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EP 4
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森の終わりと、最初の英雄譚
森での生活は、思いのほか快適だった。
水は美味いし、空気も澄んでいる。
スライムは投石のいい的だし、角ウサギの肉は極上の味だ。
社畜時代の「死んだような生活」に比べれば、ここは天国に近い。
「でも……このままでいいのか?」
焚き火の炎を見つめながら、リュウは呟いた。
腹は満たされる。レベルも少しずつ上がる。
だが、心の奥底で燻る何かがあった。
(俺は、ただ野生動物のように生きたくて転生したわけじゃない。もっと広い世界を見たい。この新しい人生を、骨の髄まで味わい尽くしたいんだ)
リュウは立ち上がり、鬱蒼とした森の切れ間を見上げた。
この先には、きっと人が住む街がある。市場があり、酒場があり、未知の冒険が待っているはずだ。
「行こう。街を目指して」
翌朝。
リュウは数日分の干し肉と、相棒の「投石器(スタッフ・スリング)」を腰に下げ、住み慣れた拠点を後にした。
武器の弾丸(石)は、現地調達し放題。
身軽な旅立ちだった。
◇
数日後。森の植生が変わり、獣道が街道らしくなってきた頃。
リュウの耳に、異質な音が飛び込んできた。
「きゃあああああっ!」
悲鳴だ。
鳥のさえずりでも、獣の咆哮でもない。人間の、それも切迫した女性の声。
「誰かが襲われてる!?」
思考より先に足が動いた。
茂みをかき分け、全速力で駆ける。
前世なら「関わりたくない」と逃げていたかもしれない。だが今は違う。俺には「力」がある。
開けた場所に出ると、そこは地獄絵図だった。
荷馬車を囲む、数匹の緑色の小鬼――ゴブリン。
護衛と思わしき男たちは既に血の海に沈んでいる。
そして、荷台に追い詰められているのは、太った商人と、彼を庇うように立つ一人の少女だった。
白いローブを纏ったシスター服の少女。
恐怖でガタガタと震えながらも、気丈に商人を守ろうとしている。
「ヒイイイ! た、助けてくれぇ!」
「ど、どうかお慈悲を……!」
ゴブリンたちは下卑た笑みを浮かべ、汚らわしい舌なめずりをしながら棍棒を振り上げた。
「キシャアアアアア!」
(させねぇよ!)
リュウは走りながら、足元の石を拾い上げた。
距離は約30メートル。
普通の人間なら狙える距離ではない。だが――
《スキル『投石術』発動》
視界が収束する。
ゴブリンの動きがスローモーションに見える。
風向き、距離、偏差。全ての計算が瞬時に完了する。
「落ちろッ!」
ビュッ!
風を裂く鋭い音。
次の瞬間、先頭のゴブリンの頭部が、熟れたトマトのように弾け飛んだ。
「ギッ!?」
仲間の頭が消し飛んだことに気づき、他のゴブリンたちが動きを止める。
だが、遅い。
ビュン! ビュッ!
間髪入れずに放たれる第二射、第三射。
それは正確無比な死の礫(つぶて)。
眉間、こめかみ、喉仏。急所のみを的確に貫き、ゴブリンたちは断末魔を上げる暇もなく崩れ落ちていく。
「な、なんだ!? 何が起きているんだ!?」
商人が目を白黒させる中、最後の一匹が悲鳴を上げて森へ逃げ出そうと背を向けた。
「逃がすか」
リュウは冷静に残心をとり、腰の投石器を使わず、手投げで追撃を見舞う。
ズガンッ!
石は吸い込まれるようにゴブリンの後頭部を粉砕した。
静寂が戻る。
血と土の匂いが漂う中、立っているのはリュウただ一人。
「あ……あのお方は……一体……」
シスターの少女が、呆然と呟く。
夕陽を背負い、逆光の中に立つリュウの姿は、彼女の目には物語の英雄のように映ったことだろう。
リュウはゆっくりと二人に近づき、できるだけ優しい声で尋ねた。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「は……はい! ありがとうございます! あなた様が来てくださらなければ、私たちは……!」
少女はハッとしたように顔を上げ、潤んだ瞳でリュウを見つめた。
清楚で愛らしい顔立ち。恐怖から解放された安堵で、その頬には朱が差している。
「わたくし、セーラと申します。この度は、本当に……命を救っていただき、感謝の言葉もございません」
深々と頭を下げるセーラ。
それに続き、商人も涙と脂汗でぐしゃぐしゃになりながら平伏した。
「あ、ありがたやぁぁ! もうダメかと思いましたぞ! 私は商人のマルコと申します。あなた様は、命の恩人です!」
「俺はリュウだ。……まあ、通りかかっただけだから」
二人のあまりの感謝ぶりに、リュウは少し気恥ずかしくなって頬をかいた。
ただ石を投げただけだ。むしろ、動く的での射撃訓練くらいに思っていた自分が少し申し訳ない。
「リュウ様……なんと力強く、お優しい名前でしょう」
セーラは熱っぽい瞳でリュウを見つめる。
これは……フラグが立った、ということなのだろうか?
