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第二章 正義は輝き、悪は潰れ、法は犯す
EP 8
奉行(さとう)の「最終判決」
南町奉行所、お白洲。
砂利の上に座る三人の運命を決める、最後の吟味(ぎんみ)が始まった。
奉行席の佐藤健義は、扇子を膝に置き、眼下の罪人たちを見下ろした。
その表情は、鉄仮面のように冷徹だ。だが、その内側では、現代の法曹としての論理と、江戸の奉行としての情が、激しく火花を散らしていた。
「――これより、判決を言い渡す」
佐藤の声が、水を打ったような静寂に響く。
まず、佐藤の視線は、包帯姿の蘭方医・玄道に向けられた。
「蘭方医、玄道」
「ま、待ってくださいお奉行様! 私には、後ろ盾が……勘定奉行所のあの方(大久保)が!」
玄道は往生際悪く叫んだ。
佐藤は、憐れむような目で彼を見た。
「……残念だが、その『後ろ盾』はもういない」
「え……?」
「田沼様より、書状が届いている。『そのような医者は知らぬ。法に照らし、厳正に処罰せよ』とな」
リベラの根回しにより、政治的な守りは完全に剥がされていた。
「そ、そんな……! 話が違う!」
「黙れ。
其の方、禁制の毒『阿片』を密造し、民に売り捌き、暴利を貪った。
さらに、証拠隠滅のために神聖なる寺に火を放った。
……その罪、天地も許さざる大罪である!」
佐藤は扇子を突きつけた。
「よって、玄道。
市中引き回しの上、**獄門(ごくもん)**に処す!」
「ひ、ひいいぃぃぃッ!!」
絶叫と共に、玄道は同心たちに引きずり出されていった。
情状酌量の余地なし。極刑だ。
次に、佐藤は遊女・朱音(あかね)に向き直った。
彼女は震えながら、覚悟を決めたように目を閉じていた。
「……どのような罰も、受け入れます」
江戸の法では、阿片の使用は重罪。本来なら、島流しか、あるいは死罪もあり得る。
デューラも、リベラも、固唾を飲んで佐藤を見つめる。
「遊女、朱音。
其の方、阿片を使用した事実は消えぬ。法を犯した罪は、償わねばならぬ」
「……はい」
「よって、其の方を……『小石川養生所(こいしかわようじょうしょ)』への収容を命じる!」
「……え?」
朱音が目を開けた。牢獄でも、島流しでもない。
「其の方の体と心は、毒によって病(や)んでいる。
牢に入れても、その病は治らぬ。
養生所にて、毒が抜けるまで、徹底的な『治療』を受けるのだ。……それが、其の方への『罰』である」
佐藤は、現代の「医療刑務所」や「更生プログラム」の概念を、江戸の福祉施設である養生所に当てはめたのだ。
それは、事実上の「無罪放免」であり、彼女の再生を願う温情だった。
「お、お奉行様……!」
朱音の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
そして、最後。
佐藤の視線が、最も重く、同心・平上雪之丞に注がれた。
お白洲の空気が張り詰める。
身内の不祥事。しかも、独断専行と過剰防衛。
いかに「犯人逮捕の功績」があろうとも、法と秩序を司る奉行所が、これを不問にすれば示しがつかない。
「……同心、平上雪之丞」
「へい」
雪之丞は、真っ直ぐに佐藤を見た。
その目に、媚びや甘えはない。
「其の方、奉行所の許可なく独断で捜査を行い、玄道のアジトへ侵入した。
さらに、捕縛の際、必要以上の暴力を振るい、相手に重傷を負わせた。
……これは、法を預かる者として、あるまじき行為である」
佐藤の声は、氷のように厳しかった。
リベラが扇子を握りしめる。デューラが息を呑む。
「法は、厳正でなければならぬ。
感情で法を曲げれば、秩序は崩壊する。
……よって、其の方の罪、見過ごすことはできん!」
雪之丞は、静かに頭を下げた。
「……覚悟の上でさぁ」
切腹か、打首か。
誰もが最悪の事態を覚悟した、その時。
佐藤は、ふっと息を吐き、扇子を閉じた。
「……だが」
その一言に、雪之丞が顔を上げる。
「其の方が命を賭さなければ、阿片の供給源は断てず、多くの民が廃人となっていたであろう。
そして何より……一人の『被害者(朱音)』の命が、救われたこともまた事実」
佐藤は、将軍家治から言われた「理」と、リベラが言った「実学」を噛みしめた。
法とは、人を裁くためのものではない。人が人として生きるための「道」だ。
「平上雪之丞。
其の方を、『無期限の減給』……!」
「……!」
「並びに!
