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EP 1
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佐々木龍の覚醒
灰色の終わりと、鮮烈な始まり
佐々木 龍(ささき りゅう)、25歳。
その日も彼は、世界の端っこで死にかけていた。
ガタン、ゴトン――。
終電間際。軋む車輪の音が、すり減った神経をヤスリのように削っていく。
車内に充満する湿った空気と、無機質な蛍光灯の白。
窓ガラスに映る自分は、まるで生気のない幽霊のようだった。
「はぁ……」
腹の底から絞り出した溜息は、誰にも届かずに溶けて消える。
朝は太陽が昇る前に家を出て、夜は星すら見えない時間に帰路につく。
残業代? 有給? そんなものはこの会社には存在しない都市伝説だ。
『期待しているよ』
『君ならできるだろう?』
課長のあの粘着質な笑顔。脳裏にこびりつく嫌味な声。
思い出すだけで、空っぽの胃袋がきりきりと悲鳴を上げる。
今日の食事は、デスクで流し込んだ伸びきったカップ麺と、味のしないコンビニパンだけ。
「毎日毎日、俺は一体、何をやってるんだ……」
25歳。
本来なら、仕事に脂が乗り始めたり、恋人と将来を語り合ったりする時期なのだろう。
だが、龍にあるのは「疲労」と「虚無」だけだ。
合コン? 行く気力も金もない。
趣味? 寝る時間が削られるだけだ。
ただ機械のように働き、泥のように眠り、また朝を迎える。
無限に続く、灰色のループ。
心が、魂が、削り節のようにすり減っていく感覚。
「ああ、クソ……。本当に、もう……疲れたな」
自嘲気味に吐き捨てた、その時だった。
◇
マンションまであと数ブロック。
深夜の静寂を切り裂くように、その「声」は届いた。
「ミャア……ミャア……」
足が止まる。
酔っ払いの叫び声でも、遠くのクラクションでもない。
暗闇の奥から響く、か細くも必死な、命のSOS。
目を凝らすと、街灯の薄明かりの下、道路の真ん中に小さな黒い塊があった。
子猫だ。まだ手のひらに乗るほどの、生まれたばかりの小さな命。
「おい、こんなところにいたら……危ないぞ!」
龍が声を張り上げた瞬間――世界が色を変えた。
背後から迫る、轟音と強烈な光。
大型トラックだ。
運転手は居眠りでもしているのか、ブレーキを踏む気配すらない。殺人的な質量の鉄塊が、子猫めがけて突っ込んでくる。
「――っ、まずい!」
思考するより先に、体が弾けた。
錆びついて動かないと思っていた心臓が、早鐘を打つ。
自分の人生なんてどうでもいい。だが、目の前のこの小さな命が理不尽に消えるのだけは、どうしても許せなかった。
「ニャアッ!」
龍はアスファルトを蹴り、子猫を抱きかかえるようにして路肩へダイブした。
腕の中に、温かい毛玉の感触と、トクトクと脈打つ鼓動を感じる。
(間に合った――!)
だが、運命は非情だ。
回避しきれなかったトラックのバンパーが、龍の左半身を容赦なく打ち据えた。
「ぐっ……あ……!」
衝撃。激痛。そして浮遊感。
体が枯れ葉のように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
視界が急速にブラックアウトしていく中、最後に映ったのは――
無傷でこちらを見つめる、子猫の潤んだ瞳だった。
(ああ……よかった。助かったのか……)
それが、社畜・佐々木龍としての、最後の思考だった。
◇
次に意識が戻った時、そこは「白」の世界だった。
「ここは……?」
上下左右の概念がなく、足元にはドライアイスのような霧が漂っている。
痛みはない。寒くもない。
あるのは、耳が痛くなるほどの静寂だけ。
「俺は……そうか、死んだのか」
妙に冷静だった。
あの衝撃。あの痛み。助かるはずがない。
不思議と恐怖はなかった。むしろ、あの終わりのない労働から解放された安堵すらあったかもしれない。
「はい、その通りです。佐々木龍さん、貴方はお亡くなりになりました」
凛とした声が響く。
鈴の音のように美しく、それでいて魂を震わせるような荘厳な響き。
