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第二章 カツ丼とアイドル
EP 2
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突入! ボロ倉庫の取り調べ室
その瞬間は、唐突に訪れた。
私が「空き缶を拾って、また置く」という、環境美化なのかポイ捨てなのか法的にグレーな高等戦術を繰り広げようとした、その時だ。
ガガガガッ……!
重苦しい金属音と共に、目の前の錆びついたシャッターが勢いよく巻き上がった。
来た!
ついにSWATのお出ましだ!
私は空き缶を握りしめ、精一杯の「悪のポーズ」を取ろうとした。
「フフフ……ようやくお出出ましか、公権力の――」
しかし、私の口上が終わるより早く、シャッターの奥から何かが転がってきた。
黒い、筒状の物体。
それが私の足元でピタりと止まる。
「……え? 水筒?」
カッッッ!!!!
直後、視界が真っ白に染まった。
閃光弾(スタングレネード)だ。
強烈な閃光と、鼓膜をつんざく爆音が、私の三半規管をシェイクする。
「目が! 目がぁぁぁぁッ!?」
「突入(ゴー)! 確保しろ!」
「了解(ラジャー)!」
ドカドカドカッ!
視力を失った私の周囲に、複数の足音が殺到する。
え、ちょっと待って。手錠をかけられて「お前を逮捕する!」って言われるんじゃないの?
いきなり実力行使!?
「ちょ、タンマ! 私、ただのカツ丼希望者で……!」
言い訳をする間もなく、私の身体はプロの手つきで地面に押さえつけられた。
冷たいコンクリートの感触。ねじ上げられる腕。
「容疑者確保! 連行する!」
薄れゆく意識の中で、私は思った。
……公務員、容赦なさすぎですわ……。
◇
――ポタ、ポタ。
水滴の落ちる音で、私は目を覚ました。
頭が重い。鼻の奥に、湿ったカビと鉄錆の匂いがする。
「……ここは?」
目を開けると、そこは薄暗いコンクリート打ちっぱなしの部屋だった。
天井から裸電球が一つぶら下がり、頼りない光を投げかけている。
私は部屋の中央にあるパイプ椅子に座らされていた。手首には手錠(プラスチック製)……ではなく、なぜか結束バンド。
「気がついたか」
前方の闇から、低い声が響いた。
パイプ椅子を逆向きに座り、背もたれに腕を乗せて私を見下ろす男。
タロウ国T-SWAT隊長、鮫島勇護だ。
逆光で表情は見えないが、タバコの火だけが赤く明滅している。
「ひぃッ……鮫島さん!?」
「ここでは隊長と呼べ。……さて、尋問を始める」
鮫島隊長は、口から紫煙を長く吐き出した。
その迫力は、完全に映画で見る「汚職刑事」か「マフィアのボス」のそれだ。
「吐け。誰の差し金だ? ナンバーズか? それとも旧王国の残党か?」
「えっ、あ、あの……」
「この倉庫の前で、石を投げ、反復横跳びをするという高度な挑発行為……。ただの愉快犯じゃねぇな? 目的は何だ」
鋭い眼光がサングラス越しに突き刺さる。
怖い。おしっこ漏れそう。
でも、私には引けない理由がある。
私は結束バンドで縛られたまま、身を乗り出した。
「も、目的は……たった一つですわ!」
「ほう。言ってみろ」
「カツ丼です!!」
「……あ?」
鮫島隊長の眉がピクリと動いた。
「カ、カツ丼が出ると聞いたんです! ここに取り調べられると、絶品のカツ丼が食べられると! だから私、必死に悪ぶって……!」
私は涙ながらに訴えた。
パンの耳生活の辛さ。雑草の苦さ。そして、豚肉への渇望。
鮫島隊長は、しばらくポカンとしていたが、やがて深くため息をつき、頭を抱えた。
「……お前、バカだろ」
「バカとはなんですの! 食欲は生きる源ですわ!」
「カツ丼が出るのはドラマの中だけだ。ここは現実(リアル)だぞ。予算が出るわけねぇだろ」
「そ、そんなぁぁぁッ!!」
絶望。
私の作戦は、根本から破綻していたのだ。
カツ丼がないなら、私はただ、痛い思いをして結束バンドで縛られただけの不審者ではないか。
その時だった。
コンコン。
重厚な鉄扉がノックされた。
「隊長~! お茶淹れましたよ~! あと、コンビニでカツ丼買ってきました~!」
え?
