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EP 35
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アイドル改造計画(セットリスト変更)
『ビストロ・アオタ』の開店前。
テーブルを片付けた店内は、即席のレッスンスタジオと化していた。
「――はいっ! 行きます! ミュージック、スタート!」
新調したレッスン着(キャルルのジャージのお下がり)を着たリーザが、元気よくポーズを決める。
『ガンガンガン! アタマガガン!
視界が回るよ 39度!
今だ! 必殺! タミフルパーンチ!』
リーザは汗を飛び散らせながら、キレのある動きで『インフル・バスター』を熱唱した。
歌唱力は抜群だ。高音の伸びも、リズム感も申し分ない。
だが、見守る青田優也の顔は、氷のように冷たかった。
「……止めろ」
優也が手を挙げると、伴奏の魔道具が停止した。
「えっ? ダメですか? 自分では『コウ・セイ・ザイ! ビーム!』のところが一番感情が入っていたと思うんですが……」
「感情を入れる場所が間違っている」
優也は腕組みをして、ため息をついた。
「技術(スキル)は完璧だ。だが、心(ソウル)がない。……君が伝えたいのは、ウィルスの撃退法か? それとも小銭への執着か?」
「うっ……。それは……ルチアナお姉さんが『これが地球のトレンドよ』って……」
「忘れろと言っただろう。その歌は客寄せパンダにはなるが、人の心は動かせない」
優也は冷徹に切り捨てた。
アイドルとは偶像。人々に夢を見せる存在だ。
パンの耳をかじりながら銭を乞う姿は、同情は買えても、感動は生まない。
「じゃあ、どうすれば……。私、シーランの歌しか知らなくて……地上の歌はこれしか……」
「なら、私が教えてあげますよぉ!」
そこで、自信満々に手を挙げたのはルナだった。
彼女は「エルフ族の伝統歌謡」と書かれた羊皮紙を取り出した。
「エルフの歌は、自然との調和を歌った崇高なものなんです。これなら優也さんも文句ないですよね? 聞いてください、『腐葉土の賛歌』!」
ルナが目を閉じ、朗々と歌い始めた。
『あぁ……土よ……黒き母よ……
ミミズが這い……バクテリアが分解し……
窒素循環……リン酸カリウム……
光合成……二酸化炭素を吸って……』
……地味だ。
メロディは単調なお経のようで、歌詞は生物学の教科書より退屈だった。
聞いていたキャルルが、立ったまま船を漕ぎ始める。
「……ふあぁ。なんか、野菜になった気分……」
「却下だ」
優也が即座に止めた。
「眠くなる。それに、人魚のリーザに『土』の歌を歌わせてどうする」
「えぇーっ!? 良い曲なのにぃ!」
優也はルナを無視して、リーザに向き直った。
「リーザ。君の原点はなんだ?」
「原点……?」
「君が生まれ育ち、最も愛している風景だ。それを歌に乗せろ」
リーザは視線を落とし、少し考え込んだ。
脳裏に浮かぶのは、故郷シーランの美しい海。
珊瑚の森、七色に輝く魚の群れ、そして母である女王リヴァイアサンと泳いだ日々。
「……海、です。青くて、広くて、キラキラした……私の故郷」
リーザの瞳が揺れた。
だが、その光はすぐに陰った。
「でも……私、もう長く帰りすぎて……。パンの耳生活が長すぎて……海の匂いも、味も、思い出せなくなっちゃって……」
彼女の感覚は、貧乏生活によって摩耗していた。
今の彼女の体を作っているのは、小麦粉のカスと水道水だ。
その状態で「海の豊かさ」を歌おうとしても、どうしても嘘くさくなってしまう。
「……なるほど。燃料(インプット)不足か」
優也は納得したように頷いた。
料理も歌も同じだ。知らない味は作れない。知らない感情は歌えない。
ならば、解決策は一つ。
「リーザ。今日のレッスンは中止だ」
「えっ? 見捨てられちゃうんですか!?」
「違う。……『味覚』のチューニングを行う」
優也はコックコートのボタンを留め、厨房へと歩き出した。
「思い出させてやるよ。君の故郷の海が、どれほど豊かで、力強い味だったかをな」
優也が冷蔵庫から取り出したのは、アオタ商会の独自ルートで手に入れた、新鮮な白身魚――『舌平目(ソール)』。
そして、たっぷりのバターとレモン。
「歌う前に、まずは食え。……全身の細胞を『海モード』に書き換えるんだ」
三つ星シェフのプロデュース術。
それは、言葉ではなく「料理」で演者のポテンシャルを引き出す、彼にしかできない荒技だった。
『ビストロ・アオタ』の開店前。
テーブルを片付けた店内は、即席のレッスンスタジオと化していた。
「――はいっ! 行きます! ミュージック、スタート!」
新調したレッスン着(キャルルのジャージのお下がり)を着たリーザが、元気よくポーズを決める。
『ガンガンガン! アタマガガン!
