​最凶ダンジョンの最深部は娯楽施設でした。バイトの俺が魔王や女神を神対応していたら、いつの間にか世界を救っていた件

月神世一

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EP 8

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外の世界では戦争直前!?
『緊急警報! ロビーにて規格外の魔力反応が三つ、衝突します!』
 店内に鳴り響くサイレン。
 俺はモップを片手に、一〇〇階層のエントランスホールへとスライディングで滑り込んだ。
「お客様ーッ! 困ります! あーっ、お客様!」
 そこには、世界の終わりのような光景が広がっていた。
 ロビーの中央、UFOキャッチャーとポップコーンワゴンの間で、三つの強大なオーラが渦を巻き、バチバチと火花を散らしている。
 右翼には、不機嫌そうにワイングラスを揺らす、銀髪の美女――魔王ラスティア様。
 左翼には、コンビニ袋(チキン入り)を提げたまま聖剣に手をかける青年――勇者リュウ様。
 そして中央には、野性味あふれる金髪の巨漢――ガルーダ獣人国の王、獣王レオ様。
 魔族、人間、獣人。
 世界の覇権を争う三勢力の頂点が、こともあろうにゲームセンターのド真ん中で鉢合わせていたのだ。
「……何の冗談だ、これは」
 最初に口を開いたのは勇者リュウ様だった。その表情は引きつっている。
「俺はただ、夜食の『からあげクン(レッド)』を買いに来ただけなんだ。なんで魔王と獣王がいるんだよ……」
「それはこちらの台詞よ、勇者」
 ラスティア様が、周囲の空間を歪ませながら冷ややかに告げる。
「せっかくの女子会で美味い酒を飲んで、気分良く帰ろうとしていたのに……。貴様らのようなむさ苦しい男の顔を見たら、酔いが醒めてしまったわ」
「ガハハハハ! こいつは傑作だ!」
 豪快に笑ったのは、初来店となる獣王レオ様だ。
 身長二メートル近い筋肉の塊。その背後には、百獣の王たる獅子の闘気が揺らめいている。
「噂のダンジョンに『面白い場所』ができたと聞いて来てみれば……まさか、ラスボスが二人も同時に湧いて出るとはなァ!」
 レオ様がボキボキと拳を鳴らす。
「俺の名はレオ! 地上最強の男だ! 魔王に勇者、どっちから食い殺してやろうか……ああ、昂ぶってきやがった!」
 一触即発。
 三者の殺気が衝突し、店内の照明がチカチカと点滅する。
 床の大理石に亀裂が入り、近くにあったガチャガチャの機械が重圧でひしゃげた。
「……やる気か? ここは俺の『隠れ家』なんだ。壊すなら容赦しねえぞ」
「あら、生意気ね。消えなさい、塵芥(ゴミ)と共に」
「全員まとめて掛かってこい! 俺が最強だァァッ!」
 リュウ様が聖剣を抜く。
 ラスティア様がブラックホールを生成する。
 レオ様が全身を獣化させ、剛腕を振り上げる。
 ――終わった。
 この三人が本気でぶつかれば、天魔窟どころか、この大陸の地図が書き換わってしまう。
 戦争だ。第三次世界大戦が、ここ「ラウンドワン(仮)」で始まろうとしている!
「お客様ァァァァッ!!」
 俺は腹の底から声を張り上げ、死地(ロビー中央)へと飛び込んだ。
 キィィィィィン……!
 スキル【絶対接客】、最大出力!
「当店での『他のお客様への威嚇』、ならびに『店内設備の破壊行為』は、即時退店処分の対象となります!!」
 俺の声が響いた瞬間、三人の動きが強制的に停止した。
 振り上げられた拳、展開された魔法、抜かれた剣が、見えない力で固定される。
「な、なんだ!? 体が動かん!?」
「この声……あの店員か?」
「優助さん!? 危ないから下がってろ!」
 俺は冷や汗を拭いながら、三人の中心に立ち、ニコリと微笑んだ。
「いらっしゃいませ、獣王レオ様。そして毎度ありがとうございます、ラスティア様、リュウ様。……皆様、随分とエネルギッシュでいらっしゃいますね」
「店員! 邪魔だ退け! 目の前に宿敵がいるんだぞ!」
 レオ様が吠える。だが、俺は一歩も引かない。
「宿敵? いいえ、当店において皆様は等しく『お客様』でございます。王だろうが勇者だろうが、ここではただの『遊戯者(プレイヤー)』に過ぎません」
 俺はひしゃげたガチャガチャの残骸を指さした。
「ご覧ください。皆様の殺気のせいで、レア度SRの『スライムぷにぷにキーホルダー』が破損してしまいました。……弁償していただけますね?」
「うっ……」
「ぐっ……」
 リュウ様とラスティア様が気まずそうに目を逸らす。
 俺は畳み掛けた。
「もし、ここで暴れるというのであれば、今後一切の当店の利用をお断りいたします」
 俺は三人の顔を順に見据え、宣告する。
「ラスティア様には『日本産コスメ』の販売禁止」
「なっ……!?」
「リュウ様には『二四時間コンビニ』および『お風呂』の使用禁止」
「そ、それだけは勘弁してくれ! 俺のライフラインなんだ!」
「そしてレオ様……貴方には、フェンリル様との『対戦権』を剥奪いたします」
「なに!? あの狼王もここに来てるのか!?」
 三者三様の弱点(欲望)を突く。
 これで彼らは手出しできない。
 だが、振り上げた拳を下ろす場所がないのも事実だ。
 ロビーには、依然として「決着をつけろ」というピリピリした空気が漂っている。
「……分かったわよ店員。店は壊さない。でもね、ここで顔を合わせたのも運命。タダで帰すわけにはいかないのよ」
「そうだ優助さん。俺だって、国を背負ってる勇者だ。魔王と獣王を前にして、尻尾巻いて逃げるわけにはいかねえ」
「ガハハ! 違いねぇ! 白黒つけなきゃ気が済まねぇな!」
 三人の視線が、再び交差する。
 物理的な暴力は封じたが、闘争本能までは消せない。このままでは、睨み合いで朝を迎えてしまう。
 どうする。どうやってこのエネルギーを発散させる?
 何か、店内でできる、暴力を伴わない、けれど白熱する『決闘』は――。
 その時、俺の脳裏に閃くものがあった。
 そうだ。確か、先週の改装で『アレ』を導入したばかりだ。
「……お客様。どうしても決着をつけたいと仰るのであれば、相応しい『戦場』をご用意いたします」
「戦場だと?」
「はい。暴力ではなく、技術と精神力、そして運で競い合う……古来より伝わる神聖な儀式でございます」
 俺は恭しくお辞儀をし、ロビーの奥にある通路を指し示した。
「ご案内いたします。――『天魔ボウリングスタジアム』へ」
 ◇ ◇ ◇
 数分後。
 三人の王は、専用シューズに履き替え、ピカピカに磨き上げられたレーンの前に立っていた。
「……なんだこれは。この重い球をどうする」
「一〇本のピンを、一撃で何本倒せるかを競う遊戯……『ボウリング』でございます」
 俺はスコアシートを広げ、高らかに宣言した。
「これより、『第一回 天魔窟杯・三国頂上決戦』を開催いたします! 優勝者には……当店より『永久無料パスポート』を進呈! 敗者は勝者の言うことを一つだけ聞くこと!」
「「「乗った!!」」」
 三人の目が、戦場のそれ以上にギラリと輝いた。
 こうして、世界の命運をかけた、史上もっとも馬鹿馬鹿しく、そして熱い戦いの幕が上がったのである。
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