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EP 15
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迫りくる「海」と高騰する魚介類
悪徳芸能事務所の社長を(主に竜王の覇気で)撃退してから数日。
『迷宮茶屋』には、また平和な日常が戻ってきていた。
『♪火曜日は~ まだ先が長い~
会議と言う名の 睡眠時間~
議事録係は 今日も白目~』
特設ステージでは、リーザが新しい労働歌(女神直伝)を歌い上げ、冒険者たちが「わかるわぁ~(わからないけど)」と涙を流しながらバフを受けている。
厨房ではレオが山盛りのまかないを吸い込み、ネギオが電卓を叩く。
だが、経営者である俺、レンは頭を抱えていた。
「……ネギオ。これはどういうことだ」
「はい、オーナー。深刻な事態です」
ネギオが差し出した仕入れ帳簿。
そこには、ある品目の価格が、先週比で三倍に跳ね上がっていることが記されていた。
「『ピラーズ』の仕入れ値が三倍……? それに、沿岸部から取り寄せていた海産物全般が、軒並み高騰しているじゃないか」
ピラーズは川や海にいる魚型魔獣だ。安くて美味い、うちの看板メニューの一つである。
それが三倍。これでは値上げせざるを得ないが、急な値上げは客離れを招く。
「原因は?」
「ゴルド商会からの情報によりますと……『海が荒れている』そうです」
「時化(しけ)か? 季節外れの台風でも来たのか」
俺が尋ねると、ネギオは珍しく眉をひそめた。
「いえ、ただの時化ではありません。大陸南方の海域全体で、異常な水位上昇と、魔力嵐(マナ・ストーム)が発生しているとのこと。沿岸部の都市では、既に浸水被害が出ており、漁師たちは海に出るどころか避難を始めています」
ただの自然現象ではない。
広範囲にわたる魔力嵐。それは、神話級の魔獣が暴れた時や、大規模な魔法災害の前兆だ。
「……嫌な予感がするな」
俺の「トラブル感知センサー」が警報を鳴らす。
キュルリンがダンジョンを作った時と同じ、理不尽な災害の匂いがする。
その時だった。
ガシャーン!!
ステージの方で、何かが割れる音がした。
見ると、歌い終わって休憩に入ろうとしていたリーザが、水を飲むためのグラスを取り落とし、顔面蒼白で立ち尽くしていた。
「あ、あわわ……ご、ごめんなさい! すぐ片付けますぅ!」
「大丈夫かリーザ? 怪我は――」
俺が駆け寄ろうとすると、彼女はガタガタと震えながら、俺の袖を掴んだ。
「て、店長さん……。い、今のお話……南の海が、荒れてるって……」
「ああ。困ったもんだよ。おかげで魚が高くてさ」
「うぅ……どうしよう……。たぶん、それ……」
リーザの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「……私の、ママです」
「は? ママ?」
俺は首を傾げた。
彼女の母親が、海の時化と何の関係があるというのか。
「わ、私、家出してきたって言いましたよね……。それで、ママがすごく心配性で……私が帰らないから、泣いてるんだと思います……」
「泣いてる? 母親が泣いたくらいで、海の水位が上がるわけが――」
そこまで言って、俺は言葉を失った。
この世界には、それが可能な存在がいる。
人魚族の頂点。海を統べる女王。
「……リーザ。まさかとは思うが、お前の実家って……」
「は、はい……。南の海底都市『シーラン』です……」
シーラン国。
地上のいかなる大国も手出しできない、深海の独立国家。
そして、そこを治める女王の名は――。
「ママの名前は……リヴァイアサンって言います」
店内が、水を打ったように静まり返った。
「「「ブフォッ!?」」」
食事中の冒険者たちが一斉にスープを吹き出した。
リヴァイアサン。
それは「人魚」などという可愛らしい枠には収まらない。
神話に語られる、世界を滅ぼしかけたことのある『海竜王』の名だ。
「……なるほど。路地裏の貧乏アイドルかと思ったら、深海最強国家の第一王女だったわけか」
俺は天を仰いだ。
ネギオが眼鏡を光らせ、冷静に分析を始める。
「オーナー。状況を整理します。先日撃退した悪徳社長ですが、彼が持っていた通信機が繋がったままでした。もし、その会話の内容が、断片的にシーラン国に傍受されていたとしたら?」
「……断片的に?」
「例えば、『リーザを捕まえた』『臓器を売る』『不法投棄する』といった言葉だけが伝わっていたとしたら?」
血の気が引いた。
過保護な母親(海竜王)が、愛娘がそんな目に遭っていると誤解したらどうなる?
「……泣いてるだけじゃ済まないな。ブチ切れてるだろ、それ」
「はい。現在の海面上昇は、おそらく『威嚇』です。彼女が本気になれば、大陸の沿岸部は地図から消えます」
ネギオの言葉を裏付けるように、テラス席の方から気怠げな声が聞こえた。
「あーあ。なんか空気が湿っぽくなってきたわね。髪がうねるから嫌なんだけど」
不死鳥フレアが、不快そうに扇子を仰いでいる。
「へっ、生臭い風が吹いてきやがった。デカイのが近づいてきてるな」
狼王フェンリルが、南の空を睨んでニヤリと笑う。
間違いない。
災害が来る。それも、国を一つ沈めるレベルのやつが。
「……リーザ」
「は、はいっ! ごめんなさい、私のせいでぇぇ!」
「謝るな。お前は悪くない。悪いのはあの社長と、間の悪い通信機だ」
俺は彼女の頭をポンと撫で、厨房のレオに向かって叫んだ。
「レオ! 休憩終わりだ! 仕事だぞ!」
「おう! 何だボス、次の在庫処分か? まだ腹八分目だぜ!」
のんきに肉を食っている獣王に、俺は告げた。
「ある意味、最大の在庫処分だ。……世界を飲み込む『大津波』が来るぞ。店の用心棒として、きっちり働いてもらうからな!」
深海からの脅威は、もう目前まで迫っていた。
『迷宮茶屋』、開店以来最大の危機(物理的崩壊)が始まる。
悪徳芸能事務所の社長を(主に竜王の覇気で)撃退してから数日。
『迷宮茶屋』には、また平和な日常が戻ってきていた。
『♪火曜日は~ まだ先が長い~
会議と言う名の 睡眠時間~
議事録係は 今日も白目~』
特設ステージでは、リーザが新しい労働歌(女神直伝)を歌い上げ、冒険者たちが「わかるわぁ~(わからないけど)」と涙を流しながらバフを受けている。
厨房ではレオが山盛りのまかないを吸い込み、ネギオが電卓を叩く。
だが、経営者である俺、レンは頭を抱えていた。
「……ネギオ。これはどういうことだ」
「はい、オーナー。深刻な事態です」
ネギオが差し出した仕入れ帳簿。
そこには、ある品目の価格が、先週比で三倍に跳ね上がっていることが記されていた。
「『ピラーズ』の仕入れ値が三倍……? それに、沿岸部から取り寄せていた海産物全般が、軒並み高騰しているじゃないか」
ピラーズは川や海にいる魚型魔獣だ。安くて美味い、うちの看板メニューの一つである。
それが三倍。これでは値上げせざるを得ないが、急な値上げは客離れを招く。
「原因は?」
「ゴルド商会からの情報によりますと……『海が荒れている』そうです」
「時化(しけ)か? 季節外れの台風でも来たのか」
俺が尋ねると、ネギオは珍しく眉をひそめた。
「いえ、ただの時化ではありません。大陸南方の海域全体で、異常な水位上昇と、魔力嵐(マナ・ストーム)が発生しているとのこと。沿岸部の都市では、既に浸水被害が出ており、漁師たちは海に出るどころか避難を始めています」
ただの自然現象ではない。
広範囲にわたる魔力嵐。それは、神話級の魔獣が暴れた時や、大規模な魔法災害の前兆だ。
「……嫌な予感がするな」
俺の「トラブル感知センサー」が警報を鳴らす。
キュルリンがダンジョンを作った時と同じ、理不尽な災害の匂いがする。
その時だった。
ガシャーン!!
