​最凶ダンジョンの最深部は娯楽施設でした。バイトの俺が魔王や女神を神対応していたら、いつの間にか世界を救っていた件

月神世一

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EP 9

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戦争よりボウリングだ!
​「では、ルールを説明いたします」
​ 俺はホワイトボードを片手に、三人の王たちの前に立った。
​「一〇フレームを投げ、倒したピンの総数を競います。ただし、皆様の身体能力は規格外ですので、ボールおよびレーンには『天魔窟』特製の『S級魔力コーティング』を施しております」
「つまり、本気で投げていいのだな?」
​ 獣王レオ様が、バスケットボールのようにボウリングの球(一六ポンド)を片手で鷲掴みにし、不敵に笑う。
​「はい。ただし、レーンの破壊、対戦相手への物理攻撃、および『ガター(溝)』への落下は〇点となります。……それでは、『第一回 天魔窟杯・三国頂上決戦』、スタートです!」
​ カァーン!
 俺がゴング(鍋の蓋)を鳴らした。
​ 第一投者:獣王レオ
​「ガハハハ! 先陣は俺が貰うぜ! 細けぇ技術なんぞ知らん! 要はあの白い棒をぶっ壊せばいいんだろォ!」
​ ドォォォォン!!
 レオ様が助走もつけずに腕を振り抜いた。
 指穴など使わない。純粋な握力だけで掴まれたボールが、大砲のような轟音と共に射出される。
​ ボールは床を転がるのではない。空を飛んだ。
 レーンの中空を一直線に疾走し、ピンのど真ん中へ着弾する。
​ ズドォォォォォン!!
 衝撃波が炸裂し、一〇本のピンが弾け飛ぶどころか、微塵切りになって消滅した。
​「ストライクゥッ!!」
「ガハハ! 見たか! これが獣王の『剛球(キャノン)』よ!」
​ ……ピンセッター(機械)が直せるか不安になる威力だ。
 俺は引きつった笑顔でスコアボードに『X』を刻んだ。
​ 第二投者:魔王ラスティア
​「野蛮ね。球技というのは、もっと優雅に行うものよ」
​ ラスティア様がレーンに立つ。
 彼女はボールを持たない。魔力で浮かせている。
​「優助。魔法の使用は禁止されていないわよね?」
「はい。レーンを破壊しない限りは『技術』とみなします」
「なら、見せてあげるわ。……『重力操作(グラビティ・コントロール)』」
​ ヒュン。
 彼女が指先を振ると、浮遊したボールが音もなく滑り出した。
 速度は遅い。だが、その軌道は異様だった。
 右のガターへ落ちる寸前で、見えない壁に弾かれたように直角に曲がり、ピンの群れへと吸い込まれていく。
​「砕けなさい」
​ カッ!
 ボールの中心に『極小ブラックホール』が発生。
 一〇本のピンは衝撃で倒れるのではなく、吸引力の変わらないただ一つの魔王によって、中心へと吸い寄せられ、まとめて圧壊した。
​「ストライク。……文句あるかしら?」
「……い、いえ。ナイスストライクでございます」
​ 物理法則を無視したチート投法だ。
 だが、結果は結果である。
​ 第三投者:勇者リュウ
​「ふっ……。見ていられねぇな」
​ 最後に立ったのは、勇者リュウ様だ。
 彼はボールの重さを確かめるように持ち、指穴にしっかりと指を通した。
 その構え。その重心移動。
 ……間違いない。彼は『知っている』。
​「異世界広しと言えど、ボウリングの『回転(スピン)』を理解しているのは俺だけだろうな!」
​ リュウ様の目が光った。
 彼は美しいフォームで助走を開始する。
​「うおおおッ! 見よ! 学生時代、ラウンドワンに入り浸った俺の青春を! 必殺、勇者流・ローダウン投法!!」
​ シュパァァン!
 手首のスナップを効かせた強烈なリリース。
 ボールは猛烈な回転を纏い、レーンの端ギリギリを走り――そして、ピンの手前で鋭く食い込んだ。
​ カーン!
 美しい音が響き渡る。
 魔法でも怪力でもない。完璧なポケットへの入射角による、物理的かつ芸術的なストライクだ。
​「よっしゃあァァァ!! 見たか! これが『カーブ』だ!」
