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EP 3
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月兎の蹴りと人参ハンカチ
「隙ありッ!」
凛とした声が響いた瞬間、俺の目の前で銀色の旋風が巻き起こった。
リーダーを失って動揺していた残りの兵士たち。その一瞬の隙を、ウサギ耳の少女は見逃さなかった。
彼女は姿勢を低くし、バネのような脚力で地面を蹴る。
「月影流(げつえいりゅう)――乱れ鐘(かね)打ち!」
ドカッ! バキッ! ゴスッ!
それは舞いのように美しく、そして凶悪な連撃だった。
少女が回し蹴りを放つたびに、鉄の鎧を着た兵士たちが「ぐえっ」「ぎゃっ」と悲鳴を上げて吹き飛んでいく。
両手のトンファーで相手の剣をさばき、無防備になった顎や鳩尾(みぞおち)に、的確に踵(かかと)を叩き込んでいるのだ。
(……え、強っ)
俺が呆気にとられている間に、残っていた4人の兵士は全員、白目を剥いて地面に転がっていた。
所要時間、わずか十秒。
さっきまで追い詰められていたのが嘘のような無双ぶりだ。
「ふぅ……」
少女は乱れた息を整えながら、トンファーを腰のホルダーに収めた。
そして、背後で震えていた子供たちに振り返り、優しい笑顔を見せる。
「もう大丈夫だよ。怖かったね」
「うわぁぁん! キャルルお姉ちゃーん!」
子供たちが泣きながら彼女に抱きつく。
それを優しく撫でてから、彼女はこちらへと向き直った。
近くで見ると、改めてその可愛らしさに驚かされる。
長い銀髪に、ピンと立った白いウサギ耳。ルビーのような赤い瞳。
身長は俺の胸あたりまでしかない小柄な体躯だが、その太ももは健康的で引き締まっている。
……って、俺は何を見てるんだ。
「あの、助けていただいて、本当にありがとうございました!」
彼女は深々と頭を下げた。
ウサギ耳がぺこりと折れるのが可愛い。
「貴方が助け舟を出してくれなかったら、どうなっていたか……。あの黒い板、凄い威力でしたね。魔法使い様ですか?」
「いや、ただの通りすがりだ。魔法なんて使えないよ」
俺は苦笑いしながら、破壊不能のノートPCを小脇に抱え直した。
こいつの正体が「地球のパソコン」だなんて説明しても通じないだろう。
「それにしても、見事な蹴りだったな。俺がいなくても勝てたんじゃないか?」
「いえ、子供たちを庇いながらだと手が出せなくて……。貴方がリーダーを吹き飛ばしてくれたおかげで、攻勢に出られました」
彼女はそう言うと、ふと俺の顔を見て目を丸くした。
「あ、汗が……」
「え? ああ、必死だったからな」
72時間労働明けの全力投球だ。冷や汗と脂汗が混ざって酷いことになっているだろう。
袖で拭おうとした時、彼女がポケットから何かを取り出した。
「失礼しますね」
ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐる。
彼女は清潔なハンカチで、俺の額の汗を優しく拭ってくれた。
その距離、わずか30センチ。
上目遣いの赤い瞳と視線が絡む。
「――っ!?」
俺は心臓が止まるかと思った。
生まれてこの方20年、彼女いない歴=年齢。
女性、しかもこんな美少女に至近距離で汗を拭いてもらうなんてイベントは、俺の人生設計にはなかった。
(ち、近い! 肌白っ! まつ毛長っ!)
