Story of Life

頑張るマン

文字の大きさ
2 / 2

2

しおりを挟む
 薬師ギルドの歴史は深い。らしい。
 らしい、というのは当然誰も実情を知らないからだ。
 500年とも、1000年とも言われているが正しい歴史は誰も知らない。

 初代設立者はクレストン・オーマリヌという女性らしい。
 通称【大賢者】。
 まぁ、僕には全くもって関係のない話なんだけど。

 日和見荘から表通りに向かうにつれ、段々と風景が変わる。
 スラム地区は主にバラック小屋が並ぶ。
 日和見荘近辺は漆喰と木の建物が多い。
 薬師ギルドの裏手あたりは徐々に石を使った建物が多くなり始め、薬師ギルドをはじめとした表通りは全て石のみで建てられている。当然全ての建物に結界が施されており、どの建物も綺麗なものだ。

 この世界は命が軽い。
 戦争も勿論ある。
 故に、それぞれの建物はそれほど手を加えられていない。
 空撃されれば壊れてしまうからだ。
 薬師ギルドに正しい歴史が伝わっていない一つの要因でもある。
 歴史などにかまけている余裕が誰にも無いのだろう。
 そんな事を残す暇があるのなら、少しでも技術発展に努めろ、という事らしい。
 その代わりと言っていいのかわからないけど、補助機能が異常に発展している。
 自動施錠機能しかり、自動消臭機能しかり、自動サイズ補正しかり…。
 自動清掃機能などもある。日和見荘には、勿論付いていない。

 表通りに近づくにつれて行きかう人たちの服装も段々と小綺麗なものに変わっていく。
 僕の服装は表通りを歩いていても、衛兵に呼び止められないギリギリ、といったところか。
 性格の悪い衛兵なら止められるかもしれない。
 どんな難癖を付けられるかわかったものではない。

 少しずつ広がっていく華やかさとは裏腹に、僕の視線は少しずつ下へと向いていく。
 薬師ギルドのある表通りに出る頃には、完全に足元しか見ていない。

 ぶつからないように時折すぐ前を見る以外は、極力周囲を見ないようにする。
 難癖を付けてくるのは、必ずしも衛兵だけだとは限らないのだ。

 とにもかくにも、この世界は命が軽い。
 不用意な発言や挙動は控えるべきだ。
 落ちる時は一瞬で落ちるし、一歩間違えば命も落とす。

 まずは今日を生きること。
 今日を生き抜いたなら、明日を生き抜くこと。
 これらがこの世界を生きていく上での最低限の素養だと僕は思っている。

 人に殺される?魔物に殺される?不意の事故で死ぬ?

 何があるかわからない。死ぬ時は驚くほどにあっさりと死んでしまう。
 僕はそんな人たちをいくらでも見てきた。

 僕は、生きること、を楽観的には考えられないタチなのだ。



 表通りに出ておよそ5分歩いたところに薬師ギルドはある。
 総石造りで建てられたそれは、見た目にも重厚さを感じさせる。
 三階建てで建てられていて、一階はロビーや買取所、二階は蔵書庫、三階は職員フロアとなっているらしい。
 
 ちなみに僕は二階より上に入った事はない。
 蔵書庫の閲覧には規定以上のランクが必要となっており、僕はその規定には程遠いからだ。
 受付をしているリリアさんに聞いた事があるだけだ。
 せめて二階に上がれるくらいにはランクを上げてこい、と何度言われた事だろうか。
 その日が来ることを僕が一番願っているんだけど。

 そんな薬師ギルドには入口が二つある。
 一般入口と、限定入口だ。
 僕は限定入口にしか入れない。その入口は一般入口と比べて狭く、粗末で、そしていつでも人で溢れている。
 矛盾しているようだが、そういう事だ。
 
 一般の基準は、規定ランク以上の人たちの事を指す。
 規定ランクに到達していない者は一般とはみなされない。
 要は、薬師ギルドにおいて冒険者として見てもらえないという事だ。
 そして、僕のような冒険者が規定ランクに到達する可能性は限りなく低いシステムに成っていたりする。

 限定入口はそういった規定ランクに満たない者たちでいつでも溢れている。
 特に朝から昼にかけてはひどい。
 ひっきりなしに人が出入りし、喧噪も匂いも酷い。
 限定入口は素材さえ持っていれば誰でも売ることが出来る。
 もちろん、素材の良し悪しで値段は大きく上下するが。
 そして限定入口に出入りする冒険者のほとんどは粗暴で、採集してくる素材は悪い。
 
 それらには理由もそれなりにあるが。



 申し訳程度に付けられた両開き扉はすでに開け放たれたままとなっていた。
 中を少しだけ覗いてみる。
 3つの買取カウンターはすでに満席となっていたが、1つしかない受付カウンターは空いていた。
 その空席に見知った顔を見つける。
 向こうも気づいたようだ。
 いじっていた前髪から手を離すと、視線を目前に椅子に落とした。
 どうやら座れと言っているらしい。

 見知った顔、リリアさんのカウンターに腰を下ろし、頭を下げた。

「おはようございます」

「ん」

 リリアさんは人によって極端に対応の差が上下に激しい。
 僕は言わずとも下だ。
 カウンターの上にはペン立てといくつかの書類以外には何もない。
 粗末なものだ。得てして限定入口から入った先のものは押しなべて粗末だが。

「今日も採集に行こうと思います」

「どうせミライ草とライミ草の採集でしょ?」

「はい、その二つのつもりです」

「常時依頼なんだからわざわざ来なくてもいいじゃない」

「依頼だけで言えばそうですけど、何か変わった事があると怖いですから…」

「そんなんだからいつまで経っても【薬草屋】って呼ばれるのよ」

「たとえ蔑称で呼ばれているとしても、僕は生き残りたいですから」

「アンタのそれじゃあ、ほんとに生きてるだけじゃない。私なら嫌よ」

「でも、僕にはこれしかありませんから…」

 僕の言葉にリリアさんは鼻で笑うと、紙を一枚僕に向かって放るように渡してきた。

「最近夜になると壁外で盗賊が出るらしいわ。前から盗賊はいたけど最近は特に危ないんだってさ。アンタは夜に壁外に出る事は無いから関係ないけどね」

 渡された紙にはここ最近で起きた盗賊による事件が書かれていた。
 金品等を奪われた上、惨たらしく殺されているらしい。

「そもそも夜に壁外にいる時点で殺してくださいって言ってるようなもんだけどね」

 壁外とは、所謂都市の外の事だ。
 スラムなどの貧困地区は実はまだマシな方で、もっとも悲惨なのが壁外に住む人たちの事を指す。もはや人として認識されておらず、昨日までそこにいたのに、翌日になれば無惨に殺されている事など日常。
 領主からも住民として認められていない。
 日没と同時に都市の門は閉められてしまう。闇夜の中で壁外の人たちが魔物に襲われようが盗賊に襲われようが門番達は一切何もしない。
 いないものとして認識されているがゆえだ。

 盗賊注意の紙を渡すと、リリアさんは僕にさっさと席から立てと言いたげにそっぽを向いてしまった。
 立ち上がって頭を下げると僕はその場から離れる。
 リリアさんは、ふんっ、と言いながら僕に少しだけ視線を送ると、もう僕への興味は失われたようだった。

 僕は買取カウンター待ちの列に並びながら、リリアさんからもらった紙に再度目を落とす。
 そこにはこの1週間で4度の盗賊被害があり、全ての被害者が惨たらしく殺されているとの事だった。
 無論、被害者は全て殺されているので、目撃情報などもない。人数も不明。
 とにかく気を付けろ、という情報だけだった。

 有難いことだ…。

 僕は視線を少しだけリリアさんに向ける。
 すでに次の冒険者が座っており、先程よりもはるかに良い表情で対応していた。
 どうやら受付カウンターに用があるわけではなく、リリアさんにちょっかいを出しているだけのようだ。
 リリアはそんな冒険者ににこやかに対応している。

 リリアは素っ気なく対応したが、それでも最低限の情報を渡してくれていた。
 盗賊注意の情報はギルドとして必ず渡さなければいけない類のものではない。

 この世界には人権など鼻から無いのだ。

 生きるか死ぬか、それは誰にもわからない。日々を生きている当の本人次第だ。

 だからこそ、貪欲に、敏感にならなければ、とも思う。
 少しでも鈍くなった途端、自分もいつこの世から去る事があるかわからないのだ。

 気付けば買取カウンターの順番になっていた。
 僕は昨日採集したいくばくかのミライ草とライミ草を納品し、雀の涙ほどの金を貰い、買取担当職員から鼻で笑われながら逃げるように薬師ギルドを去った。


 僕のように薬師ギルドにしか足を向けない冒険者は、基本的にいない。
 皆、魔物討伐や護衛などの依頼と掛け合わせていくばくかの素材を採集し薬師ギルドに納品するだけだ。
 なので一向にランクは上がらないし、そもそも上げようとも思っていない。
 一部の冒険者は薬師ギルドと専属契約をして希少価値の高い採集ばかりを請ける者もいるが、それも珍しい。それにそういった冒険者は限定入口には来ない。

 一般入口から出入りするからだ。

 買取カウンターは常時混んでいるにも関わらず、受付カウンターに閑古鳥が鳴いているにはそういった背景があるからだった。


 僕が【薬草屋】と蔑まれているように、リリアさんもまた【亜人】と裏で呼ばれている事を僕は知っていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

なんか修羅場が始まってるんだけどwww

一樹
ファンタジー
とある学校の卒業パーティでの1幕。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...