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EP 1
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女神のオーダーは「女子会できる隠れ家」
青田優也(あおた ゆうや)の人生は、唐突な急ブレーキ音と衝撃と共に幕を閉じた……はずだった。
享年25歳。
商業高校時代に簿記1級を取得し、調理師学校を経て、若くして三つ星レストランの副料理長(スー・シェフ)まで登り詰めた男。
休日は愛車の大型バイクで風になることを愛した、公私共に充実していたはずのハイスペックな青年。
そんな彼が次に目を開けたとき、目の前に広がっていたのは、病院の天井でも、天国の花畑でもなかった。
散らかり放題の、六畳一間の和室だった。
「あ、起きた? とりあえずビール飲む?」
ちゃぶ台の向こうで、ダルそうに缶ビールを差し出してきたのは、ヨレヨレのジャージを着た女である。
髪は適当なお団子にまとめられ、足元は健康サンダル。その周囲には、スルメの袋や柿の種の残骸が散乱している。
「……えっと、ここは?」
「神界。あ、私、女神のルチアナね。一応」
プシュッ、と小気味よい音を立てて二本目のビールを開ける自称女神。優也は瞬時に状況を整理した。
(夢か? いや、感覚がリアルすぎる。バイクの事故死……からの、異世界転生パターンか)
彼は冷静だった。職業柄、突発的なトラブル(予約なしの団体客や、食材の配送ミスなど)には慣れっこだ。まずは相手のオーダー(要望)を聞く。それがプロの仕事である。
「それで、女神様が俺に何の用で? 魔王退治ですか?」
「んー、違う違う。魔王(ラスティア)とはマブダチだし」
ルチアナはスルメを齧りながら、面倒くさそうに手を振った。
「あのさ、私らも疲れてんのよ。世界の管理とか、三竦みの調整とか。だからさ、仕事終わりにラスティアとかフレア(不死鳥)と集まって、愚痴を言い合える『隠れ家』が欲しいわけ」
「……隠れ家、ですか」
「そう。天界も魔界も堅苦しいし、地上の店は味がイマイチだし。そこで君よ、優也くん」
ルチアナは身を乗り出し、優也の顔を覗き込んだ。
「君、料理上手いらしいじゃん? それに簿記とか建築の知識もあるし、何より『大人の余裕』がある。ガツガツした勇者タイプは暑苦しくて嫌なのよねぇ」
「はあ」
「だから君には、私らが極秘で集まれる『最高に居心地のいい拠点』を作って管理してほしいの。報酬は……そうね、第二の人生と、チートスキルってことでどう?」
優也はポケットを探った。いつもの癖で珈琲キャンディを取り出し、包装を剥いて口に放り込む。ガリッ、と噛み砕くと、脳に糖分が回り、思考がクリアになる。
(悪くない話だ。元の世界に戻れる保証はないし、どうせ死んだ身だ。それに……自分の城を持って、好きに料理ができるなら)
「承知しました。そのオーダー、お受けします」
「話が早くて助かるわ~! じゃ、これ君のスキルね。転生先はマンルシア大陸の郊外にしとくから。よろしく~」
ルチアナが適当に指をパチンと鳴らすと、優也の視界はホワイトアウトした。
最後に聞こえたのは、「あ、ツマミはカルパッチョがいいな♡」という女神の図々しいリクエストだった。
◇
風が、草の匂いを運んでくる。
優也が再び目を開けると、そこは見渡す限りの大平原だった。遠くには中世ヨーロッパ風の石造りの街並みが見える。
「さて……やるか」
彼は自分の掌を見つめた。脳内に、インストールされたばかりのスキルの使い方が浮かび上がってくる。
ユニークスキル:【オート・マンション】
土地さえあれば、マナを消費して現代地球レベルの多層階マンションを生成・管理できる能力。
優也は深く息を吸い込み、イメージを固めた。
彼が理想とする、機能美と快適性を備えた、鉄筋コンクリートの城。
「スキル発動――展開(ビルド)」
ズズズズズズッ……!!
大地が震えた。
土煙が上がり、何もない平原に巨大な影が伸びる。
魔法の世界には不釣り合いな、無機質で洗練されたグレーの壁面。
朝日を反射して輝くガラス窓。
エントランスにはオートロック式の自動ドア。
わずか十数秒で、そこには10階建ての高級マンションが聳え立っていた。
「……完璧だ」
優也は満足げに頷き、完成したばかりのエントランスをくぐる。
ウィーン、と滑らかな音を立ててドアが開く。涼しい空調の風が彼を出迎えた。
彼はエレベーターで最上階へ向かう。そこはオーナーである彼自身の居住区だ。
広々としたリビング。壁一面の窓からは、異世界の大パノラマが一望できる。
そして何より――。
「いいキッチンだ」
彼が真っ先に確認したのは、業務用クラスの火力を持つガスコンロと、広々としたステンレスの調理台だった。
これなら、どんな料理でも作れる。三つ星の味を、この世界で再現できる。
優也は再びポケットから珈琲キャンディを取り出した。
「まずは住人の確保からだな。家賃収入がないと、維持費(マナ)も馬鹿にならない」
こうして、元三つ星シェフ・青田優也の、異世界マンション経営が始まった。
この時の彼はまだ知らない。
最初のお客様(入居希望者)が、行き倒れのウサギ耳少女であることも。
そしてこのマンションが、やがて世界のVIPたちが集う『聖域』と呼ばれるようになることも。
優也は淹れたての珈琲を片手に、眼下に広がる異世界を見下ろして、静かに微笑んだ。
青田優也(あおた ゆうや)の人生は、唐突な急ブレーキ音と衝撃と共に幕を閉じた……はずだった。
享年25歳。
商業高校時代に簿記1級を取得し、調理師学校を経て、若くして三つ星レストランの副料理長(スー・シェフ)まで登り詰めた男。
休日は愛車の大型バイクで風になることを愛した、公私共に充実していたはずのハイスペックな青年。
そんな彼が次に目を開けたとき、目の前に広がっていたのは、病院の天井でも、天国の花畑でもなかった。
散らかり放題の、六畳一間の和室だった。
「あ、起きた? とりあえずビール飲む?」
ちゃぶ台の向こうで、ダルそうに缶ビールを差し出してきたのは、ヨレヨレのジャージを着た女である。
髪は適当なお団子にまとめられ、足元は健康サンダル。その周囲には、スルメの袋や柿の種の残骸が散乱している。
「……えっと、ここは?」
「神界。あ、私、女神のルチアナね。一応」
プシュッ、と小気味よい音を立てて二本目のビールを開ける自称女神。優也は瞬時に状況を整理した。
(夢か? いや、感覚がリアルすぎる。バイクの事故死……からの、異世界転生パターンか)
彼は冷静だった。職業柄、突発的なトラブル(予約なしの団体客や、食材の配送ミスなど)には慣れっこだ。まずは相手のオーダー(要望)を聞く。それがプロの仕事である。
「それで、女神様が俺に何の用で? 魔王退治ですか?」
「んー、違う違う。魔王(ラスティア)とはマブダチだし」
ルチアナはスルメを齧りながら、面倒くさそうに手を振った。
「あのさ、私らも疲れてんのよ。世界の管理とか、三竦みの調整とか。だからさ、仕事終わりにラスティアとかフレア(不死鳥)と集まって、愚痴を言い合える『隠れ家』が欲しいわけ」
「……隠れ家、ですか」
「そう。天界も魔界も堅苦しいし、地上の店は味がイマイチだし。そこで君よ、優也くん」
ルチアナは身を乗り出し、優也の顔を覗き込んだ。
「君、料理上手いらしいじゃん? それに簿記とか建築の知識もあるし、何より『大人の余裕』がある。ガツガツした勇者タイプは暑苦しくて嫌なのよねぇ」
「はあ」
「だから君には、私らが極秘で集まれる『最高に居心地のいい拠点』を作って管理してほしいの。報酬は……そうね、第二の人生と、チートスキルってことでどう?」
優也はポケットを探った。いつもの癖で珈琲キャンディを取り出し、包装を剥いて口に放り込む。ガリッ、と噛み砕くと、脳に糖分が回り、思考がクリアになる。
(悪くない話だ。元の世界に戻れる保証はないし、どうせ死んだ身だ。それに……自分の城を持って、好きに料理ができるなら)
「承知しました。そのオーダー、お受けします」
「話が早くて助かるわ~! じゃ、これ君のスキルね。転生先はマンルシア大陸の郊外にしとくから。よろしく~」
ルチアナが適当に指をパチンと鳴らすと、優也の視界はホワイトアウトした。
最後に聞こえたのは、「あ、ツマミはカルパッチョがいいな♡」という女神の図々しいリクエストだった。
◇
風が、草の匂いを運んでくる。
優也が再び目を開けると、そこは見渡す限りの大平原だった。遠くには中世ヨーロッパ風の石造りの街並みが見える。
「さて……やるか」
彼は自分の掌を見つめた。脳内に、インストールされたばかりのスキルの使い方が浮かび上がってくる。
ユニークスキル:【オート・マンション】
土地さえあれば、マナを消費して現代地球レベルの多層階マンションを生成・管理できる能力。
優也は深く息を吸い込み、イメージを固めた。
彼が理想とする、機能美と快適性を備えた、鉄筋コンクリートの城。
「スキル発動――展開(ビルド)」
ズズズズズズッ……!!
大地が震えた。
土煙が上がり、何もない平原に巨大な影が伸びる。
魔法の世界には不釣り合いな、無機質で洗練されたグレーの壁面。
朝日を反射して輝くガラス窓。
エントランスにはオートロック式の自動ドア。
わずか十数秒で、そこには10階建ての高級マンションが聳え立っていた。
「……完璧だ」
優也は満足げに頷き、完成したばかりのエントランスをくぐる。
ウィーン、と滑らかな音を立ててドアが開く。涼しい空調の風が彼を出迎えた。
彼はエレベーターで最上階へ向かう。そこはオーナーである彼自身の居住区だ。
広々としたリビング。壁一面の窓からは、異世界の大パノラマが一望できる。
そして何より――。
「いいキッチンだ」
彼が真っ先に確認したのは、業務用クラスの火力を持つガスコンロと、広々としたステンレスの調理台だった。
これなら、どんな料理でも作れる。三つ星の味を、この世界で再現できる。
優也は再びポケットから珈琲キャンディを取り出した。
「まずは住人の確保からだな。家賃収入がないと、維持費(マナ)も馬鹿にならない」
こうして、元三つ星シェフ・青田優也の、異世界マンション経営が始まった。
この時の彼はまだ知らない。
最初のお客様(入居希望者)が、行き倒れのウサギ耳少女であることも。
そしてこのマンションが、やがて世界のVIPたちが集う『聖域』と呼ばれるようになることも。
優也は淹れたての珈琲を片手に、眼下に広がる異世界を見下ろして、静かに微笑んだ。
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