​「何か寄越せ」と女神を壁ドンしたら、最強通販スキルと婚姻届を渡された。元処刑人の俺は、異世界で小料理屋を営みたい

月神世一

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EP 1

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霧の向こうの女神と壁ドン
 深い山奥。アスファルトの舗装が途切れ、砂利と泥が混じり合う獣道を、一台のオフロードバイクが疾走していた。
 エンジン音が静寂な森を切り裂く。
 黒をベースに、返り血のような赤の飛沫塗装が施された車体。跨るのは、同じく赤と黒のジャケットを纏った男――鬼神(きしん)龍魔呂(たつまろ)だ。
 ヘルメットのシールド越しに見える双眸は、猛禽類のように鋭い。
 だが、その口元だけが奇妙だった。
 彼は運転中だというのに、ポケットから取り出した「角砂糖」を器用に口へ放り込み、ガリガリと噛み砕いていたのだ。
(……糖分が足りねぇ)
 裏社会の掃除人として活動する彼にとって、このツーリングは数少ない安らぎの時間だった。
 しかし、その安息は唐突に終わる。
 目の前が、真っ白に染まった。
 山の天気は変わりやすいと言うが、これは限度を超えている。濃霧ではない。まるで世界そのものが白く塗りつぶされたかのような――。
「チッ」
 龍魔呂が舌打ちをした瞬間、バイクのタイヤが地面の感触を失った。
 浮遊感。
 そして、次の瞬間には、バイクと共に「白い部屋」の真ん中に着地していた。
 そこは、天井も壁もない、無限に続く白の空間だった。
 唯一あるのは、事務机と、そこに座る一人の女性。
 神々しい光を背負い、慈愛に満ちた美女――女神ルチアナである。
 彼女は目の前に現れたバイクと男を見ても、眉一つ動かさずに気怠げに言った。
「はーい、次の人ぉ~」
 まるで役所の窓口のような対応だった。
 ルチアナは手元のリストに目を落としたまま、事務的な口調を続ける。
「えーと、不慮の事故で死んじゃった可哀想な魂さんね。私は女神ルチアナ。貴方を異世界に転生させてあげるから、希望のチート能力を選んで――」
「あぁ?」
 ドスの効いた低い声。
 ルチアナがビクリと肩を震わせて顔を上げる。
 そこには、ヘルメットを脱ぎ、ボサボサの黒髪を揺らしながら歩み寄ってくる龍魔呂の姿があった。
 鋭い眼光。圧倒的な威圧感。そして、全身から漂う「カタギではない」オーラ。
(……えっ?)
 ルチアナの思考が停止する。
 目の前の男は、これまで送ってきた「ひ弱な高校生」や「疲れたサラリーマン」とは明らかに違った。
 野性的で、危険な香り。そして何より――。
(や、やだ……イケメン。ドストライクだわ……)
 ルチアナの頬が朱に染まる。
 彼女は女神でありながら、長年の管理業務と「三竦み(さんすくみ)システム」の調整に疲れ果てていた。
 早い話が、刺激に飢えていたのだ。
(で、でも仕事仕事! テンプレ通りに振る舞わなきゃ!)
 ルチアナは咳払いをし、女神としての威厳を取り繕う。
「コ、コホン。迷い人よ。突然のことで混乱しているでしょうが、貴方は選ばれたの。さあ、私の手を取り、新たな世界への希望を――」
 ドンッ!!!!
 爆音が響いた。
 龍魔呂が、ルチアナの背後にあった(空間的に出現した)見えない壁に、強烈な一撃を叩き込んだのだ。
 いわゆる、壁ドンである。
 ただし、それは少女漫画のような甘いものではない。壁に亀裂が入るほどの、恐喝に近いそれだ。
 至近距離。
 龍魔呂の顔が、ルチアナの鼻先数センチに迫る。
「……おい」
「は、はいぃっ!?」
「俺のツーリングを邪魔したんだ。何か寄越しても良いんじゃねぇか?」
 龍魔呂に他意はない。
 ただ単に、「元の場所に戻せ」あるいは「納得いく対価(詫び)を出せ」と言っているだけだ。
 だが、パニック状態のルチアナの脳内フィルターは、これを最上級の求愛に変換した。
(私を……口説く気!? こんな強引な男、数千年ぶり……!)
 ルチアナは上目遣いで、おずおずと口を開く。
「そ、そんな……私は女神で、貴方は人間……種族の壁が……」
「あぁ?(聞こえねぇぞ、もっとハッキリ言え)」
「で、でもっ! これなら……!」
 ルチアナは慌てて虚空から一枚のカードと、書類を取り出した。
「これは私のプライベートナンバー(念話番号)……! 何時でも連絡してっ♡」
「……」
「あと、全てを奪う気ね? わ、分かったわ……とっておきのスキル『地球ショッピング』をあげる! ……こ、婚姻届はこっちよ、ハンコはここにお願いねっ!」
 ルチアナは震える手で、ピンク色の用紙(婚姻届)と、青白く光るカードを差し出した。
 龍魔呂は眉をひそめ、渡されたものを見る。
 婚姻届? 何を言っているんだ、この女は。
 だが、もう一つのカードからは、奇妙な力の波動を感じる。
「……チッ。地球ショッピングか。まあ、詫びとしちゃ上等だろ」
 龍魔呂はスキルカードだけをひったくるように奪い取った。
 婚姻届は無視だ。
「えっ、あ、ちょっ、待っ――」
 ルチアナが言いかけた瞬間、龍魔呂の足元が光り輝き、転送陣が発動する。
 彼はバイクに跨り、エンジンを吹かした。
「じゃあな。二度と邪魔すんなよ」
 ブオンッ!!
 龍魔呂とバイクは、光の粒子となって消え失せた。
「…………」
 再び静寂が戻った白い部屋。
 残されたルチアナは、宙を彷徨う婚姻届をキャッチし、頬を抑えて身悶えた。
「かっこいい……♡」
 仕事に疲れたアラサー女神(実年齢数万歳)の心に、火が点いた瞬間だった。
 一方その頃。
 龍魔呂は、まだ知らなかった。
 自分が手に入れたスキルが、この世界の経済を根本から揺るがす「最強の凶器」であることを。
 そして、これから降り立つ場所で、さらなるトラブルメーカーと出会うことを。
「……霧が晴れたな」
 視界が開ける。
 そこは日本ではない。
 巨大な樹木が生い茂り、見たこともない生物が跋扈する――「マンルシア大陸」だった。
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