「ほう……。魔力を使わずに曲げたというのか? 器用な男よ」
「ふん。小賢しい真似を」
​ 獣王と魔王が驚愕の声を漏らす。
 リュウ様がドヤ顔で俺に親指を立てた。
​「優助さん! ターキー(三連続)狙うからコーラお代わり!」
「かしこまりました」
​ ◇ ◇ ◇
​ ゲームは白熱した。
 第五フレーム、第七フレームと進むにつれ、三人の王たちのボルテージは最高潮に達していった。
​「ぬんッ! 獣王流・乱れ撃ち!」
「ああっ! レオ様、ボールは一回につき一つです! 三つ同時に投げないでください!」
​「そこよ! 『空間転移(テレポート)』!」
「ラスティア様! ボールをピンの真上にワープさせるのは流石に反則です! ファウル!」
​「くそっ、七番一〇番のスプリットか……! だが俺なら取れる! スキル発動【一閃】ッ!」
「リュウ様! ボールを剣気で切断して二つに増やさないでください! ボールが死にます!」
​ 俺は審判として、飛び交う反則スレスレの技をジャッジし、破壊されそうになる施設をスキル【絶対接客】で守り続けた。
 本来なら戦争で使われるはずの膨大なエネルギーが、たった一〇本のピンを倒すためだけに浪費されていく。
​ そして迎えた、運命の第一〇フレーム。
​ スコアは奇跡的なことに、三者横並びの同点だった。
 最後の一投で、全てが決まる。
​「……ハァ、ハァ。やるじゃねぇか、人間共」
「……フフ。貴方たち、ただの筋肉馬鹿かと思っていたけれど、悪くない集中力ね」
「……二人とも、強敵(とも)だったぜ」
​ 三人の顔には、いつしか敵対心ではなく、好敵手を称え合うスポーツマンシップ(?)が芽生えていた。
 額に汗を浮かべ、互いの健闘を認め合うその姿は、数時間前まで戦争をしようとしていた指導者たちとは思えない。
​「最後だ! 俺の全てを込める!」
「受けて立つわ!」
「決着をつけようぜ!」
​ 三人が同時に投球モーションに入る。
 レーンを走る三つのボール。
 剛速球、重力弾、超回転球。
​ それらがピンに吸い込まれ――。
​ カァァァァァァン!!!!
​ 三つのレーンで、同時にピンが弾け飛んだ。
 全てストライク。
 スコアボードに表示された数字は――
​「……三〇〇点」
​ 三人全員、パーフェクトゲーム。
 完全なる引き分け(ドロー)だった。
​「「「…………」」」
​ 静寂がロビーを包む。
 三人はスコアを見上げ、呆然とし――そして次の瞬間、誰からともなく吹き出した。
​「ガハハハハ! 引き分けかよ! 俺様としたことが!」
「あーあ、メイク崩れちゃったじゃない。本気になりすぎたわ」
「ははは! 最高だ! こんなに熱くなったのは魔神王戦以来だ!」
​ 三人はハイタッチを交わし、へなへなとソファに崩れ落ちた。
 そこに漂うのは、心地よい疲労感と達成感。
 もう、彼らの間に「戦争」の二文字が入る隙間は残っていなかった。
​「……店員。優助と言ったか」
​ ラスティア様が、汗を拭いながら俺を呼んだ。
​「はい、ここに」
「楽しかったわ。……地上で軍を動かすのが、馬鹿らしくなるくらいにはね」
「俺もだ。なあレオ、国境の砦とかどうでもよくね? 今度、ここの『卓球』で勝負しようぜ」
「おうよ! 次は負けんぞ勇者!」
​ 俺はトレイに冷たいおしぼりを乗せ、三人に配った。
​「勝負は引き分けですので、『永久無料パスポート』は三名様全員に進呈いたします。……またのご来店を、心よりお待ちしております」
​ 俺が微笑むと、三人の王たちは子供のように笑った。
​ こうして、大陸を揺るがすはずだった第三次大戦は、天魔窟のボウリング大会によって未然に防がれたのである。
​ ……だが。
 俺たちはまだ気づいていなかった。
 この三人の王たちが放った膨大な「闘気」「魔力」「聖気」の奔流が、地下深くで眠っていた『ある存在』を刺激してしまったことに。
​ ズズズズズ……。
​ 一〇〇階層のさらに奥。封印された扉の向こうで、何かが脈動を始めた。
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