​『異世界弁護士・桜田リベラは罪を憎み、法廷で悪を討つ。~同期の検事と裁判官は、甘味と激辛で戦場と化す~』

月神世一

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EP 8

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愛が重い! 世界樹vsエルフの「移動の自由」裁判
 桜田法律事務所に、緑色のフードを目深に被った少年が駆け込んできた。
「助けてください……! 僕は、外の世界が見たいんです!」
 フードの下から現れたのは、長い耳と透き通るような碧眼。エルフの青年、エレンだった。
 彼は怯えたように窓の外を確認し、声を潜めた。
「僕は世界樹の森から逃げてきました。……でも、すぐに連れ戻されてしまう。『ママ』はどこまでも追いかけてくるから」
「ママ……? 母親のことですの?」
「いいえ。……世界樹ユグドラシア様のことです」
 エレンの話によれば、エルフの国『世界樹の森』は、外敵を寄せ付けない理想郷とされるが、その実態は**「完全なる閉鎖社会(ディストピア)」**だという。
 世界樹はエルフたちを「我が子」と呼び、衣食住の全てを与える代わりに、森の外へ出ることを決して許さない。
 無断で外出しようとすれば、植物兵士『ポーン』によって強制的に連れ戻され、記憶を消されることもあるという。
「僕は、自分の足で世界を歩きたい。自分の手で何かを掴みたいんです! これって、いけないことなんですか!?」
 エレンの悲痛な叫び。
 リベラは紅茶のカップを静かに置き、ニヤリと笑った。
「いいえ。それは全ての知的生命体に与えられた『基本的人権』ですわ」
 彼女は六法全書(の手作りノート)を開いた。
「憲法第22条、居住・移転の自由。……たとえ神木だろうと、個人の自由意志を不当に拘束することは許されません。引き受けましょう。私が貴方の『家出』を正当化して差し上げます」
 ***
 世界樹の森、境界線。
 そこは鬱蒼とした巨木が壁のように立ち塞がり、昼間でも薄暗い。
 リベラ、エレン、そして護衛の龍魔呂とキスケが足を踏み入れた瞬間――空気が変わった。
 ザワザワ……ザワザワ……。
 木々の葉が擦れる音が、まるで「帰れ、帰れ」という囁き声のように響く。
「……来るぞ」
 龍魔呂が前に出た。
 地面が隆起し、巨大な根が蠢く。
 そこから生み出されたのは、木製の甲冑を纏った人型兵器――ポーンだ。
 その数は百体以上。さらに、馬の下半身を持つ高速機動型**『ナイト』や、城壁のような巨体を持つ『ルーク』**も混ざっている。
『……私の可愛い子を返して……。外の世界は汚れているわ……』
 森全体から、甘く、そして粘着質な女性の声が響いた。
 世界樹ユグドラシアの意思だ。
「ヒッ! ママ……!」
 エレンが震え上がる。
 ポーンたちが一斉に襲いかかってきた。
「へっ、植物なら燃やせばいいんだろ!」
 龍魔呂が角砂糖を噛み砕き、赤黒い闘気を拳に纏わせる。
 「オラァッ!!」
 一撃でルークの巨体を粉砕し、その衝撃波で後続のポーンたちを薙ぎ払う。
「俺もお供しますよっと」
 キスケがクナイを投擲する。その先端には、特製の「強力除草剤カプセル」が塗られていた。
 突き刺さったナイトが、瞬く間に枯れ落ちていく。
 龍魔呂とキスケの無双により、ポーン軍団の壁がこじ開けられた。
 リベラはその中心を悠然と歩き、森の奥に聳える超巨大な樹木――世界樹本体を見上げた。
「聞こえていますか、ユグドラシアさん! ここは法廷ですわ! これより、エレン氏の『人身保護請求』に関する審問を行います!」
 リベラは拡声器(魔道具)を取り出し、高らかに叫んだ。
『法廷……? 人間ごときが、この母に意見するの?』
 世界樹の枝が荒々しく揺れ、リベラを押し潰そうと迫る。
 だが、リベラは一歩も引かない。
「貴女の行為は『愛』ではありません。刑法第220条、逮捕監禁罪に該当します!」