「リュウ様、このご恩は一生忘れません。……もしよろしければ、この先の『アルクス』の街までご一緒しませんか? 私たちはそこへ向かう途中でしたの」
「えぇ、是非とも! 街に着きましたら、改めて盛大なお礼をさせてください!」
渡りに船だ。
リュウは頷いた。
「ああ、実は俺もその街に行こうと思っていたんだ。一緒に行かせてもらうよ」
「本当ですか!? 嬉しいですわ!」
セーラが花が咲いたような笑顔を見せる。
そしてマルコは、懐からずっしりと重い革袋を取り出し、恭しく差し出した。
「これは、ほんの気持ちですが……お納めください」
袋の中を覗くと、鈍く光る金色の輝き。
金貨だ。
前世の安月給数ヶ月分はありそうな重みが、掌に伝わる。
「い、いや、そんなつもりじゃ……」
「いいえ! これでも足りないくらいです! どうかお受け取りください!」
セーラもまた、懇願するようにリュウの手を握った。
「リュウ様、ここはマルコさんのご厚意に甘えてくださいまし。貴方様の勇気ある行動への、正当な対価ですわ」
その柔らかい手の温もりに、リュウは観念した。
「……分かった。ありがたくいただくよ」
こうして、リュウは初めての仲間と、初めての報酬を手に入れた。
森での孤独なサバイバルは終わりを告げ、物語は賑やかな街へ、そして人間社会へと舞台を移す。
美少女シスターと金持ち商人。
幸先の良いスタートに、リュウの胸は新たな冒険への期待で大きく高鳴っていた。
森での生活は、思いのほか快適だった。
水は美味いし、空気も澄んでいる。
スライムは投石のいい的だし、角ウサギの肉は極上の味だ。
社畜時代の「死んだような生活」に比べれば、ここは天国に近い。
「でも……このままでいいのか?」
焚き火の炎を見つめながら、リュウは呟いた。
腹は満たされる。レベルも少しずつ上がる。
だが、心の奥底で燻る何かがあった。
(俺は、ただ野生動物のように生きたくて転生したわけじゃない。もっと広い世界を見たい。この新しい人生を、骨の髄まで味わい尽くしたいんだ)
リュウは立ち上がり、鬱蒼とした森の切れ間を見上げた。
この先には、きっと人が住む街がある。市場があり、酒場があり、未知の冒険が待っているはずだ。
「行こう。街を目指して」
翌朝。
リュウは数日分の干し肉と、相棒の「投石器(スタッフ・スリング)」を腰に下げ、住み慣れた拠点を後にした。
武器の弾丸(石)は、現地調達し放題。
身軽な旅立ちだった。
◇
数日後。森の植生が変わり、獣道が街道らしくなってきた頃。
リュウの耳に、異質な音が飛び込んできた。
「きゃあああああっ!」
悲鳴だ。
鳥のさえずりでも、獣の咆哮でもない。人間の、それも切迫した女性の声。
「誰かが襲われてる!?」
思考より先に足が動いた。
茂みをかき分け、全速力で駆ける。
前世なら「関わりたくない」と逃げていたかもしれない。だが今は違う。俺には「力」がある。
開けた場所に出ると、そこは地獄絵図だった。
荷馬車を囲む、数匹の緑色の小鬼――ゴブリン。
護衛と思わしき男たちは既に血の海に沈んでいる。
そして、荷台に追い詰められているのは、太った商人と、彼を庇うように立つ一人の少女だった。
白いローブを纏ったシスター服の少女。
恐怖でガタガタと震えながらも、気丈に商人を守ろうとしている。
「ヒイイイ! た、助けてくれぇ!」
「ど、どうかお慈悲を……!」
ゴブリンたちは下卑た笑みを浮かべ、汚らわしい舌なめずりをしながら棍棒を振り上げた。
「キシャアアアアア!」
(させねぇよ!)
