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EP 1
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ラスト・シフトと炬燵の女神
「いらっしゃいませー。画面のタッチ、お願いしますー」
午前3時。
深夜のコンビニエンスストアに、俺の声だけが虚しく響く。
俺の名前は赤木大地(あかぎ だいち)。20歳。
経済学部に通う大学生であり、元高校球児だ。
かつては甲子園のマウンドで150キロの剛速球を投げ込み、優勝投手として新聞の一面を飾ったこともある。
だが、今の俺が握っているのは白球ではない。
廃棄時間が迫ったおにぎりと、モップだ。
「……はぁ。またオーナーから連絡なしかよ」
スマホの画面を確認するが、通知はゼロ。
夜勤のバイトが風邪で休み、代わりに入ったのが3日前。
そのまま昼のパートも来ず、夕方の高校生バイトもバックれ、気づけば俺は**72時間連続勤務(ワンオペ)**という偉業を達成しようとしていた。
カフェイン錠剤とエナジードリンクで無理やり脳を覚醒させていたが、限界は近い。
視界がぐにゃりと歪む。
自動ドアのチャイム音が、遠くで聞こえる。
(あ、これ、やばいかも)
そう思った瞬間、俺の意識はプツリと途絶えた。
最後に思ったのは、「明日の発注、まだ終わってないな」という、社畜極まりない思考だった。
「あー! また爆死! 嘘でしょこの排出率! 運営の頭バグってんじゃないの!?」
……うるさい。
誰だ、俺の安眠を妨害するのは。
重いまぶたを開けると、そこはコンビニのバックヤードではなかった。
六畳一間の和室だった。
ちゃぶ台の上にはポテトチップス(コンソメ味)の袋が散乱し、空になったチューハイの缶が転がっている。
そして、部屋の中央にある「こたつ」に、一人の女性が潜り込んでいた。
金髪碧眼。透き通るような白い肌。
顔立ちは、ハリウッド女優も裸足で逃げ出すほどの超絶美女だ。
ただし、着ているのは首元がダルダルになった緑色のジャージ。
片手にはスマホ、もう片手にはタバコ(ピアニッシモ・メンソール)。
スマホ画面をタップする指の動きは、神業のように速い。
「あーもう! 石なくなったじゃん! 課金! 追加課金よ!」
彼女はスマホに向かって悪態をつくと、ふと顔を上げて俺と目が合った。
「あ、起きた?」
「……えっと、ここは?」
「神界の最底辺、私の部屋。あ、私、女神のルチアナね。よろしくー」
女神ルチアナと名乗ったジャージ女は、ポテチをつまみながら軽く手を振った。
「女神……? ということは、俺は死んだんですか?」
「そ。過労死。心不全だって。お疲れー」
軽っ。
人の死を「コンビニ行ってくる」くらいのノリで言われた。
だが、不思議とショックはなかった。
あの労働環境なら、いつかこうなると予感していたからかもしれない。
むしろ、もうレジ打ちをしなくていいという安堵感の方が強かった。
「で、君の魂を管理部門に送ろうと思ったんだけどさー」
ルチアナはタバコの煙をふぅーっと吐き出しながら言った。
「私の手違いで、君の寿命、あと60年残ってたのよね。間違えて魂引っこ抜いちゃった☆」
「……は?」
「てへぺろ☆」
この女神、ウインクしやがった。
俺の右腕が唸る。そこにボールがあれば、間違いなく顔面に150キロのストレートを叩き込んでいたところだ。
「ふざけんな! 返せよ! 俺の人生!」
「無理無理。一回死んだ肉体は戻せないの。ルールだから」
ルチアナは面倒くさそうに手を振る。
「その代わりと言っちゃなんだけど、異世界に転生させてあげる。剣と魔法のファンタジー世界『アナステシア』。どう? ワクワクするでしょ?」
「しないわ! 俺は静かに暮らしたいんだよ!」
「あー、はいはい。じゃあ、これあげるから許して」
ルチアナはこたつの横から、一台のノートパソコンを取り出し、俺に放り投げた。
