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第三章 模擬対抗戦
EP 2
トロイの木馬ならぬ、トロイの貧乏姫
演習開始から数時間後。
クラウス率いるA班(赤チーム)の陣地は、完璧な統率のもとに設営されていた。
テントは規則正しく並び、周囲には鳴子(なるこ)を使った警報装置が設置され、見張りも交代制。
まさに、教科書通りの鉄壁の要塞だ。
「報告します! 南側、異常なし!」
「うむ。ご苦労」
クラウスは腕を組み、満足げに頷いた。
魔法が使えない以上、不用意な攻めは命取りになる。まずは守りを固め、敵の自滅を待つ。それが彼の描いた「王道の勝利」だった。
「ねぇクラウスくん。本当にリアンくんたち、攻めてくるかなぁ?」
テントの上で、キャルルが足をブラブラさせながら尋ねる。
彼女は「遊撃手」として、いつでも飛び出せるように警戒していた。
「来るさ。リアンは策士だ。僕たちが油断した夜陰に乗じて、奇襲をかけてくるに違いない」
「ふーん。……ん? あれ、なに?」
キャルルの長い耳がピクリと動いた。
彼女が指差した森の茂みから、ガサガサという音と共に、「白い布」が突き出された。
「……降参……降参ですぅ……」
現れたのは、木の枝に結んだハンカチ(白旗)を振る、リーザだった。
その足取りはフラフラで、今にも倒れそうだ。
「敵襲!? ……いや、白旗か?」
見張りのモブ生徒たちがざわめく。
クラウスは警戒しながら前に出た。
「止まれ! ……何をしに来た、リーザ!」
「ひぐっ……うぅ……クラウス様ぁ……」
リーザは涙目で訴えかけた。
「もう……嫌なんですぅ……。リアン様が……リアン様が鬼なんです……!」
「鬼だと?」
「『食料は俺のものだ』って……私には雑草しかくれなくて……。逆らったら、イグニスさんの斧で脅されて……うわぁぁぁん!」
リーザが嘘泣き(半分は空腹による本気の涙)を炸裂させる。
もちろん、事実は逆だ。彼女が備蓄を食い尽くしたから追い出されたのだが、クラウスたちにそれを知る由もない。
「な、なんてことだ……!」
「最低ね、リアンくん! 女の子にそんな酷いことを!」
正義感の強いリリスとキュララが憤慨する。
キャルルだけは「えー? 本当かなぁ?」と首を傾げているが、リーザの迫真の演技(空腹)は、疑念を上回る迫力を持っていた。
「助けてください……! 私、捕虜でも何でもなります……! だから、この地獄から救ってくださいぃぃ!」
リーザがその場に崩れ落ちる(演技ではなく、カロリー切れ)。
クラウスは唇を噛み締め、決断した。
「……分かった。保護しよう」
「えっ、いいのクラウス? 罠かもしれないよ?」
「罠だとしても、目の前で助けを求めるレディを見捨てるわけにはいかない。それが『ノブレス・オブリージュ』だ!」
クラウスは力強く宣言すると、部下に指示を出した。
「彼女を拘束し、捕虜用テントへ連れて行け! ……あと、水と食料を持ってきてやれ!」
◇
数分後。捕虜用テントの中。
後ろ手に縛られた(ふりをしている)リーザの目の前に、水とカンパンの袋が置かれた。
「……とりあえず、これを食べて落ち着いてくれ。捕虜への待遇として、最低限の食事は保証する」
クラウスが優しく声をかける。
その瞬間、リーザの目が猛獣のように見開かれた。
「いただきますッ!!」
バキバキバキバキッ!! ゴキュッ!!
「えっ」
クラウスが瞬きをする間に、3日分のカンパンが消滅していた。
袋ごと飲み込んだのかと思うほどの速度だった。
「ふぅ……。前菜(アペリティフ)はこれで終わりですか?」
「は、はぁ!? ぜ、前菜……?」
「足りませんわ! 成長期の乙女には、これではカロリーが足りなくて死んでしまいます!」
リーザは縛られていたはずの縄を、いつの間にか解き(空腹のあまり火事場の馬鹿力で引きちぎった)、空の袋を叩きつけた。
「クラウス様! 貴族たるもの、捕虜には人道的な扱いをすべきですわ! 国際条約(そんなものはない)にも、捕虜には温かい食事とデザートを提供する義務があると書いてあるはずです!」
「そ、そんな条約が……!?」
真面目なクラウスは動揺した。
確かに、空腹で倒れている者を放置するのは騎士の名折れだ。
「わ、分かった。僕の分の干し肉をやろう」
「ありがとうございます! ……あ、そこのリリス様が持っているマカロンも美味しそうですわね?」
「えっ、これ私の……」
「捕虜虐待で訴えますわよ? 『勇者の娘が、飢えた民を見殺しにした』って」
「うぅ……あげるわよ! あげればいいんでしょ!」
リーザの「被害者ムーブ」と「食への執着」は、完全にクラウス班の良心を人質に取っていた。
干し肉、マカロン、保存用のビスケット……。
次々と運び込まれる食料が、リーザの胃袋というブラックホールへ吸い込まれていく。
テントの外で、その様子を見ていたキャルルが青ざめた顔で呟いた。
「……ねぇ、クラウス。あの子、捕虜じゃないよ」
「な、なんだって?」
「あの子……『掃除機』だよ。私たちの食料庫、空っぽになっちゃうよ!?」
クラウス班の備蓄倉庫。
そこには、一週間もつはずだった食料の山があった。
だが、テントの中には、まだ「おかわり!」と叫ぶ怪物が鎮座している。
森の向こうで、リアンが不敵に笑っている気がした。