カチコチに固まる俺に気づかず、彼女は丁寧に汗を拭き終えると、ニコリと笑った。
「はい、綺麗になりました」
「あ、あ、ありがとう……ございます……」
俺は動揺して敬語になってしまった。情けない。
ふと、彼女の手にあるハンカチに目が留まる。
そこには、オレンジ色の糸で、下手くそ……いや、味のある**「人参(にんじん)」**の刺繍が施されていた。
「そのハンカチ……」
「あ、これですか? 私の手作りなんです。人参柄、可愛いでしょ?」
彼女は嬉しそうにハンカチを広げて見せた。
人参というより、オレンジ色のイモムシに見えなくもないが、そんなことは口が裂けても言えない。
「そ、そうだな。独創的でいいと思う」
「ふふ、ありがとうございます! 私、キャルルと言います。貴方のお名前は?」
「俺は赤木大地。大地でいい」
「ダイチさんですね。変わった響き……異国の方ですか?」
「まあ、そんなところだ。すごく遠い場所から来た」
俺は曖昧に答えた。
異世界転移なんて信じてもらえるわけがないし、説明も面倒だ。
キャルルは少し考えるような素振りを見せた後、俺の服装(パーカーとジーンズ)と、手ぶらであることを見て取ったようだ。
「ダイチさん、もしかして行く当てがないんですか?」
「……図星だ。気づいたらこの森にいて、右も左も分からない」
水も食料もない。野宿するスキルもない。
このままでは、過労死の次は餓死か、モンスターの餌食だ。
すると、キャルルは俺の手をギュッと握った。
「それなら、私たちの村に来ませんか? ここから少し歩いたところに『ポポロ村』という場所があるんです」
「ポポロ村?」
「はい! 人間も獣人も暮らしている、平和な村です。村長の私がお招きしますから、宿と食事くらいは用意できますよ」
「村長!? 君が!?」
こんな若い女の子が村長?
驚く俺に、彼女はウサギ耳をピンと立てて胸を張った。
「はい、新米ですけどね。……命の恩人さんを森に放り出すなんてできません。それに……」
彼女はチラリと、俺の抱えている黒いノートPCを見た。
「その『黒い板』でリーダーを一撃で倒した腕前……村の自警団としても、すごく頼りになりそうですから」
ちゃっかりしてるな。
でも、その提案は渡りに船だ。
「……分かった。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「決まりですね! じゃあ行きましょう、ポポロ村へ!」
キャルルは子供たちの手を引き、俺を案内するように歩き出した。
その背中にある丸いウサギの尻尾が、ちょこんと揺れている。
こうして俺は、異世界で最初の拠点を手に入れた。
ブラック企業からの脱出。
スローライフへの第一歩。
そして、可愛らしいウサギ耳の村長との出会い。
……この時はまだ知らなかった。
その村が、大陸中のトラブルと商機が集まる、とんでもない場所だということを。
「隙ありッ!」
凛とした声が響いた瞬間、俺の目の前で銀色の旋風が巻き起こった。
リーダーを失って動揺していた残りの兵士たち。その一瞬の隙を、ウサギ耳の少女は見逃さなかった。
彼女は姿勢を低くし、バネのような脚力で地面を蹴る。
「月影流(げつえいりゅう)――乱れ鐘(かね)打ち!」
ドカッ! バキッ! ゴスッ!
それは舞いのように美しく、そして凶悪な連撃だった。
少女が回し蹴りを放つたびに、鉄の鎧を着た兵士たちが「ぐえっ」「ぎゃっ」と悲鳴を上げて吹き飛んでいく。
両手のトンファーで相手の剣をさばき、無防備になった顎や鳩尾(みぞおち)に、的確に踵(かかと)を叩き込んでいるのだ。
(……え、強っ)
俺が呆気にとられている間に、残っていた4人の兵士は全員、白目を剥いて地面に転がっていた。
所要時間、わずか十秒。
さっきまで追い詰められていたのが嘘のような無双ぶりだ。
「ふぅ……」
少女は乱れた息を整えながら、トンファーを腰のホルダーに収めた。
そして、背後で震えていた子供たちに振り返り、優しい笑顔を見せる。
「もう大丈夫だよ。怖かったね」
「うわぁぁん! キャルルお姉ちゃーん!」
子供たちが泣きながら彼女に抱きつく。
それを優しく撫でてから、彼女はこちらへと向き直った。
近くで見ると、改めてその可愛らしさに驚かされる。
長い銀髪に、ピンと立った白いウサギ耳。ルビーのような赤い瞳。
身長は俺の胸あたりまでしかない小柄な体躯だが、その太ももは健康的で引き締まっている。
……って、俺は何を見てるんだ。