ステージの方で、何かが割れる音がした。
見ると、歌い終わって休憩に入ろうとしていたリーザが、水を飲むためのグラスを取り落とし、顔面蒼白で立ち尽くしていた。
「あ、あわわ……ご、ごめんなさい! すぐ片付けますぅ!」
「大丈夫かリーザ? 怪我は――」
俺が駆け寄ろうとすると、彼女はガタガタと震えながら、俺の袖を掴んだ。
「て、店長さん……。い、今のお話……南の海が、荒れてるって……」
「ああ。困ったもんだよ。おかげで魚が高くてさ」
「うぅ……どうしよう……。たぶん、それ……」
リーザの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「……私の、ママです」
「は? ママ?」
俺は首を傾げた。
彼女の母親が、海の時化と何の関係があるというのか。
「わ、私、家出してきたって言いましたよね……。それで、ママがすごく心配性で……私が帰らないから、泣いてるんだと思います……」
「泣いてる? 母親が泣いたくらいで、海の水位が上がるわけが――」
そこまで言って、俺は言葉を失った。
この世界には、それが可能な存在がいる。
人魚族の頂点。海を統べる女王。
「……リーザ。まさかとは思うが、お前の実家って……」
「は、はい……。南の海底都市『シーラン』です……」
シーラン国。
地上のいかなる大国も手出しできない、深海の独立国家。
そして、そこを治める女王の名は――。
「ママの名前は……リヴァイアサンって言います」
店内が、水を打ったように静まり返った。
「「「ブフォッ!?」」」
食事中の冒険者たちが一斉にスープを吹き出した。
リヴァイアサン。
それは「人魚」などという可愛らしい枠には収まらない。
神話に語られる、世界を滅ぼしかけたことのある『海竜王』の名だ。
「……なるほど。路地裏の貧乏アイドルかと思ったら、深海最強国家の第一王女だったわけか」
俺は天を仰いだ。
ネギオが眼鏡を光らせ、冷静に分析を始める。
「オーナー。状況を整理します。先日撃退した悪徳社長ですが、彼が持っていた通信機が繋がったままでした。もし、その会話の内容が、断片的にシーラン国に傍受されていたとしたら?」
「……断片的に?」
「例えば、『リーザを捕まえた』『臓器を売る』『不法投棄する』といった言葉だけが伝わっていたとしたら?」
血の気が引いた。
過保護な母親(海竜王)が、愛娘がそんな目に遭っていると誤解したらどうなる?
「……泣いてるだけじゃ済まないな。ブチ切れてるだろ、それ」
「はい。現在の海面上昇は、おそらく『威嚇』です。彼女が本気になれば、大陸の沿岸部は地図から消えます」
ネギオの言葉を裏付けるように、テラス席の方から気怠げな声が聞こえた。
「あーあ。なんか空気が湿っぽくなってきたわね。髪がうねるから嫌なんだけど」
不死鳥フレアが、不快そうに扇子を仰いでいる。
「へっ、生臭い風が吹いてきやがった。デカイのが近づいてきてるな」
狼王フェンリルが、南の空を睨んでニヤリと笑う。
間違いない。
災害が来る。それも、国を一つ沈めるレベルのやつが。
「……リーザ」
「は、はいっ! ごめんなさい、私のせいでぇぇ!」
「謝るな。お前は悪くない。悪いのはあの社長と、間の悪い通信機だ」
俺は彼女の頭をポンと撫で、厨房のレオに向かって叫んだ。
「レオ! 休憩終わりだ! 仕事だぞ!」
「おう! 何だボス、次の在庫処分か? まだ腹八分目だぜ!」
のんきに肉を食っている獣王に、俺は告げた。
「ある意味、最大の在庫処分だ。……世界を飲み込む『大津波』が来るぞ。店の用心棒として、きっちり働いてもらうからな!」
深海からの脅威は、もう目前まで迫っていた。
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