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第二章 軍法
EP 37
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苦渋の妥協点(パッチワーク)
重苦しい沈黙が、設計室を支配していた。
坂上は、黒飴を口に放り込んだ。苦い味が広がる。
(……完敗だ)
(俺は、技術(エンジン)の限界を、精神論(人命尊重)で突破しようとしていた。
それは、俺が最も嫌う陸軍のやり方と同じだ)
坂上は、認めた。
「……分かった。堀越技師。貴方の言う通りだ。
今の日本のエンジンで、重装甲化は不可能だ」
堀越の表情が、わずかに緩んだ。
「理解していただけましたか」
「だが!」
坂上は、食い下がった。
「『ゼロ』か『イチ』かではない。
完全な防弾が無理でも、『即死』を防ぐ手立てはあるはずだ」
坂上は、図面の燃料タンク部分を指差した。
「鋼鉄の装甲板は諦める。
だが、燃料タンクに『自動消火装置』をつけろ。
二酸化炭素(CO2)の噴射ボトルだ。
被弾時に、タンク周辺にCO2を充満させれば、爆発は防げる」
「……消火装置?」
堀越が眉をひそめる。
「重量は?」
「ボトル数本と配管だ。装甲板の十分の一以下で済む」
坂上は、さらに続けた。
「それと、座席の後ろ。
頭部だけでいい。8ミリ厚の防弾板を一枚入れろ。
パイロットの即死原因の多くは、後方からの頭部被弾だ。
全身を守れとは言わん。脳と心臓、そして燃料タンクの『爆発』だけを防げ」
「……局所防御、ですか」
堀越は、計算尺を動かした。
カチャカチャという音が響く。
「……ギリギリだ」
数分後、堀越が顔を上げた。
「それなら……なんとか、航続距離の要求値を満たせるかもしれない。
ただし、運動性はわずかに落ちる」
「構わん」
坂上は断言した。
「その程度の運動性低下で撃ち負けるようなパイロットは、どのみち生き残れん。
だが、火達磨にならなければ、パラシュートで脱出できる。
『ベテランパイロット』という、最も貴重なリソースを回収できるんだ」
「……リソース、ですか」
堀越は、苦笑した。
「貴方は、人間を部品のように言いますね」
「部品ではない。財産だ」
坂上は、堀越の目を真っ直ぐに見た。
「飛行機はまた作れる。だが、熟練の搭乗員を育てるには数年かかる。
彼らを『使い捨て』にすることこそが、最大の非効率だ」
堀越は、しばらく図面を見つめていたが、やがて、大きく息を吐いた。
「……分かりました。
『消火装置』と『頭部防弾』。
……設計に組み込みましょう。
その分、他の部分をもっと削らねばなりませんが……私の腕でなんとかします」
「頼む」
坂上は、深く頭を下げた。
それは、未来を知る者が、現在を生きる天才に対して払う、最大限の敬意だった。
「……ただし」
堀越は、最後に釘を刺した。
「これでも、気休めです。
米軍が12.7ミリ以上の機銃を持ってきたら、防ぎきれませんよ」
「分かっている」
坂上は、拳を握りしめた。
「その時は……俺が、別の『盾(戦術)』を用意する」
完全勝利ではない。
泥臭い、ギリギリの妥協。
だが、この「小さな修正(パッチ)」が、数年後、数多くの若者の命を――もしかしたら、彼の祖父の命を――救うことになるかもしれない。
坂上と薫は、鉛色の空の下、名古屋の工場を後にした。
「……悔しいですか?」
薫が、ぽつりと聞いた。
「ああ。悔しいな」
坂上は、天を仰いだ。
「リソースがないというのは、こういうことだ。
……だが、諦めんぞ。
次は、『目(レーダー)』と『翼(戦闘機)』を繋ぐ、『神経』を作る」
戦いは、まだ始まったばかりだった。
重苦しい沈黙が、設計室を支配していた。
坂上は、黒飴を口に放り込んだ。苦い味が広がる。
(……完敗だ)
(俺は、技術(エンジン)の限界を、精神論(人命尊重)で突破しようとしていた。
それは、俺が最も嫌う陸軍のやり方と同じだ)
坂上は、認めた。
「……分かった。堀越技師。貴方の言う通りだ。
今の日本のエンジンで、重装甲化は不可能だ」
堀越の表情が、わずかに緩んだ。
「理解していただけましたか」
「だが!」
坂上は、食い下がった。
「『ゼロ』か『イチ』かではない。
完全な防弾が無理でも、『即死』を防ぐ手立てはあるはずだ」
坂上は、図面の燃料タンク部分を指差した。
「鋼鉄の装甲板は諦める。
だが、燃料タンクに『自動消火装置』をつけろ。
二酸化炭素(CO2)の噴射ボトルだ。
被弾時に、タンク周辺にCO2を充満させれば、爆発は防げる」
「……消火装置?」
堀越が眉をひそめる。
「重量は?」
「ボトル数本と配管だ。装甲板の十分の一以下で済む」
坂上は、さらに続けた。
「それと、座席の後ろ。
頭部だけでいい。8ミリ厚の防弾板を一枚入れろ。
パイロットの即死原因の多くは、後方からの頭部被弾だ。
全身を守れとは言わん。脳と心臓、そして燃料タンクの『爆発』だけを防げ」
「……局所防御、ですか」
堀越は、計算尺を動かした。
カチャカチャという音が響く。
「……ギリギリだ」
数分後、堀越が顔を上げた。
「それなら……なんとか、航続距離の要求値を満たせるかもしれない。
ただし、運動性はわずかに落ちる」
「構わん」
坂上は断言した。
「その程度の運動性低下で撃ち負けるようなパイロットは、どのみち生き残れん。
だが、火達磨にならなければ、パラシュートで脱出できる。
『ベテランパイロット』という、最も貴重なリソースを回収できるんだ」
「……リソース、ですか」
堀越は、苦笑した。
「貴方は、人間を部品のように言いますね」
「部品ではない。財産だ」
坂上は、堀越の目を真っ直ぐに見た。
「飛行機はまた作れる。だが、熟練の搭乗員を育てるには数年かかる。
彼らを『使い捨て』にすることこそが、最大の非効率だ」
堀越は、しばらく図面を見つめていたが、やがて、大きく息を吐いた。
「……分かりました。
『消火装置』と『頭部防弾』。
……設計に組み込みましょう。
その分、他の部分をもっと削らねばなりませんが……私の腕でなんとかします」
「頼む」
坂上は、深く頭を下げた。
それは、未来を知る者が、現在を生きる天才に対して払う、最大限の敬意だった。
「……ただし」
堀越は、最後に釘を刺した。
「これでも、気休めです。
米軍が12.7ミリ以上の機銃を持ってきたら、防ぎきれませんよ」
「分かっている」
坂上は、拳を握りしめた。
「その時は……俺が、別の『盾(戦術)』を用意する」
完全勝利ではない。
泥臭い、ギリギリの妥協。
だが、この「小さな修正(パッチ)」が、数年後、数多くの若者の命を――もしかしたら、彼の祖父の命を――救うことになるかもしれない。
坂上と薫は、鉛色の空の下、名古屋の工場を後にした。
「……悔しいですか?」
薫が、ぽつりと聞いた。
「ああ。悔しいな」
坂上は、天を仰いだ。
「リソースがないというのは、こういうことだ。
……だが、諦めんぞ。
次は、『目(レーダー)』と『翼(戦闘機)』を繋ぐ、『神経』を作る」
戦いは、まだ始まったばかりだった。
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