筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します

堅他不願@お江戸あやかし賞受賞

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第3話 依頼人とプロペラ男 その一

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 十三分して、呼び鈴が鳴った。表門にあるインターホンが防犯カメラと一体化しており、居間の壁にもうけた操作パネルで、来客の確認ができる。最初から塚森はテコでも動かないし、花坂も当然に自分の仕事だとわきまえている。

 そうして目にした操作パネルの画面には、一人の女性が映っていた。花坂とたいして違わないくらいに若く、身なりがいい。塚森と比べてさえ一回り小柄だが、気の強そうな目鼻だちをしていた。

 しかし、弁当を配達してきたようにはとても思えない。ここの悪霊は塚森にじゃれつく以外の悪さはしない。

「はい」

 花坂は、マイクボタンを押してから、無難にして簡潔な応答をした。

「あのう……お仕事のお願いがあってきました」

 遠慮がちながら、食事の宅配でないのは明白となった。

 実のところ、わざわざ訪問してまで依頼しにきた人間は初めてだった。たいていはメールか、せいぜい電話である。事務所に出むこうかと申しでてくれた依頼人もいたが、すべて花坂が丁重に断っている。自分のような『犠牲者』が増えるのはもちろん、変な悪評がたって商売に悪影響が及ぶのも願いさげだ。

「少々お待ちください」

 一度マイクを切って、花坂は塚森に向きなおった。ちょうど、彼女は欠伸あくびを終えたところだ。

「先生、お仕事の依頼だそうですが、どうしましょう」
「お腹すいた~」

 塚森はスマホをテーブルに置きっぱなしにして、天井を眺めていた。

「中に入れて、俺みたいに『見える』ようになったら……」
「お腹すいた~」
「アポなしですが……朝食が終わるまで玄関前で待って頂きましょうか?」
「お腹すいた~」

 幼稚園児かお前は! と怒鳴りたくなるのを、花坂は懸命《けんめい》に抑えた。

「俺の一存じゃ……」
「初めてだからわかんない~。適当にやって~」

 天井から視線を外さないまま、塚森はようやく少しはましな台詞を口にした。

「はい」

 花坂からすれば、あれこれ細かく指図されない方がむしろやりやすい。

「申し訳ありません。いましばらくお待ちください」

 花坂が、ふたたびマイクをつけて願った。

「はい」

 マイクを切り、来客を迎えるべく玄関を出て、彼は門前の相手を直視するなりすぐ悟った。塚森とはまた別な意味で、特殊な力を持っている。視覚や聴覚ではなかった。精神を建物とするなら、屋根にいきなり大きな枝が落ちてきたかのような衝撃。

 そんな直感を、塚森以外の人間に対して持つのは初めてだ。かつて人間だったものを扱うこともある事務所の一員として、波乱を予期させるには充分である。そして、ほんのわずかながら、好奇心も禁じえない。

 これなら上がってもらって構わないと、花坂は決断した。

「すみません、お待たせしました」

 内心とは裏腹に、花坂はまっとうな挨拶あいさつをした。頭にバスタオルを巻いたままなのが、我ながらマヌケだ。けっして彼の責任ではないのだが。必ずしも妥当な姿とはいえないが、それだけに、接遇をまっとうせねばと思った。

「いえ、こちらこそ。突然のことでご迷惑をおかけしました」

 滑らかに述べて、彼女は頭を下げた。礼儀正しい一方で、無意味にペコペコする要素は微塵みじんもない。花坂は、性別に関係なく、卑屈と謙遜がごっちゃになった人間を好まない。その意味で、好感が持てそうだ。

「所長は席を外していますが、とりいそぎ応接室に案内します」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 一点の乱れもない礼儀だった。塚森の支離滅裂な言動に慣れすぎて、堅苦しさより親近感を覚えてしまった。

 二人のうしろ姿は、前後の状況を無視するなら、ある種の微笑ましさを感じさせただろう。身長だけでも、五十センチ近く花坂が大きい。だからこそ彼は、来客に細心の配慮をせねばならない。特に歩幅。

 花坂は、宣言のとおりに来客を応接室へ連れていった。そこでまずエアコンをいれた。

「どうぞ、かけてください。エアコンの温度は二十六度ですが、寒いですか?」
「いえ、それで大丈夫です。恐れいります」

 ソファーに腰かけた来客に、茶でもださねばと考えた矢先。また呼び鈴が鳴った。

「申し訳ありません、あと少し待って頂けませんか?」

 花坂は、いささかバツの悪い思いにならざるをえなかった。

「はい、問題ございません」
「ありがとうございます」

 応接室を出て、花坂は居間にあるインターホンの操作パネルを今一度使った。今度は弁当屋のエプロンを身につけ、ヘルメットをかぶった男性が映っている。右手にはビニール袋を持っていた。

