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EP 7
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状況開始(バトル・スタート)
ズドォン! ズドォン! ズドォン!
それは、戦場における「咆哮」ではなかった。
一定のリズムを刻む、巨大な工場のプレス機のような、無機質な「作業音」だった。
円明寺川の河原は、地獄の様相を呈していた。
羽柴軍の前衛部隊は、勇敢だった。雨の中、泥に足を取られながらも、「一番槍」の功名を求めて突撃を繰り返した。
だが、その勇気は「システム」の前では無意味だった。
川を渡ろうとすれば、泥の中に隠された障害物(ぬかるみを人工的に作ったトラップ)に足を取られる。
動きが止まった瞬間、正面の明智軍陣地から、濃密な弾幕が襲いかかる。
狙いは個々の兵士ではない。
「川の中央」という、事前に設定された空間(キルゾーン)だ。
そこに入った有機物は、例外なく鉛の塊によって粉砕される。
「第3射撃班、加熱(オーバーヒート)! 筒を冷やせ!」
「第4班、交代(スイッチ)! 射撃開始!」
前線近くに設置された指揮所で、坂上は床机(しょうぎ)に座ることなく、立ったまま指示を飛ばしていた。
その目は、目の前で弾け飛ぶ人体を見ているのではない。
頭の中に描かれた「継戦能力維持グラフ」を見ていた。
「左翼、弾薬消費ペースが速すぎる。斉射の間隔(インターバル)を2秒落とせ」
「は、はっ!」
「右翼、逆茂木が破損。工兵隊を回して補修しろ。敵の死体ごと埋めて壁にしても構わん」
伝令の兵士たちは、主君のあまりに冷徹な指示に、恐怖で顔を引きつらせながら走り回る。
隣に立つ斎藤利三が、青ざめた顔で呻いた。
「……殿。これは、戦(いくさ)ではありませぬ」
「何だ?」
「これは……屠殺(とさつ)です。武士の誇りも、名乗りも、駆け引きもない。ただ一方的に、虫を潰すように……」
利三の声は震えていた。
古来、戦場には美学があった。名乗りを上げ、一騎打ちをし、潔く散る。
だが、坂上が作り出したこの戦場には、英雄が存在する余地がない。あるのは「確率」と「効率」だけだ。
坂上は、双眼鏡代わりの単眼鏡を下ろし、利三を見た。
「利三。感傷に浸るな」
「しかし……!」
「お前は、あそこで死んでいる敵兵が可哀想か? ならば問うが、もし奴らがこのラインを突破すれば、次に死ぬのは誰だ?」
坂上は、背後に控える味方の兵たち、そしてその遥か後ろにいるであろう、家族たちの方角を親指で示した。
「我々だ。そして我々の家族だ。……戦争とは、敵の組織的抵抗力を物理的に破壊する作業だ。そこに美学を持ち込むと、無駄に人が死ぬ」
坂上の言葉は、現代の「防衛白書」のように乾いていた。
だが、その冷たさこそが、今は頼もしかった。
***
一方、羽柴秀吉の本陣。
天王山の麓、安全圏に陣取っていた秀吉は、扇子を握りしめ、顔を真っ赤にして叫んでいた。
「なんでじゃ! なんで落ちん!?」
秀吉の計算では、数で押し潰せるはずだった。
雨で鉄砲は使えない。相手は裏切り者の少数の軍勢。
第一波で突き崩し、そのまま雪崩れ込む。それが勝利の方程式だったはずだ。
だが、現実は違った。
川の水は赤く染まり、死体の山が堤防のように積み上がり、後続の進軍を阻んでいる。
「雨なのに……なんであんなに鉄砲が撃てるんじゃ! 魔法か! 光秀は天狗にでもなったんか!」
秀吉が喚き散らす横で、軍師・黒田官兵衛が、沈痛な面持ちで戦況を見つめていた。
「……魔法ではありませぬ。工夫です」
「工夫じゃと!?」
「筒に油紙を巻き、火口を守っております。それに……あの撃ち方。休みがありませぬ。おそらく、撃つ者と込める者を分け、流れ作業のように……」
官兵衛の優れた洞察力が、坂上の「システム」の正体を看破しつつあった。
だが、わかったところで対策はない。
「ええい、理屈はどうでもいい! わしは勝たねばならんのじゃ! ここで負ければ、わしは主殺しの逆賊を見逃した腰抜けになってしまう!」
秀吉は、血走った目で全軍に号令を下した。
「全軍突撃じゃ! 第一陣が全滅しても構わん! その屍(しかばね)を乗り越えて第二陣が突っ込め! 弾切れになるまで、人の波で押し潰せぇ!!」
狂気じみた命令。
だが、これこそが秀吉の強さだった。
なりふり構わぬ執着心。兵を捨て駒にしてでも勝利をもぎ取る、非情な決断力。
ウオオオオオオオ……!!