『トロイの木馬』ならぬ、『トロイの貧乏姫』。
その破壊力が、内側からA班を崩壊させようとしていた。
演習開始から数時間後。
クラウス率いるA班(赤チーム)の陣地は、完璧な統率のもとに設営されていた。
テントは規則正しく並び、周囲には鳴子(なるこ)を使った警報装置が設置され、見張りも交代制。
まさに、教科書通りの鉄壁の要塞だ。
「報告します! 南側、異常なし!」
「うむ。ご苦労」
クラウスは腕を組み、満足げに頷いた。
魔法が使えない以上、不用意な攻めは命取りになる。まずは守りを固め、敵の自滅を待つ。それが彼の描いた「王道の勝利」だった。
「ねぇクラウスくん。本当にリアンくんたち、攻めてくるかなぁ?」
テントの上で、キャルルが足をブラブラさせながら尋ねる。
彼女は「遊撃手」として、いつでも飛び出せるように警戒していた。
「来るさ。リアンは策士だ。僕たちが油断した夜陰に乗じて、奇襲をかけてくるに違いない」
「ふーん。……ん? あれ、なに?」
キャルルの長い耳がピクリと動いた。
彼女が指差した森の茂みから、ガサガサという音と共に、「白い布」が突き出された。
「……降参……降参ですぅ……」
現れたのは、木の枝に結んだハンカチ(白旗)を振る、リーザだった。
その足取りはフラフラで、今にも倒れそうだ。
「敵襲!? ……いや、白旗か?」
見張りのモブ生徒たちがざわめく。
クラウスは警戒しながら前に出た。
「止まれ! ……何をしに来た、リーザ!」
「ひぐっ……うぅ……クラウス様ぁ……」
リーザは涙目で訴えかけた。
「もう……嫌なんですぅ……。リアン様が……リアン様が鬼なんです……!」
「鬼だと?」
「『食料は俺のものだ』って……私には雑草しかくれなくて……。逆らったら、イグニスさんの斧で脅されて……うわぁぁぁん!」
リーザが嘘泣き(半分は空腹による本気の涙)を炸裂させる。
もちろん、事実は逆だ。彼女が備蓄を食い尽くしたから追い出されたのだが、クラウスたちにそれを知る由もない。
「な、なんてことだ……!」
「最低ね、リアンくん! 女の子にそんな酷いことを!」
正義感の強いリリスとキュララが憤慨する。
キャルルだけは「えー? 本当かなぁ?」と首を傾げているが、リーザの迫真の演技(空腹)は、疑念を上回る迫力を持っていた。
「助けてください……! 私、捕虜でも何でもなります……! だから、この地獄から救ってくださいぃぃ!」
リーザがその場に崩れ落ちる(演技ではなく、カロリー切れ)。
クラウスは唇を噛み締め、決断した。
「……分かった。保護しよう」
「えっ、いいのクラウス? 罠かもしれないよ?」
「罠だとしても、目の前で助けを求めるレディを見捨てるわけにはいかない。それが『ノブレス・オブリージュ』だ!」
クラウスは力強く宣言すると、部下に指示を出した。
「彼女を拘束し、捕虜用テントへ連れて行け! ……あと、水と食料を持ってきてやれ!」
◇
数分後。捕虜用テントの中。
後ろ手に縛られた(ふりをしている)リーザの目の前に、水とカンパンの袋が置かれた。
「……とりあえず、これを食べて落ち着いてくれ。捕虜への待遇として、最低限の食事は保証する」
クラウスが優しく声をかける。
その瞬間、リーザの目が猛獣のように見開かれた。
「いただきますッ!!」
バキバキバキバキッ!! ゴキュッ!!
「えっ」
クラウスが瞬きをする間に、3日分のカンパンが消滅していた。
袋ごと飲み込んだのかと思うほどの速度だった。
「ふぅ……。前菜(アペリティフ)はこれで終わりですか?」
「は、はぁ!? ぜ、前菜……?」
「足りませんわ! 成長期の乙女には、これではカロリーが足りなくて死んでしまいます!」
リーザは縛られていたはずの縄を、いつの間にか解き(空腹のあまり火事場の馬鹿力で引きちぎった)、空の袋を叩きつけた。
「クラウス様! 貴族たるもの、捕虜には人道的な扱いをすべきですわ! 国際条約(そんなものはない)にも、捕虜には温かい食事とデザートを提供する義務があると書いてあるはずです!」
「そ、そんな条約が……!?」
真面目なクラウスは動揺した。
確かに、空腹で倒れている者を放置するのは騎士の名折れだ。
「わ、分かった。僕の分の干し肉をやろう」
「ありがとうございます! ……あ、そこのリリス様が持っているマカロンも美味しそうですわね?」
「えっ、これ私の……」
「捕虜虐待で訴えますわよ? 『勇者の娘が、飢えた民を見殺しにした』って」
「うぅ……あげるわよ! あげればいいんでしょ!」
リーザの「被害者ムーブ」と「食への執着」は、完全にクラウス班の良心を人質に取っていた。
干し肉、マカロン、保存用のビスケット……。
次々と運び込まれる食料が、リーザの胃袋というブラックホールへ吸い込まれていく。
テントの外で、その様子を見ていたキャルルが青ざめた顔で呟いた。
「……ねぇ、クラウス。あの子、捕虜じゃないよ」
「な、なんだって?」
「あの子……『掃除機』だよ。私たちの食料庫、空っぽになっちゃうよ!?」
クラウス班の備蓄倉庫。
そこには、一週間もつはずだった食料の山があった。
だが、テントの中には、まだ「おかわり!」と叫ぶ怪物が鎮座している。
森の向こうで、リアンが不敵に笑っている気がした。
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