閉め方をするのは一人しかいない。

 「おっすボウズ」

 204号室に住むオラスさんが僕の横を軽やかにトントンと通り過ぎた。肩にはいつものように小型射影機が掛かっている。腰には申し訳程度のショートソードが鞘に入っている。茶髪の髪はボサボサで寝ぐせ全開だ。
 この不思議な人はいつも寝ぐせ全開で過ごしていて、大体女性を侍らしている。しかも毎回違う人だ。

 「あ、おはようございますオラスさん」

 「おはようさん。あ、そこ気を付けろよ。」

 「え?」

 「そこそのまま踏んだら抜けちまうかもしれんぞ」

 オラスさんはそう言って僕が次に下りようとしたあたりを右足で軽く踏んでみる。

 ギシ、ギシ、バキッ!
 オラスさんの右足が階段を突き破ってしまっていた。

 「な?」

 「…」

 「コツがあるんだよコツが。気をつけろよー」

 オラスさんはそう言って階段を下りきるとそのまま歩いて行ってしまった。
 僕はオラスさんが踏み抜いた階段を避けるように下りていく。 

 ギシ、ギシ…。

 何がオラスさんの下り方と違うのかわからないままなんとか階段を下りきった。
 先程オラスさんが踏み抜いた場所を下から見上げたが、下からではわからなかった。

 日和見荘全体が視線に入る。1階は大家さんが経営する総合雑貨店『日和見商店』だ。
 入口にはCLOSEの看板が掛けられている。ちなみに僕がこの日和見荘に住んでから一度も看板が表のOPENになっているところを見たことはない。

 要するに、そういう事だ。CLOSEの看板は埃で薄汚れてしまっている。曇りガラスの向こうにある店内は見えない。6部屋分の店内と倉庫だと考えると中規模は十分あるはずだが、昔そこにあったであろう賑やかさは感じられない。こうなっている経緯を僕は知らない。

 実は日和見荘はそれほど古くない。築年数を聞いた事はないが、50年程度のはずだ。この世界で築50年はそれほど古い部類には入らない。
 築200年など平気で存在するが、如何せん日和見荘は結界などが無いので劣化が早い。
 風雨なども本来なら結界で阻めるのだが、それらがないので吹きさらしの状態だ。
 まぁ、住む分には実はそこまで困ってもいないけど。
 田舎や貧困地区に行けば結界が張られていない住居などいくらでもある。
 僕が住む商業都市『ウルルカタ』のこの近辺では珍しいというだけで。


 薬師ギルドに向かって歩き始める。
 やはり靴が小さくなっているな…。
 歩くのに困るほどではないが少しだけ痛い。
 自動サイズ補正機能を付けなかった事を悔やんだが、いまさらどうこう言っても仕方ない。
 そもそも購入時に自動サイズ補正機能を付けるお金なんて無かったんだし。
 金貨12枚など払えるはずがない。僕の全財産は金貨15枚。しかもこのお金は僕の生活資金でもある。
 そう簡単に使えるお金ではない。
 どうせ補正機能付けるなら新品の靴に付けないと勿体ないし…。
 そうなるとそもそも予算に届いていない。

 仕方ない、当面我慢だな…。
 冒険者としては失格なのは当然理解しているが。


 薬師ギルドまではそれほど距離はない。
 日和見荘は薬師ギルドから裏手に2本通りを歩いたところにある。
 ちなみにこの2本というのがミソだ。1本裏だとそれほどでもないが、2本裏に入った途端に薄汚れた景色になる。
 日和見荘があるこの地域は所謂、貧困地区であるスラムと平民地区のちょうど間にある。
 治安もその割に良いと言えば良いが、悪いと言えば悪い。

 陽は十分に差しているのに、なのに息苦しさを感じる。

 恐らくだが、あまりにも建物が窮屈に建っているからだろうか。
 それぞれの建物が古い事も相まっているのかもしれない。
 生活感と言えば聞こえはいいが、あまりにも過ぎた生活感は息苦しさを感じさせるものなのだ。

 日和見荘を背中にして右手に向かえば薬師ギルドがある表通り。
 日和見荘を背中にして左手に進めばスラム地区だ。

 命の軽いこの世界だ。それなりに自衛は必要な地区だと言える。

 衛兵が定期的に巡回しているが、表通りに比べるとその回数は圧倒的に少ない。
 巡回の人数もたいていが2名だ。表通りのように5~6名のような連なって巡回する事はない。
 スラム地区などはそもそも巡回もほとんど行われていない。
 名ばかりの巡回は時折行われるが、ほとんどは小遣い稼ぎでスラム地区の住人を虐める為に衛兵がうろうろするだけらしい。そして気に食わない住人を殴ったり脅して小銭を巻き上げるらしい。
 衛兵の全員が全員そうではないのだろうが、そういった衛兵が目に付くのも事実だ。

 一歩踏み外せばそちらの世界に居てもおかしくない…。
 僕が歩いているこの道は日和見荘の階段のようなものだ。
 弱弱しくて、朽ちていて、今にも崩れてしまいそうな。

 オラスさんのように飄々と生きる人もいる。
 大家さんのようにどっしりと構えて生きる人もいる。
 僕のようにおそるおそる、怖々と生きる奴もいる。

 踏み抜いて落ちる時は一瞬なのだ。



 この世界で生きていくコツを、まだ僕は掴めていない。



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