地響きと共に、秀吉軍の本隊、1万以上の兵が動き出した。
***
明智軍陣地。
坂上は、地面に伝わる振動の変化を感じ取った。
「来たか……」
敵の圧力(プレッシャー)が変わった。
これまでは散発的な波だったが、今度は「津波」だ。
視界を埋め尽くすほどの人、人、人。
先頭が撃ち倒されても、後続がそれを踏みつけ、一歩でも前へ進もうとする。
「て、敵兵、馬防柵に取り付きました!」
「第三区画、突破されます!」
鉄砲の冷却が追いつかない。
銃身が赤熱し、火薬が暴発する事故も起き始めた。
「システム」の処理能力(キャパシティ)を超えつつある。
前線の兵士たちの目に、恐怖の色が浮かぶ。
どんなに殺しても、敵が減らない。ゾンビ映画のような絶望感が、明智軍を蝕み始めた。
ここで指揮官が動揺すれば、崩壊(ルーティング)する。
坂上は、静かに息を吐いた。
コーヒーの味を思い出す。
苦味。覚醒。冷静。
「……プランBに移行する」
坂上の声は、戦場の喧騒の中でも、不思議とよく通った。
「プラン……B?」
「後退戦だ。……全軍、第一防衛ラインを破棄。煙幕を焚け。100メートル後方の『第二ライン』へ、射撃しつつ後退せよ(ファイア・アンド・ムーブメント)」
逃げるのではない。
敵をさらに深く、我々の懐(キルゾーン)の深淵へと引きずり込むのだ。
「誘い込んでやる。……本当の地獄は、ここからだ」
坂上は不敵に笑い、自らも一挺の鉄砲を手に取った。
その銃口は、敵ではなく、味方の頭上の「空間」に向けられていた。
撤退の合図となる、空砲を撃つために。
ズドォン! ズドォン! ズドォン!
それは、戦場における「咆哮」ではなかった。
一定のリズムを刻む、巨大な工場のプレス機のような、無機質な「作業音」だった。
円明寺川の河原は、地獄の様相を呈していた。
羽柴軍の前衛部隊は、勇敢だった。雨の中、泥に足を取られながらも、「一番槍」の功名を求めて突撃を繰り返した。
だが、その勇気は「システム」の前では無意味だった。
川を渡ろうとすれば、泥の中に隠された障害物(ぬかるみを人工的に作ったトラップ)に足を取られる。
動きが止まった瞬間、正面の明智軍陣地から、濃密な弾幕が襲いかかる。
狙いは個々の兵士ではない。
「川の中央」という、事前に設定された空間(キルゾーン)だ。
そこに入った有機物は、例外なく鉛の塊によって粉砕される。
「第3射撃班、加熱(オーバーヒート)! 筒を冷やせ!」
「第4班、交代(スイッチ)! 射撃開始!」
前線近くに設置された指揮所で、坂上は床机(しょうぎ)に座ることなく、立ったまま指示を飛ばしていた。
その目は、目の前で弾け飛ぶ人体を見ているのではない。
頭の中に描かれた「継戦能力維持グラフ」を見ていた。
「左翼、弾薬消費ペースが速すぎる。斉射の間隔(インターバル)を2秒落とせ」
「は、はっ!」
「右翼、逆茂木が破損。工兵隊を回して補修しろ。敵の死体ごと埋めて壁にしても構わん」
伝令の兵士たちは、主君のあまりに冷徹な指示に、恐怖で顔を引きつらせながら走り回る。
隣に立つ斎藤利三が、青ざめた顔で呻いた。
「……殿。これは、戦(いくさ)ではありませぬ」
「何だ?」
「これは……屠殺(とさつ)です。武士の誇りも、名乗りも、駆け引きもない。ただ一方的に、虫を潰すように……」
利三の声は震えていた。
古来、戦場には美学があった。名乗りを上げ、一騎打ちをし、潔く散る。
だが、坂上が作り出したこの戦場には、英雄が存在する余地がない。あるのは「確率」と「効率」だけだ。
坂上は、双眼鏡代わりの単眼鏡を下ろし、利三を見た。
「利三。感傷に浸るな」
「しかし……!」
