三つ星シェフ、ネット通販と簿記1級で異世界を経営する~現代食材と物流で経済無双してたら、女神と魔王が常連客になりました~

月神世一

文字の大きさ
27 / 35

EP 27

しおりを挟む
天使を堕とす『魔法のキッシュ』
 『パティスリー・アオタ』の店内に、先ほどまでの甘い香りとは異なる、食欲をそそる芳ばしい匂いが漂い始めた。
 バターで炒めたベーコンの脂の香り。
 焦げたチーズの濃厚な匂い。
 そして、それらを包み込むような、清涼感のあるフレッシュハーブのアロマ。
「……む?」
 腕を組んで査察を待っていたヴァルキュリアの鼻が、ピクリと動いた。
 菓子が出てくると思っていた。砂糖の塊のような、堕落の象徴が。
 だが、この匂いは違う。これは――『食事』の匂いだ。
「お待たせしました」
 青田優也がオーブンから取り出したのは、黄金色に焼き上がったホールサイズのタルトだ。
 それを切り分け、白い皿に乗せて差し出す。
「『季節野菜とグリュイエールチーズのキッシュ・ロレーヌ』です」
 ヴァルキュリアは目を見開いた。
 サクサクに焼かれたパイ生地(パート・ブリゼ)の中には、ふわふわの卵液(アパレイユ)と共に、ほうれん草やキノコ、ベーコンがたっぷりと詰まっている。
 表面には、溶けて焦げ目のついたグリュイエールチーズ。
 そして仕上げに、鮮やかな緑色のハーブ(イタリアンパセリ、チャービル、タイム)が散らされていた。
「これは……菓子ではないのですか?」
「フランス・ロレーヌ地方の郷土料理です。卵と野菜、乳製品、そして肉。……五大栄養素をバランスよく摂取できる、完全栄養食ですよ」
 優也は「栄養」という単語を強調した。
 それが、彼女にとって一番の「言い訳」になることを知っているからだ。
「……栄養、ですか。確かに、これなら教義に反しない……かもしれません」
 ヴァルキュリアは自分に言い聞かせるように呟き、ナイフを入れた。
 サクッ。
 心地よい音と共に、パイ生地が崩れる。中は茶碗蒸しのようにプルプルだ。
 湯気の立つ一切れを、口へと運ぶ。
 ――ハフッ。
 熱々のキッシュを噛んだ瞬間、ヴァルキュリアの身体が硬直した。
「……ッ!!」
 サクサクの生地の食感。
 それに続く、卵と生クリームの濃厚でクリーミーな味わい。
 噛めば噛むほど溢れ出す、厚切りベーコンの塩気と旨味。
 チーズのコク。
 それらすべてが、口の中で渾然一体となり、優しく溶けていく。
(温かい……。なんて優しい味……)
 冷たいパンとスープしか食べてこなかった彼女の胃袋に、温かな卵料理が染み渡る。
 そして何より――。
「……この香り……」
 濃厚な味の後味を、爽やかなハーブの香りが洗い流していく。
 タイムのほろ苦さ。チャービルの甘い香り。
 それは、彼女が天界の庭園で一人、土いじりをしている時の安らぎを思い出させた。
「私の……好きな香り……」
 ヴァルキュリアの瞳から、険しい光が消えた。
 代わりに浮かんだのは、まるで少女のような、うっとりとした表情。
「野菜の甘みと、ハーブの香りが……喧嘩せずに手を取り合っています。まるで、完璧に指揮されたオーケストラのよう……」
「お気に召しましたか?」
「……美味しい。……悔しいですが、とても」
 彼女はもう、フォークを止められなかった。
 一口、また一口。
 食べるたびに、眉間のシワが消え、張り詰めていた肩の力が抜けていく。
 完食する頃には、彼女はただの「美味しいものを食べて幸せな女性」になっていた。
「……ふぅ」
 空になった皿を見て、ヴァルキュリアは我に返った。
 咳払いを一つして、居住まいを正す。
「コホン。……認めましょう。この料理は、単なる快楽の追求ではなく、心身の健康に資する『良質な食事』であると」
 彼女はキリッとした顔で宣言した。口元に小さなパイ屑がついているのも気づかずに。
「よって、この店を即刻破壊することは保留します。……ただし!」
「ただし?」
「監視が必要です。この店が今後、本当に健全な運営を続けるか……私が毎日、責任を持って『味見』をしに来ます」
「毎日ですか?」
「ええ、毎日です。これは公務です。……あ、明日は違う種類のハーブを使ったキッシュを用意しておきなさい。いいですね?」
 それは事実上の「常連宣言」だった。
 優也は苦笑しながら、深く一礼した。
「かしこまりました。……では、明日は『サーモンとディルのキッシュ』をご用意してお待ちしております」
「ディル……! 魚料理に合う素晴らしいハーブですね。……楽しみにしています」
 ヴァルキュリアは満足げに頷き、部下の騎士たちに号令をかけた。
「総員、撤収! この店は『要観察対象』とする! 決して手を出さぬように!」
 嵐が去った後。
 店内に残されたのは、安堵の空気と、勝利の余韻。
「やったね優也様! 天使長も餌付け完了!」
「チョロいですぅ……」
「こらルナ、聞こえるぞ」
 優也はグラスを磨きながら、窓の外を見上げた。
 シスター、不死鳥、そして天使長。
 聖都の守護者たちは、次々と「胃袋」という弱点を握られ、優也の軍門に下った。
 だが。
 この一連の騒動を、快く思わない最後の敵が、ついに動き出そうとしていた。
 聖教会の頂点にして、世界樹の代弁者――教皇である。
「……さて、ラスボスの登場まで、もう少し仕込みが必要か」
 優也は、キッシュの残り香が漂う厨房で、次なる一手(世界樹再生プラン)を練り始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞! 2024/02/21(水)1巻発売! 2024/07/22(月)2巻発売!(コミカライズ企画進行中発表!) 2024/12/16(月)3巻発売! 2025/04/14(月)4巻発売! 2025/09/12(金)5巻発売!同日コミカライズ開始! 2026/03/16(月)コミカライズ1巻発売! 応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!! 刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました! 旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』 ===== 車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。 そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。 女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。 それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。 ※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

異世界転生日録〜生活魔法は無限大!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆感想の受付開始しました。 【あらすじ】   異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。  それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。  家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。  十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。   だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。  最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。  この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。  そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。  そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。  旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。 ☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。 ☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。

50歳元艦長、スキル【酒保】と指揮能力で異世界を生き抜く。残り物の狂犬と天然エルフを拾ったら、現代物資と戦術で最強部隊ができあがりました

月神世一
ファンタジー
​「命を捨てて勝つな。生きて勝て」 50歳の元イージス艦長が、ブラックコーヒーと海軍カレー、そして『指揮能力』で異世界を席巻する! ​海上自衛隊の艦長だった坂上真一(50歳)は、ある日突然、剣と魔法の異世界へ転移してしまう。 再就職先を求めて人材ギルドへ向かうも、受付嬢に言われた言葉は―― 「50歳ですか? シルバー求人はやってないんですよね」 ​途方に暮れる坂上の前にいたのは、誰からも見放された二人の問題児。 子供の泣き声を聞くと殺戮マシーンと化す「狂犬」龍魔呂。 規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。 ​「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」 ​坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。 呼び出すのは、自衛隊の補給物資。 高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。 ​魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。 これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  週二回更新になります。お気に入り・感想、宜しくお願いします。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう! 公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ

幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
アルファポリス様より書籍化! 転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

処理中です...