2 / 12
EP 2
しおりを挟む
目覚めと、石ころ無双
深い水の底から浮上するように、リュウはゆっくりと瞼を開いた。
「ん……」
木漏れ日が、幾筋も降り注いでいる。
新緑が風にそよぐ音、遠くで聞こえる鳥のさえずり。
エアコンの駆動音も、電話のベルも聞こえない。
(ここは……どこだ?)
重い体を起こすと、そこは鏡のように静謐な湖の畔だった。
水面は空の青と森の緑を映し出し、幻想的なまでに美しい。
何かに導かれるように、リュウはふらりと湖面に近づいた。
冷たい水で顔を洗おうとして――水面に映る「それ」を見て、息を呑んだ。
「なっ……!? コレが、俺……なのか?」
そこにいたのは、疲れ切ったオッサンではない。
十代半ばとおぼしき、見知らぬ少年の姿だった。
艶やかな黒髪に、黒曜石のような瞳。
あどけなさはあるが、きゅっと引き締まった顎は意志の強さを感じさせる。
佐々木龍だった頃の、死んだ魚のような目はどこにもない。生命力に満ちた若者の顔だ。
「何でこんな若返って……うぐっ、頭が……痛いっ!?」
突如、脳天を万力で締め上げられるような激痛が走った。
ズキン、ズキンと脈打つ痛みと共に、知らない記憶が雪崩れ込んでくる。
(はぁ……はぁ……っ、こ、これは……この身体の『前の記憶』か?)
古びた木造の家。薪の匂い。
『リュウ、強く生きるんじゃよ』
皺くちゃの手で頭を撫でてくれた、唯一の肉親である祖父の笑顔。
そして――その祖父を亡くし、孤独に森を彷徨う記憶。
獲物は獲れず、数日間、水しか飲んでいない絶望感。
(そうか、こいつ……いや、『俺』は、腹が減って行き倒れたのか……)
嵐のような頭痛が引くと同時に、状況がクリアになる。
「俺の名前は、リュウ。歳は……多分、16歳くらい。そしてここはアースティア……剣と魔法の世界」
額の脂汗を拭いながら、リュウは確信した。
女神様の言葉は本当だった。これが異世界転生だ。
「よし……! まずは状況確認だ。女神様はギフトをくれるって言ってたな。えーっと、確か……ステータス!」
心の中で強く念じる。
すると、視界の端に「ポンッ」という軽い音と共に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【ステータス】
名前:リュウ
レベル:1
HP:5/5
MP:0/0
力:4
素早さ:5
知力:3
スキル:武器使い
「レベル1はいいとして……HP5って、スペランカー並みじゃねーか。デコピンで死ぬぞ」
MPもゼロ。魔法使いルートは絶望的だ。
ステータスも軒並み一桁。平凡、いや、むしろ貧弱と言っていい。
「で、この『武器使い』ってのは……どういうスキルなんだ?」
文字面だけ見れば強そうだが、詳細説明はない。
リュウはウィンドウを消し、改めて自分の状況を整理した。
(転生成功。チート能力ゲット。……でも、現状は『餓死寸前の行き倒れ』だ)
その時だった。
ぐぅぅぅううう~~~~……。
静かな湖畔に、情けないほど盛大な腹の虫が鳴り響く。
「はは……転生しても、腹が減るのは変わらないな。とにかく、何か食えるものを……」
周囲を見回す。
すると、湖から少し離れた茂みのそばで、何かが動くのが見えた。
「あ! あれは……角が生えたウサギだ!」
普通のウサギより一回り大きい。丸々とした体躯に、額から生えた一本の白い角。
魔物の一種、「角ウサギ」だ。
だが今のリュウには、それが「極上の肉塊」にしか見えなかった。
(食いたい……!)
ごくり、と喉が鳴る。
だが、問題がある。今のリュウには剣もナイフもない。装備はボロボロの布服だけだ。
あんな俊敏そうな生き物を、素手で捕まえられるわけがない。
「武器がない……どうする? その辺の木の枝でもへし折って使うか?」
焦るリュウの脳内に、無機質なシステム音声が響いた。
《スキル『武器使い』を発動しますか? YES / NO 》
「えっ?」
周囲を見回すが、誰もいない。女神の声とは違う、機械的な響き。
《スキル『武器使い』を発動しますか? YES / NO 》
今度ははっきりと聞こえた。
これは、ゲームのチュートリアルのようなものか?
「は、はい! YESでお願いします!」
藁にもすがる思いで答える。
その瞬間――世界が一変した。
リュウの黒い瞳が、ふわりと淡い燐光を帯びる。
視界に映る景色の中で、足元の小石や落ちている枯れ枝だけが、まるでハイライトされたように青白く発光し始めたのだ。
「な、何だ……? 石ころが、光ってる……?」
導かれるように、光る小石の一つを拾い上げる。
何の変哲もない、ただの石だ。
だが、握った瞬間――電流が走った。
「うわっ! あ、頭の中にイメージが……!」
重心の位置、風の抵抗、腕の振り方、投擲の角度。
そして、どう投げれば角ウサギの眉間に命中するかという「確定した未来」のイメージ。
その全てが、まるで長年使い込んだ愛用の道具のように、瞬時にインストールされた。
(分かる……! これなら、当てられる!)