龍が顔を上げると、いつの間にか目の前に一人の女性が立っていた。
後光が差している、という表現ですら陳腐だろう。
流れるようなブロンドの髪、全てを見透かすような蒼穹の瞳。
純白のローブを纏ったその姿は、この世の者とは思えないほど神々しい。
「あなたは……?」
「私はこの世界の理を司る者。貴方達の言葉で言うならば……そう、『女神』と呼ばれる存在に近いでしょう」
「女神……様……」
漫画やラノベでしか見たことのない展開。
だが、目の前の圧倒的な存在感が、これが現実(リアル)だと告げている。
「そうか……。やっぱり、俺は終わったんですね」
龍は力なく笑った。
走馬灯のように駆け巡るのは、後悔ばかりの人生。
(結局、何も成し遂げられなかった。誰も愛さず、誰にも愛されず……ただ消費されて終わった一生。俺の人生、何だったんだろうな)
「そう悲観することはありませんよ」
女神は、龍の卑屈な心を溶かすように微笑んだ。
「貴方は、自らの命を顧みず、小さな命を救いました。その勇気、そして他者を慈しむ心。私は深く感銘を受けました。それは誰にでもできることではありません」
その瞳には、慈愛の色が湛えられていた。
「ですから……貴方には、もう一度チャンスを差し上げたいのです。剣と魔法が息づく、ファンタジーの世界で」
「剣と魔法……? それって、まさか……異世界転生?」
心臓が跳ねた。
満員電車に揺られながら、現実逃避のために妄想したあの世界。
「どうしますか? 新たな世界で、第二の人生を歩みますか? それとも、このまま魂の輪廻へ還りますか?」
問いかけに、龍は拳を握りしめた。
迷う? いや、迷う必要なんてない。
あの灰色の毎日に戻るくらいなら、未知の世界で野垂れ死ぬ方がマシだ。
いや――今度こそ、生きてやる。自分の意志で。
「行きます! どうか、行かせてください!」
喉が裂けんばかりに叫んでいた。
体の奥底から、熱いマグマのような意志が溢れ出してくる。
こんな高揚感は、いつぶりだろうか。
「よろしい。その強い意志、確かに受け取りました」
女神が満足げに頷く。
「では、過酷な異世界でも生き抜けるよう、貴方に『ギフト』を授けましょう。まずは言語理解。そして……あの子猫を守ろうとした貴方の勇気に敬意を表して、『武術の心得』も」
「ありがとうございます……! 本当に……!」
ただの社畜だった自分に、神様がくれたチート能力(ギフト)。
期待と感謝で、視界が滲む。
「佐々木龍さん。あなたの新たな人生が、実り多きものとなりますように。――良い旅を」
女神の祝福と共に、意識が温かな光に溶けていく。
それは、人生で一番心地よい眠りだった。
◇
【アースティア】
そこは、剣と魔法が支配する幻想の世界。
エルフが歌い、ドワーフが鉄を打ち、人魚が海を統べる。
広大で美しく、そして残酷なまでに自由な世界。
だが、平和な楽園ではない。
森には魔物が牙を研ぎ、荒野には無法者が蔓延る。
国家間の陰謀、戦火、覇権争い。
力なき者は奪われ、強き者が世界を回す――そんな激動の時代。
その片隅にある深い森の中に、一人の男が降り立った。
「ん……う……」
目が覚めた瞬間、全身を包み込んだのは、濃厚な生命の匂いだった。
土の香り、草の匂い。
目を開ければ、そこにはパソコンのブルーライトではなく、どこまでも高く澄み渡る青空があった。
「ここは……?」
体を起こす。
体が……軽い。鉛のように重かった肩こりも、頭痛もない。
深呼吸を一つするだけで、細胞の一つ一つが歓喜の声を上げているようだ。
女神の言葉は、本物だったのだ。
「本当に……来ちゃったんだな、異世界に……!」
自分の掌を見つめる。
昨日までとは違う。力がみなぎっている。
『武術の心得』――その感覚が、確かに体に刻まれているのが分かった。
森のざわめきも、風の音も、まるで言葉のように意味を持って響いてくる。
佐々木龍は立ち上がった。
不安? 少しはある。
だが、それ以上に抑えきれないワクワクが、胸を突き破りそうだった。
もう、終電の時間も、上司の顔色も気にしなくていい。
ここから始まるのだ。俺の、俺自身のための人生が。
波乱万丈、予測不能。
チート能力を秘めた元社畜の異世界冒険譚。