無骨な黒いボディ。天板には油性マジックで『ルチアナ・ブック』と書かれている。
「……なんだこれ」
「私の創造魔法で作った特製ノートPC。君が元いた地球のネットに繋がるし、通販もできる優れものよ」
「地球のネットに?」
「そ。Amazonだろうが楽天だろうが、欲しいものは何でも取り寄せ可能。ただし――」
ルチアナはニヤリと笑った。それは女神の慈悲ではなく、悪徳商人の笑みだった。
「通貨レートは10倍ね。地球で100円の物は、向こうの通貨で1000円分払ってもらうわ」
「はぁ!? ボッタクリじゃねーか!」
「当たり前でしょ! 転送料金と私の手数料が掛かるのよ! こっちだってソシャゲの課金代稼ぐのに必死なんだから!」
「自分の欲のためかよ!」
なんて俗物な女神だ。
だが、異世界で「地球の物資」が手に入るのはデカイ。
食料、日用品、さらには情報。
サバイバルにおいて、これほど強力な武器はない。
「あと、そのPC自体に**『絶対破壊不能』**の権能を付与しておいたわ。ドラゴンに踏まれても壊れないから、盾にするなり鈍器にするなり好きにしなさい」
「精密機器を鈍器にするな」
「じゃ、そろそろ転送の時間ね。あー、忙しい忙しい。次のイベント周回しなきゃ」
ルチアナはスマホ画面に視線を戻し、適当に指を振った。
俺の足元が光り輝き始める。
「ちょ、ちょっと待て! スキルとかステータスとかないのかよ!?」
「あー、めんどくさいからナシで。君、野球やってたんでしょ? その肩でも使って頑張ってー」
「適当すぎるだろ!」
「あ、向こうに着いたら定期的に『お布施(売り上げ)』振り込んでね。じゃないとネット回線止めるから。じゃあねー!」
「このクソ女神ィィィィィッ!!」
俺の絶叫は、光の彼方に吸い込まれて消えた。
こうして、俺、赤木大地の第二の人生は幕を開けた。
最悪のブラック労働から解放されたと思ったら、今度は強欲な女神のATMとして。
――転送先で、いきなり命懸けのトラブルに巻き込まれるとも知らずに。
「いらっしゃいませー。画面のタッチ、お願いしますー」
午前3時。
深夜のコンビニエンスストアに、俺の声だけが虚しく響く。
俺の名前は赤木大地(あかぎ だいち)。20歳。
経済学部に通う大学生であり、元高校球児だ。
かつては甲子園のマウンドで150キロの剛速球を投げ込み、優勝投手として新聞の一面を飾ったこともある。
だが、今の俺が握っているのは白球ではない。
廃棄時間が迫ったおにぎりと、モップだ。
「……はぁ。またオーナーから連絡なしかよ」
スマホの画面を確認するが、通知はゼロ。
夜勤のバイトが風邪で休み、代わりに入ったのが3日前。
そのまま昼のパートも来ず、夕方の高校生バイトもバックれ、気づけば俺は**72時間連続勤務(ワンオペ)**という偉業を達成しようとしていた。
カフェイン錠剤とエナジードリンクで無理やり脳を覚醒させていたが、限界は近い。
視界がぐにゃりと歪む。
自動ドアのチャイム音が、遠くで聞こえる。
(あ、これ、やばいかも)
そう思った瞬間、俺の意識はプツリと途絶えた。
最後に思ったのは、「明日の発注、まだ終わってないな」という、社畜極まりない思考だった。
「あー! また爆死! 嘘でしょこの排出率! 運営の頭バグってんじゃないの!?」
……うるさい。
誰だ、俺の安眠を妨害するのは。
重いまぶたを開けると、そこはコンビニのバックヤードではなかった。
六畳一間の和室だった。
ちゃぶ台の上にはポテトチップス(コンソメ味)の袋が散乱し、空になったチューハイの缶が転がっている。
そして、部屋の中央にある「こたつ」に、一人の女性が潜り込んでいた。
金髪碧眼。透き通るような白い肌。
顔立ちは、ハリウッド女優も裸足で逃げ出すほどの超絶美女だ。
ただし、着ているのは首元がダルダルになった緑色のジャージ。
片手にはスマホ、もう片手にはタバコ(ピアニッシモ・メンソール)。