リュウは走りながら、足元の石を拾い上げた。
距離は約30メートル。
普通の人間なら狙える距離ではない。だが――
《スキル『投石術』発動》
視界が収束する。
ゴブリンの動きがスローモーションに見える。
風向き、距離、偏差。全ての計算が瞬時に完了する。
「落ちろッ!」
ビュッ!
風を裂く鋭い音。
次の瞬間、先頭のゴブリンの頭部が、熟れたトマトのように弾け飛んだ。
「ギッ!?」
仲間の頭が消し飛んだことに気づき、他のゴブリンたちが動きを止める。
だが、遅い。
ビュン! ビュッ!
間髪入れずに放たれる第二射、第三射。
それは正確無比な死の礫(つぶて)。
眉間、こめかみ、喉仏。急所のみを的確に貫き、ゴブリンたちは断末魔を上げる暇もなく崩れ落ちていく。
「な、なんだ!? 何が起きているんだ!?」
商人が目を白黒させる中、最後の一匹が悲鳴を上げて森へ逃げ出そうと背を向けた。
「逃がすか」
リュウは冷静に残心をとり、腰の投石器を使わず、手投げで追撃を見舞う。
ズガンッ!
石は吸い込まれるようにゴブリンの後頭部を粉砕した。
静寂が戻る。
血と土の匂いが漂う中、立っているのはリュウただ一人。
「あ……あのお方は……一体……」
シスターの少女が、呆然と呟く。
夕陽を背負い、逆光の中に立つリュウの姿は、彼女の目には物語の英雄のように映ったことだろう。
リュウはゆっくりと二人に近づき、できるだけ優しい声で尋ねた。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「は……はい! ありがとうございます! あなた様が来てくださらなければ、私たちは……!」
少女はハッとしたように顔を上げ、潤んだ瞳でリュウを見つめた。
清楚で愛らしい顔立ち。恐怖から解放された安堵で、その頬には朱が差している。
「わたくし、セーラと申します。この度は、本当に……命を救っていただき、感謝の言葉もございません」
深々と頭を下げるセーラ。
それに続き、商人も涙と脂汗でぐしゃぐしゃになりながら平伏した。
「あ、ありがたやぁぁ! もうダメかと思いましたぞ! 私は商人のマルコと申します。あなた様は、命の恩人です!」
「俺はリュウだ。……まあ、通りかかっただけだから」
二人のあまりの感謝ぶりに、リュウは少し気恥ずかしくなって頬をかいた。
ただ石を投げただけだ。むしろ、動く的での射撃訓練くらいに思っていた自分が少し申し訳ない。
「リュウ様……なんと力強く、お優しい名前でしょう」
セーラは熱っぽい瞳でリュウを見つめる。
これは……フラグが立った、ということなのだろうか?
「リュウ様、このご恩は一生忘れません。……もしよろしければ、この先の『アルクス』の街までご一緒しませんか? 私たちはそこへ向かう途中でしたの」
「えぇ、是非とも! 街に着きましたら、改めて盛大なお礼をさせてください!」
渡りに船だ。
リュウは頷いた。
「ああ、実は俺もその街に行こうと思っていたんだ。一緒に行かせてもらうよ」
「本当ですか!? 嬉しいですわ!」
セーラが花が咲いたような笑顔を見せる。
そしてマルコは、懐からずっしりと重い革袋を取り出し、恭しく差し出した。
「これは、ほんの気持ちですが……お納めください」
袋の中を覗くと、鈍く光る金色の輝き。
金貨だ。
前世の安月給数ヶ月分はありそうな重みが、掌に伝わる。
「い、いや、そんなつもりじゃ……」
「いいえ! これでも足りないくらいです! どうかお受け取りください!」
セーラもまた、懇願するようにリュウの手を握った。
「リュウ様、ここはマルコさんのご厚意に甘えてくださいまし。貴方様の勇気ある行動への、正当な対価ですわ」
その柔らかい手の温もりに、リュウは観念した。
「……分かった。ありがたくいただくよ」
こうして、リュウは初めての仲間と、初めての報酬を手に入れた。
森での孤独なサバイバルは終わりを告げ、物語は賑やかな街へ、そして人間社会へと舞台を移す。
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