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EP 14
将軍の憤怒、女王の変節
サバルテ王宮の広間。
そこには、虎の咆哮にも似た怒声が響き渡っていた。
「マルスよ! レオナ様は何処におられる! 玉座が空ではないか!」
床石を揺らすような大音声で叫んだのは、虎耳族の将軍、ガエンだ。
全身を黒鉄の鎧で固めた巨躯の将軍は、苛立ちを隠そうともせず、貧乏ゆすりで床をガンガンと鳴らしている。
その剣幕に対し、執事のマルス(羊耳族)は、ふわふわの白髪と羊の角を揺らしながら、あくまで穏やかに答えた。
「はい。……先ほど、飛鳥殿と一緒に外に出て行かれました」
「な、何だと!? あの人間とか!」
ガエンのこめかみに青筋が浮かぶ。
「一体何を考えておられるのか……! そもそもだ、何故あのようなひ弱な人間風情が『客人』として招かれている? 牢屋で処刑されるならまだしも!」
「レオナ様の、深いお考えがあっての事かと」
「俺には、そうは思えぬ!!」
ガエンは背負った大斧『岩砕』の柄を握りしめた。
「女王は若く、慈悲深い。だが、その慈悲につけ込む輩も多い。あの人間、何かしらの幻術で女王をたぶらかしているに違いない。……俺がこの手で捻り潰してくれる!」
殺気立つガエンを、マルスが「やれやれ」といった顔で見つめる。
その時だった。
「――開門ッ! レオナ女王陛下、ご帰還ッ!!」
衛兵の声と共に、巨大な城門がゆっくりと開かれた。
ガエンは鼻を鳴らした。
「フン、やっとお戻りか。……マルス、行くぞ。あの人間に、サバルテの流儀(物理)を教えてやる」
ガエンは肩を怒らせ、出迎えのために大股で歩き出した。
だが、門をくぐってきた一行の姿を見た瞬間、その足が凍りついたように止まった。
「な……?」
そこには、信じられない光景があった。
先頭を歩くのは、涼しい顔をした水神飛鳥。
背負子を背負い、手には竹筒を持っている。まるでピクニック帰りのような軽装だ。
問題は、その後ろだ。
サバルテの絶対王者であるレオナが、泥で少し汚れたブーツも気にせず、飛鳥の数歩後ろを歩いている。
さらに、親衛隊副隊長であるミーナに至っては、飛鳥の予備の荷物を持って、最後尾をついてきている。
その構図は、どう見ても――
『主君(飛鳥)と、それに付き従う従者たち(レオナ・ミーナ)』
にしか見えなかった。
「な、なんだと……? レオナ様が、人間の後ろを……歩いている……?」
サバルテでは、強き者が前を歩く。それが絶対の掟だ。
ガエンの思考回路がショート寸前になる。
彼は我を忘れ、飛鳥たちの前へと駆け寄った。
「レオナ様!!」
ドスンッ! と重い音を立てて跪くガエン。その眼光は、レオナを通り越し、不敬にも飛鳥を睨みつけていた。
「どうかしたか? ガエン」
レオナは立ち止まり、不思議そうに将軍を見下ろした。その表情は、出かける前よりもずっと晴れやかで、憑き物が落ちたように穏やかだ。
それが余計に、ガエンを混乱させた。
「ど、どうかしたかではございません! な、何故……この人間と一緒に行動を共にしているのですか! しかも、あろうことか後ろを歩くなど!」
ガエンは震える指で飛鳥を指差した。
「王の威厳に関わります! このような、魔力も闘気も持たぬ男……ただちに排除し、牢へ戻すべきです!」
「……控えよ、ガエン」
レオナの声は静かだったが、そこには以前のような「力による威圧」とは違う、芯の通った重みがあった。
「飛鳥殿は、ただの人間ではない」
「ハッ、買いかぶりです! 腕相撲でもすれば一秒で折れるような細腕ではありませんか!」