その第一歩が、今、高らかに踏み出された。
灰色の終わりと、鮮烈な始まり
佐々木 龍(ささき りゅう)、25歳。
その日も彼は、世界の端っこで死にかけていた。
ガタン、ゴトン――。
終電間際。軋む車輪の音が、すり減った神経をヤスリのように削っていく。
車内に充満する湿った空気と、無機質な蛍光灯の白。
窓ガラスに映る自分は、まるで生気のない幽霊のようだった。
「はぁ……」
腹の底から絞り出した溜息は、誰にも届かずに溶けて消える。
朝は太陽が昇る前に家を出て、夜は星すら見えない時間に帰路につく。
残業代? 有給? そんなものはこの会社には存在しない都市伝説だ。
『期待しているよ』
『君ならできるだろう?』
課長のあの粘着質な笑顔。脳裏にこびりつく嫌味な声。
思い出すだけで、空っぽの胃袋がきりきりと悲鳴を上げる。
今日の食事は、デスクで流し込んだ伸びきったカップ麺と、味のしないコンビニパンだけ。
「毎日毎日、俺は一体、何をやってるんだ……」
25歳。
本来なら、仕事に脂が乗り始めたり、恋人と将来を語り合ったりする時期なのだろう。
だが、龍にあるのは「疲労」と「虚無」だけだ。
合コン? 行く気力も金もない。
趣味? 寝る時間が削られるだけだ。
ただ機械のように働き、泥のように眠り、また朝を迎える。
無限に続く、灰色のループ。
心が、魂が、削り節のようにすり減っていく感覚。
「ああ、クソ……。本当に、もう……疲れたな」
自嘲気味に吐き捨てた、その時だった。
◇
マンションまであと数ブロック。
深夜の静寂を切り裂くように、その「声」は届いた。
「ミャア……ミャア……」
足が止まる。
酔っ払いの叫び声でも、遠くのクラクションでもない。
暗闇の奥から響く、か細くも必死な、命のSOS。
目を凝らすと、街灯の薄明かりの下、道路の真ん中に小さな黒い塊があった。
子猫だ。まだ手のひらに乗るほどの、生まれたばかりの小さな命。
「おい、こんなところにいたら……危ないぞ!」
龍が声を張り上げた瞬間――世界が色を変えた。
背後から迫る、轟音と強烈な光。
大型トラックだ。
運転手は居眠りでもしているのか、ブレーキを踏む気配すらない。殺人的な質量の鉄塊が、子猫めがけて突っ込んでくる。
「――っ、まずい!」
思考するより先に、体が弾けた。
錆びついて動かないと思っていた心臓が、早鐘を打つ。
自分の人生なんてどうでもいい。だが、目の前のこの小さな命が理不尽に消えるのだけは、どうしても許せなかった。
「ニャアッ!」
龍はアスファルトを蹴り、子猫を抱きかかえるようにして路肩へダイブした。
腕の中に、温かい毛玉の感触と、トクトクと脈打つ鼓動を感じる。
(間に合った――!)
だが、運命は非情だ。
回避しきれなかったトラックのバンパーが、龍の左半身を容赦なく打ち据えた。
「ぐっ……あ……!」
衝撃。激痛。そして浮遊感。
体が枯れ葉のように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
視界が急速にブラックアウトしていく中、最後に映ったのは――
無傷でこちらを見つめる、子猫の潤んだ瞳だった。
(ああ……よかった。助かったのか……)
それが、社畜・佐々木龍としての、最後の思考だった。
◇
次に意識が戻った時、そこは「白」の世界だった。
「ここは……?」
上下左右の概念がなく、足元にはドライアイスのような霧が漂っている。
痛みはない。寒くもない。
あるのは、耳が痛くなるほどの静寂だけ。
「俺は……そうか、死んだのか」
妙に冷静だった。
あの衝撃。あの痛み。助かるはずがない。
不思議と恐怖はなかった。むしろ、あの終わりのない労働から解放された安堵すらあったかもしれない。
「はい、その通りです。佐々木龍さん、貴方はお亡くなりになりました」
凛とした声が響く。
鈴の音のように美しく、それでいて魂を震わせるような荘厳な響き。
龍が顔を上げると、いつの間にか目の前に一人の女性が立っていた。
後光が差している、という表現ですら陳腐だろう。
流れるようなブロンドの髪、全てを見透かすような蒼穹の瞳。
純白のローブを纏ったその姿は、この世の者とは思えないほど神々しい。
