鬼神と月兎

月神世一

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鬼神と月兎

EP 37

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太陽の子と、森の賢者
​ダイチの右手から放たれた、温かく、そして清浄な黄金の光。
それは、いかなる闇をも浄化する、太陽そのもののような輝きだった。
​その聖なる光を前にして、エルフたちの間に、動揺が走った。彼らが向けていた弓の切っ先が、わずかに、しかし確実に揺らぐ。リーダーである銀髪の女性エルフは、その翡翠色の瞳を、信じられないものを見るかのように大きく見開いていた。
​彼女が感じていたのは、龍魔呂から発せられる、血と闘気の「穢れ」。しかし、今、目の前の少年から放たれているのは、その穢れとは正反対の、森が、そして世界が本来持っているべき、生命力そのもののような、神々しいまでの「清浄」なエネルギーだった。
​「…その光は…」
彼女の、氷のように冷たかった声が、かすかに震える。
「まさか…古の伝承にある、『太陽の子』…?」
​その言葉に、ダイヤとユイは顔を見合わせた。
​女性エルフは、ゆっくりと、自らの弓を下ろした。それに倣い、周囲の木々の上にいたエルフたちも、次々と武器を収めていく。敵意は、まだ完全には消えていない。だが、それは、畏敬と、そして、戸惑いの色へと変わっていた。
​「…あなたたちのことは、まだ信用できません」
女性エルフは、一度咳払いをして、冷静さを取り戻そうとしながら言った。その視線は、まだ、龍魔呂を鋭く射抜いている。
「特に、そこの男からは、森が深く嫌う血の匂いがする」
​「……」
龍魔呂は、その言葉にも、表情一つ変えない。
​「ですが、その光が何であるか、我らが長老会に判断を委ねる必要があります。…ついてきなさい」
彼女は、そう言うと、一行に背を向け、森の奥へと歩き出した。
「ただし、少しでも妙な動きをすれば、森の全ての矢が、あなたたちの心臓を貫くことになるでしょう」
​それは、条件付きの、しかし、確かな「許可」だった。
​一行は、女性エルフに導かれ、大森林の奥深くへと足を踏み入れた。
そこは、もはやただの森ではなかった。一本一本の木が、それ自体で一つの生命体として、意思を持っているかのように壮麗で、地面には光る苔が絨毯のように広がり、空気中には「マナ」と呼ばれる魔力の粒子が、キラキラと輝いて見えた。
​やがて、一行の目の前に、その都は姿を現した。
巨大な樹々の幹や枝を、そのまま住居や回廊として利用した、壮大な森の都「シルヴァンウッド」。家々の間には、生きた蔓で編まれた吊り橋が架かり、街の中心には、天を覆い尽くすほどに巨大な、一際神々しい樹が聳え立っている。あれが、世界樹に違いない。
​彼らは、その都の中心、世界樹の根元に設けられた、最も神聖な場所へと案内された。
そこにいたのは、木の皮のように皺の刻まれた顔を持つ、三人のエルフの長老たちだった。彼らの瞳は、森の歴史そのものを見つめてきたかのような、深い叡智に満ちていた。
​「…よくぞ参られた、太陽の子よ」
中央の長老が、静かに口を開いた。彼の声は、まるで森の風そのものが語りかけてくるかのようだった。
​ダイチは、その荘厳な雰囲気に気圧されながらも、勇気を振り絞り、自分たちの旅の目的を、そして、魔王軍が世界樹を狙っている可能性を、懸命に伝えた。
​話を聞き終えた長老は、ゆっくりと頷いた。
「…うむ。お主たちの警告は、真であったか」
長老は、悲しそうに目を伏せる。
「森は、確かに病んでおる。南の根の方から、微かではあるが、邪悪な瘴気が流れ込み始めておるのじゃ。我らも、その浄化を試みてはおるが、その根源までは突き止められずにいた…」
​長老は、再びダイチへと向き直った。
「太陽の子よ。お主のその光が、本物であるかどうか、示してはもらえぬか」
​長老が指さした先には、鉢植えの中で、今にも枯れ果てそうな、一輪の花があった。
ダイチは、頷くと、その花に近づき、右手の「陽光の小手」を、そっとかざした。
​彼の優しい心が、聖痕に、そして小手に宿る力に、確かな形を与える。
黄金色の光が、柔らかな雨のように、枯れた花へと降り注いだ。
すると、奇跡が起こった。
萎れていた茎は、みるみるうちに生命力を取り戻し、茶色く変色していた葉は、鮮やかな緑へと変わっていく。そして、固く閉じていた蕾が、ゆっくりと、しかし、力強く開き、美しい純白の花を咲かせたのだ。
​その光景に、その場にいた全てのエルフたちが、息を呑んだ。
生命を与え、育む、純粋な癒やしの力。それは、彼らが信奉する、自然の理そのものだった。
​「…間違いない。古の伝承は、真であった…」
長老は、厳かに宣言した。
「異郷の者たちよ、我らの非礼を許されよ。そして、どうか、この森を、世界樹を救うため、力を貸してはくれまいか」
​こうして、鬼神と勇者の一行は、森の民エルフとの、固い同盟を結ぶことに成功した。
​しかし、長老の顔は、晴れない。
「邪悪の源は、世界樹の最深部…大地の下、最も暗き場所にある『影の根(かげのね)』と呼ばれる領域にあります。しかし、そこへ至る道は、既に、魔王の配下によって固められておるでしょう。そこは、我らエルフでさえ、容易には近づけぬ、穢れの巣窟…」
​新たな、そして、これまでで最も根深い闇が、彼らの前に、その口を、開けようとしていた。
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