「あの、助けていただいて、本当にありがとうございました!」
彼女は深々と頭を下げた。
ウサギ耳がぺこりと折れるのが可愛い。
「貴方が助け舟を出してくれなかったら、どうなっていたか……。あの黒い板、凄い威力でしたね。魔法使い様ですか?」
「いや、ただの通りすがりだ。魔法なんて使えないよ」
俺は苦笑いしながら、破壊不能のノートPCを小脇に抱え直した。
こいつの正体が「地球のパソコン」だなんて説明しても通じないだろう。
「それにしても、見事な蹴りだったな。俺がいなくても勝てたんじゃないか?」
「いえ、子供たちを庇いながらだと手が出せなくて……。貴方がリーダーを吹き飛ばしてくれたおかげで、攻勢に出られました」
彼女はそう言うと、ふと俺の顔を見て目を丸くした。
「あ、汗が……」
「え? ああ、必死だったからな」
72時間労働明けの全力投球だ。冷や汗と脂汗が混ざって酷いことになっているだろう。
袖で拭おうとした時、彼女がポケットから何かを取り出した。
「失礼しますね」
ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐる。
彼女は清潔なハンカチで、俺の額の汗を優しく拭ってくれた。
その距離、わずか30センチ。
上目遣いの赤い瞳と視線が絡む。
「――っ!?」
俺は心臓が止まるかと思った。
生まれてこの方20年、彼女いない歴=年齢。
女性、しかもこんな美少女に至近距離で汗を拭いてもらうなんてイベントは、俺の人生設計にはなかった。
(ち、近い! 肌白っ! まつ毛長っ!)
カチコチに固まる俺に気づかず、彼女は丁寧に汗を拭き終えると、ニコリと笑った。
「はい、綺麗になりました」
「あ、あ、ありがとう……ございます……」
俺は動揺して敬語になってしまった。情けない。
ふと、彼女の手にあるハンカチに目が留まる。
そこには、オレンジ色の糸で、下手くそ……いや、味のある**「人参(にんじん)」**の刺繍が施されていた。
「そのハンカチ……」
「あ、これですか? 私の手作りなんです。人参柄、可愛いでしょ?」
彼女は嬉しそうにハンカチを広げて見せた。
人参というより、オレンジ色のイモムシに見えなくもないが、そんなことは口が裂けても言えない。
「そ、そうだな。独創的でいいと思う」
「ふふ、ありがとうございます! 私、キャルルと言います。貴方のお名前は?」
「俺は赤木大地。大地でいい」
「ダイチさんですね。変わった響き……異国の方ですか?」
「まあ、そんなところだ。すごく遠い場所から来た」
俺は曖昧に答えた。
異世界転移なんて信じてもらえるわけがないし、説明も面倒だ。
キャルルは少し考えるような素振りを見せた後、俺の服装(パーカーとジーンズ)と、手ぶらであることを見て取ったようだ。
「ダイチさん、もしかして行く当てがないんですか?」
「……図星だ。気づいたらこの森にいて、右も左も分からない」
水も食料もない。野宿するスキルもない。
このままでは、過労死の次は餓死か、モンスターの餌食だ。
すると、キャルルは俺の手をギュッと握った。
「それなら、私たちの村に来ませんか? ここから少し歩いたところに『ポポロ村』という場所があるんです」
「ポポロ村?」
「はい! 人間も獣人も暮らしている、平和な村です。村長の私がお招きしますから、宿と食事くらいは用意できますよ」
「村長!? 君が!?」
こんな若い女の子が村長?
驚く俺に、彼女はウサギ耳をピンと立てて胸を張った。
「はい、新米ですけどね。……命の恩人さんを森に放り出すなんてできません。それに……」
彼女はチラリと、俺の抱えている黒いノートPCを見た。
「その『黒い板』でリーダーを一撃で倒した腕前……村の自警団としても、すごく頼りになりそうですから」
ちゃっかりしてるな。
でも、その提案は渡りに船だ。
「……分かった。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「決まりですね! じゃあ行きましょう、ポポロ村へ!」
キャルルは子供たちの手を引き、俺を案内するように歩き出した。
その背中にある丸いウサギの尻尾が、ちょこんと揺れている。
こうして俺は、異世界で最初の拠点を手に入れた。
ブラック企業からの脱出。
スローライフへの第一歩。
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