​「何か寄越せ」と女神を壁ドンしたら、最強通販スキルと婚姻届を渡された。元処刑人の俺は、異世界で小料理屋を営みたい

月神世一

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EP 8

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子供の涙とDEATH 4
 翌日。
 『鬼灯(ほおずき)』の屋台は、昨日以上の賑わいを見せていた。
 理由は二つ。
 一つは、絶品料理の噂が街中に広まったこと。
 もう一つは、なぜか店員が増え、奇妙なバランスで店が回っていることだ。
「いらっしゃいませ。現在、待ち時間は約7分です」
 執事服のような樹皮を纏ったポーン――ネギオが、片眼鏡を光らせて客を整列させる。
 彼の計算能力は完璧だった。回転率を上げるための座席配置、注文の先読み、そしてルナが皿を割った際の損害額のリアルタイム計上。
「姫様、また皿を割りましたね。今月の小遣いから銀貨3枚天引きしておきます」
「ええ~!? ネギオのケチ~!」
 ルナが頬を膨らませながら、それでも甲斐甲斐しく料理を運ぶ。
 そして、屋台の裏手では、一人の小さな少女が皿洗いを手伝っていた。
 スラム街の孤児だ。ボロボロの服を着ているが、その目は輝いている。
「お兄ちゃん、洗い終わったよ!」
「……おう。ご苦労」
 龍魔呂は無愛想に答えると、小皿に大根と牛すじ(通販で購入)を盛り、少女に渡した。
 これが報酬だ。
「わぁ! ありがとう!」
 少女が笑顔で頬張る。
 その姿に、龍魔呂はかつて自分が守っていた弟・ユウの姿を重ねていた。
 平和だ。
 こんな日常が続くなら、悪くない。
 だが、平和とは脆いものだ。
「おいおいおい、なんだこの汚い店は」
 不快な声が、その場の空気を凍り付かせた。
 客たちが道を開ける。
 現れたのは、派手な服を着飾った若い男。後ろには武装した護衛騎士を数名引き連れている。
 この街を治める領主の息子――いわゆる、貴族のバカ息子である。
「貴様が店主か? 調子に乗っているようだな」
 バカ息子は、龍魔呂を鼻で笑うと、懐から革袋を取り出し、カウンターに投げつけた。
「この店を買い取ってやる。中身(レシピ)と、そこのエルフの女も含めてな。金貨10枚だ、ありがたく受け取れ」
「……」
 龍魔呂は包丁を止めた。
 金貨10枚。大金だが、ルナ(王族)とこの店の価値を考えれば、はした金にもならない。
「ネギオ」
「はい、マスター。試算いたします。……却下です。不当な価格提示につき、交渉の余地はありません」
 ネギオが冷静に告げる。
 バカ息子の顔が真っ赤になった。
「な、なんだその生意気なゴーレムは! 俺はこの街の次期領主だぞ! 逆らうつもりか!」
 バカ息子が暴れだし、近くにあった椅子を蹴り飛ばした。
 その椅子が、運悪く、皿洗いを終えて戻ってきた孤児の少女にぶつかった。
「きゃっ!」
 少女が転倒し、持っていた桶の水がバカ息子の靴にかかる。
「あぁ!? 俺の特注のブーツが! この薄汚いガキがぁぁぁッ!!」
 バカ息子は激昂し、倒れている少女の腹を、思い切り蹴り上げた。
 ドカッ!
「あぐっ……!」
 小さな体が吹き飛び、地面を転がる。
 少女は苦痛に顔を歪め、そして――。
「う、うわぁぁぁぁぁぁん!! 痛いよぉぉぉぉ!!」
 泣き叫んだ。
 子供の、悲鳴のような泣き声。
 その音が、龍魔呂の耳に届いた瞬間。
 ピタリ。
 龍魔呂の動きが停止した。
 世界がスローモーションになる。
 色彩が消え、視界がノイズ混じりのモノクロームへと変貌する。
(兄ちゃん……痛いよ……助けて……)
 過去の記憶。
 弟のユウが、人質に取られ、泣き叫んでいた時の声。
 そして、冷たい骸(むくろ)となってゴミ捨て場に転がっていた弟の姿。
「あ……あ、あ……」
 龍魔呂の顔から血の気が失せた。
 持っていた包丁を取り落とす。
 カラン、と虚しい音が響く。
 彼はガタガタと震えだし、その場に膝をついた。
 極度のPTSD発作。
 「子供が傷つく」というトリガーが、彼の精神防壁を粉々に砕いたのだ。
「はっ! なんだその無様な姿は!」
 バカ息子は、龍魔呂が恐怖で震えていると勘違いし、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「おい、このガキを処刑しろ。俺の靴を汚した罪だ」
 護衛騎士が剣を抜き、泣いている少女へと歩み寄る。
「やめて! その子に罪はありません!」
 ルナが叫び、飛び出そうとする。
 ネギオも計算を放棄し、攻撃態勢に入ろうとした。
 だが、それより速く。
 空気が、変わった。
 ヒュンッ。
 音が消えた。
 風が止まった。
 気温が、絶対零度まで低下したかのような寒気が、広場全体を支配した。
 龍魔呂の震えが、止まっていた。
 膝をついていた彼が、ゆっくりと立ち上がる。
 顔を覆っていた手から覗くその瞳には、光がない。
 ハイライトの消えた、深淵のような漆黒。
「……龍魔呂、様……?」
 ルナが息を呑む。
 そこにいるのは、いつも自分を叱ってくれる小料理屋の大将ではなかった。
 感情も、理性も、慈悲も削ぎ落とされた、純粋なる殺戮機構。
 DEATH 4(死を呼ぶ四番)。
 龍魔呂は、少女に剣を振り上げようとしていた騎士を見た。
 ただ、見ただけだ。
 次の瞬間。
 バァンッ!!
 騎士の上半身が、弾け飛んだ。
 魔法ではない。
 龍魔呂が指を弾いた動作すら、誰の目にも止まらなかった。
 ただ、認識できない何かが、音速を超えて着弾し、人間を「肉片」へと還元したのだ。
「え……?」
 バカ息子が、自分の頬に付着した生温かい液体(騎士だったもの)を拭う。
 赤い血。
「ひ……?」
 バカ息子が振り返ると、目の前に龍魔呂が立っていた。
 距離など関係ない。幽鬼のように、音もなく接敵していた。
「……」
 龍魔呂は何も言わない。
 ただ、無機質な瞳で、バカ息子の首筋を見つめている。
 それは、「どこを切断すれば最も効率的に死ぬか」を計算している目だった。
「あ、あ、ああ……」
 バカ息子の股間が濡れる。
 生物としての格が違いすぎる。
 目の前にいるのは人間ではない。死そのものだ。
 龍魔呂がゆっくりと手を伸ばす。
 その手には、赤黒い闘気が毒々しく渦巻いていた。
「……対象、害悪と認定。――排除する」
 感情のない声が、死刑判決を下した。
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