4 / 11
EP 4
しおりを挟む
シェアハウスの光と闇(前編)~土下座アイドル~
城下町、中央区。
ここに、近代的な外観の4LDKマンションがある。
オートロック完備、魔法セキュリティ付き。家賃は一人当たり金貨3枚(約3万円)。
本来なら、中流階級以上の冒険者が暮らす優良物件だ。
だが、その一室――201号室のリビングには、異様な光景が広がっていた。
「……ふぅ。今日の朝食も、素晴らしい焼き加減ですわ」
テーブル(拾ってきた段ボール箱)に向かい、優雅にフォークとナイフを構える少女。
透き通るような青い髪、宝石のような瞳。
彼女こそ、海中国家シーランの第一王女にして、親善大使のリーザである。
その皿の上に乗っているのは――『パンの耳』だ。
しかも、パン屋で「鯉の餌です」と言ってタダで貰ってきた、一番端っこの固い部分である。
「カリッと香ばしいクラスト(耳)に、あえて何もつけず、小麦本来の甘みを味わう……これぞ、通の楽しみ」
サクッ、サクッ。
リーザはパンの耳を、まるで最高級フレンチのパイ包みのように上品に口へ運ぶ。
「そして、付け合せは『春の野草サラダ(公園のタンポポとノビル)』。ドレッシングはタロウマートの試供品。……完璧な栄養バランスね」
彼女は微笑んだ。
その笑顔に一点の曇りもない。
なぜなら彼女は信じているからだ。
自分が、この太郎国で成功を収めたトップアイドルであると。
◇
午後。駅前の広場。
俺、佐藤太郎は、変装用のサングラスをかけて物陰からその光景を覗き見ていた。
「あー……やってるな」
広場の片隅。
スーパーの搬入口の横に、ポツンと置かれた『みかん箱』。
その上に、手作りのフリフリ衣装(古着のリメイク)を着たリーザが立っている。
「みんなー! 元気ー!? シーランの歌姫、リーザだよー!」
彼女が手を振る。
観客は、最前列に陣取る薄汚れたおっさん達(主にテント村の住人)と、買い物帰りの主婦が数人。
「うおおお! リーザちゃーん! 今日もパンの耳持ってきたぞー!」
「ありがとう! ファンからの差し入れ(貢物)ね!」
違う、それは餌付けだ。
だがリーザは感極まった表情でパンの耳を受け取ると、マイク(ラップの芯)を握りしめた。
「それじゃあ聞いてください! 私とみんなを繋ぐ、奇跡の歌!」
イントロはない。彼女のアカペラと、おっさん達の手拍子だけが響く。
「♪五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!」
「(ハイ! ハイ!)」
俺が適当に作詞した『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』だ。
歌詞の内容はひどい。「小銭をよこせ」「札束は重いから硬貨がいい」という、現世利益のみを追求した歌だ。
「♪銅(あか)でもない 銀(しろ)でもない~ 狙い打つのは 真鍮(しんちゅう)のゴールド!」
だが、リーザの歌声は本物だった。
人魚族特有の『魅了』が乗った美声は、ふざけた歌詞を神聖な賛美歌へと昇華させている。
通りすがりのサラリーマンが、思わず足を止めて涙ぐむレベルだ。
「♪絶対無敵のスパチャアイドル! 五円が積もれば 山となる!」
「♪推しの生活 支えてちょーだい!」
チャリン! チャリン!