向こう一年間、『奉行所内の便所掃除』の任を命じる!
……毎日だ! 一日でもサボれば、即刻クビとする!
以上!!」
お白洲に、しばしの沈黙が流れた。
そして。
「……は?」
雪之丞が、間の抜けた声を上げた。
減給。便所掃除。
それは、武士としての面目を保ちつつ、命も身分も奪わない、ギリギリの「叱責」だった。
「な、何だその顔は!」
佐藤が、顔を真っ赤にして(照れ隠しで)怒鳴る。
「不服か! 不服なら切腹申し付けるぞ!」
「い、いえっ! 滅相もございません!」
雪之丞は、慌てて平伏した。
そして、額を砂利に押し付けながら、震える声で叫んだ。
「……ありがたき幸せに存じますッ!!」
その背中は、泣いていた。
命が助かったからではない。
佐藤健義という男が、自分の「愛」と「暴走」を、法という枠組みの中で、精一杯守ってくれたことへの感謝で。
デューラが、フンと鼻を鳴らして横を向いた(その目元は少し緩んでいた)。
リベラが、扇子の陰で安堵の息をつき、ウィンクを送った。
佐藤は、バチン! と扇子を叩いた。
「これにて、一件落着!
……さあ、全員下がれ! 雪之丞、貴様は今日から便所磨きだ! ピカピカにしろよ!」
「へいっ!!」
雪之丞の元気な返事が、江戸の空に響いた。
法は犯された。だが、正義は輝き、悪は滅びた。
そして何より、彼らの「人間らしさ」が、冷徹な法廷に温かな風を吹かせた瞬間だった。
南町奉行所、お白洲。
砂利の上に座る三人の運命を決める、最後の吟味(ぎんみ)が始まった。
奉行席の佐藤健義は、扇子を膝に置き、眼下の罪人たちを見下ろした。
その表情は、鉄仮面のように冷徹だ。だが、その内側では、現代の法曹としての論理と、江戸の奉行としての情が、激しく火花を散らしていた。
「――これより、判決を言い渡す」
佐藤の声が、水を打ったような静寂に響く。
まず、佐藤の視線は、包帯姿の蘭方医・玄道に向けられた。
「蘭方医、玄道」
「ま、待ってくださいお奉行様! 私には、後ろ盾が……勘定奉行所のあの方(大久保)が!」
玄道は往生際悪く叫んだ。
佐藤は、憐れむような目で彼を見た。
「……残念だが、その『後ろ盾』はもういない」
「え……?」
「田沼様より、書状が届いている。『そのような医者は知らぬ。法に照らし、厳正に処罰せよ』とな」
リベラの根回しにより、政治的な守りは完全に剥がされていた。
「そ、そんな……! 話が違う!」
「黙れ。
其の方、禁制の毒『阿片』を密造し、民に売り捌き、暴利を貪った。
さらに、証拠隠滅のために神聖なる寺に火を放った。
……その罪、天地も許さざる大罪である!」
佐藤は扇子を突きつけた。
「よって、玄道。
市中引き回しの上、**獄門(ごくもん)**に処す!」
「ひ、ひいいぃぃぃッ!!」
絶叫と共に、玄道は同心たちに引きずり出されていった。
情状酌量の余地なし。極刑だ。
次に、佐藤は遊女・朱音(あかね)に向き直った。
彼女は震えながら、覚悟を決めたように目を閉じていた。
「……どのような罰も、受け入れます」
江戸の法では、阿片の使用は重罪。本来なら、島流しか、あるいは死罪もあり得る。
デューラも、リベラも、固唾を飲んで佐藤を見つめる。
「遊女、朱音。
其の方、阿片を使用した事実は消えぬ。法を犯した罪は、償わねばならぬ」
「……はい」
「よって、其の方を……『小石川養生所(こいしかわようじょうしょ)』への収容を命じる!」
「……え?」
朱音が目を開けた。牢獄でも、島流しでもない。
「其の方の体と心は、毒によって病(や)んでいる。
