「月が綺麗ですね」その一言の為に世界を壊した。蜘蛛を助けた極悪人と、彼を数千年も探し続けた女神の、地獄から始まる転生純愛物語

月神世一

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第二章 世一と結

EP 7

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俺の女に手を出すな
​「グオォォォ……コロス……!」
​ 割れた窓から侵入した「黒い靄(もや)」が、鎌首をもたげる大蛇のように膨れ上がった。
 それはリビングの天井を覆い尽くし、禍々しい殺気を撒き散らす。
​「くっ……!」
​ 結(ゆい)が両手を掲げ、白い光の障壁を展開する。
 だが、その光は蝋燭の火のように頼りない。
​ バヂィッ!!
 靄の一部が鞭のようにしなり、障壁ごと結を打ち据えた。
​「きゃあぁっ!!」
​ 結の体が木の葉のように吹き飛ばされ、壁に激突する。
 ドサリと床に落ちる彼女。その白いワンピースが、鮮血で赤く染まっていく。
​「結!!」
​ 俺は駆け寄ろうとしたが、足がすくんで動かない。
 怖い。
 目の前の化け物が、俺の理解を超えた存在だからか?
 それとも、ただのサラリーマンである俺には、何もできないという無力感からか?
​「グフフ……ハカイシャ……死ネ……!」
​ 靄が勝利を確信したように蠢き、動けなくなった結へと殺到する。
 鋭い棘(とげ)のような闇が、彼女の心臓を貫こうと迫る。
​「……世一様……お逃げ、くださ……」
​ 結は自分の死が迫っているというのに、まだ俺のことを見ていた。
 血に濡れた顔で、それでも慈愛に満ちた瞳で。
​ ――プツン。
​ 俺の中で、何かが切れる音がした。
​ 恐怖? 無力感?
 そんなものは、一瞬で消し飛んだ。
 代わりに湧き上がってきたのは、もっと原始的で、もっと凶暴な、マグマのような感情。
​(……あ?)
​ 俺の日常を壊しに来た? 許してやるよ、そんなモンは。
 俺を殺しに来た? 上等だ、返り討ちにしてやる。
​ だがな。
​(俺のモンに、何、傷つけてんだテメェ)
​ 思考よりも早く、体が動いた。
​ ズンッ。
 俺は床を強く踏み込み、結と靄の間に割って入った。
​「世一様!?」
​ 結の悲鳴。
 靄の棘が、俺の眼前に迫る。
 物理法則を無視した呪いの刃。触れれば魂ごと腐り落ちる、神の怨念。
​ それを、俺は。
​ ガシィッ!!
​ ――素手で、掴み取った。
​「……は?」
「グ……?」
​ 結と、靄。双方から困惑の気配が漏れる。
 実体のないはずの靄が、俺の右手の中で、まるで実体があるかのように軋みを上げている。
​「おい」
​ 俺は顔を上げた。
 そこに、怯える社畜の顔はない。
 かつて地獄の釜の底で、神すら殴り倒した、絶対的な暴君の瞳。
​「俺の連れに何してんだ、テメぇ」
​ ギリギリギリ……ッ!
 握り込んだ手に力を込める。
 ただの握力ではない。魂の圧力(プレッシャー)そのもので、呪いを物理的に粉砕していく。
​「ギャ……ガアアアアッ!? ナ、ナゼ……触レ……貴様ハ、人デハ……!?」
​ 靄が苦痛にのたうち回る。
 俺はニヤリと笑った。
​「人だとか神だとか、知ったこっちゃねえんだよ」
​ 俺にとって重要なのは、俺が気に入るか、気に入らないか。
 そして、コイツは俺の結を傷つけた。
 つまり、万死に値する。
​「消えろ。目障りだ」
​ ドォォォォン!!
​ 俺は腕を振り抜いた。
 ただの裏拳。
 だが、そこから生じた衝撃波は、リビングの空気を歪ませ、黒い靄を一瞬にして消し飛ばした。
​ 断末魔すら上げさせない。
 圧倒的な、理不尽なまでの暴力による除霊。
​ 静寂が戻った。
 割れた窓から、夜風が吹き込んでくる。
​「……ふぅ」
​ 俺は大きく息を吐き、ポケットを探った。
 電子タバコを取り出し、震える手で――いや、もう手は震えていない――口に咥える。
​ フーッ……と、白い水蒸気を吐き出す。
 不思議と、それが紫煙に見えた気がした。
​「……あ」
​ 俺は我に返り、慌てて振り返った。
​「結! 大丈夫か!?」
​ 結は、壁際でへたり込んだまま、呆然と俺を見上げていた。
 その瞳は大きく見開かれ、涙が溢れ出している。
​「世一……様……?」
​「悪い、遅くなった。今、救急車を……」
​ 俺が駆け寄ろうとすると、結は首を横に振り、よろめきながら立ち上がった。
 そして、血まみれの体で俺に飛びついてきた。
​「世一様ぁぁぁっ!!」
​「うわっ!」
​ 俺の胸に顔を埋め、彼女は子供のように泣きじゃくった。
​「やっぱり……やっぱり貴方様です! 私の、最強のヒーロー……! ううっ、愛しています、愛しています……!」
​「い、いや、怪我してるんだから安静に……」
​ 俺は彼女を支えようとして、急激な眩暈(めまい)に襲われた。
​(あれ……急に、眠気が……)
​ 全身の力が抜けていく。
 無理やりこじ開けた「力」の反動か。視界が急速に暗くなっていく。
​「世一様!?」
​ 結の叫び声が遠くなる。
 薄れゆく意識の中で、俺は最後に見た。
 泣きながら俺を抱きしめる彼女の背後に、炎の中で揺らめく白い蜘蛛の幻影を。
​(ああ……そうか。俺は、お前を……)
​ 懐かしい記憶の扉が、ゆっくりと開かれていった。
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