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EP 32
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血の「現実(リアリズム)」
1942年7月7日 - ラバウル航空基地・作戦室
坂上の「魔法(F-35B)は、もうない」という一言は、それまで「神」の奇跡を信じていたミッドウェー組(一航艦)のエースたちを、現実に引き戻した。
「……何を、馬鹿なことを言っている」
最初に反論したのは、"神様"江草隆繁(えぐさ たかしげ)少佐だった。彼は、ミッドウェーで無防備な米空母を沈めた、日本最強の艦爆(かんぱく)乗りだ。
「坂上顧問。貴官のミッドウェーでの功績は認める。だが、魔法があろうがなかろうが、我々(一航艦)の航空戦術は世界最強だ。
ラバウル組(台南空)が苦戦しているのは、連日連夜の出撃で、単に『疲弊』しているからに過ぎん!
――我々が来たからには、もう終わりだ。
明朝、我々(一航艦)の全力で、敵空母3隻を、ミッドウェーの再現と行こうではないか!」
「そうだ!」「ラバウルの連中は、休んでいればいい!」
淵田や村田ら、一航艦組の「自信」が、作戦室に充満した。
ラバウル組の笹井中尉や西沢一飛曹は、その「傲慢(ごうまん)」な空気に、屈辱で顔を歪め、拳を握りしめた。
「……江草少佐」
坂上は、その「旧い英雄」に、冷たい視線を向けた。
「貴官は、まだ何もわかっていない。
――笹井中尉、報告しろ」
「!」
笹井は、ハッと顔を上げた。
「志賀大尉が、どうやって死んだか。
貴官ら『ミッドウェーの英雄』たちに、ここの『現実』を、教えてやれ」
笹井は、立ち上がった。その目は、充血していた。
「……志賀隊長は、死にました。
陸軍(川口支隊)の、馬鹿げた『万歳突撃』を支援するため、米軍の機関銃陣地に、低空で機銃掃射(ストレーフィング)をかけている最中…
上空で待ち構えていたF4F(ワイルドキャット)に、背後(6時)から撃たれて、死んだ」
「……」
江草たちの顔から、笑みが消えた。
「坂上顧問は、我々に『システム(ロッテ戦法)』を叩き込んだ。格闘戦を禁じた。
だが、志賀隊長は、最後の最後で、陸軍(なかま)を救いたい一心で、
――たった一人の『技(エース)』で、戦局を変えようとした。
その『功名心』、その『旧い戦術』のせいで、死んだんだ!
これが、貴官らの言う『世界最強の戦術』の、成れの果てだ!」
笹井の絶叫が、作戦室に突き刺さった。
淵田も、江草も、何も言い返せなかった。
自分たちが信じていた「技」と「精神」が、このラバウルの「泥沼」では、エースの「犬死に」にしかならないという事実を、突きつけられたのだ。
「……もう、わかるな」
坂上は、作戦室の全員を見渡した。
「米軍は、ミッドウェーで我々にやられたことを、今、ガダルカナルで『実行』している。
『サッチ・ウィーブ』という『システム(戦術)』。
『レーダー』による『情報(め)』。
そして、『物量』。
――奇策(魔法)は、もう通じない。
これより、純粋な『システム』と『物量』の、総力戦に移行する」
坂上は、海図を叩いた。
「作戦名、『十字砲火(クロスファイア)』」
「第一波:『鉄床(アンヴィル)』」
彼は、ラバウル組の笹井たちを見た。
「米軍の目的は、このラバウル基地の『壊滅』だ。明日早朝、必ず、敵空母から第一次攻撃隊(爆撃機・雷撃機)が、ここに飛んでくる。
――貴官らラバウル航空隊の任務は、ただ一つ。『迎撃(ディフェンス)』だ。
ここで、『魔改造レーダー』をフル活用し、地の利を活かし、敵の『槍』を、叩き折れ」
「第二波:『鉄槌(ハンマー)』」
彼は、一航艦組の淵田たちを見た。
「貴官ら、南雲機動部隊(「赤城」「加賀」「翔鶴」「瑞鶴」)は、ラバウル(ここ)には近づくな。
トラック諸島から、米艦隊の『側面』を突く。
――ラバウル隊(第一波)が、敵の攻撃隊(槍)を引きつけている、その『隙』に、
貴官ら(第二波)は、手薄になった敵空母を、全力で叩く」
「……!」
淵田が、息を呑んだ。
「それは…ミッドウェーで、我々が『やられた』戦術、そのものではないか!」
「そうだ」
坂上は、頷いた。
「米軍(ニミッツ)が、我々にやった『カウンター戦術』を、
今度は、我々(こっち)から、米軍(ヤンキー)に『逆輸入(カウンター)』してやる。
――だが、一つだけ違う。
米軍は、あの時、『5分間の幸運(魔法)』に頼った。
