三つ星シェフ、ネット通販と簿記1級で異世界を経営する~現代食材と物流で経済無双してたら、女神と魔王が常連客になりました~

月神世一

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EP 31

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凱旋と、ミカン箱の歌姫
​ 聖都サンクチュアリでの「世界樹再生」という偉業(実態はスープによる施肥)を成し遂げた青田優也は、一時的に拠点の商業都市ルミナスへと帰還していた。
​ 次なる目的地は「魔界」。
 ラーメンバブルで崩壊寸前の経済を立て直すという、さらに厄介な案件が待っている。
 その前に、ここルミナスで十分な休息と、物資の補給を行う必要があった。
​「ふむ。……市場も活気付いてきたな」
​ 優也は一人、ルミナスの市場を視察していた。
 かつてゴルド商会の独占で澱んでいた物流は、アオタ商会の参入によって劇的に改善されていた。
 新鮮な野菜、肉、そして多様な調味料。市民の顔にも笑顔が多い。
​ だが、市場の片隅――人通りがまばらな路地裏に差し掛かった時だった。
​ デデデン! デデデン! チャリーン!
​ 奇妙なリズムと、小銭が落ちるような効果音(どうやら口で言っているようだ)が聞こえてきた。
​「……なんだ?」
​ 優也が足を止めると、さらに奇妙な歌詞が、透き通るような美声に乗せて流れてきた。
​『ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!
 五円御縁! 五円御縁! ハイ!(ハイ!)
 五円御縁! 五円御縁! ハイ!(フッフー!)』
​ 優也の眉がピクリと跳ねる。
 そのメロディは軽快だが、歌詞が……あまりにも即物的すぎる。
​ 声の主を探すと、そこには信じがたい光景があった。
​ 魚屋の軒先。
 捨てられたボロボロの「木箱(ミカン箱)」の上に、一人の少女が立っていた。
 年齢は16歳ほどだろうか。
 透き通るようなアクアマリンの髪に、宝石のような青い瞳。
 本来なら深窓の令嬢か、王族のような気品を感じさせる美貌だ。
​ だが、彼女が着ているのは、色褪せた緑色のジャージ(どこで手に入れた?)と、サンダル。
 そして胸元には、フェルトで手作りされた『アイドル』という名札。
​『皆の御縁も 五円から!(そーれ!)
 私に頂戴 御縁玉!(ちょーだい!)
 一円じゃ 軽すぎるし(ふわふわ)
 百円じゃ 生々しい(ギラギラ)』
​ 少女は満面の笑みで、振り付け(五円玉を作るハンドサイン)を踊りながら熱唱している。
​『五十円は 愛が重いわ~(おっも~い…)
 五円が丁度よい 距離感~(ジャストフィット!)』
​ 観客は、鼻水を垂らした近所の子供たちと、暇そうな老人たち数人のみ。
 彼らは手拍子をしながら、時折、少女の足元にある空き缶に、チャリンと銅貨を投げ入れている。
​「……なんだ、あの欲望丸出しの歌詞は」
​ 優也はこめかみを押さえた。
 この独特のセンス。語呂の悪さと、妙に耳に残る電波なフレーズ。
 そして何より、「スパチャ(投げ銭)」という異世界の概念。
​(……間違いない。ルチアナだ。あの自堕落女神が入れ知恵したに決まっている)
​ 優也が頭痛を感じている間にも、ライブはサビへと突入した。
​『黄色でピッカピッカ! ラッキーカラー!(イェッタイガー!)
 穴が開いてる 見通し良好☆
 だ、け、ど!
 チリも積もれば 山となる!(フッフー!)』
​ 少女の額には汗が光り、お腹からはグゥ~っという音がマイク(拡声魔法)越しに響いている。
 それでも彼女は笑顔を絶やさない。
​『君の五円で 推しを育てて
 目指せ! 銀河のスーパーアイドル!(ワッショイ!)
 GO! GO! 五円! 愛の値段はプライスレス
 (だけど五円は欲しい!)』
​ 曲が終わると同時に、観客の子供の一人が叫んだ。
​「おねーちゃん! お金ないからこれあげる!」
​ 子供が投げたのは、パン屋のゴミ箱から拾ってきたであろう、カチカチに乾燥した「パンの耳」だった。
 放物線を描いて飛ぶパンの耳。
​ その瞬間。
 少女の目が、獲物を狙う鷹のように鋭く光った。
​「っ!!」
​ バッ!
 彼女は目にも止まらぬ速さでジャンプし、空中でパンの耳をキャッチした。
 そして着地と同時に、それを口に運ぶ。
​ ガリッ、ボリボリボリ!
​ 硬いパンを噛み砕く音。
 少女は頬袋を膨らませ、涙目で飲み込んだ。
​「んんっ……! おいひぃ……! ありがとう! この小麦の風味が、私の細胞に染み渡るわ……!」
​ 観客の老人たちが、ホロリと涙を拭う。
 子供たちが「頑張れー!」と声援を送る。
​ だが、優也だけは違った。
 彼の胸の奥で、料理人(シェフ)としてのプライドと、ある種の義憤がふつふつと湧き上がっていたのだ。
​(あんな美しい声を持つ少女が……パンの耳を、あんなに有り難がって食べているだと?)
​ 栄養失調で痩せた手足。カサカサの肌。
 あれは「アイドル」ではない。ただの「飢餓状態」だ。
 三つ星シェフとして、腹を空かせた若者を――それも、才能ある原石が路地裏で腐りかけているのを、見過ごすことなどできるはずがない。
​「……おい」
​ 優也は人混みをかき分け、ミカン箱の前へと歩み出た。
​「ひゃっ!? は、はい! 新規のファンの方ですか!? 五円ですか!?」
​ 少女――リーザが、期待に満ちた(そして少し卑しい)目で優也を見上げる。
 優也は懐からハンカチを取り出し、彼女の口元についたパン屑を拭った。
​「歌は悪くない。だが……その歌詞と食生活は、0点(リテイク)だ」
​ その時、リーザの身体がグラリと揺れた。
 限界だったのだ。空腹と疲労で、彼女の意識が途切れる。
​「あ……れ……? お星様が……五円玉に見える……」
​ ドサッ。
 倒れ込む少女を、優也は間一髪で抱き留めた。
 腕の中に感じるあまりの軽さに、優也の目が険しく細められた。
​「……まずは『補給』だ。店に運ぶぞ」
​ これが、後に世界を巻き込むアイドル伝説の、あまりにもひもじい始まりだった。
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