スマホ画面をタップする指の動きは、神業のように速い。
「あーもう! 石なくなったじゃん! 課金! 追加課金よ!」
彼女はスマホに向かって悪態をつくと、ふと顔を上げて俺と目が合った。
「あ、起きた?」
「……えっと、ここは?」
「神界の最底辺、私の部屋。あ、私、女神のルチアナね。よろしくー」
女神ルチアナと名乗ったジャージ女は、ポテチをつまみながら軽く手を振った。
「女神……? ということは、俺は死んだんですか?」
「そ。過労死。心不全だって。お疲れー」
軽っ。
人の死を「コンビニ行ってくる」くらいのノリで言われた。
だが、不思議とショックはなかった。
あの労働環境なら、いつかこうなると予感していたからかもしれない。
むしろ、もうレジ打ちをしなくていいという安堵感の方が強かった。
「で、君の魂を管理部門に送ろうと思ったんだけどさー」
ルチアナはタバコの煙をふぅーっと吐き出しながら言った。
「私の手違いで、君の寿命、あと60年残ってたのよね。間違えて魂引っこ抜いちゃった☆」
「……は?」
「てへぺろ☆」
この女神、ウインクしやがった。
俺の右腕が唸る。そこにボールがあれば、間違いなく顔面に150キロのストレートを叩き込んでいたところだ。
「ふざけんな! 返せよ! 俺の人生!」
「無理無理。一回死んだ肉体は戻せないの。ルールだから」
ルチアナは面倒くさそうに手を振る。
「その代わりと言っちゃなんだけど、異世界に転生させてあげる。剣と魔法のファンタジー世界『アナステシア』。どう? ワクワクするでしょ?」
「しないわ! 俺は静かに暮らしたいんだよ!」
「あー、はいはい。じゃあ、これあげるから許して」
ルチアナはこたつの横から、一台のノートパソコンを取り出し、俺に放り投げた。
無骨な黒いボディ。天板には油性マジックで『ルチアナ・ブック』と書かれている。
「……なんだこれ」
「私の創造魔法で作った特製ノートPC。君が元いた地球のネットに繋がるし、通販もできる優れものよ」
「地球のネットに?」
「そ。Amazonだろうが楽天だろうが、欲しいものは何でも取り寄せ可能。ただし――」
ルチアナはニヤリと笑った。それは女神の慈悲ではなく、悪徳商人の笑みだった。
「通貨レートは10倍ね。地球で100円の物は、向こうの通貨で1000円分払ってもらうわ」
「はぁ!? ボッタクリじゃねーか!」
「当たり前でしょ! 転送料金と私の手数料が掛かるのよ! こっちだってソシャゲの課金代稼ぐのに必死なんだから!」
「自分の欲のためかよ!」
なんて俗物な女神だ。
だが、異世界で「地球の物資」が手に入るのはデカイ。
食料、日用品、さらには情報。
サバイバルにおいて、これほど強力な武器はない。
「あと、そのPC自体に**『絶対破壊不能』**の権能を付与しておいたわ。ドラゴンに踏まれても壊れないから、盾にするなり鈍器にするなり好きにしなさい」
「精密機器を鈍器にするな」
「じゃ、そろそろ転送の時間ね。あー、忙しい忙しい。次のイベント周回しなきゃ」
ルチアナはスマホ画面に視線を戻し、適当に指を振った。
俺の足元が光り輝き始める。
「ちょ、ちょっと待て! スキルとかステータスとかないのかよ!?」
「あー、めんどくさいからナシで。君、野球やってたんでしょ? その肩でも使って頑張ってー」
「適当すぎるだろ!」
「あ、向こうに着いたら定期的に『お布施(売り上げ)』振り込んでね。じゃないとネット回線止めるから。じゃあねー!」
「このクソ女神ィィィィィッ!!」
俺の絶叫は、光の彼方に吸い込まれて消えた。
こうして、俺、赤木大地の第二の人生は幕を開けた。
最悪のブラック労働から解放されたと思ったら、今度は強欲な女神のATMとして。
――転送先で、いきなり命懸けのトラブルに巻き込まれるとも知らずに。
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