――我々は、『計算(システム)』で、敵を5分間、完全に拘束する」
坂上は、作戦室の隅で、全てを聞いていた男に、声をかけた。
「源田さん。貴官の『月光』部隊が、この作戦の『鍵(キー)』だ」
「……何だ」
源田が、前に進み出た。
「貴官の任務は、ラバウル隊(迎撃)でも、一航艦(攻撃)でもない。
――『陽動(デコイ)』だ。
米軍が攻撃隊を発進させる、その『直前』。
貴官ら『月光』部隊は、全機で、敵空母群の『真正面』から、突入しろ」
「なっ…! 自殺行為だ! 昼間のF4F(ワイルドキャット)に、夜間戦闘機(月光)で突っ込めと!」
「敵は、我々の『魔改造レーダー』の存在を知っている」
坂上は、源田の目を見た。
「敵は、貴官ら(月光)を『最重要脅威(プライム・ターゲット)』と認識している。
彼らは、ラバウルへの攻撃隊(本命)よりも、貴官ら(囮)を叩き潰すために、直掩隊(CAP)の半数を割くだろう。
――貴官らが、敵の『目(CAP)』を、ラバウルと反対方向に引きずり回している、その『10分間』。
それが、ラバウル隊(笹井)が迎撃体勢を整え、一航艦(淵田)が敵空母の腹を突く、
我々が『計算』で作り出す、
――『運命の10分間』だ」
源田は、自分が「神の目」から、最も危険な「生贄(いけにえ)」にされたことを悟った。
「……承知、した」
ブリーフィングが終わり、エースたちが、それぞれの死地へと散っていく。
坂上は、一人、作戦室から出ていく源田実を呼び止めた。
「源田さん」
「……もう、命令は聞きたくないぞ」
坂上は、無言で、自分のフライトスーツの胸元から、あの「セラミックプレート(防弾チョッキ)」を引き抜き、源田に投げ渡した。
「!」
源田は、その異様な重さの「板」を、受け止めた。
「これは…市ヶ谷で、拳銃を止めた…」
「気休めだ」
坂上は、目をそらした。
「米軍の12.7ミリ(50口径)弾なら、防げる。
――貴官に死なれると、俺が、東京(トウジョウ)と柱島(ヤマモト)に、言い訳するのが面倒になる」
「……」
源田は、その「板(おもり)」を、自分の飛行服の胸に、無理やりねじ込んだ。
「……礼は言わん。
だが、坂上。
――必ず、勝て」
「ああ」
坂上は、ラバウルの、血のように赤い夕焼けを見据えた。
「日本の『本当の戦争』を、始める」
1942年7月7日 - ラバウル航空基地・作戦室
坂上の「魔法(F-35B)は、もうない」という一言は、それまで「神」の奇跡を信じていたミッドウェー組(一航艦)のエースたちを、現実に引き戻した。
「……何を、馬鹿なことを言っている」
最初に反論したのは、"神様"江草隆繁(えぐさ たかしげ)少佐だった。彼は、ミッドウェーで無防備な米空母を沈めた、日本最強の艦爆(かんぱく)乗りだ。
「坂上顧問。貴官のミッドウェーでの功績は認める。だが、魔法があろうがなかろうが、我々(一航艦)の航空戦術は世界最強だ。
ラバウル組(台南空)が苦戦しているのは、連日連夜の出撃で、単に『疲弊』しているからに過ぎん!
――我々が来たからには、もう終わりだ。
明朝、我々(一航艦)の全力で、敵空母3隻を、ミッドウェーの再現と行こうではないか!」
「そうだ!」「ラバウルの連中は、休んでいればいい!」
淵田や村田ら、一航艦組の「自信」が、作戦室に充満した。
ラバウル組の笹井中尉や西沢一飛曹は、その「傲慢(ごうまん)」な空気に、屈辱で顔を歪め、拳を握りしめた。
「……江草少佐」
坂上は、その「旧い英雄」に、冷たい視線を向けた。
「貴官は、まだ何もわかっていない。
――笹井中尉、報告しろ」
「!」
笹井は、ハッと顔を上げた。
「志賀大尉が、どうやって死んだか。
貴官ら『ミッドウェーの英雄』たちに、ここの『現実』を、教えてやれ」
笹井は、立ち上がった。その目は、充血していた。
「……志賀隊長は、死にました。
陸軍(川口支隊)の、馬鹿げた『万歳突撃』を支援するため、米軍の機関銃陣地に、低空で機銃掃射(ストレーフィング)をかけている最中…
上空で待ち構えていたF4F(ワイルドキャット)に、背後(6時)から撃たれて、死んだ」
「……」
江草たちの顔から、笑みが消えた。
「坂上顧問は、我々に『システム(ロッテ戦法)』を叩き込んだ。格闘戦を禁じた。
だが、志賀隊長は、最後の最後で、陸軍(なかま)を救いたい一心で、
――たった一人の『技(エース)』で、戦局を変えようとした。
その『功名心』、その『旧い戦術』のせいで、死んだんだ!
