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第三章 プライドと女心
EP 5
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「称賛の代わりの沈黙」
「……はい! これで毒は抜けました。傷口も塞がりましたよ!」
美月はルークスの肩に巻いた包帯を綺麗に結び終え、安堵の息を吐いた。
ランダムボックスで出した解毒剤と、ルークス自身の基礎体力の高さのおかげで、命に別状はない。
美月は顔を上げ、期待を込めた瞳でルークスを見つめた。
「ルークス様、あの……間に合って、よかったです」
(褒めてもらえるかな?)
美月の尻尾(幻覚)がブンブンと振られていた。
怖かったけど、勇気を出して飛び出した。
ルークス様を守れた。
いつもの彼なら、「よくやったぞ美月! さすが私の自慢のパートナーだ!」と満面の笑みで頭を撫でてくれるはずだ。
しかし。
「…………」
ルークスは無言だった。
彼はゆっくりと立ち上がり、土で汚れたマントを払った。
その動作は酷く緩慢で、まるで老人のようだった。
「あ、あの……ルークス様?」
美月の笑顔が引きつる。
ルークスは俯いたまま、キメラの死骸――真っ二つになった肉塊を一瞥した。
それは、自分が全魔力を費やしても傷一つつけられなかった相手だ。
それを、彼女は。
(一撃……か)
ルークスの胸の奥で、ドス黒い感情が渦巻いた。
安堵? 感謝?
いや、違う。これは――『嫉妬』だ。
武人として、男として、あまりにも惨めな敗北感。
「君を守る」と大見得を切っておきながら、無様に這いつくばり、守るはずの少女に助けられた。
しかも、彼女の技は、自分の剣技が児戯(子供の遊び)に見えるほどの「神業」だった。
(私は……なんて無力なんだ)
喉が張り付いて、言葉が出ない。
「ありがとう」と言わなければならないのに。
「凄かった」と称えなければならないのに。
口を開けば、情けない嗚咽か、醜い嫉妬の言葉が溢れ出しそうで、ルークスは唇を噛み締めた。
「……帰ろう」
ようやく絞り出した声は、掠れていて、冷たかった。
「えっ?」
「依頼は達成だ。……長居は無用だろう」
ルークスは美月と目を合わせることなく、出口へと歩き出した。
その背中は拒絶の壁を纏っているようで、美月は伸ばしかけた手を引っ込めた。
「あ……は、はい……」
美月は困惑した。
(あれ? 私、何か悪いことしちゃったかな?)
余計なことをした?
戦いの邪魔だった?
それとも、私の剣術が可愛くなかったから?
「……チッ」
一部始終を見ていたリアスが、不愉快そうに舌打ちをした。
彼は手際よくキメラの素材(証明部位)を回収すると、オドオドしている美月の背中を杖で小突いた。
「行くぞ、肉盾。置いていかれるぞ」
「あ、はい! 待ってくださいルークス様ぁ!」
美月が慌てて追いかける。
リアスは、先行するルークスの背中を冷ややかな目で見つめた。
(面倒くさい男だ。……才能の差に打ちのめされたか)
「守りたい女」が「自分より遥かに強い」という現実。
プライドの高い元公爵様には、猛毒よりもキツイ一撃だったろう。
洞窟を出ても、重苦しい沈黙は続いた。
美月が何か話しかけようとしても、ルークスは「ああ」や「すまない」と短く返すだけ。
かつての、あの太陽のような笑顔はどこにもなかった。
称賛の代わりに降り注ぐ沈黙の雨。
最強パーティの絆に、小さな、しかし深い亀裂が入り始めていた。
「……はい! これで毒は抜けました。傷口も塞がりましたよ!」
美月はルークスの肩に巻いた包帯を綺麗に結び終え、安堵の息を吐いた。
ランダムボックスで出した解毒剤と、ルークス自身の基礎体力の高さのおかげで、命に別状はない。
美月は顔を上げ、期待を込めた瞳でルークスを見つめた。
「ルークス様、あの……間に合って、よかったです」
(褒めてもらえるかな?)
美月の尻尾(幻覚)がブンブンと振られていた。
怖かったけど、勇気を出して飛び出した。
ルークス様を守れた。
いつもの彼なら、「よくやったぞ美月! さすが私の自慢のパートナーだ!」と満面の笑みで頭を撫でてくれるはずだ。
しかし。
「…………」
ルークスは無言だった。
彼はゆっくりと立ち上がり、土で汚れたマントを払った。
その動作は酷く緩慢で、まるで老人のようだった。
「あ、あの……ルークス様?」
美月の笑顔が引きつる。
ルークスは俯いたまま、キメラの死骸――真っ二つになった肉塊を一瞥した。
それは、自分が全魔力を費やしても傷一つつけられなかった相手だ。
それを、彼女は。
(一撃……か)
ルークスの胸の奥で、ドス黒い感情が渦巻いた。
安堵? 感謝?
いや、違う。これは――『嫉妬』だ。
武人として、男として、あまりにも惨めな敗北感。
「君を守る」と大見得を切っておきながら、無様に這いつくばり、守るはずの少女に助けられた。
しかも、彼女の技は、自分の剣技が児戯(子供の遊び)に見えるほどの「神業」だった。
(私は……なんて無力なんだ)
喉が張り付いて、言葉が出ない。
「ありがとう」と言わなければならないのに。
「凄かった」と称えなければならないのに。
口を開けば、情けない嗚咽か、醜い嫉妬の言葉が溢れ出しそうで、ルークスは唇を噛み締めた。
「……帰ろう」
ようやく絞り出した声は、掠れていて、冷たかった。
「えっ?」
「依頼は達成だ。……長居は無用だろう」
ルークスは美月と目を合わせることなく、出口へと歩き出した。
その背中は拒絶の壁を纏っているようで、美月は伸ばしかけた手を引っ込めた。
「あ……は、はい……」
美月は困惑した。
(あれ? 私、何か悪いことしちゃったかな?)
余計なことをした?
戦いの邪魔だった?
それとも、私の剣術が可愛くなかったから?
「……チッ」
一部始終を見ていたリアスが、不愉快そうに舌打ちをした。
彼は手際よくキメラの素材(証明部位)を回収すると、オドオドしている美月の背中を杖で小突いた。
「行くぞ、肉盾。置いていかれるぞ」
「あ、はい! 待ってくださいルークス様ぁ!」
美月が慌てて追いかける。
リアスは、先行するルークスの背中を冷ややかな目で見つめた。
(面倒くさい男だ。……才能の差に打ちのめされたか)
「守りたい女」が「自分より遥かに強い」という現実。
プライドの高い元公爵様には、猛毒よりもキツイ一撃だったろう。
洞窟を出ても、重苦しい沈黙は続いた。
美月が何か話しかけようとしても、ルークスは「ああ」や「すまない」と短く返すだけ。
かつての、あの太陽のような笑顔はどこにもなかった。
称賛の代わりに降り注ぐ沈黙の雨。
最強パーティの絆に、小さな、しかし深い亀裂が入り始めていた。
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