19 / 24
第二章 世一と結
EP 5
しおりを挟む
取引先の強面社長、まさかの土下座
午後。
俺は、都内の一等地にそびえ立つ自社ビル、「阿久津興業」の前に立っていた。
「……帰りてぇ」
胃が痛い。
今朝の権田部長の失踪により、宙に浮いた「見積もりの桁間違い案件」の謝罪を、なぜか平社員の俺が押し付けられたのだ。
相手は、阿久津興業の社長、阿久津 剛(あくつ つよし)。
「業界の怒れる巨岩」の異名を持ち、気に入らない相手は社会的に(時には物理的に)埋められるという噂の、泣く子も黙るフィクサーだ。
「殺されるかもな……」
俺は覚悟を決め、結が作ってくれた「勝負守り(中身は不明だが妙に温かい)」を握りしめて、自動ドアをくぐった。
◇
「おう、テメェか。ウチを舐めた見積もり出してきたクソ度胸のある会社は」
通された社長室。
そこには、人間離れした巨漢が座っていた。
身長は二メートル近いだろうか。
丸太のような腕、岩のような首。高級スーツが悲鳴を上げている。
そして何より、その顔面力が凄まじい。サングラス越しでも分かる鋭い眼光は、猛獣そのものだ。
「も、申し訳ありませんでしたぁっ!!」
俺は入室するなり、直角に頭を下げた。
「弊社の不手際で、多大なるご迷惑をおかけし……!」
「謝って済むなら警察はいらねえんだよ!」
ドンッ!!
阿久津が机を叩くと、部屋中の窓ガラスがビリビリと震えた。
「俺が一番嫌いなのはな、筋を通さねえ奴なんだよ。テメェら、俺の顔に泥を塗って、ただで帰れると思ってんのか?」
殺気。
物理的な圧力を伴う殺気が、俺の肌をチリチリと焼く。
普通の人間なら失禁して逃げ出すレベルだ。
だが。
(……ん?)
不思議と、俺は冷静だった。
怖いことは怖いが、昨日の権田部長の時と同じだ。
腹の底で、何かが冷ややかに囁いている。
――うるせぇな、デカブツ。
――吠えてんじゃねぇよ、小物か?
「……あ?」
まただ。
無意識に、俺の口からドスの利いた声が漏れた。
俺はゆっくりと顔を上げ、サングラス越しの阿久津の目を、真っ直ぐに見据えた。
その瞬間。
「あぁん? なんだその目は……ッ!?」
阿久津の動きが凍りついた。
彼の脳内に、稲妻のような衝撃が走る。
その目。
全てを見下し、何者にも屈せず、神ですら殴り倒した、あの絶対的な「主(あるじ)」の眼光。
さらに、俺は無意識に懐から電子タバコ(最近変えた)を取り出し、口に咥えた。
「フーッ……」
紫煙ならぬ水蒸気を吐き出し、俺は阿久津を見て、ニヤリと笑った(ように見えたらしい)。
その仕草。その空気。
間違いない。
数千年の輪廻を越えても、魂に焼き付いた恐怖と、それ以上の崇拝。
「あ……」
阿久津の手から、葉巻がポロリと落ちた。
サングラスがずり落ち、つぶらな瞳が露わになる。
「あ、兄貴……!? いや……」
ガタガタと椅子が音を立てる。
巨漢の社長は、おもむろに立ち上がると、俺の目の前まで早足で歩み寄り――
ドサァァァッ!!
綺麗なフォームで、土下座した。
「主(あるじ)ィィィッ!! お懐かしゅうございますぅぅぅ!!」
「……は?」
社長室の時が止まった。
控えていた秘書も、屈強なボディガードたちも、全員が顎を外して固まっている。
あの阿久津社長が? 取引先の平社員に? 土下座?
「え、ちょ、社長? 何して……」
「申し訳ありません! まさか主ご自身の御来訪とは露知らず、数々の無礼、万死に値します! どうか、どうかこの首をハネてお納めください!」
「いや怖いよ! いらないよ首!」
阿久津は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、俺の革靴に頬ずりを始めた。
「この靴の味……! 間違いねえ、あの時蹴られた感触と同じだ!」
「何してんのこの人!?」
俺はドン引きしながら後ずさるが、阿久津は膝行(しっこう)ですり寄ってくる。
「和勇牛(わゆうぎゅう)でございます! あの地獄の門番、和勇牛の魂を持つ阿久津でございます! 主、どうか私に命令を! 世界を壊せとおっしゃるなら、今すぐこのビルを爆破します!」
「やめて! 通報されるから!」
結局。
俺が「頭を上げろ」と言うまで、彼は床に額をこすりつけ続けた。
◇
「はっはっは! 見積もりのミス? そんなもん誤差ですよ誤差!」
数分後。
俺は社長の椅子(革張り)に座らされ、阿久津は床に正座して揉み手をしていた。
「むしろ、ウチの支払いを倍にさせていただきます! いや、会社ごと差し上げましょうか?」
「いや、結構です……普通に取引してくれれば……」
俺が疲れて溜息をつくと、阿久津は「ハッ!」として、秘書に怒鳴った。
「おい! 主がお疲れだ! 最高級の茶と、あとヤニだ! 世界中のタバコを買い占めてこい!」
「だからいらないって!」
帰り際。
阿久津はビルを出る俺を、社員総出で整列して見送った。
「主! 何かあったらすぐ呼んでください! 戦車でも戦闘機でも用意して駆けつけますんで!」
「……もう二度と来たくない」
俺は逃げるように駅へ向かった。
ポケットには、なぜか「詫び料」としてねじ込まれた、分厚い封筒(帯付きの札束)が入っていた。
こうして、俺は知らぬ間に「最強の財力と暴力」を持つ手駒を手に入れてしまったのだった。
午後。
俺は、都内の一等地にそびえ立つ自社ビル、「阿久津興業」の前に立っていた。
「……帰りてぇ」
胃が痛い。
今朝の権田部長の失踪により、宙に浮いた「見積もりの桁間違い案件」の謝罪を、なぜか平社員の俺が押し付けられたのだ。
相手は、阿久津興業の社長、阿久津 剛(あくつ つよし)。
「業界の怒れる巨岩」の異名を持ち、気に入らない相手は社会的に(時には物理的に)埋められるという噂の、泣く子も黙るフィクサーだ。
「殺されるかもな……」
俺は覚悟を決め、結が作ってくれた「勝負守り(中身は不明だが妙に温かい)」を握りしめて、自動ドアをくぐった。
◇
「おう、テメェか。ウチを舐めた見積もり出してきたクソ度胸のある会社は」
通された社長室。
そこには、人間離れした巨漢が座っていた。
身長は二メートル近いだろうか。
丸太のような腕、岩のような首。高級スーツが悲鳴を上げている。
そして何より、その顔面力が凄まじい。サングラス越しでも分かる鋭い眼光は、猛獣そのものだ。
「も、申し訳ありませんでしたぁっ!!」
俺は入室するなり、直角に頭を下げた。
「弊社の不手際で、多大なるご迷惑をおかけし……!」
「謝って済むなら警察はいらねえんだよ!」
ドンッ!!