これが、貴官らの言う『世界最強の戦術』の、成れの果てだ!」
笹井の絶叫が、作戦室に突き刺さった。
淵田も、江草も、何も言い返せなかった。
自分たちが信じていた「技」と「精神」が、このラバウルの「泥沼」では、エースの「犬死に」にしかならないという事実を、突きつけられたのだ。
「……もう、わかるな」
坂上は、作戦室の全員を見渡した。
「米軍は、ミッドウェーで我々にやられたことを、今、ガダルカナルで『実行』している。
『サッチ・ウィーブ』という『システム(戦術)』。
『レーダー』による『情報(め)』。
そして、『物量』。
――奇策(魔法)は、もう通じない。
これより、純粋な『システム』と『物量』の、総力戦に移行する」
坂上は、海図を叩いた。
「作戦名、『十字砲火(クロスファイア)』」
「第一波:『鉄床(アンヴィル)』」
彼は、ラバウル組の笹井たちを見た。
「米軍の目的は、このラバウル基地の『壊滅』だ。明日早朝、必ず、敵空母から第一次攻撃隊(爆撃機・雷撃機)が、ここに飛んでくる。
――貴官らラバウル航空隊の任務は、ただ一つ。『迎撃(ディフェンス)』だ。
ここで、『魔改造レーダー』をフル活用し、地の利を活かし、敵の『槍』を、叩き折れ」
「第二波:『鉄槌(ハンマー)』」
彼は、一航艦組の淵田たちを見た。
「貴官ら、南雲機動部隊(「赤城」「加賀」「翔鶴」「瑞鶴」)は、ラバウル(ここ)には近づくな。
トラック諸島から、米艦隊の『側面』を突く。
――ラバウル隊(第一波)が、敵の攻撃隊(槍)を引きつけている、その『隙』に、
貴官ら(第二波)は、手薄になった敵空母を、全力で叩く」
「……!」
淵田が、息を呑んだ。
「それは…ミッドウェーで、我々が『やられた』戦術、そのものではないか!」
「そうだ」
坂上は、頷いた。
「米軍(ニミッツ)が、我々にやった『カウンター戦術』を、
今度は、我々(こっち)から、米軍(ヤンキー)に『逆輸入(カウンター)』してやる。
――だが、一つだけ違う。
米軍は、あの時、『5分間の幸運(魔法)』に頼った。
――我々は、『計算(システム)』で、敵を5分間、完全に拘束する」
坂上は、作戦室の隅で、全てを聞いていた男に、声をかけた。
「源田さん。貴官の『月光』部隊が、この作戦の『鍵(キー)』だ」
「……何だ」
源田が、前に進み出た。
「貴官の任務は、ラバウル隊(迎撃)でも、一航艦(攻撃)でもない。
――『陽動(デコイ)』だ。
米軍が攻撃隊を発進させる、その『直前』。
貴官ら『月光』部隊は、全機で、敵空母群の『真正面』から、突入しろ」
「なっ…! 自殺行為だ! 昼間のF4F(ワイルドキャット)に、夜間戦闘機(月光)で突っ込めと!」
「敵は、我々の『魔改造レーダー』の存在を知っている」
坂上は、源田の目を見た。
「敵は、貴官ら(月光)を『最重要脅威(プライム・ターゲット)』と認識している。
彼らは、ラバウルへの攻撃隊(本命)よりも、貴官ら(囮)を叩き潰すために、直掩隊(CAP)の半数を割くだろう。
――貴官らが、敵の『目(CAP)』を、ラバウルと反対方向に引きずり回している、その『10分間』。
それが、ラバウル隊(笹井)が迎撃体勢を整え、一航艦(淵田)が敵空母の腹を突く、
我々が『計算』で作り出す、
――『運命の10分間』だ」
源田は、自分が「神の目」から、最も危険な「生贄(いけにえ)」にされたことを悟った。
「……承知、した」
ブリーフィングが終わり、エースたちが、それぞれの死地へと散っていく。
坂上は、一人、作戦室から出ていく源田実を呼び止めた。
「源田さん」
「……もう、命令は聞きたくないぞ」
坂上は、無言で、自分のフライトスーツの胸元から、あの「セラミックプレート(防弾チョッキ)」を引き抜き、源田に投げ渡した。
「!」
源田は、その異様な重さの「板」を、受け止めた。
「これは…市ヶ谷で、拳銃を止めた…」
「気休めだ」
坂上は、目をそらした。
「米軍の12.7ミリ(50口径)弾なら、防げる。
――貴官に死なれると、俺が、東京(トウジョウ)と柱島(ヤマモト)に、言い訳するのが面倒になる」
「……」
源田は、その「板(おもり)」を、自分の飛行服の胸に、無理やりねじ込んだ。
「……礼は言わん。
だが、坂上。
――必ず、勝て」
「ああ」
坂上は、ラバウルの、血のように赤い夕焼けを見据えた。
「日本の『本当の戦争』を、始める」
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