これがスキル『武器使い』の力。
手にした物を「武器」として最適化し、その性能を100%引き出す力。
リュウは深く息を吸い込む。
狙うは一点、角ウサギの頭部。
迷いはない。脳内のイメージをなぞるように、腕を振り抜く!
「シッ!」
ヒュッ!
風を切る鋭い音。
放たれた小石は、ライフル弾のような弾道を描き、吸い込まれるように角ウサギへと飛翔した。
ズガンッ!
「ギャッ!」
鈍く重い打撃音。
角ウサギは短い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。ピクリとも動かない。
眉間を正確に撃ち抜く、完璧な一撃必殺(ヘッドショット)。
リュウは自分の手と、動かなくなった獲物を交互に見つめ、震えた。
「す、すげぇ……。俺、野球経験すらないのに……」
まぐれじゃない。
投げた瞬間、当たることは分かっていた。
まるでオートエイム機能が働いたような、全能感。
興奮冷めやらぬまま、リュウはもう一度試してみる。
(スキル『武器使い』、発動!)
再び瞳が光り、周囲の石や枝をスキャンする。
だが今度は、先ほどのような強烈な「これだ!」という感覚は薄かった。
「んー……なるほど。何でもかんでも最強武器になるわけじゃないのか」
手頃な石ころには強い反応があるが、大きすぎる岩や、太すぎる枝には反応が鈍い。
今の「レベル1」の状態では、扱える武器のサイズや種類に制限があるらしい。
「ということは……レベルを上げれば、剣でも槍でも、何でも達人レベルで扱えるようになるってことか?」
可能性は無限大だ。
この過酷な世界で生き抜くための、最強の切符を手に入れたのかもしれない。
ぐぅぅぅうう……。
「……ま、その前に飯だな!」
夢を膨らませるよりも先に、胃袋が現実を主張する。
リュウはニヤリと笑うと、仕留めた獲物を拾い上げた。
ずっしりとした重みが、生の実感を伝えてくる。
「いただきます、異世界」
武器使いリュウ。
彼の冒険は、空腹を満たすという、最高に人間らしい一歩から始まった。
深い水の底から浮上するように、リュウはゆっくりと瞼を開いた。
「ん……」
木漏れ日が、幾筋も降り注いでいる。
新緑が風にそよぐ音、遠くで聞こえる鳥のさえずり。
エアコンの駆動音も、電話のベルも聞こえない。
(ここは……どこだ?)
重い体を起こすと、そこは鏡のように静謐な湖の畔だった。
水面は空の青と森の緑を映し出し、幻想的なまでに美しい。
何かに導かれるように、リュウはふらりと湖面に近づいた。
冷たい水で顔を洗おうとして――水面に映る「それ」を見て、息を呑んだ。
「なっ……!? コレが、俺……なのか?」
そこにいたのは、疲れ切ったオッサンではない。
十代半ばとおぼしき、見知らぬ少年の姿だった。
艶やかな黒髪に、黒曜石のような瞳。
あどけなさはあるが、きゅっと引き締まった顎は意志の強さを感じさせる。
佐々木龍だった頃の、死んだ魚のような目はどこにもない。生命力に満ちた若者の顔だ。
「何でこんな若返って……うぐっ、頭が……痛いっ!?」
突如、脳天を万力で締め上げられるような激痛が走った。
ズキン、ズキンと脈打つ痛みと共に、知らない記憶が雪崩れ込んでくる。
(はぁ……はぁ……っ、こ、これは……この身体の『前の記憶』か?)