「あなたは……?」
「私はこの世界の理を司る者。貴方達の言葉で言うならば……そう、『女神』と呼ばれる存在に近いでしょう」
「女神……様……」
漫画やラノベでしか見たことのない展開。
だが、目の前の圧倒的な存在感が、これが現実(リアル)だと告げている。
「そうか……。やっぱり、俺は終わったんですね」
龍は力なく笑った。
走馬灯のように駆け巡るのは、後悔ばかりの人生。
(結局、何も成し遂げられなかった。誰も愛さず、誰にも愛されず……ただ消費されて終わった一生。俺の人生、何だったんだろうな)
「そう悲観することはありませんよ」
女神は、龍の卑屈な心を溶かすように微笑んだ。
「貴方は、自らの命を顧みず、小さな命を救いました。その勇気、そして他者を慈しむ心。私は深く感銘を受けました。それは誰にでもできることではありません」
その瞳には、慈愛の色が湛えられていた。
「ですから……貴方には、もう一度チャンスを差し上げたいのです。剣と魔法が息づく、ファンタジーの世界で」
「剣と魔法……? それって、まさか……異世界転生?」
心臓が跳ねた。
満員電車に揺られながら、現実逃避のために妄想したあの世界。
「どうしますか? 新たな世界で、第二の人生を歩みますか? それとも、このまま魂の輪廻へ還りますか?」
問いかけに、龍は拳を握りしめた。
迷う? いや、迷う必要なんてない。
あの灰色の毎日に戻るくらいなら、未知の世界で野垂れ死ぬ方がマシだ。
いや――今度こそ、生きてやる。自分の意志で。
「行きます! どうか、行かせてください!」
喉が裂けんばかりに叫んでいた。
体の奥底から、熱いマグマのような意志が溢れ出してくる。
こんな高揚感は、いつぶりだろうか。
「よろしい。その強い意志、確かに受け取りました」
女神が満足げに頷く。
「では、過酷な異世界でも生き抜けるよう、貴方に『ギフト』を授けましょう。まずは言語理解。そして……あの子猫を守ろうとした貴方の勇気に敬意を表して、『武術の心得』も」
「ありがとうございます……! 本当に……!」
ただの社畜だった自分に、神様がくれたチート能力(ギフト)。
期待と感謝で、視界が滲む。
「佐々木龍さん。あなたの新たな人生が、実り多きものとなりますように。――良い旅を」
女神の祝福と共に、意識が温かな光に溶けていく。
それは、人生で一番心地よい眠りだった。
◇
【アースティア】
そこは、剣と魔法が支配する幻想の世界。
エルフが歌い、ドワーフが鉄を打ち、人魚が海を統べる。
広大で美しく、そして残酷なまでに自由な世界。
だが、平和な楽園ではない。
森には魔物が牙を研ぎ、荒野には無法者が蔓延る。
国家間の陰謀、戦火、覇権争い。
力なき者は奪われ、強き者が世界を回す――そんな激動の時代。
その片隅にある深い森の中に、一人の男が降り立った。
「ん……う……」
目が覚めた瞬間、全身を包み込んだのは、濃厚な生命の匂いだった。
土の香り、草の匂い。
目を開ければ、そこにはパソコンのブルーライトではなく、どこまでも高く澄み渡る青空があった。
「ここは……?」
体を起こす。
体が……軽い。鉛のように重かった肩こりも、頭痛もない。
深呼吸を一つするだけで、細胞の一つ一つが歓喜の声を上げているようだ。
女神の言葉は、本物だったのだ。
「本当に……来ちゃったんだな、異世界に……!」
自分の掌を見つめる。
昨日までとは違う。力がみなぎっている。
『武術の心得』――その感覚が、確かに体に刻まれているのが分かった。
森のざわめきも、風の音も、まるで言葉のように意味を持って響いてくる。
佐々木龍は立ち上がった。
不安? 少しはある。
だが、それ以上に抑えきれないワクワクが、胸を突き破りそうだった。
もう、終電の時間も、上司の顔色も気にしなくていい。
ここから始まるのだ。俺の、俺自身のための人生が。
波乱万丈、予測不能。
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その第一歩が、今、高らかに踏み出された。
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