鬼神と月兎

月神世一

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鬼神 龍魔呂

鬼神 龍魔呂

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鬼、神を宿す


「死を呼ぶ4番」たつまろの放浪は、目的があるようで、ないようでもあった。悪党を屠り、その拠点を破壊する。それは彼にとって呼吸をするのと同じくらい自然な行為となっていたが、その先に何があるのか、彼自身にも分かっていなかったのかもしれない。ガジェットという奇妙な知己を得てからも、彼の根源的な渇きや虚無感が満たされることはなかった。


そんなある日、たつまろは霧深い山奥に迷い込んだ。そこは人の気配が希薄で、ただ古い自然の息吹だけが満ちているような場所だった。ふと、霧の切れ間から、古びてはいるが異様なほどの存在感を放つ道場が姿を現した。掲げられた看板には、力強い筆致で「鬼神流」とだけ書かれている。それは、彼がこれまで目にしてきたどんな武術道場とも違う、もっと根源的で、荒々しい「気」を放っていた。


吸い寄せられるように、たつまろは道場の門をくぐった。道場の中は薄暗く、静まり返っていたが、一点、奥の上座に座る老人の存在が、まるで闇の中の灯火のように際立っていた。老人は枯れ木のように痩せていたが、その双眸は夜空のように深く、たつまろの全てを見透かすような光を宿していた。彼こそが、鬼神流の師範であった。


「…ほう。面白いものが迷い込んできたのぅ」


師範は、静かに口を開いた。その声は穏やかだが、有無を言わせぬ響きを持っていた。


「おぬし、その身に余りある『鬼』を飼っておるな。血の匂いもプンプンするわい」


たつまろは答えなかった。ただ、目の前の老人が、自分と同質、あるいはそれ以上の「何か」を持っていることを感じ取っていた。それは、単なる武術の強さではない。もっと根源的な、存在そのものの強さ。


「何をしに来た? 道場破りか、それとも…」


師範が問いかける。


たつまろは、初めて自分から口を開いた。


「…強く、なりたい」


それは、彼自身も予期せぬ言葉だったかもしれない。絶対的な力を持ちながら、なお渇望する「強さ」。それは、内なる狂気を抑えるためのものか、それとも、さらなる破壊のためか。


師範は、たつまろの目をじっと見つめた。その瞳の奥にある、深い孤独と、燃え盛るような怒り、そして、か細く残る人間性の欠片を読み取るように。


「…よかろう。ただし、我が鬼神流は、ただの武術ではない。己の内の鬼と向き合い、それを御し、あるいは超克するための道じゃ。生半可な覚悟では、鬼に喰われて終わりぞ」


師範は立ち上がり、筆を取ると、一枚の紙に何かを書き付けた。


「おぬしには、今日から名をくれてやる」


差し出された紙には、「鬼神」の二文字が書かれていた。


「『鬼』でありながら『神』をも宿す者となれ。その内に荒ぶる力を、ただ破壊に使うのではなく、真なる『鬼神』の力へと昇華させてみせい」


そして、続けた。


「これよりおぬしは、**鬼神きしん 龍魔呂たつまろ**と名乗るがよい」


「鬼神…たつまろ…」


彼は、その名を反芻した。それは、自分の本質を言い当てられているような、それでいて、新たな道を示されているような、不思議な感覚だった。


その日から、鬼神龍魔呂としての、たつまろの新たな日々が始まった。鬼神流の修行は過酷を極めた。それは、肉体を極限まで鍛え上げる武術の稽古であると同時に、己の精神の深淵を覗き込み、内なる「鬼」――憎悪、狂気、破壊衝動――と対峙する、厳しい精神修養でもあった。


師範は多くを語らなかったが、その一挙手一投足、そして時折放つ鋭い言葉は、たつまろの心に深く突き刺さった。彼は、初めて「師」と呼べる存在を得て、ただひたすらに修行に打ち込んだ。悪党を殺戮することでしか感じられなかったある種の充足感を、今は修行の中に見出そうとしているかのようだった。


「死を呼ぶ4番」と呼ばれた怪物が、己を「鬼神」と名乗り、深山で牙を研ぐ。その修行が、彼を真なる「鬼神」へと変えるのか、それとも、さらに恐るべき存在へと変貌させてしまうのか。それはまだ、誰にも分からない。ガジェットが時折送ってくる通信機には、まだ応答しないまま、たつまろはただ黙々と、己と向き合い続けていた。

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