「月が綺麗ですね」その一言の為に世界を壊した。蜘蛛を助けた極悪人と、彼を数千年も探し続けた女神の、地獄から始まる転生純愛物語

月神世一

文字の大きさ
20 / 24
第二章 世一と結

EP 6

しおりを挟む
世界を蝕む「黒い靄(もや)」
 阿久津社長の土下座事件から数日。
 俺の生活は、表向きは順風満帆だった。
 会社では、なぜか俺のデスクだけ最新の高機能チェアに変わっていたし、残業を命じようとした上司は、電話一本(相手は不明だが声がドスの利いた男)で青ざめて帰宅するようになった。
 家に帰れば、結の極上の手料理と、至れり尽くせりのお世話が待っている。
 まさに、天国。
 ……のはずだった。
 だが、俺はここ数日、奇妙な胸騒ぎを感じていた。
「……危ないッ!」
 通勤途中、俺の目の前で、工事現場の鉄パイプが落下した。
 ガシャンッ!!
 凄まじい音を立ててアスファルトに突き刺さる。俺が通り過ぎる、ほんの数秒前の場所だ。
「うわ、マジか……」
 心臓がバクバクする。
 あと一歩遅かったら、串刺しになっていた。
 これだけではない。
 信号待ちをしていれば、目の前の車がスリップして突っ込んできたり、オフィスの蛍光灯が突然爆発して破片が降り注いだり。
 俺自身は無傷だ。
 まるで「見えない壁」に守られているかのように、全ての危険は俺の皮膚一枚手前で弾かれるか、あるいは奇跡的なタイミングで回避できている。
 だが、頻度がおかしい。
 ただの不運にしては、あまりにも作為的な殺意を感じるのだ。
「……世一様?」
 呆然と鉄パイプを見つめる俺の袖を、結がクイクイと引いた。
「行きましょう。遅刻してしまいますわ」
 結はいつもと変わらぬ笑顔だ。
 だが、俺は気づいてしまった。
 彼女の白い指先が、ほんの少しだけ震えていることに。
          ◇
 その日の夜。
 世一が風呂に入っている間、結はリビングで一人、荒い息を吐いていた。
「はぁ……はぁ……ッ」
 彼女は胸元を押さえ、苦しげに顔を歪める。
 その視線の先、ベランダの向こうには、街の明かりを塗りつぶすような、どす黒い「靄(もや)」が漂っていた。
 ――黒い靄。
 それは、かつて世一が破壊した「大神」の怨念の残滓(ざんし)だ。
 神としての核を失い、輪廻の枠組みからも外れたそれは、ただひたすらに「破壊者・世一」への憎悪だけで動く、呪いの塊と化していた。
 本来なら、今の世一に気づくはずもない微弱なものだった。
 だが、結が世一の運命を好転させるために神力を使ったことで、皮肉にも世一の魂の輝きが増し、靄に見つかってしまったのだ。
「……させません」
 結はふらつく足で立ち上がり、窓ガラスに手を当てた。
 バチバチバチッ!
 黒い靄が触手のように伸び、結が張った結界を叩く。
「世一様には……指一本、触れさせません!」
 結の体から白い光が迸(ほとばし)る。
 彼女は今の世で、神の力の大半を失っている。今の彼女にあるのは、過去の貯金のような微々たる魔力と、世一への愛だけだ。
 ドォン!
 衝撃が走り、結界が靄を弾き返す。
 同時に、結の口端から一筋の鮮血が流れた。
「うっ……」
 代償は大きい。
 それでも彼女は、血を乱暴に拭うと、再び聖女の仮面を被った。
 愛する人が、風呂から上がってくる足音が聞こえたからだ。
          ◇
「ふぅ、いい湯だった……ん? 結?」
 リビングに戻った俺は、違和感に眉をひそめた。
 結が、ソファに座ってうつむいている。
 いつもなら「お背中流しますか?」と突撃してくるか、冷たいビールとおつまみを用意して待機しているはずなのに。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
 俺が近づくと、彼女はハッとして顔を上げた。
「い、いいえ! 少し考え事をしていただけですわ」
 笑顔。いつもの完璧な笑顔だ。
 だが、顔色が白すぎる。陶器のような肌が、今は土気色に見える。
「……嘘だろ」
 俺は彼女の腕を掴んだ。
「あっ……!」
 結が小さく悲鳴を上げる。
 めくり上がった袖の下。
 そこには、まるで何かに焼かれたような、赤黒い痣(あざ)が広がっていた。
「これ、どうしたんだよ!?」
「……たいしたこと、ありません。料理中に、少し油が跳ねて……」
「油跳ねでこんな風になるかよ! それに、その顔色……」
 俺は言葉を失った。
 昼間の鉄パイプ。車のスリップ。
 俺を守るたびに、彼女はどこかで傷ついていたんじゃないか?
 俺がのん気に「運がいい」なんて思っていた裏で、彼女はずっと……。
 その時。
 ゾクリ。
 背筋に、氷柱を突き刺されたような悪寒が走った。
「――世一様、下がって!」
 結が叫び、俺を突き飛ばした。
 パリンッ!!
 リビングの窓ガラスが粉々に砕け散る。
 夜の闇の中から、不定形の、ヘドロのような「黒い何か」が室内に雪崩れ込んできた。
「グオォォォ……破壊シャ……コロス……」
 低い呻き声のような音が、脳に直接響く。
「な、なんだこれ……!?」
 腰を抜かす俺の前に、結が立ちはだかった。
 ボロボロの体で、両手を広げて。
「ここは通しません。……私の命に代えても!」
 彼女の背中が、小刻みに震えているのが見えた。
 守られている。また、俺は守られているだけなのか。
 ――違う。
 腹の底が熱い。
 恐怖? いや、これは……怒りだ。
 俺の日常を。
 俺の飯を。
 そして何より、俺の女を傷つけたことへの、理屈を超えた激怒。
 ドクン、と心臓が跳ねた。
 記憶の蓋が、軋んだ音を立てて開き始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

処理中です...