歌のサビに合わせて、みかん箱の前の空き缶に、5円玉や10円玉が投げ込まれる。
リーザの瞳が、金色の輝きを見てキラキラと光る。
「ありがとう! みんなの愛(小銭)、受け取ったよー!」
ライブ終了後。
リーザは空き缶の中身を数え、満面の笑みを浮かべていた。
「すごい……今日は350円(銅貨3枚とちょっと)も集まったわ! これで今夜は『タローソン』の『からあげクン』が買える!」
王女の金銭感覚が崩壊している。
俺は頭を抱えた。
元はと言えば、俺が小遣い稼ぎのために彼女をプロデュースし、ブームが去った後に放置したのが原因だ。
だが、本人は「地下アイドルとしての修業期間! 楽しい!」と勘違いして、帰国を拒否しているのだ。
その時、一人の郵便配達員がリーザに手紙を渡した。
「リーザちゃん、実家から手紙だよ」
「まあ! お母様(女王リヴァイアサン)からだわ!」
リーザはその場で封を開け、読み上げ始めた。
『愛する娘、リーザへ。
手紙を読みましたよ。太郎国での大活躍、母も鼻が高いです。
何万人もの観衆の前で歌い、黄金(5円玉)の雨が降る毎日だとか。
さすがは我が娘。不自由なく暮らしているようで安心しました。
もし少しでも苦労しているようなら、軍を率いて迎えに行きますからね』
「……」
俺の背筋が凍った。
やばい。この誤解はマズい。
「黄金の雨」って、5円玉投げ銭のことかよ!
もしリヴァイアサンが今の「パンの耳生活」を見たら、太郎国は津波で沈むぞ。
だが、リーザは手紙を胸に抱き、うっとりと空を見上げた。
「お母様……分かってくれているのね。私の成功を」
ポジティブすぎる。
そのメンタルはオリハルコンか。
「さあ、今日は稼いだから、奮発して『もやし』も買っちゃおうかな! 帰ってパーティーよ!」
リーザはスキップしながら、夕暮れの街へと消えていった。
その背中には、王族の威厳もプライドもない。あるのは「生きる力」だけだ。
俺はタバコを深く吸い込み、天を仰いだ。
……とりあえず、ゴルド商会のリベラに頼んで、実家への報告書をさらに検閲してもらうか。
城下町、中央区。
ここに、近代的な外観の4LDKマンションがある。
オートロック完備、魔法セキュリティ付き。家賃は一人当たり金貨3枚(約3万円)。
本来なら、中流階級以上の冒険者が暮らす優良物件だ。
だが、その一室――201号室のリビングには、異様な光景が広がっていた。
「……ふぅ。今日の朝食も、素晴らしい焼き加減ですわ」
テーブル(拾ってきた段ボール箱)に向かい、優雅にフォークとナイフを構える少女。
透き通るような青い髪、宝石のような瞳。
彼女こそ、海中国家シーランの第一王女にして、親善大使のリーザである。
その皿の上に乗っているのは――『パンの耳』だ。
しかも、パン屋で「鯉の餌です」と言ってタダで貰ってきた、一番端っこの固い部分である。
「カリッと香ばしいクラスト(耳)に、あえて何もつけず、小麦本来の甘みを味わう……これぞ、通の楽しみ」
サクッ、サクッ。
リーザはパンの耳を、まるで最高級フレンチのパイ包みのように上品に口へ運ぶ。
「そして、付け合せは『春の野草サラダ(公園のタンポポとノビル)』。ドレッシングはタロウマートの試供品。……完璧な栄養バランスね」
彼女は微笑んだ。
その笑顔に一点の曇りもない。
なぜなら彼女は信じているからだ。
自分が、この太郎国で成功を収めたトップアイドルであると。
◇
午後。駅前の広場。
俺、佐藤太郎は、変装用のサングラスをかけて物陰からその光景を覗き見ていた。
「あー……やってるな」
広場の片隅。
スーパーの搬入口の横に、ポツンと置かれた『みかん箱』。
その上に、手作りのフリフリ衣装(古着のリメイク)を着たリーザが立っている。
「みんなー! 元気ー!? シーランの歌姫、リーザだよー!」
彼女が手を振る。
観客は、最前列に陣取る薄汚れたおっさん達(主にテント村の住人)と、買い物帰りの主婦が数人。
「うおおお! リーザちゃーん! 今日もパンの耳持ってきたぞー!」
「ありがとう! ファンからの差し入れ(貢物)ね!」
違う、それは餌付けだ。
だがリーザは感極まった表情でパンの耳を受け取ると、マイク(ラップの芯)を握りしめた。
「それじゃあ聞いてください! 私とみんなを繋ぐ、奇跡の歌!」
イントロはない。彼女のアカペラと、おっさん達の手拍子だけが響く。
「♪五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!」
「(ハイ! ハイ!)」
俺が適当に作詞した『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』だ。
歌詞の内容はひどい。「小銭をよこせ」「札束は重いから硬貨がいい」という、現世利益のみを追求した歌だ。
「♪銅(あか)でもない 銀(しろ)でもない~ 狙い打つのは 真鍮(しんちゅう)のゴールド!」
だが、リーザの歌声は本物だった。
人魚族特有の『魅了』が乗った美声は、ふざけた歌詞を神聖な賛美歌へと昇華させている。
通りすがりのサラリーマンが、思わず足を止めて涙ぐむレベルだ。
「♪絶対無敵のスパチャアイドル! 五円が積もれば 山となる!」
「♪推しの生活 支えてちょーだい!」
チャリン! チャリン!