「お前は、あそこで死んでいる敵兵が可哀想か? ならば問うが、もし奴らがこのラインを突破すれば、次に死ぬのは誰だ?」
坂上は、背後に控える味方の兵たち、そしてその遥か後ろにいるであろう、家族たちの方角を親指で示した。
「我々だ。そして我々の家族だ。……戦争とは、敵の組織的抵抗力を物理的に破壊する作業だ。そこに美学を持ち込むと、無駄に人が死ぬ」
坂上の言葉は、現代の「防衛白書」のように乾いていた。
だが、その冷たさこそが、今は頼もしかった。
***
一方、羽柴秀吉の本陣。
天王山の麓、安全圏に陣取っていた秀吉は、扇子を握りしめ、顔を真っ赤にして叫んでいた。
「なんでじゃ! なんで落ちん!?」
秀吉の計算では、数で押し潰せるはずだった。
雨で鉄砲は使えない。相手は裏切り者の少数の軍勢。
第一波で突き崩し、そのまま雪崩れ込む。それが勝利の方程式だったはずだ。
だが、現実は違った。
川の水は赤く染まり、死体の山が堤防のように積み上がり、後続の進軍を阻んでいる。
「雨なのに……なんであんなに鉄砲が撃てるんじゃ! 魔法か! 光秀は天狗にでもなったんか!」
秀吉が喚き散らす横で、軍師・黒田官兵衛が、沈痛な面持ちで戦況を見つめていた。
「……魔法ではありませぬ。工夫です」
「工夫じゃと!?」
「筒に油紙を巻き、火口を守っております。それに……あの撃ち方。休みがありませぬ。おそらく、撃つ者と込める者を分け、流れ作業のように……」
官兵衛の優れた洞察力が、坂上の「システム」の正体を看破しつつあった。
だが、わかったところで対策はない。
「ええい、理屈はどうでもいい! わしは勝たねばならんのじゃ! ここで負ければ、わしは主殺しの逆賊を見逃した腰抜けになってしまう!」
秀吉は、血走った目で全軍に号令を下した。
「全軍突撃じゃ! 第一陣が全滅しても構わん! その屍(しかばね)を乗り越えて第二陣が突っ込め! 弾切れになるまで、人の波で押し潰せぇ!!」
狂気じみた命令。
だが、これこそが秀吉の強さだった。
なりふり構わぬ執着心。兵を捨て駒にしてでも勝利をもぎ取る、非情な決断力。
ウオオオオオオオ……!!
地響きと共に、秀吉軍の本隊、1万以上の兵が動き出した。
***
明智軍陣地。
坂上は、地面に伝わる振動の変化を感じ取った。
「来たか……」
敵の圧力(プレッシャー)が変わった。
これまでは散発的な波だったが、今度は「津波」だ。
視界を埋め尽くすほどの人、人、人。
先頭が撃ち倒されても、後続がそれを踏みつけ、一歩でも前へ進もうとする。
「て、敵兵、馬防柵に取り付きました!」
「第三区画、突破されます!」
鉄砲の冷却が追いつかない。
銃身が赤熱し、火薬が暴発する事故も起き始めた。
「システム」の処理能力(キャパシティ)を超えつつある。
前線の兵士たちの目に、恐怖の色が浮かぶ。
どんなに殺しても、敵が減らない。ゾンビ映画のような絶望感が、明智軍を蝕み始めた。
ここで指揮官が動揺すれば、崩壊(ルーティング)する。
坂上は、静かに息を吐いた。
コーヒーの味を思い出す。
苦味。覚醒。冷静。
「……プランBに移行する」
坂上の声は、戦場の喧騒の中でも、不思議とよく通った。
「プラン……B?」
「後退戦だ。……全軍、第一防衛ラインを破棄。煙幕を焚け。100メートル後方の『第二ライン』へ、射撃しつつ後退せよ(ファイア・アンド・ムーブメント)」
逃げるのではない。
敵をさらに深く、我々の懐(キルゾーン)の深淵へと引きずり込むのだ。
「誘い込んでやる。……本当の地獄は、ここからだ」
坂上は不敵に笑い、自らも一挺の鉄砲を手に取った。
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