古びた木造の家。薪の匂い。
『リュウ、強く生きるんじゃよ』
皺くちゃの手で頭を撫でてくれた、唯一の肉親である祖父の笑顔。
そして――その祖父を亡くし、孤独に森を彷徨う記憶。
獲物は獲れず、数日間、水しか飲んでいない絶望感。
(そうか、こいつ……いや、『俺』は、腹が減って行き倒れたのか……)
嵐のような頭痛が引くと同時に、状況がクリアになる。
「俺の名前は、リュウ。歳は……多分、16歳くらい。そしてここはアースティア……剣と魔法の世界」
額の脂汗を拭いながら、リュウは確信した。
女神様の言葉は本当だった。これが異世界転生だ。
「よし……! まずは状況確認だ。女神様はギフトをくれるって言ってたな。えーっと、確か……ステータス!」
心の中で強く念じる。
すると、視界の端に「ポンッ」という軽い音と共に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【ステータス】
名前:リュウ
レベル:1
HP:5/5
MP:0/0
力:4
素早さ:5
知力:3
スキル:武器使い
「レベル1はいいとして……HP5って、スペランカー並みじゃねーか。デコピンで死ぬぞ」
MPもゼロ。魔法使いルートは絶望的だ。
ステータスも軒並み一桁。平凡、いや、むしろ貧弱と言っていい。
「で、この『武器使い』ってのは……どういうスキルなんだ?」
文字面だけ見れば強そうだが、詳細説明はない。
リュウはウィンドウを消し、改めて自分の状況を整理した。
(転生成功。チート能力ゲット。……でも、現状は『餓死寸前の行き倒れ』だ)
その時だった。
ぐぅぅぅううう~~~~……。
静かな湖畔に、情けないほど盛大な腹の虫が鳴り響く。
「はは……転生しても、腹が減るのは変わらないな。とにかく、何か食えるものを……」
周囲を見回す。
すると、湖から少し離れた茂みのそばで、何かが動くのが見えた。
「あ! あれは……角が生えたウサギだ!」
普通のウサギより一回り大きい。丸々とした体躯に、額から生えた一本の白い角。
魔物の一種、「角ウサギ」だ。
だが今のリュウには、それが「極上の肉塊」にしか見えなかった。
(食いたい……!)
ごくり、と喉が鳴る。
だが、問題がある。今のリュウには剣もナイフもない。装備はボロボロの布服だけだ。
あんな俊敏そうな生き物を、素手で捕まえられるわけがない。
「武器がない……どうする? その辺の木の枝でもへし折って使うか?」
焦るリュウの脳内に、無機質なシステム音声が響いた。
《スキル『武器使い』を発動しますか? YES / NO 》
「えっ?」
周囲を見回すが、誰もいない。女神の声とは違う、機械的な響き。
《スキル『武器使い』を発動しますか? YES / NO 》
今度ははっきりと聞こえた。
これは、ゲームのチュートリアルのようなものか?
「は、はい! YESでお願いします!」
藁にもすがる思いで答える。
その瞬間――世界が一変した。
リュウの黒い瞳が、ふわりと淡い燐光を帯びる。
視界に映る景色の中で、足元の小石や落ちている枯れ枝だけが、まるでハイライトされたように青白く発光し始めたのだ。
「な、何だ……? 石ころが、光ってる……?」
導かれるように、光る小石の一つを拾い上げる。
何の変哲もない、ただの石だ。
だが、握った瞬間――電流が走った。
「うわっ! あ、頭の中にイメージが……!」
重心の位置、風の抵抗、腕の振り方、投擲の角度。
そして、どう投げれば角ウサギの眉間に命中するかという「確定した未来」のイメージ。
その全てが、まるで長年使い込んだ愛用の道具のように、瞬時にインストールされた。
(分かる……! これなら、当てられる!)
これがスキル『武器使い』の力。
手にした物を「武器」として最適化し、その性能を100%引き出す力。
リュウは深く息を吸い込む。
狙うは一点、角ウサギの頭部。
迷いはない。脳内のイメージをなぞるように、腕を振り抜く!
「シッ!」
ヒュッ!
風を切る鋭い音。
放たれた小石は、ライフル弾のような弾道を描き、吸い込まれるように角ウサギへと飛翔した。
ズガンッ!
「ギャッ!」
鈍く重い打撃音。
角ウサギは短い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。ピクリとも動かない。
眉間を正確に撃ち抜く、完璧な一撃必殺(ヘッドショット)。
リュウは自分の手と、動かなくなった獲物を交互に見つめ、震えた。
「す、すげぇ……。俺、野球経験すらないのに……」
まぐれじゃない。
投げた瞬間、当たることは分かっていた。
まるでオートエイム機能が働いたような、全能感。
興奮冷めやらぬまま、リュウはもう一度試してみる。
(スキル『武器使い』、発動!)
再び瞳が光り、周囲の石や枝をスキャンする。
だが今度は、先ほどのような強烈な「これだ!」という感覚は薄かった。
「んー……なるほど。何でもかんでも最強武器になるわけじゃないのか」
手頃な石ころには強い反応があるが、大きすぎる岩や、太すぎる枝には反応が鈍い。
今の「レベル1」の状態では、扱える武器のサイズや種類に制限があるらしい。
「ということは……レベルを上げれば、剣でも槍でも、何でも達人レベルで扱えるようになるってことか?」
可能性は無限大だ。
この過酷な世界で生き抜くための、最強の切符を手に入れたのかもしれない。
ぐぅぅぅうう……。
「……ま、その前に飯だな!」
夢を膨らませるよりも先に、胃袋が現実を主張する。
リュウはニヤリと笑うと、仕留めた獲物を拾い上げた。
ずっしりとした重みが、生の実感を伝えてくる。
「いただきます、異世界」
武器使いリュウ。
彼の冒険は、空腹を満たすという、最高に人間らしい一歩から始まった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる