三つ星シェフ、ネット通販と簿記1級で異世界を経営する~現代食材と物流で経済無双してたら、女神と魔王が常連客になりました~

月神世一

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EP 29

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世界樹へのフルコース
​ 聖都の中央広場に、場違いなエンジン音が轟いた。
 ネギオが運転する大型キッチンカー『アオタ号』が、世界樹の根元に横付けされたのだ。
​「き、貴様! 神聖な御神木のそばに、なんと薄汚い鉄の箱を!」
​ 教皇イグナティウスが錫杖を振るわせて激昂する。
 だが、青田優也は無視してサイドパネルを跳ね上げ、厨房に入った。
​「ルナ、手伝え。キャルル、薪をくべろ。……時間はかけない。一気に仕上げるぞ」
「は、はいぃ!」
​ 優也が取り出したのは、大量の食材――いや、教皇たちの目には「生ゴミ」にしか見えないものだった。
 魚の頭、海老の殻、蟹の甲羅、そして泥のついた根菜類。
​「な、なんだそれは!? 魚の死骸ではないか! まさか、そのような不浄物を世界樹様に捧げるつもりか!?」
「『不浄』? ……笑わせないでください」
​ 優也は巨大な寸胴鍋にオリーブオイルを熱し、ニンニクと玉ねぎを投入した。
 ジューッ!! という音と共に、強烈な香りが広がる。
​「これは『生命の源』ですよ。……いいですか、教皇猊下。植物が必要とする三大栄養素をご存知か? 窒素、リン酸、カリウムです」
​ 優也は次々と魚のアラや甲殻類を鍋に放り込み、木べらで力強く潰しながら炒めていく。
​「魚の骨や頭には豊富なリンとカルシウムが、甲殻類の殻にはミネラルが含まれている。野菜の皮や根には大地のビタミンがある。……これらを長時間煮込み、濾過して抽出したスープこそが、今の世界樹に必要な『点滴』なんです」
​ 鍋からは、荒々しくも濃厚な潮の香りが立ち昇り始めた。
 それは、清浄な香のみが焚かれる聖都においては、あまりにも暴力的で、しかし圧倒的な「生命力」を感じさせる匂いだった。
​「ぐぬぬ……! 屁理屈を! そのような野蛮な匂い、神がお気に召すはずがない!」
「神かどうかは、食べてから決めてもらいましょう」
​ 優也は白ワインを注いでフランベし、水を加えて強火で煮立たせた。
 アクを丁寧に取り除き、野菜とトマトペーストを加える。
 さらに、隠し味として『魔界の深海魚の干物(アミノ酸の塊)』を投入。
​ 30分後。
 優也は鍋の中身を専用の器具(シノワ)で限界まで押し潰しながら濾した。
 抽出されたのは、全ての具材のエキスが溶け込んだ、とろりと輝く琥珀色の液体。
​ 南仏の漁師料理にして、命のスープ。
 『大地と海の恵みのブイヨン ~世界樹へ捧ぐスープ・ド・ポワソン~』。
​「完成だ。……温度調整、よし。人肌より少し温かいくらいが吸収が良い」
​ 優也はバケツ一杯分のスープを持ち、キッチンカーを降りた。
 そして、躊躇なく世界樹の根元――乾ききってひび割れた土に、ザバァッと回しかけた。
​「あっ!?」
「やめろぉぉぉッ!!」
​ 教皇と聖騎士たちの悲鳴が上がる。
 神聖な白い土が、茶色い液体で汚された。これは冒涜だ。処刑だ。
 騎士たちが優也を取り押さえようと殺到した、その時だった。
​ ズズズッ……。
 土が音を立ててスープを吸い込んだ。
 一瞬だった。乾いたスポンジが水を吸うように、琥珀色の液体が地中深くへと消えていく。
​ そして――。
​ ドクン。
​ 地響きではない。もっと根源的な、心臓の鼓動のような音が響いた。
​「な、なんだ!?」
​ ドクン、ドクン、ドクン!
​ 音は大きくなり、世界樹の幹が脈打ち始めた。
 茶色く変色していた樹皮に、見る見るうちに瑞々しい潤いが戻り、黄金色の光脈が走る。
​「見ろ! 枝が!」
​ 誰かが叫んだ。
 枯れ落ちていた枝の先から、新芽が爆発的な勢いで芽吹いたのだ。
 ポッ、ポッ、ポッ、と音を立てて緑の葉が広がり、瞬く間に天を覆うような緑の冠(キャノピー)が再生していく。
​ さらに、枝の先端に無数の蕾が膨らみ――
​ パァァァァァァッ……!!
​ 一斉に開花した。
 黄金色に輝く、見たこともないほど巨大で美しい花々。
 そこからキラキラとした光の粒子(花粉)が降り注ぎ、聖都全体を幻想的な光で包み込んだ。
​「おぉ……! おぉぉぉ……!!」
「奇跡だ……! 世界樹様が蘇った……!」
​ 教皇は錫杖を取り落とし、その場に膝をついた。
 自分の祈りでは一枚の葉すら戻らなかったのに、この男のスープ一杯で、完全復活どころか、かつてないほどの生命力を放っている。
​「これが……『栄養』の力……!」
「言ったでしょう。腹が減っていただけだと」
​ 優也はバケツを置き、腕組みをして見上げた。
 満開の花の下、世界樹の幹が光り輝き、空中に巨大な光の文字(神託)を浮かび上がらせた。
​ 市民たちが固唾を飲んで見守る。
 神の言葉だ。
 我々への戒めか、感謝か、それとも――。
​ 空中に浮かんだ文字は、たった一言だった。
​ 『おかわり(Seconds Please)』
​「「「…………」」」
​ 聖都が静寂に包まれた。
 教皇が白目を剥いて卒倒しかける。
​「……ははっ、食いしん坊な神様ですね」
​ 優也は苦笑し、再びキッチンカーへ戻った。
​「ネギオ、追加オーダーだ! 在庫の魚介を全部突っ込め! ……どうやら、これまでの数百年分の空腹を満たすには、一杯じゃ足りないらしいぞ!」
​ こうして、神聖な広場は「世界樹のための炊き出し会場」へと変貌した。
 もはや優也を止める者は誰もいない。
 彼はこの日、名実ともに聖都の救世主となったのである。
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