牢に入れても、その病は治らぬ。
養生所にて、毒が抜けるまで、徹底的な『治療』を受けるのだ。……それが、其の方への『罰』である」
佐藤は、現代の「医療刑務所」や「更生プログラム」の概念を、江戸の福祉施設である養生所に当てはめたのだ。
それは、事実上の「無罪放免」であり、彼女の再生を願う温情だった。
「お、お奉行様……!」
朱音の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
そして、最後。
佐藤の視線が、最も重く、同心・平上雪之丞に注がれた。
お白洲の空気が張り詰める。
身内の不祥事。しかも、独断専行と過剰防衛。
いかに「犯人逮捕の功績」があろうとも、法と秩序を司る奉行所が、これを不問にすれば示しがつかない。
「……同心、平上雪之丞」
「へい」
雪之丞は、真っ直ぐに佐藤を見た。
その目に、媚びや甘えはない。
「其の方、奉行所の許可なく独断で捜査を行い、玄道のアジトへ侵入した。
さらに、捕縛の際、必要以上の暴力を振るい、相手に重傷を負わせた。
……これは、法を預かる者として、あるまじき行為である」
佐藤の声は、氷のように厳しかった。
リベラが扇子を握りしめる。デューラが息を呑む。
「法は、厳正でなければならぬ。
感情で法を曲げれば、秩序は崩壊する。
……よって、其の方の罪、見過ごすことはできん!」
雪之丞は、静かに頭を下げた。
「……覚悟の上でさぁ」
切腹か、打首か。
誰もが最悪の事態を覚悟した、その時。
佐藤は、ふっと息を吐き、扇子を閉じた。
「……だが」
その一言に、雪之丞が顔を上げる。
「其の方が命を賭さなければ、阿片の供給源は断てず、多くの民が廃人となっていたであろう。
そして何より……一人の『被害者(朱音)』の命が、救われたこともまた事実」
佐藤は、将軍家治から言われた「理」と、リベラが言った「実学」を噛みしめた。
法とは、人を裁くためのものではない。人が人として生きるための「道」だ。
「平上雪之丞。
其の方を、『無期限の減給』……!」
「……!」
「並びに!
向こう一年間、『奉行所内の便所掃除』の任を命じる!
……毎日だ! 一日でもサボれば、即刻クビとする!
以上!!」
お白洲に、しばしの沈黙が流れた。
そして。
「……は?」
雪之丞が、間の抜けた声を上げた。
減給。便所掃除。
それは、武士としての面目を保ちつつ、命も身分も奪わない、ギリギリの「叱責」だった。
「な、何だその顔は!」
佐藤が、顔を真っ赤にして(照れ隠しで)怒鳴る。
「不服か! 不服なら切腹申し付けるぞ!」
「い、いえっ! 滅相もございません!」
雪之丞は、慌てて平伏した。
そして、額を砂利に押し付けながら、震える声で叫んだ。
「……ありがたき幸せに存じますッ!!」
その背中は、泣いていた。
命が助かったからではない。
佐藤健義という男が、自分の「愛」と「暴走」を、法という枠組みの中で、精一杯守ってくれたことへの感謝で。
デューラが、フンと鼻を鳴らして横を向いた(その目元は少し緩んでいた)。
リベラが、扇子の陰で安堵の息をつき、ウィンクを送った。
佐藤は、バチン! と扇子を叩いた。
「これにて、一件落着!
……さあ、全員下がれ! 雪之丞、貴様は今日から便所磨きだ! ピカピカにしろよ!」
「へいっ!!」
雪之丞の元気な返事が、江戸の空に響いた。
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