三つ星シェフ、ネット通販と簿記1級で異世界を経営する~現代食材と物流で経済無双してたら、女神と魔王が常連客になりました~

月神世一

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EP 28

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教皇の怒りと、ルナの罪状
​ 『パティスリー・アオタ』は、今や聖都の「夜の社交場」と化していた。
​「ユーヤ! 昨日のキッシュも美味しかったけど、今日の『カヌレ』も最高ね!」
「そうですか、ヴァルキュリア様。……紅茶のおかわりはいかがです?」
「頂きましょう。……コホン、あくまで監視業務の一環ですが」
​ 店内の特等席では、天使長ヴァルキュリアが優雅にティータイムを楽しみ、その隣では不死鳥フレアがフルーツタルトを頬張っている。
 平和そのものの光景だ。
​ ――ゴォォォォォォン……。
​ 突如、聖都全体を揺るがすような、重苦しい鐘の音が鳴り響いた。
 店内の空気が一変する。
 ヴァルキュリアが紅茶のカップを置き、表情を硬くした。
​「……『断罪の鐘』? まさか、聖下が直々に?」
​ ドンドンドンドンッ!!
 店の扉が乱暴に叩かれ、拡声魔法によるしわがれた声が響いてきた。
​『聞け、異端の料理人アオタよ! そして大罪人ルナ・シンフォニアよ!』
​ その声には、有無を言わせぬ絶対的な権威が宿っていた。
​『余は聖教皇イグナティウスである。神聖なる聖都を汚す貴様らの蛮行、もはや看過できぬ! 直ちに外へ出よ! さもなくば、この区画ごと浄化の炎で焼き払う!』
​「ひぃぃぃッ! 教皇様だぁぁ!」
​ ルナが真っ青になってテーブルの下で震え上がる。
 教皇イグナティウス。女神ルチアナの代理人として、地上の全信徒を統べる最高権力者。
 ヴァルキュリアですら逆らえない、聖教会のトップだ。
​「……やれやれ。ラスボスのご登場か」
​ 青田優也は静かにエプロンを外し、コックコートの襟を正した。
​「行くぞ、ルナ。……店を焼かれてはたまらないからな」
「い、嫌ですぅ! 殺されますぅ!」
「大丈夫だ。私がついている」
​ 優也は泣き叫ぶルナの首根っこを掴み(猫のように)、ネギオとキャルルを引き連れて地上へと出た。
​ ***
​ 地上の広場は、物々しい雰囲気に包まれていた。
 数百人の聖騎士団が包囲網を敷き、その中心に豪華な法衣を纏った老人が立っている。
 深く刻まれた皺、鷲のような鋭い目。手には巨大な錫杖(しゃくじょう)。
​「出たな、背徳の徒よ」
​ 教皇イグナティウスが、優也たちを睨みつけた。
​「アオタと言ったな。貴様はこの聖なる都に『食欲』という汚れを持ち込み、聖職者たちを堕落させた。その罪は万死に値する」
「美味しいものを食べて元気になることが罪ですか? 神は随分と狭量ですね」
「黙れ! 清貧こそが神への愛だ!」
​ 教皇は錫杖を地面に突き立てた。
​「そして、そこのエルフ! ルナ・シンフォニア!」
「は、はいぃぃッ!」
「貴様の罪はさらに重い! 先日、大聖堂の儀式にて神器を暴走させ、あろうことか……この世界の守護神『世界樹』を傷つけたな!」
​ 教皇が広場の奥を指差した。
 そこには、聖都のシンボルである巨大な樹木がそびえ立っている。
 ――だが、その姿は無惨だった。
​ 葉は茶色く枯れ落ち、枝は白く乾燥し、幹には亀裂が走っている。
 かつての黄金の輝きはなく、今にも枯死しそうな老木に見えた。
​「見よ! 貴様の不浄な魔力が当たったせいで、世界樹様は御病気になられた! 葉は落ち、神力は失われつつある! これこそが世界の危機だ!」
「そ、そんなぁ……くしゃみしただけなのにぃ……」
「言い訳無用! 貴様らの処刑をもって、世界樹への手向けとする! 聖騎士よ、やれ!」
​ 教皇の命令が下る。
 ヴァルキュリアが「お待ちください!」と叫ぼうとしたが、それよりも早く、優也が動いた。
 彼は処刑台への階段を登り、枯れかけた世界樹の根元へと歩み寄ったのだ。
​「……ふむ」
​ 優也は世界樹の幹に手を触れた。
 ガサガサとした感触。水分がない。
 次に、根元の土を手に取り、指ですり潰す。
 サラサラと崩れる白い砂のような土。
​ さらに、優也は『鑑定眼(シェフの目利き)』を発動させ、樹木のコンディションを詳細に分析した。
​(葉の色素欠乏、枝の萎縮、根の張り具合……。なるほど)
​ 優也はパンパンと手の土を払い、振り返った。
​「……教皇猊下(げいか)。一つ訂正があります」
「何だと? 命乞いか?」
「いいえ。世界樹の不調の原因についてです」
​ 優也は眼鏡の位置を直し、冷静に告げた。
​「これはルナの魔法のせいでも、呪いでもありません。……ただの『栄養失調』です」
​ 一瞬、広場が静まり返った。
 教皇がポカンと口を開ける。
​「……は? えい、よう……?」
「栄養失調。つまり、腹が減って死にかけているんですよ、この木は」
「な、何を馬鹿なことを! 世界樹様は神木だぞ! 食事などなさるものか!」
​ 教皇が顔を真っ赤にして怒鳴る。
 だが、優也は畳み掛けた。
​「神木だろうが植物です。生きるためには水と養分が必要です。……この土を見てください。真っ白で綺麗ですが、有機物が全くない。貴方たち、普段どんな水を与えていますか?」
「もちろん、不純物を一切取り除いた『聖水(蒸留水)』だ! 最も清らかな水を!」
「それが原因だ」
​ 優也は呆れたように溜息をついた。
​「蒸留水にはミネラルが含まれていない。土にも肥料を与えず、ただ綺麗な水だけをやり続ける……。人間で言えば、水だけ飲ませて絶食させているのと同じだ。枯れて当然でしょう」
​ ざわめきが広がる。
 聖なる管理方法が、実は虐待だった?
 市民や騎士たちが顔を見合わせる。
​「き、貴様ぁ! 神聖な儀式を『虐待』と愚弄するか! ならば証明してみせろ!」
「ええ、証明しましょう」
​ 優也はニヤリと笑い、ネギオに合図を送った。
​「ネギオ、キッチンカーを回せ。……世界樹様のために、とびきりの『肥料(メシ)』を作って差し上げる」
​ 三つ星シェフが挑むのは、神の木の治療。
 使うのは薬ではない。
 大地と海の恵みを凝縮した、究極のスープだ。
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