カツ丼?
ガチャリと扉が開き、明るい声と共に二人の人物が入ってきた。
一人は、SWATのロゴ入りタクティカルベストを着込んだ、兎耳の少女。
もう一人は、特注の防弾プロテクターで巨体を包んだ、強面の竜人。
「……へ?」
私は我が目を疑った。
「あら、リーザちゃん起きた? はい、お茶」
「よう、ライバル。……じゃなかった、容疑者」
そこには、私のルームメイトであるキャルルさんと、テント村の顔馴染みであるイグニスさんが立っていたのだ。
しかも、二人ともバッチリと制服を着こなしている。
「きゃ、キャルルさん!? イグニスさん!? なんでここに!? しかもその格好……!」
「え? だって私たち、今日からSWAT隊員だもん」
キャルルさんは、私の前の机に「タローソンのカツ丼(温め済み)」とお茶を置きながら、あっけらかんと言った。
「隊員……?」
「うん! 鮫島隊長にスカウトされたの! 『お前の足なら弾より速い』って! 月給は金貨20枚(20万円)だって!」
「お、俺もだ……。『お前の火力なら壁を抜ける』って言われてな。……もう無職じゃねぇ。公務員だ」
イグニスさんが、少し照れくさそうに、しかし誇らしげに敬礼をして見せた。
金貨20枚。
公務員。
安定収入。
その単語が、私の脳内で木霊する。
私がパンの耳をかじり、五円玉を鼻に詰めて小銭を稼いでいる間に。
この二人は、しれっと就職して、高給取りになっていたのだ。
「う……うそ……」
「さ、カツ丼食っていいぞ。キャルルの奢りだ」
鮫島隊長が私の結束バンドをナイフで切った。
自由になった手。
目の前には、湯気を立てるカツ丼。
求めていた夢の食事。
なのに、なぜだろう。
ちっとも嬉しくない。
むしろ、カツ丼の湯気が、私の惨めな涙で霞んで見えた。
その瞬間は、唐突に訪れた。
私が「空き缶を拾って、また置く」という、環境美化なのかポイ捨てなのか法的にグレーな高等戦術を繰り広げようとした、その時だ。
ガガガガッ……!
重苦しい金属音と共に、目の前の錆びついたシャッターが勢いよく巻き上がった。
来た!
ついにSWATのお出ましだ!
私は空き缶を握りしめ、精一杯の「悪のポーズ」を取ろうとした。
「フフフ……ようやくお出出ましか、公権力の――」
しかし、私の口上が終わるより早く、シャッターの奥から何かが転がってきた。
黒い、筒状の物体。
それが私の足元でピタりと止まる。
「……え? 水筒?」
カッッッ!!!!
直後、視界が真っ白に染まった。
閃光弾(スタングレネード)だ。
強烈な閃光と、鼓膜をつんざく爆音が、私の三半規管をシェイクする。
「目が! 目がぁぁぁぁッ!?」
「突入(ゴー)! 確保しろ!」
「了解(ラジャー)!」
ドカドカドカッ!
視力を失った私の周囲に、複数の足音が殺到する。
え、ちょっと待って。手錠をかけられて「お前を逮捕する!」って言われるんじゃないの?
いきなり実力行使!?