『監禁……? 違うわ! これは守っているのよ! 外の世界には戦争があり、病があり、悪意がある! 私の腕(森)の中にいれば、誰も傷つかない! お腹も空かない! 永遠に幸せでいられるのよ!』
 世界樹の叫びは、ある意味で真実だった。
 ここは楽園だ。だが、それは飼育された家畜の楽園に過ぎない。
「ええ、そうでしょうね。でも、エレンさんは言いました。『自分の足で歩きたい』と!」
 リベラは隣で震えるエレンの背中を、バンと叩いた。
「言いなさい、エレンさん! 貴方はペットですか? それとも一人のエルフですか!」
「ぼ……僕は……!」
 エレンは涙を拭い、顔を上げた。
「僕は、自分の力で生きてみたいんだ! 失敗しても、傷ついても、それが僕の人生だ! ……ママの操り人形は、もう嫌だ!」
 その言葉に、世界樹が激しく振動した。
『イヤ……イヤよ……行かないで……! 貴方は私の宝物なのに……! 誰にも渡さない……私が一生、可愛がってあげるからぁぁぁ!!』
 暴走。
 無数の蔦が槍のように降り注ぎ、周囲の空間を埋め尽くす。
 ヤンデレ全開だ。
「チッ、話が通じねぇババアだな!」
 龍魔呂が必死に蔦を弾くが、数が多すぎる。
 だが、リベラは冷静だった。彼女は懐から「契約書」を取り出し、世界樹の幹に直接突きつけた。
「ユグドラシアさん! 貴女が本当に母親なら、子供の自立(巣立ち)を祝うべきですわ! ……いつまで子供の部屋に居座る毒親でいるつもりですか!」
『毒……親……?』
「ええ! 貴女がしているのは保護じゃない、依存です! 自分自身の寂しさを埋めるために、子供を縛り付けているだけですわ!」
 リベラの言葉が、精神的ダメージとして世界樹に刺さった。
 動きが止まる。
「そこで、妥協案(示談)です」
 リベラは素早く提案した。
「エレンさんの外出を許可してください。その代わり、以下の条件を約束させます」
 1. 週に一度、必ず手紙(近況報告)を書くこと。
 2. 月に一度は実家(森)に帰省すること。
 3. 何かあったら、すぐにママに魔法通信で相談すること。
「……これなら、貴女も寂しくないでしょう? 『永遠の別れ』ではありません。『可愛い子には旅をさせよ』ですわ」
 世界樹の枝が、迷うように揺れた。
『手紙……? 毎週……?』
「ええ。写真付きで」
『帰ってくる……? 毎月……?』
「ええ。お土産を持って」
 長い沈黙の後。
 殺気がスッと消え、代わりに湿っぽい空気が流れた。
『……わかったわ。……でも、もし外の世界で誰かにいじめられたら、すぐに言いなさいね? その国ごと滅ぼしてあげるから』
「ヒッ……!」
 エレンが悲鳴を上げたが、これは許可の合図だった。
 蔦がスルスルと道を開け、外への出口を作り出す。
「ありがとうございます、リベラさん! 僕、頑張ります!」
 エレンは深々と頭を下げ、光差す外の世界へと駆け出した。
 それを見送りながら、リベラはポツリと呟いた。
「……まあ、あの過保護さは直りそうにありませんけれど」
「ああ。エレンの奴、毎晩『ママからの魔法電話』に悩まされる未来が見えるぜ」
 龍魔呂が苦笑いし、キスケが肩をすくめる。
 ともあれ、リベラは「神木」相手にも勝利(説得)したのだ。
 だが、事務所への帰り道。
 キスケの表情が険しくなった。
「……お嬢、悪い知らせです」
「なんですの?」
「留守の間に、事務所に憲兵が来たようです。……俺たちの口座が凍結されました。『不正資金洗浄』の疑いでね」
 リベラの足が止まる。
 ゴルド商会。
 これまでリベラに煮え湯を飲まされた巨大企業が、ついに本格的な「潰し」にかかってきたのだ。
「……面白くなってきましたわね」
 リベラは冷たく微笑んだ。
「売られた喧嘩です。……法廷で、倍返しにして差し上げましょう」
 次回、最終決戦。
 国家を牛耳るフィクサーとの、全面戦争が始まる。
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