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EP 6
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「……承知いたしました。この山本、地獄の底までその『お茶会』にお付き合い致しましょう」
山本五十六が深々と頭を下げたのを見届け、リベラは満足げに微笑んだ。
帝国海軍の頭脳であり、後に連合艦隊司令長官となる男が、完全に自分の手駒――いや、共犯者となった瞬間だった。
「ですが、桜田総帥」
顔を上げた山本は、海軍軍人としての鋭い光を瞳に宿してリベラを見た。
「兵站を締め上げられれば、陸軍の急進派は必ず実力行使に出ます。奴らは法廷や議会ではなく、凶弾と軍刀で事態を解決しようとする。桜田邸への夜襲、あるいは暗殺……その備えは?」
「ええ。法律も経済も、究極的には『暴力』の前に屈してしまう。それは身を以て知っていますから」
リベラは事も無げに頷くと、膝の上の優太をあやしながら、パン、と軽く一度だけ柏手を打った。
「柴田。いるわね?」
「ハッ。こちらに」
襖の奥、そして庭の植込みの影から、音もなく複数の男たちが姿を現した。
全員が桜田財閥の財力であつらえた最高級の三つ揃いのスーツを身に纏っている。しかし、その立ち振る舞いは明らかに『堅気』のそれではない。
重心を低く落とし、懐に忍ばせた得物にいつでも手が届く構え。そして何より、周囲の空間から一切の死角を消し去るような、異常なまでの警戒網(フォーメーション)。
数々の修羅場を潜り抜けてきた山本は、一瞬で彼らが放つ特異な殺気に気がついた。
「この男たちは……憲兵でも、予備役でもないな。一体どこで……」
「私の個人的な『社員』です。軍の上官を殴って放逐された優秀なはぐれ者や、スラムでその日暮らしをしていた喧嘩自慢の野犬たち。……まあ、昔取った杵柄というやつで、こういう手合いの『躾け方』には慣れているんですよ」
リベラはくすりと笑い、リーダー格である顔に傷のある大柄な男――柴田に視線を向けた。
その瞬間、リベラの纏う空気が、優雅な財閥令嬢から、関東一帯の不良を恐怖で支配した『総長』のそれに切り替わる。
「柴田。もし陸軍のチンピラ共が、優太の半径十メートル以内に踏み込んできたら?」
「ハッ。相手が将官であろうと、抜刀する前に四肢の関節を砕きます。若頭(優太)の視界に、血の一滴たりとも見せやしませんよ、アネゴ」
恭しく一礼する柴田の言葉に、海軍大将と山本は言葉を失った。
大日本帝国を裏から牛耳る財閥の女総帥が、血の匂いの染み付いた猟犬たちから『アネゴ』と呼ばれ、それを当然のように受け入れている。
彼らは知らない。リベラがこの数週間の間に、現代のCQB(近接戦闘)や要人警護(VIPプロテクション)の概念を、身を以て――つまり、徒手空拳の叩き合いで彼らに教え込んだことを。
「そういうことです、少将。暴力には、より洗練された暴力と圧倒的な金で対処します。軍法会議に引きずり出す前の『下ごしらえ』は、彼らが完璧にこなしますから」
リベラは立ち上がり、すっかり眠りに落ちた優太の背中を優しくトントンと叩いた。
「さて。優太がお昼寝の時間に入りました。この子が起きる前に、私には書かなければならない手紙があります」
「手紙、ですか?」
「ええ。近衛文麿公爵への、極秘の招待状です」
リベラは窓の外、帝都の空を見つめながら、ひどく冷酷に唇を歪めた。
「最高に美味い餌をぶら下げて、あの見栄っ張りの風見鶏を私の盤面に引きずり下ろします。……国を一つ乗っ取るんです。少将も大将も、死ぬ気で働いていただきますよ」
山本五十六が深々と頭を下げたのを見届け、リベラは満足げに微笑んだ。
帝国海軍の頭脳であり、後に連合艦隊司令長官となる男が、完全に自分の手駒――いや、共犯者となった瞬間だった。
「ですが、桜田総帥」
顔を上げた山本は、海軍軍人としての鋭い光を瞳に宿してリベラを見た。
「兵站を締め上げられれば、陸軍の急進派は必ず実力行使に出ます。奴らは法廷や議会ではなく、凶弾と軍刀で事態を解決しようとする。桜田邸への夜襲、あるいは暗殺……その備えは?」
「ええ。法律も経済も、究極的には『暴力』の前に屈してしまう。それは身を以て知っていますから」
リベラは事も無げに頷くと、膝の上の優太をあやしながら、パン、と軽く一度だけ柏手を打った。
「柴田。いるわね?」
「ハッ。こちらに」
襖の奥、そして庭の植込みの影から、音もなく複数の男たちが姿を現した。
全員が桜田財閥の財力であつらえた最高級の三つ揃いのスーツを身に纏っている。しかし、その立ち振る舞いは明らかに『堅気』のそれではない。
重心を低く落とし、懐に忍ばせた得物にいつでも手が届く構え。そして何より、周囲の空間から一切の死角を消し去るような、異常なまでの警戒網(フォーメーション)。
数々の修羅場を潜り抜けてきた山本は、一瞬で彼らが放つ特異な殺気に気がついた。
「この男たちは……憲兵でも、予備役でもないな。一体どこで……」
「私の個人的な『社員』です。軍の上官を殴って放逐された優秀なはぐれ者や、スラムでその日暮らしをしていた喧嘩自慢の野犬たち。……まあ、昔取った杵柄というやつで、こういう手合いの『躾け方』には慣れているんですよ」
リベラはくすりと笑い、リーダー格である顔に傷のある大柄な男――柴田に視線を向けた。
その瞬間、リベラの纏う空気が、優雅な財閥令嬢から、関東一帯の不良を恐怖で支配した『総長』のそれに切り替わる。
「柴田。もし陸軍のチンピラ共が、優太の半径十メートル以内に踏み込んできたら?」
「ハッ。相手が将官であろうと、抜刀する前に四肢の関節を砕きます。若頭(優太)の視界に、血の一滴たりとも見せやしませんよ、アネゴ」
恭しく一礼する柴田の言葉に、海軍大将と山本は言葉を失った。
大日本帝国を裏から牛耳る財閥の女総帥が、血の匂いの染み付いた猟犬たちから『アネゴ』と呼ばれ、それを当然のように受け入れている。
彼らは知らない。リベラがこの数週間の間に、現代のCQB(近接戦闘)や要人警護(VIPプロテクション)の概念を、身を以て――つまり、徒手空拳の叩き合いで彼らに教え込んだことを。
「そういうことです、少将。暴力には、より洗練された暴力と圧倒的な金で対処します。軍法会議に引きずり出す前の『下ごしらえ』は、彼らが完璧にこなしますから」
リベラは立ち上がり、すっかり眠りに落ちた優太の背中を優しくトントンと叩いた。
「さて。優太がお昼寝の時間に入りました。この子が起きる前に、私には書かなければならない手紙があります」
「手紙、ですか?」
「ええ。近衛文麿公爵への、極秘の招待状です」
リベラは窓の外、帝都の空を見つめながら、ひどく冷酷に唇を歪めた。
「最高に美味い餌をぶら下げて、あの見栄っ張りの風見鶏を私の盤面に引きずり下ろします。……国を一つ乗っ取るんです。少将も大将も、死ぬ気で働いていただきますよ」
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