「ちょ、タンマ! 私、ただのカツ丼希望者で……!」
言い訳をする間もなく、私の身体はプロの手つきで地面に押さえつけられた。
冷たいコンクリートの感触。ねじ上げられる腕。
「容疑者確保! 連行する!」
薄れゆく意識の中で、私は思った。
……公務員、容赦なさすぎですわ……。
◇
――ポタ、ポタ。
水滴の落ちる音で、私は目を覚ました。
頭が重い。鼻の奥に、湿ったカビと鉄錆の匂いがする。
「……ここは?」
目を開けると、そこは薄暗いコンクリート打ちっぱなしの部屋だった。
天井から裸電球が一つぶら下がり、頼りない光を投げかけている。
私は部屋の中央にあるパイプ椅子に座らされていた。手首には手錠(プラスチック製)……ではなく、なぜか結束バンド。
「気がついたか」
前方の闇から、低い声が響いた。
パイプ椅子を逆向きに座り、背もたれに腕を乗せて私を見下ろす男。
タロウ国T-SWAT隊長、鮫島勇護だ。
逆光で表情は見えないが、タバコの火だけが赤く明滅している。
「ひぃッ……鮫島さん!?」
「ここでは隊長と呼べ。……さて、尋問を始める」
鮫島隊長は、口から紫煙を長く吐き出した。
その迫力は、完全に映画で見る「汚職刑事」か「マフィアのボス」のそれだ。
「吐け。誰の差し金だ? ナンバーズか? それとも旧王国の残党か?」
「えっ、あ、あの……」
「この倉庫の前で、石を投げ、反復横跳びをするという高度な挑発行為……。ただの愉快犯じゃねぇな? 目的は何だ」
鋭い眼光がサングラス越しに突き刺さる。
怖い。おしっこ漏れそう。
でも、私には引けない理由がある。
私は結束バンドで縛られたまま、身を乗り出した。
「も、目的は……たった一つですわ!」
「ほう。言ってみろ」
「カツ丼です!!」
「……あ?」
鮫島隊長の眉がピクリと動いた。
「カ、カツ丼が出ると聞いたんです! ここに取り調べられると、絶品のカツ丼が食べられると! だから私、必死に悪ぶって……!」
私は涙ながらに訴えた。
パンの耳生活の辛さ。雑草の苦さ。そして、豚肉への渇望。
鮫島隊長は、しばらくポカンとしていたが、やがて深くため息をつき、頭を抱えた。
「……お前、バカだろ」
「バカとはなんですの! 食欲は生きる源ですわ!」
「カツ丼が出るのはドラマの中だけだ。ここは現実(リアル)だぞ。予算が出るわけねぇだろ」
「そ、そんなぁぁぁッ!!」
絶望。
私の作戦は、根本から破綻していたのだ。
カツ丼がないなら、私はただ、痛い思いをして結束バンドで縛られただけの不審者ではないか。
その時だった。
コンコン。
重厚な鉄扉がノックされた。
「隊長~! お茶淹れましたよ~! あと、コンビニでカツ丼買ってきました~!」
え?
カツ丼?
ガチャリと扉が開き、明るい声と共に二人の人物が入ってきた。
一人は、SWATのロゴ入りタクティカルベストを着込んだ、兎耳の少女。
もう一人は、特注の防弾プロテクターで巨体を包んだ、強面の竜人。
「……へ?」
私は我が目を疑った。
「あら、リーザちゃん起きた? はい、お茶」
「よう、ライバル。……じゃなかった、容疑者」
そこには、私のルームメイトであるキャルルさんと、テント村の顔馴染みであるイグニスさんが立っていたのだ。
しかも、二人ともバッチリと制服を着こなしている。
「きゃ、キャルルさん!? イグニスさん!? なんでここに!? しかもその格好……!」
「え? だって私たち、今日からSWAT隊員だもん」
キャルルさんは、私の前の机に「タローソンのカツ丼(温め済み)」とお茶を置きながら、あっけらかんと言った。
「隊員……?」
「うん! 鮫島隊長にスカウトされたの! 『お前の足なら弾より速い』って! 月給は金貨20枚(20万円)だって!」
「お、俺もだ……。『お前の火力なら壁を抜ける』って言われてな。……もう無職じゃねぇ。公務員だ」
イグニスさんが、少し照れくさそうに、しかし誇らしげに敬礼をして見せた。
金貨20枚。
公務員。
安定収入。
その単語が、私の脳内で木霊する。
私がパンの耳をかじり、五円玉を鼻に詰めて小銭を稼いでいる間に。
この二人は、しれっと就職して、高給取りになっていたのだ。
「う……うそ……」
「さ、カツ丼食っていいぞ。キャルルの奢りだ」
鮫島隊長が私の結束バンドをナイフで切った。
自由になった手。
目の前には、湯気を立てるカツ丼。
求めていた夢の食事。
なのに、なぜだろう。
ちっとも嬉しくない。
むしろ、カツ丼の湯気が、私の惨めな涙で霞んで見えた。
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