「はい」
「こんにちは。バクバク弁当です」
「どうもどうも。すぐいきます」

 ちらっと塚森を眺めると、両手をだらりと肘かけから垂らして口をぽかんと開けたまま首をかしげている。定番のいたずらで、死体のふりだ。無視して弁当を引きとりにいった。背後で彼女が不満げに頬をふくらませているようだが、無視にしかず。

 門前で金を払い、花坂は弁当の入ったビニール袋を手にした。これで塚森の調子も回復するだろう。しかし、彼は自分が食べるのをあとまわしにして、来客に茶菓子を出さねばならない。

「先生、弁当がきました」
「……」

 あいかわらず死体のふりをしている。

「ここに置いておきます」

 辛抱強く説明して、花坂は弁当を自分の分ごとテーブルに乗せた。

 そのとき、塚森の身体がぴくりと動いた。黒紫色の、薄いがまがまがしい光に包まれながら彼女は両手をあげた。

「先生、また悪霊……」

 塚森の顔がいきなり代わり、血まみれで長い髪を振りみだした女性になった。怒りながら、なにかを叫んでいるような表情だ。

「お客様を待たせてますから、自力でなんとかしてくださいね」
「ぎゃあああぁぁぁ!」

 悪霊は絶叫したものの、花坂はさっさと台所にいって湯を沸かすことにした。応接室は、この類を予期してか頑丈な防音仕様になっているので気遣いはいらない。食材は残ってないものの、茶や菓子は一応無事なのが幸いだった。

「ぎゃあああぁぁぁ!」

 また絶叫が轟いた。振りむくまでもなく、塚森が悪霊を燃やしたのは簡単に察しがついた。

 となれば火事の心配というところだが、焦げ臭さは流れてこない。塚森も騒いでない。それより、弁当箱を開けて割箸を割る音も聞こえてきた。このうえ弁当まで誤って燃やされては、たまったものではない。そこだけは、満足に値した。

 湯が沸いて、花坂は茶菓子の準備をすませてから一式を盆に乗せた。それを両手で持ってから台所をあとにすると、塚森はおとなしく食事をしていた。心の中で安堵のため息をつき、応接室へと進む。

 ドアをノックし、返事を経てから花坂は茶菓子を来客へもたらした。

「ありがとうございます。いきなり押しかけたのに、お気づかい頂いて……」
「いやぁ、大したおもてなしではないですし」

 そういってから、花坂はテーブルを挟んで来客の正面に座った。そのとき、彼女がごくかすかに身じろぎしたのを彼は見ぬいた。いかにも育ちの良いお嬢さんといった様子で、男には慣れてないようだ。むろん、そんな察知は微塵も見せない。代わりに、おもむろに自分のスマホをだして、卓上に置いた。

「遅れましたが、私は塚森所長の助手で花坂といいます」
「おづの よりこと申します。大小の小に角で小角、頼む子で頼子です。大学生です」
「小角さん、よろしくお願いします。なお、行き違いのないようにしたいので、ここでの会話は録音したいのです。むろん、個人情報は厳守します」

 花坂は、卓上のスマホを手で示した。

「はい、かまいません」
「ありがとうございます。では」

 花坂はスマホの録音アプリを起動した。小角は、足をそらえて座ったまま身じろぎ一つしない。緊張からではない。これからすべきことを何度も頭の中で整理し、完全に叩きこんだ人間の表情だった。

「今回はどういったご用件でしょうか」
「はい。私は、ストーカーの被害を受けています」

 いきなり重い内容だった。

 本来なら警察の仕事だ。ここにくるからには、特別な事情があるにきまっている。花坂は、黙って続きを待った。

「そのストーカーは、たぶんですけど、同級生のご両親にもかかわっています」
「同級生とは、あなたの同級生という意味ですか?」
「はい」
「かかわっている、とはどのような形ででしょう」
「同級生のご両親は、二人そろって殺された……と私は思っております」

 ますます抜きさしならない。

「警察はなにをしているんです?」

 花坂でなくとも不審になる。

「表向きは、事故なので動いてくださいません」
「事故……」

 小角が一言述べるたびに、不穏さが増していく。それからすれば、ここの悪霊のいたずらなど幼児同然だ。

「三年前、同級生のご両親は、自分達のお嬢さん……つまり、その同級生……を病気で亡くされました」
「はい」
「でも、病気になった原因はTWCのHMBだったのです。少なくともお二人はそう思っておられました」
「てぃー、……えいち?」
「TWCはタイトワールドコーポレーションの略です。典型的な国際複合企業で、本社は東京にあります。元は福丸という服屋さんでした」
「はぁ」

 衣服といえば、花坂は安物の大衆ブランドで満足している。
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