歌のサビに合わせて、みかん箱の前の空き缶に、5円玉や10円玉が投げ込まれる。
リーザの瞳が、金色の輝きを見てキラキラと光る。
「ありがとう! みんなの愛(小銭)、受け取ったよー!」
ライブ終了後。
リーザは空き缶の中身を数え、満面の笑みを浮かべていた。
「すごい……今日は350円(銅貨3枚とちょっと)も集まったわ! これで今夜は『タローソン』の『からあげクン』が買える!」
王女の金銭感覚が崩壊している。
俺は頭を抱えた。
元はと言えば、俺が小遣い稼ぎのために彼女をプロデュースし、ブームが去った後に放置したのが原因だ。
だが、本人は「地下アイドルとしての修業期間! 楽しい!」と勘違いして、帰国を拒否しているのだ。
その時、一人の郵便配達員がリーザに手紙を渡した。
「リーザちゃん、実家から手紙だよ」
「まあ! お母様(女王リヴァイアサン)からだわ!」
リーザはその場で封を開け、読み上げ始めた。
『愛する娘、リーザへ。
手紙を読みましたよ。太郎国での大活躍、母も鼻が高いです。
何万人もの観衆の前で歌い、黄金(5円玉)の雨が降る毎日だとか。
さすがは我が娘。不自由なく暮らしているようで安心しました。
もし少しでも苦労しているようなら、軍を率いて迎えに行きますからね』
「……」
俺の背筋が凍った。
やばい。この誤解はマズい。
「黄金の雨」って、5円玉投げ銭のことかよ!
もしリヴァイアサンが今の「パンの耳生活」を見たら、太郎国は津波で沈むぞ。
だが、リーザは手紙を胸に抱き、うっとりと空を見上げた。
「お母様……分かってくれているのね。私の成功を」
ポジティブすぎる。
そのメンタルはオリハルコンか。
「さあ、今日は稼いだから、奮発して『もやし』も買っちゃおうかな! 帰ってパーティーよ!」
リーザはスキップしながら、夕暮れの街へと消えていった。
その背中には、王族の威厳もプライドもない。あるのは「生きる力」だけだ。
俺はタバコを深く吸い込み、天を仰いだ。
……とりあえず、ゴルド商会のリベラに頼んで、実家への報告書をさらに検閲してもらうか。
0
あなたにおすすめの小説
無自覚チートで無双する気はなかったのに、小石を投げたら山が崩れ、クシャミをしたら魔王が滅びた。俺はただ、平穏に暮らしたいだけなんです!
黒崎隼人
ファンタジー
トラックに轢かれ、平凡な人生を終えたはずのサラリーマン、ユウキ。彼が次に目覚めたのは、剣と魔法の異世界だった。
「あれ?なんか身体が軽いな」
その程度の認識で放った小石が岩を砕き、ただのジャンプが木々を越える。本人は自分の異常さに全く気づかないまま、ゴブリンを避けようとして一撃でなぎ倒し、怪我人を見つけて「血、止まらないかな」と願えば傷が癒える。
これは、自分の持つ規格外の力に一切気づかない男が、善意と天然で周囲の度肝を抜き、勘違いされながら意図せず英雄へと成り上がっていく、無自覚無双ファンタジー!
35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~
月神世一
ファンタジー
紹介文
「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」
そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。
失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。
「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」
手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。
電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。
さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!?
森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、
罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、
競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。
これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。
……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
週二回更新になります。お気に入り・感想、宜しくお願いします。
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる