​「敵は本能寺!」で転生したイージス艦長の明智光秀。現代防衛論と遅滞戦術で「中国大返し」を迎撃し、三日天下を回避する

月神世一

文字の大きさ
7 / 9

EP 7

しおりを挟む
状況開始(バトル・スタート)
 ズドォン! ズドォン! ズドォン!
 それは、戦場における「咆哮」ではなかった。
 一定のリズムを刻む、巨大な工場のプレス機のような、無機質な「作業音」だった。
 円明寺川の河原は、地獄の様相を呈していた。
 羽柴軍の前衛部隊は、勇敢だった。雨の中、泥に足を取られながらも、「一番槍」の功名を求めて突撃を繰り返した。
 だが、その勇気は「システム」の前では無意味だった。
 川を渡ろうとすれば、泥の中に隠された障害物(ぬかるみを人工的に作ったトラップ)に足を取られる。
 動きが止まった瞬間、正面の明智軍陣地から、濃密な弾幕が襲いかかる。
 狙いは個々の兵士ではない。
 「川の中央」という、事前に設定された空間(キルゾーン)だ。
 そこに入った有機物は、例外なく鉛の塊によって粉砕される。
「第3射撃班、加熱(オーバーヒート)! 筒を冷やせ!」
「第4班、交代(スイッチ)! 射撃開始!」
 前線近くに設置された指揮所で、坂上は床机(しょうぎ)に座ることなく、立ったまま指示を飛ばしていた。
 その目は、目の前で弾け飛ぶ人体を見ているのではない。
 頭の中に描かれた「継戦能力維持グラフ」を見ていた。
「左翼、弾薬消費ペースが速すぎる。斉射の間隔(インターバル)を2秒落とせ」
「は、はっ!」
「右翼、逆茂木が破損。工兵隊を回して補修しろ。敵の死体ごと埋めて壁にしても構わん」
 伝令の兵士たちは、主君のあまりに冷徹な指示に、恐怖で顔を引きつらせながら走り回る。
 隣に立つ斎藤利三が、青ざめた顔で呻いた。
「……殿。これは、戦(いくさ)ではありませぬ」
「何だ?」
「これは……屠殺(とさつ)です。武士の誇りも、名乗りも、駆け引きもない。ただ一方的に、虫を潰すように……」
 利三の声は震えていた。
 古来、戦場には美学があった。名乗りを上げ、一騎打ちをし、潔く散る。
 だが、坂上が作り出したこの戦場には、英雄が存在する余地がない。あるのは「確率」と「効率」だけだ。
 坂上は、双眼鏡代わりの単眼鏡を下ろし、利三を見た。
「利三。感傷に浸るな」
「しかし……!」
「お前は、あそこで死んでいる敵兵が可哀想か? ならば問うが、もし奴らがこのラインを突破すれば、次に死ぬのは誰だ?」
 坂上は、背後に控える味方の兵たち、そしてその遥か後ろにいるであろう、家族たちの方角を親指で示した。
「我々だ。そして我々の家族だ。……戦争とは、敵の組織的抵抗力を物理的に破壊する作業だ。そこに美学を持ち込むと、無駄に人が死ぬ」
 坂上の言葉は、現代の「防衛白書」のように乾いていた。
 だが、その冷たさこそが、今は頼もしかった。
 ***
 一方、羽柴秀吉の本陣。
 天王山の麓、安全圏に陣取っていた秀吉は、扇子を握りしめ、顔を真っ赤にして叫んでいた。
「なんでじゃ! なんで落ちん!?」
 秀吉の計算では、数で押し潰せるはずだった。
 雨で鉄砲は使えない。相手は裏切り者の少数の軍勢。
 第一波で突き崩し、そのまま雪崩れ込む。それが勝利の方程式だったはずだ。
 だが、現実は違った。
 川の水は赤く染まり、死体の山が堤防のように積み上がり、後続の進軍を阻んでいる。
「雨なのに……なんであんなに鉄砲が撃てるんじゃ! 魔法か! 光秀は天狗にでもなったんか!」
 秀吉が喚き散らす横で、軍師・黒田官兵衛が、沈痛な面持ちで戦況を見つめていた。
「……魔法ではありませぬ。工夫です」
「工夫じゃと!?」
「筒に油紙を巻き、火口を守っております。それに……あの撃ち方。休みがありませぬ。おそらく、撃つ者と込める者を分け、流れ作業のように……」
 官兵衛の優れた洞察力が、坂上の「システム」の正体を看破しつつあった。
 だが、わかったところで対策はない。
「ええい、理屈はどうでもいい! わしは勝たねばならんのじゃ! ここで負ければ、わしは主殺しの逆賊を見逃した腰抜けになってしまう!」
 秀吉は、血走った目で全軍に号令を下した。
「全軍突撃じゃ! 第一陣が全滅しても構わん! その屍(しかばね)を乗り越えて第二陣が突っ込め! 弾切れになるまで、人の波で押し潰せぇ!!」
 狂気じみた命令。
 だが、これこそが秀吉の強さだった。
 なりふり構わぬ執着心。兵を捨て駒にしてでも勝利をもぎ取る、非情な決断力。
 ウオオオオオオオ……!!
 地響きと共に、秀吉軍の本隊、1万以上の兵が動き出した。
 ***
 明智軍陣地。
 坂上は、地面に伝わる振動の変化を感じ取った。
「来たか……」
 敵の圧力(プレッシャー)が変わった。
 これまでは散発的な波だったが、今度は「津波」だ。
 視界を埋め尽くすほどの人、人、人。
 先頭が撃ち倒されても、後続がそれを踏みつけ、一歩でも前へ進もうとする。
「て、敵兵、馬防柵に取り付きました!」
「第三区画、突破されます!」
 鉄砲の冷却が追いつかない。
 銃身が赤熱し、火薬が暴発する事故も起き始めた。
 「システム」の処理能力(キャパシティ)を超えつつある。
 前線の兵士たちの目に、恐怖の色が浮かぶ。
 どんなに殺しても、敵が減らない。ゾンビ映画のような絶望感が、明智軍を蝕み始めた。
 ここで指揮官が動揺すれば、崩壊(ルーティング)する。
 坂上は、静かに息を吐いた。
 コーヒーの味を思い出す。
 苦味。覚醒。冷静。
「……プランBに移行する」
 坂上の声は、戦場の喧騒の中でも、不思議とよく通った。
「プラン……B?」
「後退戦だ。……全軍、第一防衛ラインを破棄。煙幕を焚け。100メートル後方の『第二ライン』へ、射撃しつつ後退せよ(ファイア・アンド・ムーブメント)」
 逃げるのではない。
 敵をさらに深く、我々の懐(キルゾーン)の深淵へと引きずり込むのだ。
「誘い込んでやる。……本当の地獄は、ここからだ」
 坂上は不敵に笑い、自らも一挺の鉄砲を手に取った。
 その銃口は、敵ではなく、味方の頭上の「空間」に向けられていた。
 撤退の合図となる、空砲を撃つために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...