視界が回るよ 39度!
今だ! 必殺! タミフルパーンチ!』
リーザは汗を飛び散らせながら、キレのある動きで『インフル・バスター』を熱唱した。
歌唱力は抜群だ。高音の伸びも、リズム感も申し分ない。
だが、見守る青田優也の顔は、氷のように冷たかった。
「……止めろ」
優也が手を挙げると、伴奏の魔道具が停止した。
「えっ? ダメですか? 自分では『コウ・セイ・ザイ! ビーム!』のところが一番感情が入っていたと思うんですが……」
「感情を入れる場所が間違っている」
優也は腕組みをして、ため息をついた。
「技術(スキル)は完璧だ。だが、心(ソウル)がない。……君が伝えたいのは、ウィルスの撃退法か? それとも小銭への執着か?」
「うっ……。それは……ルチアナお姉さんが『これが地球のトレンドよ』って……」
「忘れろと言っただろう。その歌は客寄せパンダにはなるが、人の心は動かせない」
優也は冷徹に切り捨てた。
アイドルとは偶像。人々に夢を見せる存在だ。
パンの耳をかじりながら銭を乞う姿は、同情は買えても、感動は生まない。
「じゃあ、どうすれば……。私、シーランの歌しか知らなくて……地上の歌はこれしか……」
「なら、私が教えてあげますよぉ!」
そこで、自信満々に手を挙げたのはルナだった。
彼女は「エルフ族の伝統歌謡」と書かれた羊皮紙を取り出した。
「エルフの歌は、自然との調和を歌った崇高なものなんです。これなら優也さんも文句ないですよね? 聞いてください、『腐葉土の賛歌』!」
ルナが目を閉じ、朗々と歌い始めた。
『あぁ……土よ……黒き母よ……
ミミズが這い……バクテリアが分解し……
窒素循環……リン酸カリウム……
光合成……二酸化炭素を吸って……』
……地味だ。
メロディは単調なお経のようで、歌詞は生物学の教科書より退屈だった。
聞いていたキャルルが、立ったまま船を漕ぎ始める。
「……ふあぁ。なんか、野菜になった気分……」
「却下だ」
優也が即座に止めた。
「眠くなる。それに、人魚のリーザに『土』の歌を歌わせてどうする」
「えぇーっ!? 良い曲なのにぃ!」
優也はルナを無視して、リーザに向き直った。
「リーザ。君の原点はなんだ?」
「原点……?」
「君が生まれ育ち、最も愛している風景だ。それを歌に乗せろ」
リーザは視線を落とし、少し考え込んだ。
脳裏に浮かぶのは、故郷シーランの美しい海。
珊瑚の森、七色に輝く魚の群れ、そして母である女王リヴァイアサンと泳いだ日々。
「……海、です。青くて、広くて、キラキラした……私の故郷」
リーザの瞳が揺れた。
だが、その光はすぐに陰った。
「でも……私、もう長く帰りすぎて……。パンの耳生活が長すぎて……海の匂いも、味も、思い出せなくなっちゃって……」
彼女の感覚は、貧乏生活によって摩耗していた。
今の彼女の体を作っているのは、小麦粉のカスと水道水だ。
その状態で「海の豊かさ」を歌おうとしても、どうしても嘘くさくなってしまう。
「……なるほど。燃料(インプット)不足か」
優也は納得したように頷いた。
料理も歌も同じだ。知らない味は作れない。知らない感情は歌えない。
ならば、解決策は一つ。
「リーザ。今日のレッスンは中止だ」
「えっ? 見捨てられちゃうんですか!?」
「違う。……『味覚』のチューニングを行う」
優也はコックコートのボタンを留め、厨房へと歩き出した。
「思い出させてやるよ。君の故郷の海が、どれほど豊かで、力強い味だったかをな」
優也が冷蔵庫から取り出したのは、アオタ商会の独自ルートで手に入れた、新鮮な白身魚――『舌平目(ソール)』。
そして、たっぷりのバターとレモン。
「歌う前に、まずは食え。……全身の細胞を『海モード』に書き換えるんだ」
三つ星シェフのプロデュース術。
それは、言葉ではなく「料理」で演者のポテンシャルを引き出す、彼にしかできない荒技だった。
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