「腕力ではない。……私が彼に従っているのは、勉学になるからだ」
「べ、勉学……?」
ガエンは口をポカンと開けた。
武力至上主義のレオナの口から、最も縁遠い単語が出たからだ。
「そうだ。飛鳥殿から学ぶ事は多い。……水一つ、草花一つに宿る『声』を聞く術。そして、己の心を御する術(すべ)」
レオナは手にした竹筒――飛鳥と共に選んだ湧き水が入っている――を、宝物のように抱え直した。
「今日の行幸で、私は知ったのだ。この国には、剣では守れない、だが守らねばならぬ美しいものが沢山あることをな」
そう言って微笑む女王の顔は、ガエンが幼い頃に見た、先代王の慈愛に満ちた表情と重なった。
「な、何ですと……」
言葉を失うガエン。
そんな彼に、飛鳥が一歩近づいた。
「お初にお目にかかります。貴方様が、噂に聞くガエン将軍ですね」
飛鳥はガエンの殺気を正面から受け止め、涼風のように微笑んだ。
「お仕事、ご苦労様です。……随分と、肩に力が入っておられるようだ。後ほど一服、いかがですか? 貴方のために、とっておきの『甘味』をご用意しておりますよ」
「なっ……!?」
(な、何だこの男は……! 俺の『岩砕』を見ても眉一つ動かさぬだと!? それに……なぜ俺が甘いもの好きだと知っている!?)
ガエンは狼狽した。
武力で威圧しても暖簾(のれん)に腕押し。それどころか、懐に飛び込まれ、甘い誘惑まで囁かれた。
「くっ……! 騙されん、騙されんぞ!!」
ガエンは顔を真っ赤にして叫んだが、その声には先程までの殺気はなく、どこか調子を狂わされた困惑が混じっていた。
その後ろで、執事のマルスが「ほっほっほ」と楽しそうに笑い、ミーナが「諦めろガエン、その男は強いぞ(精神的に)」と呆れたように肩をすくめるのであった。
サバルテ王宮の広間。
そこには、虎の咆哮にも似た怒声が響き渡っていた。
「マルスよ! レオナ様は何処におられる! 玉座が空ではないか!」
床石を揺らすような大音声で叫んだのは、虎耳族の将軍、ガエンだ。
全身を黒鉄の鎧で固めた巨躯の将軍は、苛立ちを隠そうともせず、貧乏ゆすりで床をガンガンと鳴らしている。
その剣幕に対し、執事のマルス(羊耳族)は、ふわふわの白髪と羊の角を揺らしながら、あくまで穏やかに答えた。
「はい。……先ほど、飛鳥殿と一緒に外に出て行かれました」
「な、何だと!? あの人間とか!」
ガエンのこめかみに青筋が浮かぶ。
「一体何を考えておられるのか……! そもそもだ、何故あのようなひ弱な人間風情が『客人』として招かれている? 牢屋で処刑されるならまだしも!」
「レオナ様の、深いお考えがあっての事かと」
「俺には、そうは思えぬ!!」
ガエンは背負った大斧『岩砕』の柄を握りしめた。
「女王は若く、慈悲深い。だが、その慈悲につけ込む輩も多い。あの人間、何かしらの幻術で女王をたぶらかしているに違いない。……俺がこの手で捻り潰してくれる!」
殺気立つガエンを、マルスが「やれやれ」といった顔で見つめる。
その時だった。
「――開門ッ! レオナ女王陛下、ご帰還ッ!!」
衛兵の声と共に、巨大な城門がゆっくりと開かれた。
ガエンは鼻を鳴らした。
「フン、やっとお戻りか。……マルス、行くぞ。あの人間に、サバルテの流儀(物理)を教えてやる」
ガエンは肩を怒らせ、出迎えのために大股で歩き出した。
だが、門をくぐってきた一行の姿を見た瞬間、その足が凍りついたように止まった。
「な……?」
そこには、信じられない光景があった。
先頭を歩くのは、涼しい顔をした水神飛鳥。
背負子を背負い、手には竹筒を持っている。まるでピクニック帰りのような軽装だ。
問題は、その後ろだ。
サバルテの絶対王者であるレオナが、泥で少し汚れたブーツも気にせず、飛鳥の数歩後ろを歩いている。
さらに、親衛隊副隊長であるミーナに至っては、飛鳥の予備の荷物を持って、最後尾をついてきている。
その構図は、どう見ても――
『主君(飛鳥)と、それに付き従う従者たち(レオナ・ミーナ)』
にしか見えなかった。
「な、なんだと……? レオナ様が、人間の後ろを……歩いている……?」
サバルテでは、強き者が前を歩く。それが絶対の掟だ。
ガエンの思考回路がショート寸前になる。
彼は我を忘れ、飛鳥たちの前へと駆け寄った。
「レオナ様!!」
ドスンッ! と重い音を立てて跪くガエン。その眼光は、レオナを通り越し、不敬にも飛鳥を睨みつけていた。
「どうかしたか? ガエン」
レオナは立ち止まり、不思議そうに将軍を見下ろした。その表情は、出かける前よりもずっと晴れやかで、憑き物が落ちたように穏やかだ。
それが余計に、ガエンを混乱させた。
「ど、どうかしたかではございません! な、何故……この人間と一緒に行動を共にしているのですか! しかも、あろうことか後ろを歩くなど!」
ガエンは震える指で飛鳥を指差した。
「王の威厳に関わります! このような、魔力も闘気も持たぬ男……ただちに排除し、牢へ戻すべきです!」
「……控えよ、ガエン」
レオナの声は静かだったが、そこには以前のような「力による威圧」とは違う、芯の通った重みがあった。
「飛鳥殿は、ただの人間ではない」
「ハッ、買いかぶりです! 腕相撲でもすれば一秒で折れるような細腕ではありませんか!」
「腕力ではない。……私が彼に従っているのは、勉学になるからだ」
「べ、勉学……?」
ガエンは口をポカンと開けた。
武力至上主義のレオナの口から、最も縁遠い単語が出たからだ。
「そうだ。飛鳥殿から学ぶ事は多い。……水一つ、草花一つに宿る『声』を聞く術。そして、己の心を御する術(すべ)」
レオナは手にした竹筒――飛鳥と共に選んだ湧き水が入っている――を、宝物のように抱え直した。
「今日の行幸で、私は知ったのだ。この国には、剣では守れない、だが守らねばならぬ美しいものが沢山あることをな」
そう言って微笑む女王の顔は、ガエンが幼い頃に見た、先代王の慈愛に満ちた表情と重なった。
「な、何ですと……」
言葉を失うガエン。
そんな彼に、飛鳥が一歩近づいた。
「お初にお目にかかります。貴方様が、噂に聞くガエン将軍ですね」
飛鳥はガエンの殺気を正面から受け止め、涼風のように微笑んだ。
「お仕事、ご苦労様です。……随分と、肩に力が入っておられるようだ。後ほど一服、いかがですか? 貴方のために、とっておきの『甘味』をご用意しておりますよ」
「なっ……!?」
(な、何だこの男は……! 俺の『岩砕』を見ても眉一つ動かさぬだと!? それに……なぜ俺が甘いもの好きだと知っている!?)
ガエンは狼狽した。
武力で威圧しても暖簾(のれん)に腕押し。それどころか、懐に飛び込まれ、甘い誘惑まで囁かれた。
「くっ……! 騙されん、騙されんぞ!!」
ガエンは顔を真っ赤にして叫んだが、その声には先程までの殺気はなく、どこか調子を狂わされた困惑が混じっていた。
その後ろで、執事のマルスが「ほっほっほ」と楽しそうに笑い、ミーナが「諦めろガエン、その男は強いぞ(精神的に)」と呆れたように肩をすくめるのであった。
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