阿久津が机を叩くと、部屋中の窓ガラスがビリビリと震えた。
「俺が一番嫌いなのはな、筋を通さねえ奴なんだよ。テメェら、俺の顔に泥を塗って、ただで帰れると思ってんのか?」
殺気。
物理的な圧力を伴う殺気が、俺の肌をチリチリと焼く。
普通の人間なら失禁して逃げ出すレベルだ。
だが。
(……ん?)
不思議と、俺は冷静だった。
怖いことは怖いが、昨日の権田部長の時と同じだ。
腹の底で、何かが冷ややかに囁いている。
――うるせぇな、デカブツ。
――吠えてんじゃねぇよ、小物か?
「……あ?」
まただ。
無意識に、俺の口からドスの利いた声が漏れた。
俺はゆっくりと顔を上げ、サングラス越しの阿久津の目を、真っ直ぐに見据えた。
その瞬間。
「あぁん? なんだその目は……ッ!?」
阿久津の動きが凍りついた。
彼の脳内に、稲妻のような衝撃が走る。
その目。
全てを見下し、何者にも屈せず、神ですら殴り倒した、あの絶対的な「主(あるじ)」の眼光。
さらに、俺は無意識に懐から電子タバコ(最近変えた)を取り出し、口に咥えた。
「フーッ……」
紫煙ならぬ水蒸気を吐き出し、俺は阿久津を見て、ニヤリと笑った(ように見えたらしい)。
その仕草。その空気。
間違いない。
数千年の輪廻を越えても、魂に焼き付いた恐怖と、それ以上の崇拝。
「あ……」
阿久津の手から、葉巻がポロリと落ちた。
サングラスがずり落ち、つぶらな瞳が露わになる。
「あ、兄貴……!? いや……」
ガタガタと椅子が音を立てる。
巨漢の社長は、おもむろに立ち上がると、俺の目の前まで早足で歩み寄り――
ドサァァァッ!!
綺麗なフォームで、土下座した。
「主(あるじ)ィィィッ!! お懐かしゅうございますぅぅぅ!!」
「……は?」
社長室の時が止まった。
控えていた秘書も、屈強なボディガードたちも、全員が顎を外して固まっている。
あの阿久津社長が? 取引先の平社員に? 土下座?
「え、ちょ、社長? 何して……」
「申し訳ありません! まさか主ご自身の御来訪とは露知らず、数々の無礼、万死に値します! どうか、どうかこの首をハネてお納めください!」
「いや怖いよ! いらないよ首!」
阿久津は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、俺の革靴に頬ずりを始めた。
「この靴の味……! 間違いねえ、あの時蹴られた感触と同じだ!」
「何してんのこの人!?」
俺はドン引きしながら後ずさるが、阿久津は膝行(しっこう)ですり寄ってくる。
「和勇牛(わゆうぎゅう)でございます! あの地獄の門番、和勇牛の魂を持つ阿久津でございます! 主、どうか私に命令を! 世界を壊せとおっしゃるなら、今すぐこのビルを爆破します!」
「やめて! 通報されるから!」
結局。
俺が「頭を上げろ」と言うまで、彼は床に額をこすりつけ続けた。
◇
「はっはっは! 見積もりのミス? そんなもん誤差ですよ誤差!」
数分後。
俺は社長の椅子(革張り)に座らされ、阿久津は床に正座して揉み手をしていた。
「むしろ、ウチの支払いを倍にさせていただきます! いや、会社ごと差し上げましょうか?」
「いや、結構です……普通に取引してくれれば……」
俺が疲れて溜息をつくと、阿久津は「ハッ!」として、秘書に怒鳴った。
「おい! 主がお疲れだ! 最高級の茶と、あとヤニだ! 世界中のタバコを買い占めてこい!」
「だからいらないって!」
帰り際。
阿久津はビルを出る俺を、社員総出で整列して見送った。
「主! 何かあったらすぐ呼んでください! 戦車でも戦闘機でも用意して駆けつけますんで!」
「……もう二度と来たくない」
俺は逃げるように駅へ向かった。
ポケットには、なぜか「詫び料」としてねじ込まれた、分厚い封筒(帯付きの札束)が入っていた。
こうして、俺は知らぬ間に「最強の財力と暴力」を持つ手駒を手に入れてしまったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる