『F-35B、ミッドウェーに降臨す ~超エリート空自パイロット、一回限りの『魔法』で歴史を覆す~』

月神世一

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第二章 マリアナ攻略

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飛べない墓標(The Final Log)
1944年7月4日 - 東京・首相官邸
その日は、奇しくもアメリカ合衆国の独立記念日だった。
そして、この日、日本は二度目の国を開いた。
ラジオから流れる声は、熱狂でも悲鳴でもなかった。
疲弊と安堵、そして決意が入り混じった、静かな声。
新・内閣総理大臣、山本五十六の声だった。
「―――国民諸君。大日本帝国は、本日、ソビエト連邦に対し、満州及び千島国境線における『即時停戦』を勧告した」
国民は、静かにラジオに聴き入っていた。
北海道を焼いたソ連への憎悪は、まだ生々しい。
「ジューコフ元帥率いるソビエト本隊は、ハイラルを蹂躙した力をもって、今もなお、国境線に集結している。……第二波、第三波の脅威は、去ってはいない」
山本の言葉が、国民の恐怖を代弁する。
「……同時に、我々は、アメリカ合衆国との交渉を妥結した」
国民が、息を呑んだ。「鬼畜米英」という呪いの残り香が、まだ鼻につく。
「諸君は問うだろう。なぜ勝利しながら講和するのか、と」
「―――否」
山本は、力強く否定した。
「これは講和ではない。同盟である」
「我々は、米英との無益な消耗戦を終結させる」
「その代償として、大東亜共栄圏の利権は放棄し、各民族の独立を支援する」
昨日までの熱狂であれば、この瞬間に暴動が起きていた。
だが、今の国民は知っている。
北海道という真の脅威と、東京という内なる裏切りを。
「……我々は利権を捨て、……真の敵と対峙するための力を得る」
「アメリカ合衆国は、10個の太陽を行使することを放棄し、……我が国の主権を尊重し、……対ソ防衛の盾を維持するための戦略物資を、同盟国として供与することを決定した」
国民は、悟った。
負けたのではない。
生き残るために、より強大な敵と戦うために、よりマシな相手と手を組んだのだ、と。
「……古い戦争は、終わった」
「……これより、新しい日本として、世界と向き合う」
山本は、最後に坂上の隠れミッションを、静かに挿入した。
「……その証として、……帝国主義の象徴たる旧体制を解体し、……新憲法の草案を策定する」
ラジオが切れた。
第二次世界大戦が、坂上真一のタイムラインにおいて、終わった瞬間だった。
1944年7月5日 - モスクワ・クレムリン
「―――裏切り者どもめがッ!!」
スターリンは、山本のラジオ演説の翻訳文を、暖炉に叩き込んだ。
「……ジューコフ」
彼は、背後に立つ元帥に、冷たく問いかけた。
「……秋水とB-29が手を組んだ。……北海道は抜けるか?」
「……不可能です、同志書記長」
ジューコフは、静かに首を振った。
「……ハイラルで70万が溶けましたが、あれは時間稼ぎでした」
「……アメリカの物量が日本の技術に無尽蔵に供給されるのであれば、……北海道は鉄の要塞と化します」
「……これ以上の南下は、第三次世界大戦の引き金を我々が引くことになる」
「……ちっ」
スターリンは、地図上の満州と千島を殴りつけた。
「……漁夫の利は、ここまでか」
「……停戦を受諾しろ。……だが、国境線は譲らん」
米・日対ソ連の、冷たい戦争の境界線が、確定した。
1945年4月12日 - ワシントンD.C.
「……協定は、……機能、しているな」
フランクリン・D・ルーズベルトは、ベッドの上で、アレン・ダレスの報告を聞いていた。
「……日本は、……見事な盾となっている。……スターリンは、……一歩も動けまい」
「はい、Mr.プレジデント」
ダレスは答えた。
「……技術開示も順調です。VT信管の共同生産が呉で始まっています」
「……10個の太陽は、……対日使用の必要が無くなりました。……対ソの抑止力として凍結します」
「……そうか」
ルーズベルトは、深く息を吐いた。
史実よりも早く戦争を終わらせた彼は、その命の炎が燃え尽きるのを、静かに感じていた。
「……ヤマモトは、信用できるか?」
「……彼と、彼の背後にいる影……ミスター・サカガミは」
「……彼らは合理的です」
ダレスは答えた。
「……自分たちが生き残るために、何が必要かを知っているだけです」
「……なら、いい」
ルーズベルトは、目を閉じた。
「……マシな未来に、なった」
1945年8月 - 呉・工廠ドック
戦争は終わった。
核は落ちなかった。
ソ連は北海道に来なかった。
日本は、民主化への道を歩み始めた。
坂上真一は、その全てを見届け、……最後の場所に立っていた。
F-35B「ヴァルキリー1」が厳重に秘匿されている、ドックの中だった。
「……終わったぞ」
坂上は、埃をかぶった飛べない墓標に、そう報告した。
「……君の燃料はゼロになったが、……俺の魔法も、使い果たした」
彼は、ポケットからスマートフォンを取り出した。
太陽電池での充電も、もはや限界だった。
スクリーンが明滅し、……「プツリ」と消えた。
「……未来との繋がりが、……消えた」
彼は、もはや未来人ではなかった。
過去に取り残された、ただの男になった。
「……坂上君」
背広を着た山本五十六が、ドックに入ってきた。彼は首相の顔をしていた。
「……君の要求通り、新憲法の第九条には、……君の世界の文言を入れた。……戦争の放棄だ」
「……ありがとうございます」
「……だが」
山本は、続けた。
「……ただし、対ソ防衛のための専守防衛・システムは保持する、と付け加えさせてもらった」
「……秋水とVT信管は、……自衛の牙として、……君の国の自衛隊のように、残すことにした」
「……それが、長官の合理的な判断でしょう」
坂上は、静かに頷いた。
山本は、飛べない墓標を見上げた。
「……結局、……これは、……何だったのだろうな」
「……魔法です」
坂上は、答えた。
「……一回きりの、魔法」
「……そして、教科書です」
「……俺は、ハードを失う代償に、日本にソフトウェアをインストールしに来た」
「……堀越さんや、手島さん、……そして、長官というOSに」
「……インストールは、……完了しました」
坂上は、暗転したスマートフォンを、F-35Bのコックピットに投げ入れた。
「……行くのかね」
山本が、静かに尋ねた。
「俺の役目は、終わりました」
坂上は、山本の横を通り過ぎた。
「……坂上真一という魔法は、……今日、死にました」
「……明日からは、……ただの日本人として、……あなた方が作った新しい日本で、……静かに生きてみます」
「……さようなら、山本首相」
山本五十六は、振り向かなかった。
「……ああ。……さようなら、……救世主」
坂上真一は、ドックの光の中へと歩いていった。
彼の孤独な戦略的戦争は、誰にも知られることなく、歴史の闇に消えた。
飛べない墓標だけが、彼が降臨した唯一の証拠として、……呉の地下で、……永遠の眠りについた。

『F-35B、ミッドウェーに降臨す 超エリート空自パイロット1回限りの魔法で歴史を覆す』

~完~
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